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エピローグ

 イギリスの北端の国ウェールズ。そのベン・ネビス山の山間、四方を森に囲まれた登山道から離れたその辺境地には、二件の小屋が並んで建っていた。

 日も落ち、時はもう夕刻。夜の帳が落ちてきたころ、片方の小屋に明かりが灯った。小屋の中は、食欲のそそる香りが溢れていた。食卓にならぶ、おいしそうな料理の数々。

 その食卓を囲む椅子は5脚あり、すでにその全ての席は埋まっていた。ささやかなパーティーの参加者たちが、血のような赤いワインが注がれたグラスを手に取る

「では。和ちゃんの、ル・サロン展での金賞受賞を祝して、かんぱーい!」

「「かんぱーいっ!」」

 カルの音頭で、小屋の中にグラスを打ち合う小気味のいい音が響き渡った。

「しかし、和ちゃんもがんばったのぉ。これで、晴れて画家を名乗ってもいいんじゃろ」

「まぁ、まだまだヒヨッコですけどね」

「そんなに謙遜することはないぞ。自分の力で掴み取った栄光じゃ。胸を張らんか。――して、受賞祝いを作ってきたんじゃが。ぜひ、これを着て食後のデザートでも」

「まだ、食べ始めたばかりにデザート作れとか、勘弁してくださいよ。それと、それは絶対に着ませんからね。俺のメイド服なんか見て、誰が喜ぶんですか?」

「もちろん、ワシじゃ!」

 胸を張って宣言されてしまい、和馬は苦笑するしかなかった。

 そんなカルの隣で、チキンのローストを口に運んだミラが、口惜しそうに零す。

「しかし、ある意味もったいないな。こんなに料理の腕がいいなら、いっそのことシェフに転身すればよかったものを」

「怖いこと言わないでくれよ、師匠。また、どっかの誰かが図に乗るから。ただでさえ、家じゃ主夫扱いされてるんだからよ」

「ふふ、いいじゃないか。お前は女を顎で使うより、女の尻に敷かれる方が似合っているぞ。それに、いい妻じゃないか。日本の言葉でもあるだろ。年上の妻は、金のわらじを履いてでも探せ、ってな」

「……年上って言っても、限度があると思いますけどね」

 思わず、そんな言葉が零れてしまった。方や若干19歳。方や百余歳。年上にも、程がある。

 が、やはり年齢の話しは女性にとって禁句だったらしく、切れ味抜群のナイフが容赦なく和馬に飛来した。

「うおっと!」

 寸前で避けた和馬の背後で、壁に突き刺さったナイフがビーンと音を立てて震える。

 冷や汗を流しながら、和馬が振り向く。

 和馬の向かいの席には、眉を面白くなさそうに吊り上げたレミナが、血の滴る肉にフォークを突き刺していた。

「くそぉ、元気にさせない方がよかったかもな。あの時のレミナの方が、弱弱しくて可愛かったぞ」

「聞こえてるぞ……」

 レミナが拗ねたように呟くと、食卓に笑いが起こった。フンッと、面白くなさそうに、レミナが真っ赤なワインが注がれたグラスを覗き込む。

 真っ赤なワイングラスには、和馬と出会った頃のレミナが写っていた。

 口を尖らせていじけるレミナに、和馬が困った顔を浮かべながら、代わりのナイフを差し出した。

「はは、悪い悪い。ほら、機嫌を直せよ。折角、エイルが頑張って戻してくれた綺麗な顔が台無しだぞ」

「…………ふん。調子のいい奴め」

 まだ不愛想にしながらも、『綺麗』という言葉が聞いたのか、レミナは口元を綻ばせながら和馬からナイフを受け取った。

 照れ隠しからか、そっぽを向きながら肉を頬張るレミナに、思わず和馬の顔からも笑みが零れる。そして、改めて感謝しながら、和馬は口いっぱいにスープを頬張り、幸せそうな顔をしているエイルの方を向いた。

「エイル、本当にありがとうな。レミナを元に戻してくれて」

「む、むぐもぐぐ。コクン……。ぷはぁ。えっと、えっとえっと。どういたしまして」

 慌ててスープをに見込んだエイルが、ストレートな感謝の言葉に、顔を真っ赤にしながらはにかむ。

 レミナをもとに戻したのは、エイルの薬草術のおかげだった。北欧神話のアース神族の女神の名を付けられし力は、【最良の医者】と呼ばれる力は伊達ではなかった。死者をも蘇らせる薬草を作り出すエイルにとって、レミナの衰弱した身体をもとに戻すことは、それほど難しいことではなかったらしい。

 ということは、ミラは最初からレミナが生きてさえいればもとに戻ることを知っていたことになる。それをあえて和馬に教えなかったのは、和馬が本当の気持ちを確かめるためだったのだろう。

 姿だけてなく、本当にレミナを愛しているかどうかを。

 まったくもって、意地悪な師匠だ。同時に、ミラが師匠で本当に良かったと思った。

 和馬が感傷にふけっていると、不意に5本目のワインのコルクを飛ばしたカルから、声が掛かった。

「時に、和ちゃんや。その腕は、元に戻さんのかい?」

「ああ、これですか」

 カルの質問を受けて、和馬は左腕で右肩口を擦った。

 和馬の右腕は虚空のままだった。あの時の悪魔の腕も、和馬本来の右腕もそこにはない。

「今の和ちゃんの力量なら、具象化した腕を維持することもできるじゃろう? 悪魔の腕ならまだしも、普通の人間の腕ならば容易いはずじゃが?」

 不敵に微笑みながら、カルが和馬に問う。カルだけでなく、その場にいる皆が、和馬の言葉に耳を傾けていた。

 なぜ、この腕を戻さないか……

 和馬は浅く瞼を閉じ、そしてゆっくりと目を開けると、その顔は満足そうに微笑んでいた。

「なんかさ、この腕を戻したら。今までのことを、忘れちゃいそうでさ。俺も、戻した方が便利だし、楽なのはわかってるんだけど。な~、なんていうんだろうな」

 微笑みながら、和馬が頭を掻く。思いがうまく言葉にできない。

 でも、ただこれだけは言える。

「俺、今、幸せなんだよ。だから、このままでもいいかなって」

 照れながら和馬が頬を掻く。

「変、かな。いや、変なんだろうけどさ」

 だらしなく笑いながら、和馬が口をもごもごと動かす。

 でも、そんな和馬に何かを言おうとは、その場にいる全員が思わなかった。

 言葉にできなくとも、和馬の思いは伝わった。

 そう、あたかも、言葉を持たない絵を見て、思いが伝わるように。

 和馬の幸せに、その場にいる全員が魅入られ、そして一緒に微笑んだ。

                                    (了)


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