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第四章 それぞれの思惑12

「説明しろ。どうして突き落とした」


「説明したわ。突き落としていないってね」



説明したのに誰も信じてくれないのだ。ミリアですら信じてくれない。いや、はっきりとそう言われたわけではないが、あのミリアの困った顔が、何とも言えない絶望感を感じさせる。実際にサブリナが怪我をしているのだ。だから信じてくれないのだろう。サブリナ達のメイドという強力な証言者もいることだし。

サブリナは足の捻挫と体中の打ち身に擦り傷。大怪我ではないけれど、ご令嬢という立場を考えれば大怪我の分類に入るのだろう。全く持って面倒なことになった。



「……お前がいじめられているのは知っている。だが、お前はかわすのが上手いし、大人だから立場が危うくなるようなことはしないと思っていた」


「だから私は何もしてないって言ってンでしょうが」



小さくため息を吐いて椅子に寄りかかる。

ここで大騒ぎして泣きわめきながら違うと言えば、他の人は信じてくれるのだろうか。いや、きっと信じてくれないだろう。何より私の小さなプライドが許さない。そんなみっともない真似をするくらいならば、疑われていた方がましだ。



「少し頭を冷やせ」


「貴方もね」



憎まれ口をきいて、今日の会話は終了した。

この日を境に、私の部屋には誰も来なくなった。正確に言うと、『必要以上に』である。食事の時だけミリアではないメイドが準備をしに部屋へ入ってきて、表情一つ動かさずに準備を整えると出て行くのだ。ミリアに見捨てられたのかなと思うと少し哀しくなったけど……というかだいぶ傷ついたけど、仕方のないことだと思って我慢した。



――あの日から1週間。

意外と弱かったらしい私は、すっかり衰弱していた。自分でもびっくりするほどだ。私の食は段々と細くなり、とうとう水しか飲めなくなった。受け付けないのだから仕方がない。全くお腹が空かないし、丁度いいダイエットになるだろう。



「……私、なかなか強い心を持っていると思ったのだけど、あれはミリアがいたから頑張れていたのね。気付かなかったわ」



これは大発見だ。もっとミリアに優しくしなければいけない。それから、美味しいお茶を淹れてご馳走してあげよう。



「……もしまた会うことがあればだけど」



いつも失ってから気付くのだ。時すでに遅し、とはこのこと。

いじめはエスカレートしていた。笑顔でかわすのももう限界だ。いや、まだいけるかな。変な贈り物は未だに続いているけど、自分で処理できるようになった。悪口は今までメイドとご令嬢だけだったけど、兵士とか魔術師とか……とにかく知らない人にまで言われるようになった。それでも、聞えないふりをしているうちに本当に聞こえなくなるからそれでかわしている。



「…………」



カーテンを閉め切った真っ暗な部屋の中。ベッドの上で体育座りをすると、気持ちがどんどん落ち込んでいくのが分かった。よろしくない。非常によろしくない。これではあいつらの思うつぼだ。

ここで私が自殺でもすれば、少しは誰か反省してくれるだろうか。

衝動的に勢いよくつかんだペーパーナイフを首にあてて食いこませ、ふと当たり前のことに気が付いた。



「……しないだろうなあ。嬉々として喜ぶ奴に心当たりがありすぎるわ」



だったら絶対に死んでなんかやらない。

私は、悪女になると宣言したではないか。その覚悟が足りなかったからこんなに落ち込んでいる。それだけの話。もっと心を強く持たなければいけない。一人でも生きていける強さってやつを、早々に身につけなければいけないのだ。



「じゃなかったら……私は滅んでしまうわ」



空中を睨みつけ、トイレへ向かう。乱暴に蓋を開け、私は狐を呼び付けた。コポコポと水から泡が立ち上り、真っ白の獣が現れる。



「久しいの、小娘。少し痩せたか。食いがいの無い」


「挨拶は結構」


「まあ聞け。この間、我を使いっぱしりにして人間の小僧に伝言を頼んだのを覚えておるか」



人間の小僧……ああ、ニコラスのことか。

思いあたって頷けば、『あの時は言い損ねたが』と前置きをして、ギュッと眉間にしわを寄せた。



「小娘……体の中で何を飼っているのだ?」



そう言われた瞬間、心の奥をつかまれたような気がした。

ドロドロと私の中にある何かが渦巻いていき、ギリギリ音を立てて心臓を握りつぶしていく。



「分かるの?」


「禍々しい気配は感じる。我の敵ではないが」



敵ではない。

なるほど、この狐、相当自身があるらしい。トイレから出てくるから全く実感がわかないけど、胡蝶の時も色々と暗躍してくれていたし、セナも術式が複雑だって褒めていたし、もしかしたら本当に凄い狐なのかもしれない。



「ねぇ……貴方って凄いお狐様だと思っているの」


「ようやっと解ったか」


「そんな凄いお狐様にお願いがあるのだけど……ああ、でも無理かかもしれないわ。とても難しいことだから……」


「我を侮るな。できぬことは無い。言うてみよ」



凄い狐だというのはなんとなくわかるし認める。だけどどうしてこうも扱いやすいのだろうか。私はこの狐が悪用されないか、大変心配をしている。



「私の中にいる何かを従える努力をするわ。だから、その努力に応じて私に力を頂戴」


「なるほど」



ニヤリと笑った狐は、ギリギリと体を動かすと無理矢理両腕を出して腕組みをした。

頑張れば腕くらい出せるんじゃないかと妙に感動していると、水でピショピショの手で私の胸に手を突っ込んだ。文字通り、突っ込んだのだ。手は体を突き破り、体内に入っている。



「……え?」



しかし、痛みは無いのだ。血も全く出ていない。まさぐる感覚だけが続く。体を内側から撫でられ、非常に気持ちの悪い感覚が続く。

しばらくまさぐった後、狐は顔をしかめてブツブツと何かを呟いた。その瞬間、凄まじい痛みが襲う。



「……っぁ!?」



思わず倒れ込めば、倒れることすら許さないとばかりに狐が肩口をつかんで押し返す。ギリギリの意識の中で立ちながら、トイレの縁に手をかけて荒い息を吐いた。

体の奥から黒い靄が出てきて、部屋中に吹き出す。激痛はおさまる様子が無く、もう駄目だと思った時だった。



「完了である」



そう呟いた声が聞こえ、私の意識は飛んだ。

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