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第四章 それぞれの思惑07

「なあ、俺はお前のことが心配らしい」



間抜けな顔でそう言われたのは、『今日が側室の来る日』とどたばた場内が騒がしく、私自身も準備に追われている時だった。ミリアが思わず噴き出し、誤魔化すように咳払いをしている。ミリアに髪の毛を結われながら、私は鏡越しにボーっとソファに腰掛けるルイを見つめた。



「えぇ……? なに、ルイ……貴方、頭大丈夫?」


「わからん。でも、心配しているのではないかと言われて、少し納得した」


「そう、可哀想に」



ルイは案外バカだったんだ。言われたままに納得するなんて、子供と一緒ではないか。どうやったらそんなに簡単に言いくるめられるのだろうか。

いや、でもルイはバカだからなあ……全く、不安になっちゃうってものよ。こんなんで国を守れるのだろうか。



「それで、見ての通り忙しいのだけど、一体全体何をしに来たの?」


「わからん」


「はあ?」



顔をしかめれば、本当に分かっていないような顔。いつもと違うボーっとした顔に少し心配になる。



「……拾い食いでもした?」


「そんなわけあるか! お前と一緒にするな!! 全く……人が心配しているというのに」


「どうして心配するのよ。何を心配する必要があるの?」



そう言うと、黙りこむ。さっきからこの流れなのだ。よく分からないのであれば、何が心配なのか、何を思い悩んでいるのかをはっきりしてから来ればいいというのに。



「スミレ様がいじめられないか不安なのでしょうね」



クスクスと笑うミリア。

それを見て、私とルイはこの世のものとは思えないほど引きつった顔をした。



「ない。それはない。この顔を見なさいよ。絶対ないわ」



この男が私を心配するなんて、天地がひっくりかえっても……ああ、一応……胡蝶事件の時は助けにきてくれたっけ……私が黒い薔薇の君だということを抜きにしても、一応心配してくれていたようだし。

でもなあ……今回のことについては関係なさそうな気もするしなあ。胡蝶の時は、せいぜい飼っていた野良猫が歩きまわっているうちに側溝にはまりこんでしまった……ぐらいの心配具合だ。

全く、本来であれば嫌がらせをする為にここに残ったというのに、嫌がらせをするどころか――。



「やだ、すっかり忘れてた……!」


「いかがしましたか?」


「忘れていたのよ! すっかりね! ユン!!」


「ハイハイ、ここに☆」



シャラシャラと音を立てて天井から下りてくるユン。それを見てルイは、「入口から入って来いと言っているだろうが」なんて的外れな説教をしていた。



「ユン、私はルイに嫌がらせをする為にここにいるのよ」


「そうだね。そう言う話だったと思うけど?」


「なのに、嫌がらせをするのをすっかり忘れていたの」


「そう? 孤蝶の件は、なかなか辛酸をなめさせられたと思うけど」



それを聞いて思わず笑みを浮かべれば、ルイから拳骨を貰う。ミリアも必要以上にコルセットをしめつけてきた。



「あれは俺だけではなく、国全体に迷惑をかけるところだっただろうが」


「……そうだったわ」



まあ、つまり、だ。つまり、まだルイに嫌がらせをすることが出来ていない。

これは良い機会ではないだろうか。側室が入ってくるのを心配しているらしいルイ。私がいじめられないかですって? この私が、誰かにいじめられる? ありえない。いじめて泣かせることはあっても、いじめられて泣くなんてありえない。

しかし、これは本当に良い機会である。



「ルイ、貴方の心配は現実のものとなるでしょうね」


「……おい、待て。どう言うことだ。言え! 何をたくらんでいる!!」


「ユーンー。私を手伝って」


「かしこまり☆」


「貴様……! お前は私の影だろうが!!」



それを聞いてユンが嫌そうな顔で『エー』と呟く。そして両手をパタパタと振りながら、私に近づいて私の肩に手をまわした。



「僕は面白い人の影だよ」


「と、言うことよ! オーホッホッホ!」



物語に出てくる意地悪ばーさんみたいな笑い方をして、準備が整った私は勢いよく観音開きの扉を開いた。扉の前にいたニコラスの後頭部に直撃したらしく、向こう側から『イテッ』と小さく聞えてくる。

