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第一章 行キツク先ハ04

「陛下……どうか御慈悲を……」


「放っておけ」



メイドがルイに時計を渡して事情を話せば、ルイはその眉間にいつもより深いしわをつくった。

チラッと時計を見て「あいつこんな上等なものを持っていたのか」と呟き、汚い物を摘むように持ち上げた。



「ということはどこぞの貴族だったのか? どうりで気の強い……」


「陛下……お言葉ですが、もし貴族のご息女であれば異世界からお呼びしたのは問題かと……」


「貴族の娘の用途となれば嫁がせることだけだ。娘は1人というわけじゃあるまい。あのような鳥ガラが欠けたところで廃れる貴族であれば、それまでの貴族ということよ」


「…………」



窓の外がかすかに光る。分厚い雲の間が光、ゴロゴロと小さな音が聞こえてきた。



「……チッ」



王は小さく舌打ちをすると、メイドに下がるように言う。渋々とお辞儀をしていくメイドの後姿を見て、ルイは深くため息を吐いた。



「ユン」


「はいはい、ここに」



シャラシャラとアクセサリーの音をさせて、黒とショッキングピンクのド派手な服装をした男が現れた。

金糸のような髪は綺麗に編み込まれており、所々に付けられた装飾が忙しなくシャラシャラと音を立てる。



「あの鳥ガラを連れ戻せ」


「えぇ? いいの? 気に入らないんだと思ったけど?」


「あの気の強さは気に入っている。後宮での争いにも負けまい」


「おや、可哀想に。あの子の自由意思は尊重しないってわけね」


「元より自由などない。ここでは俺が全てだ。異世界の人間ごときに情けは無用。あいつは俺の駒だ」



目を細めて言うルイ。それを見て、どこか楽しそうにユンは笑った。その笑い方は嘲っているようにも取れるが、それが普通と認識されているため、ユンが怒られることは無い。



「怖いなあ」


「いいから行け」


「はいはい。すぐ戻るよ」


「それから」



引き止めたルイにユンがニコニコ笑いながら振り向く。何を言われるのか分かっているユンは、ニコニコと笑いながらも「また?」という心の声がそのまま顔に出ていた。

言われるであろうことをいくつか心の中で候補に上げ、ユンは小さくため息を吐いた。



「なに? 今さら言葉使いがなってないとか言わないでよ?」


「お前の服装をなんとかしろ。それと目立つ行動は控えろ。前から言ってるが、お前は影のくせに目立ち過ぎだ」


「それも今さら☆」



ユンと呼ばれた男はおかしそうに笑うと音も無く消えた。





* * * * * * * * * * * * *





陛下の言う鳥ガラの女は、土砂降りの雨の中、野ネズミの方がよっぽど上手く雨を凌ぐだろうと思われる場所にいた。

寒さからか遠目でもガクガクと震えてるのが分かり、目は固く閉じて開く気配がない。震えていなかったら死んでいると間違われてもおかしくないくらい血色が悪く、このまま放っておけば確実に死ぬであろうことは医療の知識がなくとも分かる程だった。



「お嬢さん、こんなとこでどーしたの?」


「見て分からない?」


「死にたいのかなとしか思えないけど」


「別に……そんなつもりじゃないわ」


「メイドに合わなかった?」


「……あなたも私を迎えに来たの?」



意外と元気そうな声で返事を返していたものの、ため息を吐くと薄っすら開けた目を再び閉じてしまう。



「ねぇ、本当に死ぬ気?」


「……死ぬ? 私が?」



もう返事はないと思われたのに、か細い声が聞こえてくる。



「死ねば夢から覚めるし、丁度いいと思うけど」


「本気でそう思ってるの?」


「…………」



少し眉を寄せて目を閉じ、問いには答えない。



「僕はね、今までつまらない意地を張って死んでいった奴を大勢見て来たんだけど。キミもその愚か者どもと一緒になりたいわけ?」


「これが意地だろうがなんだろうが別に気にしてないわ。あそこには戻りたくないだけだもの」


「どうして?」


「私の気持ちをちっとも考慮してくれない上に、利益どころか不利益ばかり押し付けてくるから。事情は良く分からないけど、自分だけ美味しい蜜を吸おうと思ってることはなんとなく分かったわ」


「なるほどねぇ」



クスクス笑いながらスミレに上着をかけると、熱を与えるように抱きしめた。



「僕は『ユンマクレガー=ルドルフカ』。みんなは『ユン』って呼ぶから、そう呼んで? キミの名前も教えてよ。呼び名がないと不便でしょうがない」


「そう? 初めまして、ユン。私は真宮スミレ。みんなは『スミレ』って呼ぶわ。そしてさようなら」


「さようなら? どうして?」


「だって私は意地を張ったせいで死ぬんでしょ?」


「そうだね」



ユンは声を出しておかしそうに笑うと、スミレを抱えあげた。



「でも、キミは死なせないよ。嫌だろうがなんだろうが、あそこに戻ってもらう。意地を張って抵抗するなら、それなりの力を付けてからやるんだね。それまではアイツの所で休養するといいよ。キミは嫌かもしれないけど、これ、結構良い提案だと思うけど。懐いたと思った小猫に噛まれたら、アイツどんな顔をすると思う? プライドだけはやたら高い男だから、相当悔しがると思うんだけど」


