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第四章(4)

 先陣を切るミラが、ポケットから取り出した種を聖堂の扉に叩きつける。宙にルーンを刻む指先。木の精霊エイルの加護。木の種はあっという間に聖堂の扉にその根を伸ばし、扉に掛けられた魔方陣を侵食する。

 プツンと、まるで張りつめた糸が切れるように、扉に掛けられた魔方陣が解けた。

 施錠の法が解かれた扉を、ミラが思いっきり蹴り飛ばした。

 騒音と共に蝶つがいが外れた扉が内側に吹き飛び、外へ応援に出ようとしていたエクソシストの一人をなぎ倒す。

 突然現れた侵入者に、足を止めるエクソシスト。

 その様子を見て、ミラは楽しげに鼻を鳴らしながら、ポケットに手を突っ込み、大量の種を取り出した。

「ふん。最近のエクソシストは大量生産品か。ずいぶんと質が落ちてたな」

 挑発的な言葉と共に、エクソシストへばらまかれる無数の種。その種は即座に発芽し、エクソシストたちを縛る蔦となる。エクソシストも光の武具で応戦を試みるが、光に焼き切られる蔦よりも、新しく伸びる蔦の方が遥かに多い。

 一瞬にして、大理石が敷き詰められた厳かな聖堂のロビーは、蔦が張り廻った樹海と化した。

「すげぇ」

「ふ、ちょっとは師匠を見直したか」

 思わず感嘆の声を漏らす和馬に、ミラが得意げに笑いながら振り返る。

 そして、和馬は改めて知った。自分の魔術の師匠が、魔法使いの領域に迫るほどの天才ということに。

 ロビーを駆け抜け、ミラが正面の通路に飛び込む。その通路にもエクソシストが待ち構えていたが、彼らは自らの武器を構える間もなく、ミラがはじき出した魔種を受け、一瞬にして身体を囚われた。背後から迫る、エクソシストたちの足音。ミラが、振り返りもせず後方へ種をばら撒く。今度の種は通路に根を張り巡らせると、見る見るうちに幾重にも枝を伸ばし、新緑の壁を作り出した。

 だが、エクソシストたちも魔と戦う専門の戦士だ。光線が横一文字に走り、ミラが作り出した木の壁を焼き払う。火を飛び越える白いローブ。その身のこなしは、庭園にいた衛兵の比ではない。

「くそっ」

 和馬が顔を歪め、脇を掠める光の帯を辛うじて回避する。

 よく見れば、それは光で出来た鞭だった。光の鞭は、眼を焼くほどの閃光を放ちながら蛇のようにしなり、再び和馬へと襲い掛かる。

「私を無視するとは、いい度胸だな」

 光の鞭が空中で波打ち、あさっての方向へその先端を走らせる。空中で弾ける無数の火花。鞭が空中で焼き落としたのは、ミラが鞭使いへ放った種の弾幕だ。

「ほぅ……」

 ミラが感心したように目を細める。

 鞭使いの光の鞭が、ほの暗い通路でゆっくりと揺れる。空中に光の帯を引く光の鞭は、次の瞬間、緩やかな動きから一転して目にも止まらない速度で先端をミラへと打ち出した。まさに光速。光の帯が光の槍となり、ミラへ牙をむく。

 だが、その光速の鞭は、唐突にその力を失った。

「ぐわっ!」

「ふふん。だめだぞ、足元をお留守にしたら」

 体中を蔦でぐるぐる巻きにされたエクソシストに向けて、ミラが意地悪そうに微笑む。ミラが、走りながら通路に巻いていた魔種のひとつ、トラップを発動させたのだ。突如として壁際から延びてきた大量の蔦に、鞭使いは憤怒の表情で蔦から逃れようともがくが……

「無駄さ。その蔦は、もがけばもがくほど絡みつく」

 ミラの言葉のとおり、鞭使いを捉えた蔦は一層緩まる気配を見せず、ついには完全にその身を包み込んでしまった。

「ほら、なにをぼっとしている。いくぞ」

「お、おう」

 ミラの声に、慌てて返事をして和馬が走り出す。

 そのとき、通路に設置されたスピーカーから大音量でアナウンスが流れ始めた。

『至急至急。特定危険魔術師、魔名【従属の魔眼】及び、魔名【反樹の巫女】が出現。A・B班は庭園の【従属の魔眼】を撃退。【反樹の巫女】を補足せよ。抵抗する場合は、魔殺を許可する』

『至急、至急。高位エクソシスト・称号【光剣】ユラン、および外位エクソシスト・称号【光獣】ミリンス。襲撃者の迎撃に向かわれたし』

 ミリンス……アイツかっ!

