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第四章(2)

                *

「和馬、その道じゃない。こっちだ」

 ミラに呼び止められ、和馬が即座に足を止め、頷く。

 湿気とコケ、そして重いスモッグを含んだ空気は、裏路地にともなればさらにその濃さを増していた。

 息を殺し、闇に紛れ、暗い路地裏を縫い、和馬とミラとエイルは鼠のように身を顰めながらロック・ベンへ向けてかなり大回り気味な道筋を選んで進んでいた。ロンドンは古くからエクソシストの本拠地となり、その本部、ロック・ベンへと続く道には、多重の魔術方陣が敷かれているからだ。ただ一直線にロック・ベンを目指せば、魔に携わるものの独特の気配はすぐさま方陣の琴線に察知され、エクソシストに補足されてしまう。

 ミラはともかく、和馬の魔術には限りがある。ビック・ベンでの本格的な戦闘の前に、必要以上に敵と接触することは避けなければならない。

 だが、慎重に進もうと頭では理解していても、和馬は逸る気持ちを抑えることができなかった。

「こら、和馬。止まれ、そこにも方陣があるぞ」

自然と早く大きくなる歩幅に、再びミラの静止の声が飛ぶ。

「……わかってる」

 奥歯を噛みしめながら、苛立つ気持ちを抑えるように息を止めた和馬が、ゆっくりと足を戻す。

 だが、レミナのことを思うと、足が、身体が、方陣を無視してすぐに走り出そうとする。

 そんな和馬の肩を、ミラがため息をつきながら叩いた。

「焦るのは分かる。が、それで計画をぶち壊すなら、今ここで、私がお前を眠らせるぞ。

「マスター……」

「その元気は、奴らをぶっ飛ばすのにとっておけ」

 にぃっと、ミラがほほに好戦的に微笑み、和馬の背中を強く叩く。

 衝撃に和馬がよろけると、ミラは声を上げて笑いながら、和馬の前を歩きだした。

「と言っても、そうそう切り替えられるほど、人間てやつは素直にできてないからな。だから、これは師匠命令だ。お前は、私が『よし』と言うまで、私の後ろを歩け。いいな」

「え、でもマ……むぐ」

「い・い・な」

 和馬の開きかけた口を、ミラが指先でそっと閉じる。ロンドンの夜風で冷えたのか、ミラの指先はひんやりと冷たかった。

 ミラが颯爽と身を翻し、歩き出す。和馬が慌ててその後を追う。

「少し、昔話をしよう」

 その声は、唐突に路地裏に響いた。

「昔話?」

「ああ、そうだ。まぁ、あんまり面白くもないがな」

 ミラが、自分のことを話すのは珍しい。事実、この数か月、和馬はミラの過去について聞いたことがなかった。レミナを救うための魔術修行に明け暮れていたということもあるが、ミラがどことなく過去の話をさせない雰囲気を身に纏っていたからだ。

 聞きたい。唐突に、その衝動が和馬の中に生まれる。

 和馬の無言を承諾と取ったミラは、「ちょっと待て」と言って煙草を取り出すと、ジジッとマッチに火を付け、煙草の先に小さな火を灯した。

 頭を掻きながら煙草を吸い、ゆっくりと紫煙を吐き出す。

 そして、ミラはゆっくりと語り始めた。

「私の両親は、私が7つの時に殺された」

「え……」

 意識を追い越して、声が口から零れた。素っ頓狂な声とは、今の和馬の零したものを言うのだろう。和馬の隣では、エミルが目を丸くして口を押えている。

 それほど、ミラの告白は突然だった。

「マスター。いきなり、な……」

「こら、馬鹿弟子! 前に出るな! 私がいつ『よし』と言った」

 ミラの鋭い声が路地に響き渡り、前に出ようとした和馬を押し留める。

 大声を上げたミラは、ふぅっとわざと和馬に聞こえるように、大きなため息を吐き、続けた。

「そうだ。確かクリスマスの夜だったな。和あたしは部屋でお人形遊びをしていたよ。うん。今思えば、あの頃の私は無邪気なものだったよ。本当の意味で、邪という意味に対して無知な子供だ。世界は無条件で自分のことを愛してくれる。とな」

