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第四章(10)

「はぁ、はぁ……。ここか――」

 乱れた息を整えながら、和馬はその扉を見据えた。

 ミリンスが教えた、レミナが囚われている部屋。彼女が本当のことを言っているかどうか、正直半信半疑の部分はあったが、その扉の前にたどり着いたとき、和馬は直感的にソレを感じ取った。

 いる。レミナはこの扉の向こうに、必ずいる。

「スゥー……、ハァー……。すぅ~~っ!」

 浅く息を吸い、大きく息を吐き出し、そして再び和馬が限界まで息を吸う。

 そして、建物すべてに響き渡るほどの大声で、和馬は叫んだ。

「レミナアァァアァァァーッ!」

 うぉんうぉんと、和馬の声が壁に反響する。

 和馬の叫びに反応し、扉の向こうで何かが動いた。

「かず……ま? 和馬なのか?」

 その声に艶はなく、ひどくしわがれていた。

 けれど、聞き間違うはずがない。凛としたあの時の様ではないけれど、疲れ切った声で聴き取りにくいけれど、

 その声は、間違いなくレミナの声だった。

「レミナ! レミナ、レミナ!」

 確信を得た和馬が、なんどもその名を連呼する。

 ようやく、ようやくこの名前を叫ぶことができた。

 あとは、取り戻すだけだ。

「待ってろ、レミナ。こんな扉、すぐ開けてやる」

 見たところ扉には重々しい南京錠が掛かっていたが、そんなものは想定の範囲内だ。

 和馬が、ここまで来るのに残していた最後のキャンバスを取り出す。

「何をしている、和馬。私を置いてすぐに帰れっ!」

 そのキャンバスを引き出す手が、レミナの鋭い叱咤に止められた。

「レミナ? 何言ってんだよ。なんで、お前を置いて行かなきゃならいんだ? 俺は、お前を助けに来たんだぞ」

「お前、馬鹿は治ってないんだな」

 ひどい言われようだ。

「私は、私は助けてくれなんて言っていないぞ」

「俺は、助けるなって言われた覚えはないぞ」

「ふざけたことを言ってないで。さっさと帰るん……ゴッホ、ごほごほ」

 扉の向こうで、ミラが苦しそうに咳き込む。声の調子も、さっきからずっとおかしい。

 いや、むしろ万全でないのは当然だろう。レミナは、その力を削るために幽閉されているのだ。これだけ話せるのは、むしろ奇跡なのかもしれない。

 それに、

 それにどちらにしろ、和馬にレミナを置いて帰る選択肢など、あるはずがなかった。

「レミナ。お前が何と言おうと、俺はお前を連れ戻す」

「……無理だな。お前は、私を助け出せない」

 その声は、落胆と絶望に満ちていた。

 それでも、和馬の気持ちは変わらなかった。

 和馬が、取り出したキャンバスを見つめる。そこには一本の鍵が描かれていた。

 だが、この絵はまだ完成ではない。

 和馬が、胸のポケットから木炭を取り出す。それは、ミラが特別に育てたユグドラシルの苗木を、精霊の火で焼いた、世界にただ一つだけの木炭だ。

「レミナ、少しだけ時間をくれ」

 首から下げ布をし、吊るしたキャンバスを腹で支えながら、和馬が優しくレミナに頼む。

 返事は、ない。

 和馬は今まで以上に真剣な表情を浮かべると、一気に木炭を携えた左手を躍らせた。

 キャンバスの空白に、瞬時に絵が浮かんでいく。それは、扉を固く閉ざす南京錠の画だ。

 キャンバスに、南京錠と鍵の二つの絵が描かれる。

「さぁ、出てこい!」

 大きく息を吸い、和馬は描く画家ではなく、見る画家の眼でキャンバスを見つめた。

 本来、精霊と契約を結んでいない和馬では、絵の具象化はできない。だが、精霊の火で燃やしたユグドラシルの木炭を使用することで、一度だけの代替品として具象化は可能となる。

 和馬に流れ込むイメージ。視界が光に埋め尽くされ、魂が囚われる。

 冷たい金属、先端の窪み、鈍色の光沢。

 長い長い一瞬を終えると、和馬の掌には一本の鍵が握られていた。和馬が、手にした鍵を、南京錠の鍵穴に差し込む。鍵は停滞することなく鍵穴に吸い込まれ、和馬が手首を捻ると、カチャッという子気味のいい音を立てて、南京錠を解き放った。

 南京錠を床に落とし、和馬が重たい扉を開く。

 扉の幅と対して変わらない、狭い部屋。天上は突き抜け、月のない夜空が浮かんでいる。

 その闇の中、狭い部屋の奥で、誰かが小さく蹲っていた。

 それは、

 顔に深々と皺を刻み、

 枝のように細い腕や体にボロ衣を纏った、



 壮麗な老婆だった。




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