第五章 我、黒イ薔薇ノ君哉。11
光りが足下に現れた瞬間、どこからともなく出てきたセナが魔法を相殺した。
「貸し1ですね。私でなければ陛下は死んでいたでしょう。術者には陛下が死んだことにしておいた方が良さそうだ」
そう言って笑いながら、何かの呪文を唱える。
心臓が爆発しそうなほど鼓動していて、ようやく自分が助かったのだと気付く。
「すまない」
「いいえ、構いませんよ。貴方が死んでしまったら、彼女に殺されてしまいますからね」
クスクス笑うセナは、辺りに群がってきていた敵を眺めると一瞬で全てをかき消した。
セナが最も得意とする消失魔法。使えるのは世界に1人だけ。そのあまりにも強力な魔法ゆえに禁術とされている。しかもヘタをしたら術者が死んでしまう恐ろしい技だ。それをセナは1日で3回だけ使える。
使うたびに腕に模様が浮かび上がっていくのだが、すでに腕には3つの模様が浮かび上がっていた。
「向こうはどうだった?」
「敵は0。完全に騙されてしまいましたが、途中で伏兵を見つけまして。面倒だったので消失させました」
「そうか」
その時、息を切らせながら伝令が走って来るのが見える。
あれが本物かどうか分からない為、持っていた剣を構え直す。それをセナがさえぎると、眉間にしわを寄せてポツリとつぶやいた。
「臭いですね……魔力の……腐ったにおいがする」
「伝令! 南の陣に敵将が現れました! それをスミレ様がとニコラス様が撃退し、現在スミレ様がこちらに向かっております!」
「なんだと!?」
胸倉をつかめば、苦しげな表情になる伝令。
セナがため息を吐いてその拘束を解かせると、伝令兵は荒い息を吐いて地面に転がった。
「もう間もなくこちらに到着される予定ですが、スミレ様の様子がおかしく……話しかけても――」
伝令兵の言葉を遮ったのは、ルイでもセナでもなく、禍々しい黒い霧だった。
あたりにスーッと冷気が立ちこめる。
その中央にいるのは、目が据わったスミレ。ブツブツと何かをつぶやきながら、ただひたすら残党を排除していた。
「スミレ……!!」
「生きていたの?」
「スミレ、やめろ! もういい! 敵将は落ちた!! 早くその力をしまえ!」
あの時と同じだとルイは思った。あの時も、術を発動したもののしまい方が分からないで困っていたのだ。
しかし、今回のはあの時の比にならないくらい禍々しいものを感じる。このままではスミレの命がつきてしまうことなど、そこらへんの一般兵にすら分かるほどであった。
「ねえ」
「早くしまえバカ者!」
「ルイ、聞いて」
かすかに、『貴方が生きていてくれて嬉しいわ』と聞えた。
「……!」
再び口を開こうとした時に、横にいたセナが舌打ちをしてルイを引きとめる。忌々しい者を見るかのような目でスミレを見ながら、セナはルイに視線を移した。
「……なんだ、その目は……」
「恐れながら陛下……! このままでは黄泉の悪魔が暴走してしまいます……!!」
「だから……なんだというのだ……スミレを……スミレを早く……」
「もはや手遅れ……陛下の手で――」
世界から音が消える。
ルイの聞き間違えでなければ、セナは確かにこういった。
― スミレ様を、陛下の手で殺すしかない ―
「できるか……!!」
「できるできないではなく、やるのです!! このまま国が滅んでもいいとでもいうのですか!?」
そう言いながら舌打ちをし、術を唱えてスミレに手を向けるセナ。何か恐ろしい物を感じ、ルイは反射的にセナを昏倒させた。
「ちょっとちょっとぉー! 何やってんのさぁ!!」
焦ったようなユンの声。そちらを振り向けば、今にもスミレを殺しそうなユンが立っている。
「陛下が出来ないってンなら僕がやるよ。アンタはセナみたいに僕を昏倒させられない」
そう言ってユンはスミレに駆け寄る。
「やめろ――――!!」
ドンと音がして、ユンが吹き飛ばされる。地面を何回か回転して転がりながら、ユンは動かなくなった。
「なんっ……」
「赤い……光り……? なんで? 青が急に赤になった……誰……?」
ブツブツとつぶやくスミレ。それを見て、ルイは絶望する。
「もう……駄目なのか……?」
「ルイ……?」
「もう……お前は――」
振りかぶった剣を、スミレの胸の真ん中につきたてた。
なぜか抵抗することなく、剣は胸を突き破って背中から体の外へ出る。
「……っすまない……」
「……何、泣いてんのよ」
そう言って笑ったスミレの顔は、いつもの笑顔に戻っていた。