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第四章 それぞれの思惑10

「スミレ様、本日は小鳥でございます」


「あら、本当。彼女たちの食卓に上げて差し上げたら?」



小箱の中に押し込まれた小鳥は、首がどこかへいってしまったようだ。

最近毎朝この手の意地悪があるが、いったいこのグロテスクな贈り物は誰が用意しているのだろうか。まさか、あのご令嬢自ら用意しているわけではないだろうし、かと言ってこの時代の……というかこの国の女性がこんなことをできるのか謎だ。つまり、彼女たち付のメイドという線も薄そう。



「やだ、手が汚れちゃったわ」



洗面所から聞こえてきた小言。ミリアは強くなった。最近は何を見ても動揺しないのだ。それを思えば、これを用意したのは女である可能性も0ではないなと思いなおす。

あの可愛いミリアが変な慣れをしてしまったのは非常に残念ではある物の、私がこんな意地悪をされているのであれば精神を強く持って頂けないと困る。でもなあ……あの可愛いミリアが震えているのが良かったのになあ……ああ、嫌だ嫌だ。こんな日は気分転換に限る。



「ミリアー。今日は庭園を見てまわる予定だったと思うけど、時間を早めてもいいかしら?」


「ええ、構いませんわ。表にニコラスがおりますので、お声掛けください」


「はいはい」



肩を鳴らしながらドアを開ける。

しかし、そこにニコラスはいなかった。辺りを見回すが、ニコラスの姿は見えない。



「……まあ、そのうち見つかるでしょう」



どうせトイレにでも行っているのだろう。そうだ、トイレに寄ろう。あの狐に伝言を頼めばいい。

そう思い直して部屋へ戻ると、呪文を唱えて狐を呼びだした。何か用事の最中だったらしく、『城中のトイレを探してニコラスを見つけ次第、私は庭園にいると伝えて欲しい』と伝言を頼んだ私を睨みつけた。あまりの心の狭さにブツブツ呟きながら、私は庭園へと向かう。



――庭園。

綺麗な色とりどりの花が辺りを彩り、良い香りを放っている。私はここが大好きだった。以前にミリアが連れて行ってくれた温室もなかなか良かったが、ここの花が自由に伸びている感じが最高に良い。

ただ、この噴水へ続く長い階段は非常にやっかいだ。どうしてこんなものを作ったのだろうか。階段のいたるところにバラが咲いていて非常に綺麗だけど、運動不足の私にはバラを楽しむ余裕を消しさる悪魔でしかなかった。

でもまあ、この階段を乗り越えれば、さらに綺麗なバラ園が待っている。あと少し、あと少しでそれが見られるのだ。今日は天気も良いし、気分は最高潮。

なんて思っていたのに――。



「あら、ごきげんよう」



階段を登りきったところに現れたのは、毒花のような女だった。



「ごきげんようサブリナ」



トイレネタを引きずる子供のような女。そして男娼に夢中のおバカさん。

恐らくこの女が一番私に良い印象を持っていないだろうことは、火を見るより明らかであった。

その証拠に、後ろに立っているメイドが物凄い顔で私を睨みつけている。よく躾けられたメイドだ。こんな時、私の可愛いミリアは眉毛一つ動かさないだろう。



「お一人でお散歩ですの?」


「ええ。その方が気楽で」


「そうでしょうね。黒い薔薇の君は異世界からこられたとか。私達のようなものとは気が合わないのでしょう」



ええ、全く。



「異世界とはどんなところですの? スミレ様のような方が沢山いらっしゃるのかしら。もしかしてご家族みんなスミレ様のようなお方ばかりとか?」



サブリナがそう言った瞬間、後ろに控えているメイド達がクスクス笑う。

きっと私をバカにしているのだろう。しかし、生憎このくらいで怒るほど心はせまくない。



「異世界と違う場所にたったお一人でこられて……孤独でしょうねぇ。心中お察しいたしますわ。だって、最近、毎朝悪趣味な贈り物をもらうのでしょう? それをルイ様にご相談していらっしゃらないようですし、信頼できる方がいらっしゃらないのではないかと話していましたのよ」


「……どこでそれを?」


「有名な話ですわ。それに、私のメイドもこの間見ましてよ。ミリア……でしたかしら? 貴女のメイドに掃除するように伝えたのは、私のメイドですもの。私からルイ様にお話を通して差し上げましょうか?」



勝ち誇ったような顔。

私はてっきりサブリナがあの悪趣味な贈り物をしていると思ったのに、自分から言い出すということはサブリナではないのだろうか。ちょっと分からなくなってきた。



「ご心配ありがとうございます。でも、ルイには落ち着いたら言うつもりですのよ。悪趣味な贈り物が届いたとか、そんな小さなことを毎度毎度報告してルイを悩ませているようでは情けなくて仕方がないでしょう?」



微笑んで言うと、今まで笑っていたサブリナの顔が真っ赤なって歪む。この子は自分で喧嘩をけしかけてくるくせに、怒りっぽくて駄目だ。自爆するタイプ。

もう話は無いだろうと挨拶をして帰ろうとした時、事件は起きた。サブリナが私めがけて手を突き出し、すぐ後ろは階段だというのに思いっきり私の胸を押す。自分でもびっくりするくらいの素早さで体勢を立て直し、なんとか階段を転げ落ちるのは免れたものの、手すりにつかまったまま階段の妙なところで尻餅をつくはめになって尻が痛い。真顔のまま、私の怒りのボルテージは一気に最高潮に達した。



「貴女、どうしてそう一々癪に障るのかしら!」



それはこちらの台詞だ。しかしここで言い返すと、きっとこのお嬢様が泣くまで攻め続ける羽目になりそうで、そしてそれはよろしくないことだと分かるから唇をかみしめて我慢する。

ゆっくり立ち上がって睨みつけると、サブリナは一瞬ひるんで後ずさる。



「あまりお痛はよした方がいいと思うわ。きっと貴女は後悔するから」


「何をわけの分からない――」



カッとなったのだろう。再度私を押そう振りかぶったサブリナ。それを避けたものだから、サブリナは小さく悲鳴を上げて階段を転げ落ちていった。

全くの偶然。私もそこまでなるとは思わなかった。確かに後ろは階段で、こんな所でもめたら危ないだろうことは分かる。でも私は攻撃を避けただけ。

しかし、本人とメイド達はそうは思わなかった。



「ノスタルジニア様!」



悲痛な声とともに、メイド達が階段下でうずくまるサブリナに駆け寄る。後は、私を見ながら何事かをワーワー騒いでいた。しかし、私の耳にそれは届かない。

落ちていったサブリナの顔は、確かに笑っていたのだ。

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