第一章 行キツク先ハ03
追い出された。
こんなボロボロでくたくたなのに追い出された。
彼は私の文句に眉をひそめたかと思うと、たった一言で「ルイって本当に王様だったんだねって」くらい兵士を集めて、あっという間に私を城の外へ追い出したのだ。
「くっそ……」
打ちつけた尻が未だに痛い。
ノロノロと立ち上がれば、城門の所にいた兵士が「早く行け!」と怒鳴る。
今までお嬢様な生活(なんとなく性格が分かるとは思うけど、実際『お嬢様』っぽくはなかった)をしてきたけど、こんな仕打ち初めてだ。
「……っいい度胸じゃない。誰の力なんて借りなくても生きていけるわ」
悔しいことに「今着ている洋服はくれてやる。売るなりなんなりしろ」と、ガリガリの体に似合わないお嬢様のような服を着せられたままだった。これは売れば良い。王宮の服とあらば当分の金は心配せずに良さそうだ。
と言っても売れればだけどね。
通貨の価値も分からないし……正直こんな貧弱女が「王宮のドレス」ですって差し出して信用してもらえるとは思えないし、もし仮に売れたとしてもぼったくられるかもしれない。何より売る前に道端で「へっへっへ……いいカモだぜ」なんて展開もあるかもしれないわけだ。
「というかあのメイド……」
全然関係ないけど出ていく時にメイドが「陛下、それは……」と言って黙らされていたので「こいつごときにこんな豪華な服は」ということだと思う。
「……くっそぉー」
重い体を引きずって道を歩けば、私の姿を見てギョッとしたらしい人達の視線が遠慮なく注がれる。
凄く気まずいので、私は早々に街を抜けることにした。
* * * * * * * * * * * * *
「……はぁ……はっ……」
全然進まない。ていうか、迷子……?
さっき飯屋らしきところで「すみません、外門はどこでしょうか?」と聞いたら地に頭を擦りつける勢いで「ききき北でございます……!」と言われ、何故そんな畏まられてるのだろうと思った。
「……道、は……間違えてないから……ふぅ……歩く速度が遅いっ……のね」
そりゃヨロヨロフラフラ歩いていたらそうだろう。
でも、こんなところで挫ける訳にはいかないのだ。だって、ここで私を助けられるのは私しかいないのだから。
「あの、マミヤ様……?」
「は……い?」
荒い息のまま振り向けば、先程城で会ったメイドが困り顔で立っていた。
もはやギャラリーは露骨を通りすぎて私達を囲んでいる。突然現れたメイドと、病的なまでにガリガリの私。当分、昼時のうわさ話には事欠かなそうで何よりだ。
「その……お戻り頂けないでしょうか? まだお体も万全ではございませんし……」
「戻る? あそこに? 冗談でしょう? 私はあんな奴のいるところに戻りたくないです」
「ですが……」
そう言ったきり、黙り込む。これはあれだろうか。もしかしなくても――。
「連れ戻して来いとでも言われたんですか?」
「いえ、そういう訳では……」
違うんかい。じゃあ、なおさら戻る必要ないじゃないの。
小さくため息を吐くと、慌てたように付け足す。
「『連れ戻せ』とは言われていないのですが、別のことは……」
「別のこと?」
「はい、その……一言一句違えるなと言われておりますので、そのまま申しますが……その……」
「ああ、気にしないで下さい。私、そんな畏まられるような人間じゃないので、敬語すら使わなくていいくらいです」
「いえ、そういう訳にはまいりません……!!」
何でもいいのだけど。でも躍起になって言う程でもないので「そうですか」と返す。メイドさんは「それでは……」と言うと緊張したように息を吐いた。
「陛下からのお言葉です。『その服は寝間着で、王家の紋章入りだ。当然のことながら王家の紋章を付ける者は王家所縁の者のみ。さぞかし目立つだろうな。加えて貴様はどう控えめに見ても鳥ガラ以下の死にかけた病人。いや、鳥ガラの方がまだ用途があるという物。子供でもお前を殺せるであろう。我が国は平和だが、他国からくる輩はそうではない。言っている意味が分かるか? 自分がどうすべきかよく考えろ』……以上で――いえ、けして私が言ったのではないのです!! どうぞ怒りをお鎮め下さい……!」
「……ええ、分かってます。別に貴女に対して怒ってはいません」
顔をヒクつかせているのに気付いたメイドが大慌てで私に駆けよる。あわあわしながら「先程もこの恰好で出すのはお可哀想だと言いたかったのです! で、ではなくて……それ以前に追い出すのはどうかと……!」と可哀想なぐらい必死だ。
「陛下は多少気が強い所がおありですが、それは別に意地悪でそうしているわけではないのです。そこは是非……」
「あれが意地悪ではない? 正気?」
「……その、もちろんです」
「陛下とやらに一言一句違えず伝えて頂けます?」
言いながら服を脱ぐ。
メイドはその光景を見た瞬間、血の気が引いたような顔で「おやめ下さい!!」と叫び、必死に私を止めようとするものの、何故か「やめろ」と言うだけで私には触れないので、それをいいことに出ていくとき持たされた自分の服に着替える。もちろん、プールの時の女子がする着替え方で。
「ああ、なんてこと……!」
「いい? 一言一句、違えないで。『助けてくれたことには感謝するわ。でも貴方のいいなりにはなりたくない。ここに来てるだけで混乱してるのに、勝手に呼び出しといて自分の言い分が通ると思わないで! ついでにあんたのほどこしは受けないわ!』ってね」
助けてもらったお礼になるかは分からないけど、と言って脱いだドレスと一緒に時計を差し出す。一応お嬢様の私は宝石がちりばめられた時計を持っていた。
これはおばあちゃんに貰った物だけど、「恩をあだで返すな」というのが口癖だから許してくれるだろう。
「まあ……! いけません、どうかお戻り下さい……!!」
「嫌です」
「言うなと言われておりますが、マミヤ様が『戻りたい』と一言仰れば、陛下は寛大なお心で許して下さるつもりなのです。どうか、そのようなお体で意地を張らずに……」
「なんですって!?」
「も、申し訳ございません……!! ですぎた真似でした……しかし私はマミヤ様のお体を心配して……!」
「そこはいいのよ! ありがとうございます!! よくないのはあの男! 『許してやる』って何? すっっっごく偉そうなんですけど!!」
聞き耳を立ててる人達の「だって実際偉いもんなあ」といった雰囲気に、何やら居心地悪い物を感じる。
メイドは泣きそうな顔で「どうかお願いします」と言っていて、なんだか私がいじめているような気になってきた。
でも、ここで挫けてはいけない。
「私は強い女なの。助けがなくたって1人で頑張れるわ」
ヨタヨタの姿で言った物だから信じてもらえてはないだろうけど、メイドは「マミヤ様……」と呟いて何も言わなくなった。それを見て「それじゃあ」と踵を返す。
最後の意地で、背筋を伸ばして颯爽と歩いた。ギシギシ軋む関節の音を聞きながら、後をついてこないメイドにホッとする。
(帰る方法くらい1人で見つける。あの狐に会えばいいだけだもの)
サーッと広がる人の海の真ん中を歩きながら、どんよりとした空を見上げてため息を吐いた。