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第五章 我、黒イ薔薇ノ君哉。05

「あれぇ? スミレ姫なんか疲れてない?」


「そう……?」



私用に作られた鎧をミリアに着せてもらいながら、私はユンに作り笑顔を浮かべる。

昨日は散々だった。死ぬほど特訓しては死んだように眠り、時を巻き戻してまた練習。どのくらいそうしていたか分からないけど、あの空間ではなぜか黒い薔薇の君の力が上手く発揮できなかった。恐らく、これはこの国から出てはいけない能力なのだろう。時の狭間はこの国の外。だから、拒絶されたのだ。そう思わないとやっていけない。

時の狭間でしっかり休んではいるものの、長いこと中にいたものだから私はすっかり疲労していた。

今日が本番だというのにぐったり気味だ。



「ちょっとちょっと~。僕は陛下についていくんだから、スミレ姫を守れないんだよ? しっかりしてくれないと困るんだけどぉ」


「え? ルイは陣地にいるんじゃないの? 私は陣地にいるんだけど」


「陛下はご自分で戦われるんですよ。いつも前線で国民をお守りして下さっているのです」



誇らしげな声とともに現れたのは、すっかり存在を忘れてきっていたキーバンス家のエレーヌとミッドウェア家のシリアンヌ。

後ろに大勢のメイドを従えての登場だ。



「お似合いですわね。勇ましいお方」


「え? 嬉しいわ……」


「褒め言葉ではなくてよ」


「…………」



もうやだ。なんでこの人、こんな重要な日に朝からイライラさせるんだろう。後宮が1人減ってからすっかり大人しくしていたと思ったのにこれだ。



「それで……エレーヌとシリアンヌは何をしにここへいらっしゃったのかしら? わざわざ後宮から出てくるだなんて、戦争が怖くてあそこからは一歩も出られないのかと思ったわ」


「子供っぽい喧嘩を売るのはおよしになって。今日は戦という大事な日。女だてらに勇ましくも戦場へ行かれるというのですから、側室の私たちも何か贈り物をと思いましたの。スミレ様に使えるかどうか分かりませんが、特別に作らせた剣ですのよ」


「側室じゃなくて側候補でしょう? それに、わざわざそんな贈り物を頂かなくてもルイから頂きましたわ」


「何かを上げた方が世間体が良いんですのよ。子供ではないのですから、お察しになって?」



うわぁあぁぁああぁぁあ……!! ムカつく……!! なんかすっごい腹が立つ……!

くっそう……なんで私がこんな女たちに――。



「スミレ様……ここは大人しく受け取った方がよろしいかと」



こそっと耳打ちしたミリアに、シリアンヌは満面の笑みを向けた。



「スミレ様のメイドの方が分かっていらっしゃるようねぇ。一々口をはさむなんて、随分立派なご教育をされているようですけどぉ」



ふあぁあああぁぁああぁあ……! んもーなんなのよぉおぉおおおぉおおおお!!

ミリアをいじめないでよぉおおぉぉぉぉぉ!



「スミレ姫~。ここはそういうものだと思って受け取ってやればぁ? こんなん誰も本気で心配してないってことくらい分かってるって。どうせなまくらでしょ? 僕が力こめたら折れそうだよねぇ。宝石ばっかゴテゴテついて邪魔だったらありゃしない」


「下賤の者は引っ込みなさい」


「引っ込むのは貴女よシリアンヌ。ああ、それからエレーヌも。私の友人をバカにするのは許さないわ。ミリアは良くできたメイドで世界中のだれにも負けないほど気を回すのが上手だし、ユンはいつだってルイを守ってくれる頼もしい人なの。これ以上口を出すのであれば、敵の前に貴女達をどうにかしそうだわ」



戦争前で気が立っていたということにして欲しい。

やっすい挑発に乗った私は、顔を真っ赤にしながら贈り物を投げつけて出ていくエレーヌとシリアンヌを見送った。



「朝から胸糞悪いわねぇ」


「全くでございますわ」



ふんっと鼻息荒いミリアに若干なごみつつ、一応投げつけられた贈り物を拾う。

宝石のゴテゴテ付いた悪趣味な剣。何の気なしに少しだけ力をこめたら簡単に宝石が取れて床に転がっていった。



「おっと」



それをわざと踏みつけるユン。

すると、その宝石と思われた何かは簡単に砕け散る。



「……ちょっとちょっと……手抜きにも程があるんじゃないの……?」



思わず苦笑してしまう。あまりに露骨な嫌がらせで、悔しいことに場がなごむのを感じた。



「もう1つは何?」


「お菓子……のようですわ。全く。戦前にお菓子を持ってくるだなんて……」



箱の中には色とりどりのクッキーのようなもの。アメリカのケーキみたいにカラフルな色が付けられており、甘ったるい匂いを発していた。



「うわ、胸やけしそう……でもこの手のお菓子は嫌いじゃないのよねぇ……気が立っていない時に頂きたかったわ」



そう言って苦笑しながら、私は1つだけつまんで口に放り込む。行儀の悪さをミリアに怒られながら、私は鎧の布部分で手をぬぐう。それをさらに指摘され、私は手を上げて降参した。



