第一章 行キツク先ハ01
「ひやぁあぁぁ……っ!!」
私は絶賛空中飛行中だった。さっきまでは。今は木にぶら下がっている。それも崖の途中からはえた木に。
「あぁ……っ! 待って待ってまっ……!?」
そしてその木はミシミシと音を立てて、たった今折れた。
真下は深い濃紺色の泉だ。どのくらい深いか分からないが、例え浅くないとしても意味はない。だってこの高さであれば水面に叩きつけられて死ぬかもしれないぐらい崖は高いのだ。
ひゅうひゅうと耳元で風が唸り、私は大きな音と水しぶきを上げて泉に着水した。
「ゴボォ……!?」
激痛が走り、バキバキと体中の骨から嫌な音がする。
私は「きっと運動不足の関節が『ご主人、こりゃ無茶だぜ!』というアピールの為に音をたてたのだ! 折れたのではなく、衝撃を加えて関節を鳴らすような感じなのだ!」と自分に言い聞かせながら、ズキズキ痛むような気がする手足を見て涙目になった。
温かいはずの涙もすぐ川へ溶け込み、あっという間に熱を奪っていく。
「っぷはぁ!」
必死に這いあがって泉の中央にある小島まで行き、ゴロリとうつ伏せになって目の前に広がる真っ黒の森をぼんやり眺めた。
空は驚くほど澄んでいて、無数の星が綺麗に瞬いている。島の中央には1本の大きな大木が植えられていて、昼間であればさぞかし素晴らしい昼寝スポットになるだろうことが分かった。
「……はぁっ……はぁっ……死ぬかと……思っ……げほっ」
よろよろしながら起き上がろうとして、起き上がれないことに気付く。棒きれのように細い手足で体重を支えることができず、起き上がるのを諦めて仰向けになった。
これだけでフルマラソンを完走したような息の上がり具合だ。体が動かせるので骨は折れてはいないようで、私はよくぞ骨が折れなかったものだと感心しながらため息を吐く。
「……こ、これ……は……」
とにもかくにも、生き残るには人に会う必要があると思うわけで。ここがどこか知らないけど、夢にしてはえらく苦難を強いられる夢のような気がする。まさかここまで命の危険まで感じるとは思わなかった。
なんと言うか、大抵は「死ぬっ!」と思った瞬間目覚めるのがセオリーのはずだし、なんでこんなに細いのかとか、いつの間に山へとか、トイレにいたはずなのにとか……とにかく、考えてもすぐに答えが出なさそうなことは、早々に考えるのを止めた。
まさにその時。
『omea; merito royotaa?』
(これが例の女か?)
私は突然聞えた男の声に体をびくつかせるはめになる。ただ、疲れ切った体は声の方を見る余裕がなかった為、仰向けのまま様子をうかがう。
『na……ro.rokomauna……』
(はっ……お、恐らくは……)
『omea;? oto oisatari somia;maa; rometo suhati tamusorirutoa? ki;n,rusa,yosa;mo?』
(これが? この小汚い鳥ガラが俺の妻になると言うのか? 冗談だろ?)
『kiaki……ahiho heho kidu,ou touruta umose;o;ka;rihaku.』
(しかし……髪も目も漆黒の様な黒でございます)
『tamunoso;. ……kiaki kometikiseho ……riise rimutoa?』
(なるほど。しかしそれにしても……生きてるのか?)
覗き込んでいるのは確実に外国圏の顔なわけで……彼らが話す言葉は確実に日本語ではない。
ただ、疲れからか目がかすんでよく見えず、その目のかすみは「外国人……?」と思った瞬間にいよいよ酷くなって、その人がどんな顔をしているかとか、どんな髪の毛の色なのかなんてのがまるで分からないまま視界は更にかすむ。
「誰……?」
『noro……riise risaa.』
(ほお。生きていたか)
「ちょっと、別に見世物じゃないんだから、向こうに行きなさいよ」
『tatio; yu kiwa,ne;serimuyosa; orisuna?』
(……何語を喋ってるんだコイツは?)
『……koto.ki;nu;yotiho yaamiatehaku. wanami riruari ama isatose; kin,rua?』
(……その、自分にも分かりかねます。やはり異世界から来たのでしょうか?)
『riwa.hasa; tayosoho rireyota.』
(いや、まだ何とも言えんな)
言葉が通じないとはなんと不便なことだろう。こちらが喧嘩を売っても通じない。まあ、悪口を言う分には問題なさそうだけど。
『rori.so;rukisama oyota noteso ayati tamemu.』
(おい。お前、どうしたらこんな骨と皮になれる)
「……何言ってるのか分からないわ。夢の中でまで私を困らせないで。夢は夢らしく、幸せな物だけ私に提供すればいいのよ」
『sa;hesa;. hasu,sau osona;a; suruki;tarita. heyoso;ruta osoti tasu,sa hatosa;.』
(駄目だ。全く言葉が通じないな。面倒なことになったものだ)
『nara……』
(はぁ……)
何やら相手もどうすればいいのか分からないらしく、戸惑ったような空気が流れる。
助ける気がないのなら、ボーっとしてないでどこかへ行ってしまえ。ただこの哀れな姿を見られるだけというのも居心地が悪いものだ。
「さっさとどこかに行ってちょうだい。貴方、私の夢の産物のくせに生意気だわ」
『rori. hokaakise orisuna roosu,semu toa?』
(おい、もしかしてコイツは怒ってるのか?)
『se;kiwo,rutere,. tatike oyota ki;wo,rusari tatoti sakuehokaku; himameserimu sa;etatose;kuama…… so;rurisakihakua?』
(でしょうねぇ。何せこんな状態なのに助けもせず見られているだけなのですから……どう致しますか?)
『……noyosoruti heyoso;ru sa;ta.』
(……本当に面倒だな)
いつまでも去ろうとしない男達に一言怒鳴ろうと力を込めた時、私の意識はフェードアウトしていった。
ああ、これでようやく目覚められる。識が無くなる寸前、男が何かを言っている気がしたけど、私はそれを無視した。どうせ解らないし。
ただ、それが私の人生を変える程重要な告知だなんて夢にも思わなかったけど。