第五章 我、黒イ薔薇ノ君哉。02
「えぇ!? で、では……黒い薔薇の君の……スミレ様の力を使って戦争に臨むと!?」
「ああ」
「無茶ですよ……! スミレ様は人が死ぬところすら見たことが無いと仰っていたのですよ!」
「そんなことは分かっている!」
ユンに気絶させられてからしばらく。目を覚ましたらベッドの上だった。しかし、目を開ける前に、重要そうな会話が聞こえてきたので起きるに起きれない。私なりに気を使った結果だ。
内緒話だろうに。この男達は私が目覚めている可能性は少しも考えないのだろうか。
「早く力をコントロールできるようにしろと言われた……しかし、仮にコントロールできるようになったとしても、スミレは連れて行かない」
「陛下……」
それは無理ってものだろう。王様は個人ではなく大勢を優先すべきだ。だいたい、私を優先する理由なんてあるのだろうか。
全く。ここは私の説教タイムとしゃれこみますか。
「スミレは――」
「話は聞かせてもらったわ。そして駄目よ」
「スミレ……! 起きていたのか……」
ベタなくらいに『やっべ。聞かれてたかも』な顔。2人に椅子を進め、ルイだけが座ったのを確認してから口を開いた。
「ルイ。貴方、王様なら個人ではなく大勢を選びなさい」
「しかし、お前は黒い薔薇の君だ。本来、黒い薔薇の君は城外には出さない。あの時お前が城下に降りたのは……まあ、特別だ」
「駄目。私に戦争で使える能力があれば別、ということでしょう? 使いなさいよ。貴方、何のために私をここへ呼んだの? 城の奥に大人しく閉じ込めておくため? 利用できるものはなんでも利用しなさい。私の国には『立ってる者は親でも使え』と言う言葉があるわ」
そう言った瞬間、ルイの顔に怒りが浮かんだ。私を睨みつけながら、ゆっくりルイが立ち上がる。
「確かにお前をここに呼んだのは俺だ。お前の都合も聞かずにな。だが、情のわいた……それも女に戦場へ出ろと言うほど酷い男ではないと思っている」
「ルイ……貴方にそんな優しい一面があっただなんて知らなかった」
「俺はふざけているわけじゃない! 真面目に――」
「なら余計によ。真面目であれば、余計になの。情がわいたと言ったわね? 私も……今すぐに滅びろと思っていたこの国と国民に、少しだけ情が沸いたらしいわ。ミリアは良い子だし、ニコラスだって忠実で可愛い。セナは意地悪だけど助けてくれるし、ユンは私を退屈させない。城下の人も、悪い人ばかりじゃなかったわ」
ルイは今にも泣きそうな顔をしながら、椅子に崩れ込むようにして座る。
頭を抱え、何度かため息を吐く。時折拳を作っては手を開き……と繰り返しながら、何かに耐えているようだった。
「あれだけ貴方に恨み事を言っていた私が、手を貸してやっても良いって言ってんのよ。私の価値がどれほどあるか知らない。足を引っ張る可能性だって高い。それでも、何かに利用できるならそうして。私は、大切なミリアとニコラス、あとユンとセナ……それから、貴方を守る為に動くの」
ニコラスは我慢できなかったのか、下を向いて震えている。ぽたぽたと床に水玉が出来ていくのを見ながら、私は小さくため息を吐いて笑った。
「みんなを守るのなら、ついでにみんなの家族と友達だって守るわよ。その家族にも家族や友達がいるでしょうね? そうやってどんどん大切な人の大切な人……って考えると、正直面倒なのよ。だから、どうせだったら全員まとめて守ってあげようじゃないってこと」
私はなんか凄い力を貰ったらしいし、これを利用しない手はない。
幸い……というか、何も幸いではないけど……とにかく、私は戦争を経験したことがないから、今のところ『うわーどうしよう!』なんて恐れはない。実際に行ったら怖くなって、本当に足手まといにしかならないかもしれないけど。
でも、黒い薔薇の君が行くということで士気が上がる可能性があるなら、それだけでも行く価値はある。それに、それで小うるさい相談役が黙るのであれば御の字だ。
私は魔法使い的なポジションだから、剣をふるったりする必要はないはずだ。なんだったら、陣地全体に棘を張り巡らせるくらいの力を付けておくのが一番良いかもしれない。
「腕がなるわ~! みんなを守る為にはりきって力を付けないと。大体、この国を潰すのは歴代史上最悪の悪女である私の役目よ。ポッと出の他国なんかに邪魔されてたまるもんですか」
豪快に笑って部屋を出る。
実感がないせいで、まだ全く怖くない。
不思議だ。あれほど恨んでいたこの国とこの国の人間が全く憎くない。むしろ、助けなければと使命感に燃えている。なんでこんなことになったのか分からないけど、これが人間の順応能力とかいうやつだろうか。
元々怒りが持続しない性質だから、きっと今回も散々怒ったあとで許してしまっていたのかもしれない。
突発的に怒ったりはするけど、根本ではすがりたいと思っていたのかもしれない。
だって、私はきっとここで最後を迎える事になるから。
最近、なんとなくそう思うのだ――。