第四章(5)
「へ~、おっもしろ~。こいつら全員、間抜けな顔しちゃってら」
ミリンスが飛び跳ねながら近くにいたエクソシストの一人に近づき、無造作にその両頬をビンタする。だが、頬を赤く染めたエクソシストは、それでも和馬の絵から視線を離そうとはしない。
「うわぉ。強力~。すごいすごい」
「ミリンス。止めろ」
拍手しながらさらに強く頬を叩こうとしたミリンスを、その青年は呆れるような声でたしなめた。
そう、それは忘れもしない顔。
和馬から、ミラを奪った二人のエクソシストだ。
「おまえらぁぁぁぁぁぁぁーっ!」
「なっ! 待てっ、和馬!」
ミラの静止を無視し、張り裂けそうな大声を上げ和馬が二人へと疾走する。
和馬はすでに、一枚のキャンバスを封衣から解き放っていた。
だが、強大な牙と、しなやかな体躯、そして高い知性と獰猛な野性をその瞳に写す神殺しのオオカミ【フェンリル】を描いたその絵は、その魔狼を具象化する前に、縦一戦に両断され、切断面から発火するとともに一瞬にして炭となった。
「んなっ!」
目を見開く和馬。その眼が捉えたのは、光の輪を纏う小さな拳。闘争心を剥き出しに笑いながら、ミリンスの小さな拳が、和馬の腹部に突き刺さる。
一瞬にして、景色が前方へ流れた。
和馬の身体が後方へ吹き飛ぶ。地面に着地してもその勢いは止まらず、和馬の身体は絵に魅入られたエクソシストたちの一団に突っ込んだ。
「がっは、ぐげ。ぐっほ」
数名のエクソシストをなぎ倒し、ようやく止まった和馬が苦悶の表情を浮かべながら嗚咽を漏らす。
くの字身体を降りながら、それでも何とか立ち上がる和馬。
そんな和馬を見て、ミリンスは「あれれ~?」と自分の拳を見ながら不思議そうな顔をした。
「おっかしいなぁ~。今ので、ふつう死ぬんだけど」
「勝手に人の弟子を殺してもらっては困るな」
和馬の身体を、誰かが引き上げる。視線を上げると、いつの間に火を付けたのか、煙草を美味そう加えるミラが、和馬の身体を引き起こしていた。
「それと、馬鹿弟子。お前も勝手に死ぬんじゃない」
厳しい口調が、和馬に降り注ぐ。
「いや、でも生きてるから」
「馬鹿者。腹のクッションがなかったら、確実に死んでいたぞ」
言いながらミラが和馬の服を捲ると、そこから綿の塊のようなものが零れ落ちた。
「念のため仕込んでおいたんだが、二度はないぞ。わかっているな」
「あ、ああ」
くそ、なにやってんだ。俺は!
和馬が唇を噛みしめる。そう、ミラの言うとおり、和馬は今の一撃で死んでいた。他のエクソシストたちを迎撃したことで、完全に慢心していた。
和馬が大きく息を吸う。そして、改めて思い出す。
今回の目的を。
「ふっ。それでいい。それにしても。なるほど、かなりその眼を使いこなせるようになったようだな、ロイン」
ミラが、ゆっくりと横なぎにした腕を下ろすエクソシストの青年に声をかける。その言葉に、ロインと呼ばれた青年は無言のまま、小さく頭を下げた。
「知り合いなのか、マスター」
「知り合いも知り合いさ。なんせ、同じ師匠の下で学んだ兄弟弟子だからな」
「きょ、兄弟弟子!? マジかよ!」
「ああ。そうだ。だから、和馬。悪いが、奴は私に任せてくれないか。――積もる話もあるからな」
ミラがロインに視線を走らせる。その視線を受け取ったロインは静かに首を縦に振った。
了承、ということだろう。
「よし。それじゃあ――――」
ロインが同意したことに、ミラは満足げに頷き、そして……
「祭りといこうかっ!」
その手に持てる限り持った種をあたり一面にばら撒いた。
宙を舞う無数の種。その種に向けて、ロインが素早く腕を薙ぐ。その手にはいつの間にか光の剣が握られ、剣の軌跡に尾を引く光の帯が、三日月のような飛ぶ斬撃となって宙に投げられた種を切り裂く。
だが、ロインが生み出す三日月の刃より、ミラが撒いた種の方が遥かに多かった。
三日月の斬撃をすり抜けた種は、床に落ちるや否やすぐに根を張り、巨大な大木へと姿を変える。聖堂に密林に変える無数の木々。
「あ、あいつっ!」
その木々の中で、獲物を探すミリンスの目が、木の間を走り抜ける和馬の翳を捉えた。だが、ミリンスの行く手を、根から増殖した木々が阻む。
ナイスだ、マスター!
まだ、木々が根を張ってない聖堂を走りながら、和馬は何度もミラの言葉を思い出した。
『よし』
その一言が合図だった。
「おっるあぁっ!」
聖堂の奥の扉を蹴破り、一度だけ和馬が背後を振り返る。
生い茂る密林の中、悠然と煙草を咥えるミラと目があった。
行って来い!
ミラの目は、和馬にそう告げていた。