 ゆらゆらと、ゆっくりと話すミラの口調に合わすように、煙草の先端から細い煙が立ち上る。

「私の両親は魔術師だった。だが、私にその後を継がせるつもりはなかったらしい。魔術師は、大抵ロクな死に方をしないからな。そして、私の両親も。私の両親を殺した連中については、まだわからない。まぁ、いずれ調べ上げてやるが。少なからず、そこら辺のチンピラみたいな奴らじゃない上に、正規の組織でもない。いわゆる、裏の世界の、しかも最深部の住人だ。両親を失った私は、両親の魔術の師匠でもあった、師匠に拾われ、魔術を覚えた」

 そこで一度言葉を切ったミラは、路地の狭い空を、月のない暗い夜空を見上げながら、静かに言った。


「両親を生き返らせるために、な」


 路地に、生暖かい風が吹いた。

「さすがの私も、7歳のガキの頃は今ほど達観していなくてな。両親の死を受け入れられるほど、大人じゃない。師匠は、私が両親の二の舞になることを危惧して魔術を教えていたみたいだが、私は夜な夜な師匠の目を盗み、死者蘇生に関わる禁術書を読み漁ったものだ。……いや、今にして思えば、7歳の子供のやることだ。私の師匠も、そのくらいは見抜いていただろうな」

「……で、どうなったんだ?」

「結局。私の両親は生き返らなかった。……というか、私は諦めた。10歳になるころに、私は大人になってしまったんだよ。死者は生き返らない。その常識を知った。和馬、修行の初めに、私たちを縛る『常識』の話しをしたのを覚えているか?」

「あ、ああ」

 頷く和馬に、ミラは足を止め上半身だけ振り返り、そして寂しげに笑った。

 再び歩き出すミラは、一回り小さくなった気がした。

「人はな、人生の中でいくつもの『常識』を渡り歩く。『子供の常識』から、『青年の常識』。そして、『大人の常識』へと。死の概念は、大体『青年の常識』から後だな。まぁ、私に関しては別に何かきっかけがあったわけでもない。ただ、ある日気づいてしまうんだよ。人は、生き返らない、とな。そして私は現実を知り、絶望した」

 和馬に背を向けながら、ミラが煙草を咥える。だが、吸う気が起きなかったのか、すぐにまた口から離した。

 沈黙が路地を制止、カツカツカツと、静かに靴の裏が古ぼけた石畳を蹴る音だけが木霊する。

 不意に、ミラがふっと笑った。

「だが、絶望しても、すぐに立ち上がるのが私のすごいところだ。死者の蘇生の不可能に気が付いた私は、すぐに別の道を模索した」

 ミラが、まだだいぶ残った煙草を地面に落とし、踏みつけて火を消すと、くるりと身を翻した。

 和馬とミラの視線が交わる。そして、ダークブラウンの瞳が青白い蛍火のように輝きだした。

「私は、未来において父や母に会うことを諦め、過去に縋ることにした」

「マスター、その眼は?」

「ふふ、綺麗だろう。これは、【過去視の邪眼】でな。この目に捉えた者の過去を覗く力がある。覚えているか、和馬。私が、この目で、お前の過去を覗いたことを」

 ミラの言葉に、和馬がはっと驚いた表情を浮かべ、小さく息を吐きながらゆっくりと頷く。

 そう、確かに和馬は、ミラに過去を覗かれたことがあった。レミナと共にエクソシストに襲撃された、あの日の夜のことを。

「そうか、アレは邪眼だったのか」

「まぁ、魔術の知識がゼロに等しいお前にはわからなくても無理はないがな。ともかく、私は、私と、もう一人の協力者の手を借りてこの目を手に入れた。そして、私は過去に閉じ籠った」

