第一章 行キツク先ハ07
「右! もっと右!」
「右……ですかっ……ぅ重っ」
「ちょっと! 重いって言った!? 今、重いって言ったの!?」
「ち、違います!!」
2人は私よりもだいぶ年下だった。茶色の短髪がジェレミーで、薄い緑色の長髪がニコラス。
「もー! ジェレミーもうちょっと……背伸びして……!」
「む、無理ですよぉ」
そして、私は今……ジェレミーに肩車をしてもらいながら、高い所の本を取っていた。
「スミレ様ぁ……やっぱり踏み台探しましょうよぉ」
情けない声で、ジェレミーを支えるニコラスが言う。
先程肩車と言ったが、正確に言うと手と膝をついたニコラスの上にジェレミーが立ち、そのジェレミーが肩車をしているのだ。正直無理がありすぎる体勢なのは分かってる。でも、踏み台がないし、そうした方が丁度いい高さになるのだ。
「ニコラス! もう少し頑張ってね!」
「は、はい……!」
2人は恐ろしく従順だった。まあ、私の立場的な物もあるのかもしれないけど……。
まず私を名前で呼ぶことを強要し、砕けた口調で話すように言った。断られたけど、何とか妥協してこの状況だ。
「一体……なんの本がっ……くぅ……」
「あと少し……! あそこのっ……『歴史書』を」
グッと手を伸ばした時、図書室の扉が大きな音を立てて開いた。扉は壁にぶつかるとバウンドして跳ね返る。
その跳ねかえった扉をイライラとした感じで押しつける男……ルイが般若のような顔で立っていた。
「へ、陛下……!!」
「何をしている」
「見て分からないの?」
「見て分かることは聞いてない」
「じゃあ何も言えな……わっ!?」
自分が使える主がどれくらい怒っているか見ようとしたのだろう。
身じろぎしたニコラスの上でバランスを崩したジェレミーが、グラッと揺れた。そして、驚きに目を見開いたルイが視界に入る。
「……あっ」
私はステンドグラスを突き破って外に投げ出された。
地上は遥か下。
私が寝泊まりしていた部屋と同じ階にある図書室の窓から外に出れば、空でも飛べない限り確実に死ぬコースだ。
「スミレ様!!」
ドタッと床に落ちるジェレミーを見て、「彼が外に飛び出なくて良かった」と思った。
こちらに駆けてくるルイがやたらゆっくりに見えて、思わず笑う。
キラキラ降り注ぐ色とりどりのガラス片を見ながら、私は「今度こそ夢から覚めますように」と祈っていた――……。
「スミレ様ぁ!」
「えぇ!?」
夢物語はこれで終わりだと思った。
……思ったのに、割れた窓ガラスを超えてニコラスが私を追ってくる。そして私に追いついたニコラスは、私を抱え込んで震える声で謝った。
「申し訳ありません……! スミレ様……!!」
「馬鹿! 何で来たのよ!!」
「スミレ様、よく聞いて下さい。下に湖が見えますか?」
「え!? あ、ああ……あれね」
「着水時、私が思いっきり上に投げますから。できるだけ体を丸めて下さい」
「え……? そ、それって……」
「さぁ、早く! 高いとはいえ、落下速度は遅くない」
仮にそうしたとして、この恐怖でガチガチになりながらも無理矢理笑っている青年はどうなる。
「駄目よ!」
「お願いですから言う通りにして下さい!!」
「駄目! そんなの許さない……!!」
あのアホ狐は私の生命力を底上げしたと言った。数カ月分、飲まず食わずで生きていたのだ。であれば、もしかしたらこの高さでも死なないかもしれないではないか。
少なくとも、この青年よりは命が頑丈なのだから。
「抜け駆けするなんて許さないんだから!!」
「違いますから……!!」
ニコラスは必死だった。私も必死だった。
たぶん、はたから見たら私達は揉み合っているように見えただろう。
「はなっ……し、なさい!!」
「お願いです……! お願いですからスミレ様!!」
地面はどんどん近付いてくる。
「私の夢の中で、人が死ぬのは許さないわ!!」
もう夢だなんて思ってなかった。というか、最初からなんとなく気付いてはいた。
でも、だからこそ……今、ここでこの震える青年を死なせるわけにはいかない。
この人は、私が守る――……。
「スミっ――」
例えるなら落下傘が開いたような。
バンだとかボンと言った音がなり、急激に落下速度が低下した。それと同時に肩甲骨に激痛が走り、真っ赤な血飛沫が上がる。
そうして、私の意識はブラックアウトした。