表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/29

第三章(2)

 気が付いた時には、日が上っていた。窓から覗く太陽は高く、窓際に濃い影を作っている。ぐぅ~っと、せつなく鳴く腹の虫。時計を見たら、すでに昼近くになっていた。

「和馬。起きたの?」

「ああ。おはよう、エイル」

 眠たそうに眼を擦りながら、エイルが和馬を上目遣いで見上げる。その大きな瞳には、心配そうに和馬の顔を覗き込んだ。

「顔色悪いよ」

「ちょっと、嫌な夢見てな」

「大丈夫?」

 手をぎゅっと握り、エイルが和馬に尋ねる。

 和馬は力なく微笑むと、「だ……」よ、開きかけた口を閉じた。

 大丈夫、じゃなかった。

 その言葉を言うことが憚られるほど、和馬の失意は大きかった。

 レミナを奪われ、片腕を支払い、苦しい修行に耐え、やっとのことで掴んだ奪還の糸口は、驚くほどあっけなく和馬の手からすり抜けた。

 助けたいのに、助けれない無力な自分を、和馬は思いっきり殴りたくなった。

 膝が震える、眼が、喉が、心が乾く。

 今度は自嘲気味に微笑み、和馬は虚しい笑顔で天井を仰いだ。

「悔しいな」

 虚しさに、悔しさに、やるせなさに、知らず知らずのうちに残された左手に力が籠る。

 ただ、その手の中には、小さな手があった。

 暖かくて、小さな手が。

 冷たく、そして熱いほどに握られた手を、エイルがそっと握り返した。

「和馬」

「エイル。それに、お前たちも。」

 和馬が、自分の左手に視線を下ろす。そこには、和馬が見つけた精霊たちが、エイルに負けじと和馬の手に自らの手をかざしていた。

「……ごめんな」

 思わず、和馬は呟いてしまった。その顔は、泣きそうになっていた。

 そんな和馬の耳に、そっと優しい声が届いた。

「和馬、あのね。エイル、詳しいことはよくわからない。エイルは精霊だけど、世界とか、そういう大きいのはわかんない。でもね、エイルは和馬のこと好きだよ。この子たちも、みんな和馬のこと好きだよ。だから、だから……」

 エイルはより一層強く和馬の手を握った。そして、翡翠色の透明感のある瞳をまっすぐに和馬に向けて、言った。

「和馬。自分を嫌いにならないで」

 ドクンと、和馬の鼓動が高鳴った。

 和馬は夢を見ていた。目の前にはもう一人の自分がいて、和馬と、もう一人の和馬が罵り合う夢を。どうしようもなく情けない自分に向けて、ありったけの文句を言う夢を。

 どうやら、エイルには見透かされたらしい。さすがは四精霊と同等の精霊で、ミラの契約精霊だ。こんな未熟な弟子のことは、なんでもお見通しらしい。

 下手な嘘は誤魔化されるし、嘘なんか付きたくない。

 それは、こんな自分に寄り添ってくれる他の精霊に対しても同じだ。

 和馬はよく考えて、未熟な自分への憤りと、絶望への不安、そして、それでも諦めようのない信念を織り交ぜた強い瞳で、答えた。

「エイル。悪い、俺は、俺自身が嫌いだ」

「和馬……」

「そんな顔すんなよ。ほら、お前らも。嫌いって言っても、全部嫌いってわけじゃないんだよ。下手でも絵を描いてた自分は好きになれたし、レミナを好きになった非常識な部分も、俺は満足してる。でもな、それでも俺は、今の弱い自分は許せないんだ」

 和馬の言葉は、太陽のような熱を帯びていた。暖かな、それでいて、自分自身をも燃やし尽くしそうな。

 ただ、先ほどまで和馬に帯びていた翳は、その強い意志の光にかき消された。

 和馬が窓の外に目を向ける。その、はるか先にいるエクソシスト、そして最愛の吸血鬼を見据えて。

「俺は、強くなる。絶対に、レミナを助けられるように」

 黒木和馬の心は、未だ折れてはいなかった。

 だが、身体というものは、どうにも正直なもので……

 

 ぐぅ~~~きゅるるるるる~~~


「………………」

「………………」

 いっそ清々しいほど高らかに、和馬の腹時計は正確に12時を告げた。

「………………」

「そういや、昨日の昼から何にも食ってなかったな」

「………………」

「……」「……」「……」「……」

 ため息が聞こえてきそうな静寂の中、さっきまで本気モード全開で圧倒的な雰囲気を漂わせていた和馬が、ぎこちなく笑いながら「あ~。え~っと。その」と口ごもり、照れる自分を隠すように、早口で言った。

「とりあえず、飯にすっか」

「うん…………ぷ……ふふふふ、アハハハハハハハハ」

 和馬の提案に、エイルは何とか必死に我慢して頷いたが、すぐに笑いのダムが決壊し、精霊たちと共にお腹を抱えて笑い始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