空から降る少女②
「もう行くのか。いつも気忙しいな」
「うん。だってこれが役目だし」
日の光を反射する水溜まりの上に佇んで彼女は微笑んだ。
はねた泥が彼女の足を汚すが、気に留める様子もない。
彼女の着る全身泥や煤で薄汚れている元は白かったのであろうワンピース。
吹いた風にふわりと揺れる。
「そうか」
言いながら空を見上げると、彼女は誇らしげにその視線の先を追った。
「空気、綺麗になったでしょ」
「ああ、そうだな」
言って深呼吸した彼に、彼女は笑みを深くする。
日の光と風を受け、ダークグレイのアスファルトがその色を明るく変えていく。
それに合わせて彼女の薄汚れたワンピースが真っ白なそれに変わっていき。
全身が次第に透け始める。
彼女は――彼もまた――それすら気に留めない。
「次に会うときは、名前が違うかもな」
「え? 名前変わるの?」
きょとんとした表情の彼女に向き直り、彼は苦笑した。
「お前が、だよ。このあたりはもう随分と寒くなってきた」
それを聞いて彼女が僅かに顔を曇らせる。
「嫌なのか?」
「寒くなるとあまり役目を果たせないから」
「そうなのか」
その服ごと、殆ど向こうの景色が見えてしまうほどに透けてしまった彼女の体。
ホログラフィかと思うほどになっても声だけはしっかりと彼の耳に届く。
「それじゃ、いくね」
元気にそう口にした彼女に彼は「またな」と微笑む。
最後の瞬間、彼女は彼にそっと口づけて完全にその姿を消した。
「さて、週間予報はどうだったかな」
すっかり高くなった晩秋の空を見上げる。
次に彼女を迎えるときは、傘を差さず、その身で受け止めようと考えながら。