「それで、ユン。何か用事だった?」


「あ、そうそう。そろそろ出発だって」


「分かったわ」



返事をするとすぐに見えなくなるユン。

私は大きくため息を吐いて、ミリアに向きなる。ミリアは心配げな顔をして私を見つめており、目をウルウルさせながら私の名前を呼んだ。



「言ってくるわ。何の役に立つのかさっぱり分からないけど、この国はきっと大丈夫よ」


「……御武運を」



あまり力を込めないようにしてミリアを抱きしめ、私はゆっくりと部屋を出た。



――城門前。

ルイとユンは遠くを見つめて険しい顔で立っていた。



「スミレ姫は鎧着け終わって、今からこっちに向かうとこ~」


「わかった」


「……ねぇ、今回の戦さあ、ちょーっとヤバくない?」


「…………」



そもそもなぜ黒い薔薇の君を戦争に出さなければいけなかったのか……その理由がここにあった。

今回の敵は隣国のヘルヴァンと呼ばれるところで、アサシンを大量に育成していることで有名だ。その精度はかなり高く、ほぼ確実に依頼をこなすということで他国からも仕事を請け負ったりしている。

その国が、黒い薔薇の君を欲してきたのだ。恐らくとんでもない魔力を秘めていると気付いたのだろう。

最初こそ、連れて行けばいと言った家臣を殺してしまおうかと思うほど反対していたものの、城に置いていく方が危険だと助言されてからはコロッと意見を変えた。

幸い身を守る方法はあるようなので、陣地で奥深くに閉じ込めておけば問題ないはずだと思ったのだ。



「あいつは俺が守る」


「おやおや。あれほど言っていたのに、その言葉が陛下の口から出るとは思いもしませんでしたよ」



いつの間にか後ろに来ていたセナがクスクス笑う。

昔の自分がいかに酷いことをしていたかを思い出し、ルイは思わず苦虫をかみつぶしたような顔をした。

いつ頃からだったか、ルイはスミレを目で追うようになっていた。何をしでかすか分からないから、目を離せないのだ。

いつだったか忘れてしまったが、バルコニーの縁に登ったかと思うと歌を歌いながら歩きだしたことがあった。落ちたら確実に死ぬ高さだというのにだ。大慌てで駆け寄って部屋の方へ引っ張り倒せば、この世の終わりかと思うほどの悲鳴を上げて怒り出し、殺す気かとわめかれた。自分で死にそうなことをしていたというのに、よく分からない女だと思う。

他にも、自分の身長の倍くらいある大きな花瓶の中身が気になったのか、ニコラスに肩車をさせて中を覗こうとしていた。スカートで前が見えないニコラスはフラフラになりながら立っていて、バランスを崩して転倒しそうになった。それに驚いたスミレは花瓶の縁をつかみ、花瓶ごと倒れたかと思うと花瓶を守って下敷きになっていた。助け出して怒れば、高そうな過敏だったから割れたら困ると言ったのだ。自分が怪我をするより花瓶が大事らしい。



「あれは……成人していると言ったな。俺より年上だと」


「ええ」


「なのに、ガキ臭くてかなわん」


「そうですねぇ」



思いあたる節があるのか、ユンもセナも困ったように笑う。

最近、みんなこんな顔をするのだ。家臣も騎士たちも、ルイがスミレの話を鬱陶しそうな顔をしながら話しているというのに、みんな困ったように笑う。

メイドも教育がなっていないのではないかというほどスミレに懐いており、かと思えば客の前ではパーフェクトな対応をする。

スミレが来てから、少しずつ、しかし確実に何かが変わっていっていることが分かった。



「……ガキ臭いかと思えば、自分より年上であることがハッキリ思い知らされる時もある」


「…………」


「あいつは……どうせだったら全員まとめて守ってやると言った。俺やお前達のついでに、国民を守る気らしい」


「スミレ姫らしいんだけど」



ルイは分からなかった。スミレという人間が。

王様という立場ゆえに、人の心を読むのは得意だと思っていた。しかし、スミレのことは良く分からないのだ。少しずつ見えてくるスミレの本心にふれるたび、言いようのない高揚感と誰かに自慢したいという気持ちが入り混じる。

しかしこれは自分だけが知っていればいいという複雑な思いを感じながら、最近では少しだけスミレに優しくできるようになっていた。



「あれは……いったい何なのだろうな。口では色々と酷いことを言うが、その実、相手のことしか考えていないのだ」


「ただの黒い薔薇の君ですよ。貴方だけのね」


「……そうなのか」



今さらながらに、ルイはスミレが色んな意味で凄い人間であると分かったような気がした。

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