第五章 我、黒イ薔薇ノ君哉。08
敵を斬り伏せていたルイは、妙に抵抗がないなと訝しんでいた。必要以上に近寄らず、かと言って攻撃してこない訳ではない。妙な違和感が、さきほどからずっと自分を襲っているのだ。
「おい、ユンはいるか!」
「はいはい、ここに」
飛び降りるのと同時に、ルイ後ろに忍び寄っていた敵を排除する。その姿を確認すると、ルイはサッとスミレがいるであろう方向を見て早口で命令を下した。
「急ぎ、陣地に戻ってスミレを確認してこい。嫌な予感がする」
「かしこまり。ちょっとヴァンー。陛下のこと頼むよ」
「言われなくても分かっている!」
まだ余裕の表情を浮かべているヴァンは、噛みつくように言うと目の前の敵を斬り伏せた。
消えたユンを見送って、再び敵の方へ視線を戻す。平原は一面死屍累々。そのほとんどは自軍の兵士ではない。
「…………」
目を細めたルイの耳に魔術の発動する音が聞こえたのはその時だった。しかし、発動したはずの魔術は特に変化をもたらすこともなく、音だけ発して消えてしまう。ルイはその現象に心当たりがあった。
「ちっ……呪いの類か!」
後で何らかの条件を満たした時に発動する呪い。呪いの種類も分からなければ誰にかけられたのかもわからないから性質が悪い。
セナを呼んで解除させようと思った時、伝令兵が忌々しい情報を持ってやってきた。
「伝令! 西の陣にて魔術師の伏兵が多数!」
「くそっ……セナ!」
「すぐに向かいます」
そう言って一瞬で消えていく。
ルイはセナのことを信用していた。セナが行くのであれば西の陣は無事だろうと思い、小さくため息を吐いた。あそこには兵糧が沢山あるので盗られるわけにはいかないのだ。幸いここら辺には魔術師もそう多くいない。先程の呪いは他の者に解かせればいいのだ。
「おい、誰か――」
「伝令! 東の陣にて、伏兵発生! 急ぎ応援を頼みます!」
「東……? バロック卿は何をやっているんだ!」
怒鳴られた伝令兵は肩をすくめる。舌打ちをしたルイがヴァンの方を見ると、小さくため息を吐いてヴァンが頷く。
「頼むぞ。このままではバロック卿が死んでしまう。今あれに死なれては困る」
「畏まりました」
「おい、魔術師はいるか? 呪いをかけられた者がいるはずだ。見つけ出して解除しろ」
遠ざかっていくヴァンを見送りながら近くの魔術師に命令する。そうして再び敵に向かいながら何人目かの敵を斬り伏せた時、ルイは一気に血の気が引くのを感じた。
バラバラになった自分の部下。どれも戦では肝心要の重要なポストについている者たちばかりだ。他国にも名が知れるほどの強豪の集まり。それが西と東、そしてスミレのいる南の陣地にバラけさせられた。
もし、その強豪をバラけさせるのが呪いの発動条件だとしたら……そしてそれが、スミレに関する呪いだとしたら……そうじゃないかもしれないが、ないとは言い切れない。
「まさか……おい、誰か――」
足下に巨大な魔法陣が浮かび上がり、光りの柱が立ち昇る。
ルイを呼ぶ声が、あちらこちらから響いた。