 聞き覚えのある名前に、和馬が顔を歪める。

 もう数名のエクソシストを退けたところで、ミラは大聖堂のドアを押し破った。

「おおう。これは、大歓迎だな」

 ミラが、思わず感嘆の声を漏らす。厳かな大聖堂は、光の武具を身に纏った使徒に埋め尽くされていた。

『侵入者を迎撃せよ。繰り返す。侵入者を迎撃せよ』

 聖堂内を何重にも反響するアナウンス。それを、まるで戦況を彩るBGMのように心地よさそうに聞くミラは、自分たちを取り囲むエクソシストの多重円陣に、「ふむ」と満足げな顔をして、唇に手を当てた。

「これだけギャラリーがいればいいだろう。さぁ、我が弟子のお披露目と行こうか」

 声高らかに宣言しながら、ミラが和馬に視線を走らせる。

 和馬はすぐに頷き、自分たちへ敵意を漲らせるエクソシストたちの力量を測る。魔力の大きさ、魔力の波、動揺から生まれる魔力のブレ。圧倒的な戦力の数。

 それらを事細かに感じ取った和馬の感想は……

「なんだ、こんなもんなのかよ」

だった。

 和馬の言葉に、エクソシストたちの目に剣呑とした光が走る。聖堂に満ちる殺気が、一斉にして和馬へと集中した。

 だが、和馬は幾何の恐れも抱かなかった。エクソシストたちの殺気を、堂々とその一身に受け止めた。

 和馬が、背負うキャンバスに手を伸ばす。感じる限り、このエクソシストたちは、和馬の絵を具象化できるとは思えない。

 だったら、魅入られてもらおうか!

 口元に不敵な笑みを浮かべた和馬は、背負うキャンバスの中から一枚の絵を選び抜き、一息にその封衣を剥ぎ取った。

 封衣の戒めを解かれ、ルーンを刻み、魔力を込めて描き上げられた絵が、エクソシストたちの目に露わになる。

 聖堂を包み込んでいた戦慄が、一瞬にして消え去った。

 カラン……と、金属が聖堂の床を叩く。一人のエクソシストの手から、光の短刀が零れ落ちる。

 その短刀を皮切りに、エクソシストたちの手から、次々に武器が手放されていった。もはや、その身を包む闘争心はなく。その瞳はただ一点、和馬が掲げる絵だけに向けられている。

そして、エクソシストたちは、一斉に涙を流し、まるで無垢な赤子のように安らぎに満ちた微笑みを浮かべ始めた。心の中を穏やかなぬくもりが満たす。足りなかったものが、ぽっかりと空いた穴が塞がっていく感覚。何とも言えない幸福感と安心感。

 和馬が掲げた絵。それは、慈しみに満ちた笑みを浮かべ、優しく、柔らかく、かけがえのない宝物である我が子を抱く聖母の絵だった。

 闘争も、緊張も、使命も、重圧も、その聖母の前では必要ない。

 ただ、解き放てばいい。

 自分の……魂を。

「まさに神の絵か。……いや、この人を捉えて離さない魅力はむしろ悪魔の誘惑に近いな。囚われてしまえば、二度と抜け出すことのできない、魔性の穴。上出来だ」

 満足そうな笑みを浮かべ、ミラが和馬の肩を叩く。

 和馬は頷くと、『聖母の絵』を入り口にそっと立て掛け、まっすぐに前を見つめて言った。

「行こう。ミラが、俺を待っている」

 和馬の血が、その言葉に答えるように滾った、その時。

「うわ~お。お兄ぃ~さん。やるじゃん」

 無邪気な……、いや無邪気ゆえに強烈な悪意を含んだ幼い声が、和馬の耳を撫ぜた。


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