第一章 行キツク先ハ06
「うわ、でた」
「なんだその顔は」
ルイが入ってきた瞬間、思いっきり顔が歪む。ほぼ初対面でここまで疎ましく思う人間に出会うとは夢にも思わなかったわけだけど。
「……貴様、陛下に対してその顔はなんだッ! 先程の発言といい、貴様は無礼すぎるぞ!! 黒い薔薇でなければ即刻首を刎ねているところだ!」
怒りを隠そうともしないヴァンに、ルイが「よい」と肩手で制する。不満げなヴァンは未だ私を睨みつけ、鼻息荒く抜きかけた軍刀を直した。
「黒い薔薇のことは聞いたか?」
「ええ、まあ」
「ではそう言うことだ。多少体力は落ちていると思うが、これから少しずつ体を動かしてもらわねば困る。頭の固い老害どもが早くお前を見せろとうるさくてな。徹底的にマナーを叩き込んでやるから、しっかり覚えろ」
「誰も『黒い薔薇』をやるなんて言ってないわ」
「お前の意思は関係ない。ただ私に従っていればいい」
かっちーん。なんだコイツ。どこの王様?
「嫌がるようなことをされた人間が大人しく従うとでも? 私はその『黒い薔薇』とやらをやらなくても何も困らないけど、貴方は困るのでしょう? であれば、貴方はもっと私に丁寧に接するべきだわ」
「き、貴様……!」
「やめろヴァン。お前の悪いところはすぐ頭に血が昇るところだ。小娘の挑発ごとき受け流せ」
「お言葉ですが、私はいつもすぐに怒っているわけではありません! しかし、陛下のこととなれば話は別です!!」
「お前の良いところはその忠誠心だな。まあ、俺の悪口くらい受け流せるようになれ」
「……分かりました」
渋々……本当に渋々と言った感じだ。口では「分かりました」と言っているものの、目に宿る闘志の炎は消えていない。
「お前は分からなかったのか?」
「何がよ」
「放り出されて私の助けなしでは生きていけないと感じなかったのかと聞いている」
「いいえ、感じなかったわ」
そう言った瞬間、ピクッとルイの顔が引きつった。
「感じなかったけど、あの……えーと……ユン? キラキラした人から貴方に嫌がらせができると聞いたから、貴方の犯した大罪に見合う報復をと思って戻ってきたの。貴方の寝首をかく様な要員を平然と城に招き入れるなんて、貴方の国ってたかが知れてるのね」
「お前ごときに何ができる」
「やだ、知らないの?」
そう言って傍に置いてあった私の唯一の私物を取りだす。何故これがここにあったかは定かではないし、こう言った物はここにもあるのかもしれない。正直勝率はかなり低いけど、はったりと嫌味だけは得意なのだ。
『ピロリ~ン』
携帯から音が鳴った瞬間、2人の男が私の想像以上に驚いて飛びのいた。ヴァンなんかはサッとルイの前に飛び出すと、軍刀を抜いていつでも斬りかかれるよう待機する。
「ヴァン……貴方、遅いわ」
フンッと鼻で笑って携帯の画面を見せれば、2人の男は更に驚いた顔をする。
「へ……陛下が……」
「どう言うことだ……」
その台詞を聞いた瞬間、私の頭の中でファンファーレが鳴り響いた。
こいつらは携帯電話を知らない――……。
「見て分からない? 貴方の寿命を……魂を頂いたわ。何年分かは言わない。命が惜しくば、それ相応の対応をするのね。どうせ私は帰れないのでしょう? だったら、私がここで快適に過ごせるようにするべきよ」
「……ッ」
今までの余裕はどこへやら。私を睨みつけると『なんとか』と言った感じのニヤリ笑いを浮かべた。
「……なるほど。お前は后にむいているな」
「馬鹿にしてる?」
「褒めているのだが」
「おい、その魂を返せ」
怒りに震えるヴァンが私を睨みつける。それを制してルイが鼻で笑った。
「それは持っていろ」
「しかし陛下……!」
「よい。何も持たずにこちらへ呼んだのだ。俺の寿命くらいくれてやる」
そう言うとまるで王様のように(実際そうなのだけど)マントを翻して出て行った。ヴァンが私を睨みつけながら、その後を追って出ていく。
「……あの2人は……意外と馬鹿なのね」
取り合えず、私は帰れないのは確定らしい。今のところ怖くも悲しくもないけど、怒りはある。勝手に連れてきておいて好きかって言うなんて許さない。助けてもらった恩はあるけど、あの時計でチャラにならないかしら……なんて考えながら、私は自分が元々来ていた洋服に着替えた。
「よし……脱走でもするか」
窓を開け放って下を見る。下なんて見えないくらいの高さに思わず目眩がし、フッとため息のような笑いが漏れた。
「なるほど……窓から外へ出るのは無理なわけね」
さっさと諦めてドアへ移動し、ドアノブに手をかけた時だった。ドアの向こうからかすかに話声がする。
『なあ……なんでヴァン隊長はあんなに怒ってたんだ?』
『俺が知るかよ。お前の顔が腹立たしかったんじゃないのか?』
『俺の顔が腹立たしいくらいで、俺は拳骨されなきゃいけないのかよ……』
……まあ、門番的な人くらいいるよね。話を聞く限り、『黒い薔薇』とやらは中々貴重な存在らしい。そもそもこの国の人間がどうしてそこまで『黒い薔薇』を求めているのかは分からない。何か特別な力でもあるのかもしれないけど、ただのブランド志向なのかもしれない。
「そう言えば白い塔なら自由に歩いて良いって話だったわね」
