第二章(1)
ミラの隠れ家を訪れて、1週間が経った。それは和馬の身体が回復するまでの時間であり、同時に和馬が現実と向き合う時間でもあった。
右腕を支払った代償は、予想通り、そして予想以上に大きかった。
和馬は右利きだ。絵を描くのも、箸を持つのも、ドアを開くのも、日常のあらゆる動作の起点となっていた右手。人間の習慣というものを、和馬はこの一週間で思い知らされた。
ないと分かっていながら、無意識に右手を使おうとしてしまう。そこへ追って襲いかかる虚空感。改めて右手がなくなったことを理解するのに、和馬は三日も掛かってしまった。
そして、残された左手との悪戦苦闘。こっちはこっちで、自分の身体とは信じられないほどのきかん坊だ。飯を食べるにも、スプーン一つまともに使えない。ここが日本じゃなくて、本当に良かったと思う。箸だったら、本当に目も当てられなかった……と思いきや、ミラはわざわざ箸を用意し、和馬に箸で飯を食べるように命令した。
修行と言われればやるしかない。
箸の使い方を覚えたての子供ようなたどたどしい手つきで、なんども落としながらようやくご飯を口へと運ぶ。箸を使った一回目の食事は、食べ終わるのに1時間近くも掛かってしまった。
2日目にはベッドから立ち上がることもできたが、バランスの悪さに、歩くだけで酔いそうになった。異様に重い左半身と、軽すぎる右半身。ミラに「走ってみろ」と言われて走ってみたら、自分でも驚くほど思いっきりコケた。何度も、何度も。100メートル走るのに、軽く両手の指以上もコケた。
1週間で回復といっても、実際のところ動けるようになった、というだけだ。ただ、生活の上での、最低限の感覚は掴んだ。
そして、今日。
和馬にとっての初めての魔術伝授が始まった。