その瞬間、突如閃いた。そう、始めからこうしていればよかったのだ。

私は後宮を掌握して、側室を味方に引き込む。そしてルイをいびるのだ。女が一致団結した時の恐ろしさとやらを、ルイに分からせる必要がある。



「ルイ、貴方はせいぜいそこで大人しくしているがいいわ! 後宮は私の物よ!!」


「待てバカ! どう言う意味だ! お前の思考は全く読めん……!! いったい何がどうなってそう言うことになった!」



焦ったように追いかけてくるルイ。私はルイが来る前に扉を閉めると、ニコラスとユン、それからミリアを連れだって後宮へ向かう。これから、戦闘開始だ。



――数日後。私は酷い後悔に襲われていた。

甘かった。本当に甘かった。

私は何度読み違えれば気が済むのだろうか。ユンが遥か彼方の木陰にいるが、そこでニヤニヤと笑っているのが恨めしい。



「ではスミレ様はトイレとお友達ということでよろしいのですよね?」



未だにあの時のトイレネタを引きずるのは、ノスタルジニア家のサブリナ。その横でクスクスと笑うのはミッドウェア家のシリアンヌ。



「サブリナ、おやめなさいな」



なーんて言いながら上品そうに笑うのはキーバンス家のご令嬢。自分で妙な噂を与えたくせに、こういう時は良い人面をするらしい。そもそも私を守る気なんてこれっぽっちも無いのが伺える。

話が通じない女のなんと面倒なことか。

ちょっとしたことでも上げ足を取って、いつまでも言い続けるのだ。辛いのは、ルイに言うような軽口をたたけないこと。何を言っても騒ぐのだから、発言に注意しなくてはいけない。しかし、そうすると今度はおしゃべりがおろそかになるのだ。

私は完全に舐めていた。この厳しい世界に生まれながらに身を置いていたこの人達と、温室育ちの私は根本からして違う。

かわせるようになるには、私も相当の努力をしなければいけないようだ。



(本気を出す必要があるようね……)



そもそも私は歴史に名を残す悪女になると決めたのだ。もはや、ルイへの嫌がらせは二の次。後宮を掌握して……なんて思っていたけど、正直こいつらは使い物にならない。

使えない人間と言うのは会ってすぐにわかる。悪口を言う為の頭はよく回るが、それ以外については頭が悪そうなのが手に取るように分かる。

それがどう言うことなのか、これから証明してしんぜよう。こんなこともあろうかと、私はとっておきの情報をユンから仕入れていたのだ。



「私がトイレとお友達かどうかはさておき……サブリナ。貴女は随分と入れ込んでいる方がいらっしゃるとか。なのに後宮に入るだなんてお可哀想だこと」



そう言った瞬間、サッと顔が蒼くなる。わざと呼び捨てにしたのは、『貴女なんて取るに足らない存在なのよ』ってアピール。物凄く次元の低い言い争いに、自分でも思わず苦笑した。しかしそれはかなり効果有りだったようで、サブリナは真っ青な顔のまま私を睨みつけている。

その話に乗ったのは、意外にもシリアンヌであった。



「あらぁ、あの男娼のことかしらぁ?」



男娼だったのか……! そこまでは知らなかった。

新たな情報を手に入れて、思わず口角を上げる。それが余裕の笑みに見えたらしく、サブリナは唇を噛んで般若のような顔になった。見事黙らせることに成功した私は、お茶のお代わりをミリアに注いでもらう。

場の空気は、先程より格段に悪くなっていた。ミリアの顔色は悪い。



「まあ、それはさておき……今日は親睦を深めるために皆さんをお呼びしたの。後宮に入るのは私達だけなんですから」


「黒い薔薇の君がいる場合、側室はあまり入れないと聞いておりますわ。よほど体が弱いだとか、子供を産めないという理由がない限りは」



射殺さんばかりに私を睨みつけてくるサブリナ。よほど先程のことは触れられたくなかったらしい。少し申し訳ない気持ちになりながら、苦笑してミリアの方を見る。



「サブリナ、先程のことは謝るわ。でもね……私を軽んじることは許さない」



ギリッと音がしそうなほど睨みつければ、サブリナだけでなく他の2人も顔を引きつらせる。どうやら怒ると黄泉の悪魔の影が出てくるらしく、何も見えなくても何かを感じるらしいのだ。

近くの木から小鳥が飛び去って行く。



「よく覚えておきなさい。私は陛下のように何でも我慢できるわけじゃないの。私がこわーい顔になる前に、意地悪はやめて頂ける? 貴女達が何もしなければ、私だって手を出したりしないわ。頭が足りないわけじゃないのだから、言いたいことは分かるわね?」



先程よりさらに空気が悪くなったのに気付き、びっくりするぐらい子供っぽい事をしてしまった自分に少しだけ驚く。

ミリアに解散を告げて立ち上がり、側にいた兵士にそれぞれの令嬢を部屋まで案内するように告げる。

このお茶会の様子をずっと見ていたユンは、冷や汗を流しながら苦笑した。



「ちょっとちょっと……黄泉の悪魔のせいで精神安定してないんじゃないの? すっごい子供っぽい挑発しちゃってさ、その割に殺気は本物なんだから困っちゃうよねぇ。短気は損気だってのに。これはマズイ。ルイとセナに相談だ」



ユンは『いけない、いけない』と呟いて、その場から消えた。

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