「……そうなの。それ最高の嫌がらせじゃない」



スミレはフッと笑うと、今度こそ目を閉じて動かなくなった。



「寝たの? おや、心拍数が下がってる。こりゃまずいな。早く戻らないと」



ユンは「いけない、いけない」と楽しそうに呟くと、水音を立てて消えた。





* * * * * * * * * * * * *





「ほお、どうやってこの頑固物を連れて帰って来た」


「この子、意外と単純だよ。ルイに嫌がらせする方法を教えたら、二つ返事で了承したもん」



その一言にルイは思わず半目になる。それを全く気にした風でもなく、ユンは言葉を続けた。



「ルイが親切にしないから~。第一印象悪いって最悪だよ?」


「なぜ俺が親切にする必要がある。今までこの態度で問題だったことはない」


「そりゃ鉄仮面だからじゃない。この子にも同じように接すればよかったのに」



そう言われ、ルイは「確かに」と思い顔をしかめた。

今まで国賓や香水臭い女達を騙してきたように、表の顔で接すれば問題無かったはずだ。ベッドの上で死んだように眠るスミレを見ながら、ルイは自分がしくじったことにイラつく。



「さがれ」


「ハイハイ。ミリアちゃん呼んだ方が良いでしょ?」


「誰だそれは」



少し考えなくても思い出せない名前。わずかに鼻にしわを寄せて問えば、ユンにあきれたような顔をされる。



「ちょっとちょっと~! さっきまでここにいたじゃない。あのメイドの子! 部下の顔くらい覚えてよね」


「何千人もいるメイドの顔なんぞいちいち覚えてられるか」


「あれはキミ付きの中の1人なんだけどね」


「…………」



ジャラジャラ音を立てて歩くユンに舌打ちをし、怒り収まらない声で外の兵士を呼んだ。



「ご用でしょうか」


「ヴァンとセナを呼べ」


「かしこまりました」



兵士は礼をとるとさっさと出ていく。鳥ガラと称した女は目覚める気配がない。その細すぎる首に手を伸ばし、少し力を込めた。しかし、絞めても顔色は変わらない。



「お前、こんな簡単に殺されていいのか?」



ボソッと呟いたつぶやきは、空中に溶けて消えた。



「帝国龍騎士 第一部隊隊長 ヴァン=コトウ様、一等星魔術師 セナ=ミレイ=ナスカ様がおこしです」



思ったより早い訪れに、慌てて首から手を離して振り向けば、丁度メイドが扉を開けるところだった。

現れたのは白銀の鎧に身を包んで軍刀を腰に下げた背の高い男。短く刈り込んだ薄紫の髪の毛が、深い紫色の瞳を際立たせている。

もう1人はゆったりとした砂漠地帯に住む民族のような恰好をした長髪の男。カラフルな布と装飾品をふんだんに使った服装は、薄桃色の髪と黄緑の瞳によく似合っていた。



「陛下、お呼びでしょうか」


「できれば早く用を済ませて頂きたいんですがねぇ……騎龍の卵がそろそろ孵るんです」


「話はコイツのことだ。ヴァンは既に会っていると思うが……セナは初めてだったか」



アゴでベッドの上のスミレを示せば、ヴァンと呼ばれた騎士はしばらく見つめた後、「あ」という顔をして頷く。セナと呼ばれた魔術師は興味ありげな顔で近付き、「おや、これは酷い」と呟いた。



「何故こんなに痩せているんです?」


「恐らく召喚の時に何かあったのだろう」


「ああ、『時の壺』を通って来たのですか。あれは意地悪ですからねぇ。それで、私はこの子を回復させればいいということですか」



セナは「早く言って頂ければよかったのですが」とつぶやきながらもスミレの様子を見るために近寄っていく。それを満足げに見ながら、ルイは小さくうなづいた。



「理解が早くて助かる。ヴァンはこいつを見はっとけ」


「…………」



返事をしないヴァンを、ルイは不満げな顔で見る。



「どうした。納得いかんようだな」


「お言葉ですが……この者は本当に『黒の薔薇』なのでしょうか」


「ほお? 俺が召喚したのに信じられないと? この黒髪は偽物とは思えん。それに、あの王の泉に現れた。お前もそこで見たし、あの時は納得しているようだと思ったのだが。まあ、口は悪いし見た目も悪いから、お前が想像していた様な深窓の君とは言い難い。疑うのも無理はない、が――……ヴァン、疑うのは俺への忠誠が薄いからだ」


「……申し訳ございません」


「行け」


「さて、話しは済んだようですね。ではこの子は私の方で預かりますよ……おや、なんて軽いんだろう。よく生きていられましたね」



未だ表情を硬くしたまま、ヴァンはスミレを抱えあげながら楽しそうに笑うセナと出ていった。

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