第四章(3)
路地の曲がり角から躍り出る、白と海とマリンブルーのメイド服。幼い顔に、人の目を引くほど大きく可憐な瞳。まるで、成功に作った人形のような整った容姿と、華奢な身体。
突然現れたそのメイドに、ミラは信頼に満ちながらも、どこか苦笑を浮かべて言った。
「やぁ、師匠。その様子だと、首尾はうまくいったようですね」
「うむ。当たり前じゃ」
ミラの言葉に、メイドが腕を組み、尊大な言い方で頷く。
そう、和馬も初めは驚いたが、この年端もいかない少女のような人こそ、ミラの魔術の師匠、カル・A・レテントである。こんな容姿だが年は和馬の軽く5倍以上だ。
カルは、いろんな理由から若干顔を強張らせる和馬にウインクすると、楽しそうに話し始めた。
「エクソシストの可愛い子たちがな、いろいろ教えてくれたぞ。うんうん、みんないい子じゃて。ワシも、年甲斐もなく楽しんでしもうたわい」
「まぁ、一応聞きますが。お相手は殿方ですか? それとも、メイドたち?」
「むふ。むふふふふ。はて、どっちじゃろうな」
妖しい笑みを浮かべて、カルが両腕を胸の前で交差させ、自分の身体を抱きしめる。
その仕草に、和馬はドキッとしながらも、同時にゾクッとする。
まぁ、和馬と同様に事情を知るものならば、カルのその仕草には複雑な感情を抱かずには居られないだろう。
カル・A・レテント。御年100歳を優に超える、魔術社会最大の異端にして、驚異の好色家で知られる、れっきとした『男』である。自分か相手のどちらかがメイド服を着ていれば、どっちでもイケるらしい。カル自身がメイド服を切れば、そこら辺の美少女よりもずっと可愛らしい少女メイドになるが、メイド服を着せた和馬を「最高じゃ」と称するあたり、かなり頭の方は飛んでいる。
だが、例えば敵に忍び込み、情報を得てくるという意味では、カルの右に出る者はそういないだろう。
何とも奇妙な感情に和馬が苦笑いを浮かべていると、不意にカルと目があった。
和馬と目を合わせた瞬間、カルが色を知らない少女のような笑みを浮かべ、かと思えば次の瞬間には恥じらうように顔を背ける。
その仕草に、思わず和馬は聞いてしまった。
「グランドマスター。いったい、今までソレでどれだけの男を落としてきたんですか?」
「うむ? そうじゃな……、4ケタくらいかのぉ」
唇に手を当て、妖艶に微笑みながら答えるカルに、和馬の頬が引き攣った。
そんな和馬に、カルは微笑みに更に艶を加えて尋ねる。
「どうじゃ、和ちゃん。和ちゃん用にメイド服を新調して作ってみたんじゃが、今日の襲撃が終わったら、どうじゃ? なんなら、ワシだけこのままで、和ちゃんが攻めでも……」
「断固としてお断りします!」
「なんじゃ、つれないのぉ。まぁ、よし。じゃが、これだけは言わせてもらうぞ。グランドマスターなんぞ、固い呼び方は止めて、気軽にカルルンと呼んでくれ。いいのぉ」
カルが目を細め、「わかったかい?」と和馬に念を押す。和馬は何か言おうとしたが、結局その迫力に気圧いされ、何も言えず頷いた。
「うむ。よし。じゃぁ、そろそろ作戦の話しを使用かのぉ」
満足げに頷いたカルは、そういってポケットからビック・ベンの写った写真を取り出した。
「いいか、よく聞くんじゃ。ただ普通に中に入っても、和ちゃんの恋人のおるところにはたどり着かん。吸血鬼ちゃんは、裏の時計塔に隠されておるんじゃ」
「裏の時計塔?」
「そうじゃ。奴らは、魔術で時計塔の位相が少しずらしておる。いうなれば、コインの表と裏。そして、裏へ通じるのがこの窓じゃ」
カルが指差したのは、本当になんの変哲もない窓だった。
「この窓に飛び込めば、裏の時計台に通じておる。でじゃ、吸血鬼ちゃんを助けるための作戦じゃが。まず、ワシが囮となって派手に暴れようと思う」
「師匠が誘導ですか?」
「そうじゃ。キュリ……じゃなくて、今はミラじゃったな。ミラと和ちゃんは、吸血鬼ちゃんを助けるために置くに行かにゃならんじゃろ。ならば、残るはワシとエイルちゃんじゃが、エイルちゃん一人を残していけるかい?」
カルがエイルに視線を流すと、エイルは泣きそうな顔をしながら慌てて首を横振った。もちろん、エイル一人を敵陣のど真ん中に置いていくわけにいかないし、なによりエイルはミラの精霊だ。二人一組の行動が余儀なくされる。
ミラと和馬は、黙ってカルの作戦に頷いた。
「ふむ、そんなに神妙になることはないぞ。大丈夫じゃ、任せておけ。でじゃ、誘導を掛けながら、ワシは脱出の準備をする。時計塔の法術には、先に少し細工をしておいたからの。あとはそれを作動させれば、どこからでも逃げられるようになる」
「え、そんなことまでしてたんですか。カル…………ん、んっんん。カル……さん」
「まぁ、及第点かのぉ。じゃが、そのうちちゃんと呼んでくれよ。和ちゃん」
よしよしと頭を撫でられ、和馬が微妙な顔をしながら戸惑う。
そんな和馬の様子を満足するまで楽しむと、カルは「さてと」と言って、和馬が背負うキャンバスの一枚を指差した。
「でじゃ、和ちゃん。誘導のために、和ちゃんの絵を一枚借りいんじゃが、いいかのう?」
「俺の絵を?」
「ああ、そうじゃ。やるなら、出来るだけ派手な方がいいからのう。それに、ワシならば和ちゃんの絵を具象化することもできる」
「わかりました。じゃあ……」
和馬は、五枚あるキャンバスのうち、一番大判の絵をカルに預けた。
カルが、今魔術が発生しないよう、自らの魔力に抑制を掛け、キャンバスを包む布をめくり、絵を覗き込む。
「ほぉ~ほぉ~。なるほどぉ~」
その幼い無邪気な顔に、最上級の悪い笑み浮かべて、カルは何度も頷いた。
「うむうむ。和ちゃんもわかっておるのぉ。これなら、エクソシストどものど肝を抜けるじゃろう」
「はい。誘導役、お願いします」
「うむ、任せておけ」
カルが大事そうに絵を抱きかかえながら、ビッグ・ベンに向けて歩き出す。
ビッグベンの周辺は、驚くほど静かだった。
闇に紛れる影が4つ。熟練の警備員が目を光らせるも、表の住人の彼らでは、裏の4人の影に気付かない。
カル、ミラ・エイル・和馬の四人が、エクソシストたちの本部へと繋がる窓の下へと辿り着く。
「よし、準備はいいのぉ。では、行くぞっ!」
カルが指揮を執り、全員が頷く。
メイド服が闇の中を踊り、甲高い音と共に世界を人知れず守ろうとする光の大聖堂へ続く窓を蹴破った。




