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第四章(7)

「くのぉ~、邪魔な枝めぇ~」

 ミリンスが、目の前で成長を続ける木の一本に、振りかぶった拳を叩きつける。打撃の瞬間、ミリンスの腕に嵌められた光の輪が光り輝き、光の精霊の加護を受けた拳は、太い幹を粉々に吹き飛ばした。続けて反対の拳を振りかぶり、同じく目の前の木に叩きつける。弾ける大木、乱れ飛ぶ木片。その一撃は、さながら鉄球を叩きつけているようだ。

 だが、いくら目の前の木を粉砕しようと、その不足分を補って余りある速度で木々が成長し、ミリンスの行く手を阻む。

 その終わりない防衛林に、ミリンスはイライラしながら顔を歪めると、浅く息を吐いて、大きく腰を引いた。

「こうなったら、奥の手を使ってやる」

 ミリンスの言葉に呼応するように、その両腕に嵌められた光の輪が高速で旋回し、光でその小さな拳を包み込む。

 興奮した表情でミリンスが唇を舐め、いよいよ引いた拳を打ち出そうとした、そのとき。

 ミリンスの脇を三日月の刃が駆け抜け、目の前の木々を横一線に横断した。

 次々と音を立て崩れ落ちる木々。

「ミリンス、やめろ。お前、本部を潰すつもりか」

「ご、ごめん、先輩。だからそんな怖い顔で睨まないでよ」

 ミリンスが慌てて拳を包む光の手甲を引込め、顔の前で両手をブンブンと振る。

 そんなミリンスにユランは呆れ気味にため息を吐くと、和馬が蹴り開けた扉を指差した。

「何をしている。さっさと追え。奴の向っているところは、分かるな」

「もちろん。あの、吸血鬼のババアのところっしょ。あれ、でもこの邪魔な木は?」

 小首を傾げながら、ミリンスが今の今まで自分の前に生い茂っていた木々へ目を向ける。だが、さっきまでは打ち砕くや否やすぐに再生していたはずの木々が、一向に再生していなかった。よく見れば、木々の切り口が炭化している。

 ユランは、光の斬撃で木々を焼き切ったのだ。いかに再生に優れた木でも、炭化してしまえば再生はできない。

「さっすが先輩。んじゃ、おっ先~。先輩も、頑張ってくださいね~。って、先輩には、無用な心配かな」

「いいから、さっさと行け。また、その木に阻まれたいのか」

 ユランが、ミリンスを促しながら薙ぎ払った木々の切り株に目を向ける。

 炭化した切り口からは再生できなくとも、切り口の下の幹からは、すでに新しい木の幹となる芽が生まれていた。

「うわ、やばっ。は~い、んじゃ、先行きま~す」

 元気よく手を振り、ミリンスが勢いよく枝葉を伸ばそうとした木々の上を飛び越える。

 その小さな背中が通路の向こうに消えるのを確認したユランは、手の中にある冷たい感触を確かめながら、ジッと佇むミラに目を向けた。

「意外だな。てっきり、足止めするかと思ったが」

「ふん。あの正直坊やが私に嘘をつけるようになるなんて、大した成長だな」

 皮肉げな笑みを浮かべ、ミラが煙草の煙を細く吐き出す。

 口元に不敵な笑みを浮かべ、ミラは指先に挟んだ煙草の先端をユランへと向けた。

「お前の相手をできるのは私だけだ。わかってるんだろう、それくらい。なぁ、【未来視の邪眼使い】」

「それを知っていて真っ向勝負をぶつけるのはあなたぐらいだよ。ミラ」

「呼び捨てとはくすぐったいな。昔みたいに『ミラ姉さん』とは呼んでくれないのか?」

「それは無理な相談だ。俺はエクソシスト、あなたは反逆者。もう、昔の俺たちじゃない」

「……まぁ、そうだろうな」

 ミラが再び煙草を咥え、静かに一口煙を吸う。

 煙を口の中で転がしたミラは、その煙を吐き出すと、微笑みながら言った。

「魔術は、世界の節理に則ってしか扱えない。私たちの瞳が見られるのは、【今】だけだ。【過去】を見ることをいくら望んでも、相反する【未来】がそこになければ、ロジックは成り立たない」

「そう。そして、俺は【未来】を望んでいた」

 ミラの言葉を引き継いだユランの金の瞳が輝く。

 その光に呼応するように、ミラのダークブラウンの左目の色が変わり、剣のような銀色となって力強く瞬き始めた。

【未来】と【今】

【今】と【過去】

 相反する世界と、一つの世界を写す瞳がその輝きを増す。

「一つだけ訊きたい。わかっていると思うが、未来が見える俺にはどんな攻撃も通用しない。たとえ【過去視】で俺の過去を覗いて、俺の魔術を奪っても、あんたの【未来】は俺の眼の中だ。それでも戦うのか?」

「愚問だな」

 ユランの言葉を、ミラはあっさりと一言で一蹴する。その瞳には、敗北を覚悟する光が一切見られない。

 ミラの瞳は、勝ちを信じて疑わなかった。

「さて、それじゃあ。お返しに私からも一つ質問させてもらうぞ」

「なんだ?」

 質問を促すユランに、ミラは短くなった煙草を捨て、靴裏で火を消し、新しい煙草を取り出しながら訊ねた。

「お前の眼は、あのとき。和馬が私のところに来て魔術を学び、今こうして吸血鬼を助けに来る未来を見ていたのか?」

 ミラが、和馬の過去で視た、ユランの瞳の輝きを思い出す。

「…………さぁな」

 やや間を開けて、ユランが首を横に振る。

 そして――

【過去を見る瞳】と【未来を見る瞳】は激突した。


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