 ミラは自嘲気味に笑って、青光りの引いた両目を片手で覆った。

 傍からは、泣いているように見えた。

「鏡の中の自分を覗きこめば、私は私の過去、私の両親が生きていた時に舞い戻ることができる。両親の笑顔に、怒り顔に、いつでも会うことができる。鏡の中の自分を見続けて、私はいったい何年無駄にしたんだろうな」

 壁に背を預け、ミラが笑う。まるで、夢見る少女のような笑み。だが、この世界にワンダーランドはない。それは、和馬も、そして何よりミラ自身がよく知っていることだ。

「和馬。私が天才を誇れたのは、確かに私自身の才能もあるが、この目のおかげなんだよ。魔術師の過去を、その魔術師が見てきた世界を覗きこめば、その魔術師の『常識』が手に入る。だから、私は追放されたのさ。魔術を奪うコソ泥としてな。なんで、私がそんなに魔術の知識を欲したかわかるか?」

「……いや」

 和馬が静かに首を振る、ミラは泣きそうなほど辛い笑みを浮かべて言った。

「魔術の練度を高めれば、それだけ私の目はよりリアルに私を過去へ連れて行ってくれるからだ。だがなぁ、そうして魔術の練度を高めているうちに、どえらいことが起こったんだよ」

「どえらいこと?」

 和馬が聞き返すと、ミラは壁から背中を離し、穏やかな笑みを浮かべて、言った。

「過去の、私の記憶の中の両親から、説教を喰らったのさ」

「なっ!」

 和馬が目を見開く。そんなこと、あるはずが……

 和馬の気持ちを察したのか、ミラは笑いながら続けた。

「信じられるか? いや、信じなくていい。だが、確かに私の両親は言ったのさ。『いつまでそうしているつもりだ、前を向け。未来に生きろ!』てな」

「それで、マスターはどうしたんだ?」

「ふっ。尊敬していた両親に怒鳴られてしまっては、どうしたもこうしたもない。私は、その日を境に、自分の過去を見ることを卒業したよ。まぁ、いつかは止めないといけないと思っていたわけだから、いいタイミングだったのかもしれないな」

 ミラが、静かに煙草を咥え、紫煙を吐き出す。どうやら、話は終わりということらしい。話し終えて満足したのか、ミラはしっかりとした足取りで歩き始めた。

 そんなミラに、和馬は聞かずにはいられなかった。

「なんで、そんな話を?」

 和馬の声に、ミラは「ははっ」と、声を上げて笑った。

「そりゃ、お前と私が似てるからだよ」

「似てる? 俺とマスターがか?」

 あまりありがたくない宣告に、和馬が眉を歪める。

 そんな和馬に、ミラは真剣な声で言った。

「ああ、似ているな。――――私も、私の望みをかなえるために、この目を捧げた人間だからな」

「……っ!」

 和馬が思わず足を止める。今度は、驚きの言葉さえ出なかった。

 そんな弟子に、ミラは颯爽と身を翻した。

「賭けてもいいさ。和馬、お前は吸血鬼を失ったら、今度は間違いなくその両目を差出し、私と同じ道を辿るだろうよ。だから、これは師匠じゃなく、人生の先輩からの忠告だ。自分の愛する者は、絶対に離すなよ」

 ミラが笑う。それは、悲しみと絶望を知ったからこそ浮かべることのできる、強い笑み。

 和馬は、その笑みに強く頷いた。

「ああ、誓うよ。マスター。俺は、絶対にレミナを助ける」

「ふ、当然だな。そして、長話しのおかげで、ようやく見えてきたぞ」

 ミラが唐突に足を止める。そして、その言葉通り、いつの間にか時計台は、もうすぐそばに来ていた。

 和馬に緊張が走り、そして。

「ずいぶん遅い到着だったね。ミラ、エイル、それに和ちゃん」

 無邪気で、そしてどこか蠱惑的な声が、和馬の耳を撫ぜた。


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