生命の底上げとは持続的に効果があるらしく、少し寝た私はかなり元気になっていた。それこそ鳥ガラだったとは思えないほどに。
「図書室くらいあるといいのだけど」
元気になってまずやることと言えば情報収集だ。
もし本当に帰れないのなら生きる方法を探さなければいけないし、奴らが帰る方法を隠しているのだとすれば何か分かるかもしれない。
と言っても図書室なんて目の付くところにあるか分からないけど……。
ため息を吐いて重厚なドアを開ける。
外で見張りの兵が動く気配がし、こっそり顔を出した瞬間、彼らの眼は極限まで見開かれた。
「も、申し訳ございません……!!」
兵は私を恐れるように頭を下げる。
「……あ、あの……どうして謝るのか分からないのだけど、頭を上げて頂けないかしら?」
「ど、どうぞお許し下さい……! 私達は不躾に貴女様を見ることが許されていないのです」
なんだそれ。目があったから謝られた訳か。そう言えばメイドや医者にも土下座されたような気がする。
……も、もしかしなくても……何も偉くない私は一生こうしてかしずかれて生きていかなければいけなくなったのだろうか……。
「……まあいいか……あのお聞きしたいことが。今お時間大丈夫かしら?」
「は、はい」
「白い塔は自由に歩いて良いと聞いているのですけど、どこまでが白い塔なんですか?」
「……か、壁の色で判断が付きます。白い壁は全て白い塔です。向こう側に赤い色が見えますでしょうか……?」
指さす方向にはダークトーンの赤い壁。床も壁も装飾も全て白いのに比べ、ある一定の場所からそれら全てが赤になっていた。
「ああ、あそこの……分かります」
「あそこから赤い塔です」
「なるほど」
ならば白い所は自由と言う訳だ。
「ところでこの白い塔には図書室ってあります?」
「ええ、ございます。向こうの奥……結構歩くのですが、付きあたりにございます。何かお読みになるのでしたら、メイドを遣わせますが?」
「自分で行きたいんです。駄目でしょうか……?」
「い、いえ……そう言う訳では」
2人の兵士はそわそわ視線を彷徨わせながら、目配せをして明らかに困った風だった。
「自由に出歩いて良いと聞いたのですが……出ると困るのでしょうか?」
「いえ……その……」
「困らないなら勝手にしますね」
煮え切らない態度にイラッとしつつ、笑顔で会釈をする。頭を下げたのがいけなかったのか、兵士達は大慌てで片膝をついた。
その大げさな仕草に嫌気がさす。
嫌でも私が地球ではないどこかで、他人の権力を笠に生きているのだと思わされた。
「……お待ち下さい!」
後ろからかかる声に一応振り向く者の、顔をしかめて足は止めない。兵士はひたすらよそを見ながら私を追いかけてくる。
あれ、危ないと思うんだけど。
案の定、兵士はこけた。
「…………」
ため息を吐いて兵士の元へ行く。
「貴方ねぇ……兵士ならそれくらいで転ぶのはどうかと思いますけど……」
「も、申し訳ございません」
兵士はまだ私を見ない。
「目を見て話して」
「できません……」
「……貴女、何のためにあそこにいたの?」
「黒い薔薇の君をお守りする為です」
「私が敵に襲われたとして、貴方はそんなことで助けられるの?」
「申し訳ございません……」
目の前の兵士は情けない顔をして、今にも泣き出しそうだ。別に攻めているわけ絵ではない。理不尽すぎる上からのお達しには同情する。
「別に謝ってほしいわけじゃないし、守ってほしいわけでもないの。ましてや、何も無い所で2人して転んだことを攻めてる訳でもないわ」
そう言えばバツの悪そうな顔で「はぁ」と言う。どうやら若い兵士のようで、頭はそこまで硬く無さそうだ。
「何を渋ってたのか分からないけど、私は図書室へ行ってもいいんですよね?」
「ええ、もちろんです。その……渋っていたのはご指摘の通り、私達が貴女様を守れるか不安でしたので……言いにくい話ではありますが、守る対象を視界に入れないのは難しいのです。特に私達はまだ経験が浅い」
「では何故守る人に抜擢されたのですか? 腕が立つから信頼されているのではなくて?」
「いや……そのぉ、私達はまだ子供ですから……黒い薔薇の君の対象にはなりえない……といいますか……」
……そ……そんな心配!? だったらじーさんでも付けてればいいんじゃないだろうか……。
「……呆れた」
「……申し訳ございません」
確かに、よくよく見てみればかなり若いことが分かる。
「私が……私の対象が若い子だったらどうするつもりだったんだろう」
ボソッと言えば、目の前の2人が青ざめる。
「どうかそのようなことは仰らないで下さい……! 私どもの首が飛びます……!!」
私の興味が王に向かなくなるのを恐れて、若い子を付けたと。
そんな年若い子をあえてつける所を見ると、この白い塔と言うのは相当安全な場所らしい。
「もういいです」
ため息とともに歩きだす。安全と分かればこの2人が付いてこようが来なかろうがどうでもいい。
後ろから「お待ち下さい」とかなんとか焦ったような声が聞こえ、一応困りながらも付いてきているのが分かる。
私は「まさかこの先ずっとこんな感じでトイレまで入ってこられるのでは……」と思いつつ、小さくため息を吐いた。