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第四章 それぞれの思惑06

「…………」



パーティーの翌日。

私は今、ルイの目の前で半目になりながら正座をしている。

あの後、全てのパーティーは上手くいったのだ。カーテンのところに呼びだされてから物凄い顔で『これが終わったら死にたくなるほど説教をしてやる』なんて言われて顔を青くした。

しかし、どうせ終った頃には忘れているだろうと思ったのだ。実際に私は忘れていた。私が忘れるくらいだから、他人だって忘れるだろう、と……そう思ったのだ。

甘い。非常に甘かった。現に私は、こうしてルイの前で正座させられている。なぜかニコラスやミリアまで私を取り囲んでいる始末だ。



「何か言うことは?」


「……ドレスを汚してしまってごめんなさい」


「は? ああ、それは……それは、まあ、いい。詳しくはミリアに聞いた。だがその事じゃない」



私が怒られているはずなのに、何故かルイの後ろで青ざめたニコラスが胃の辺りを押さえている。そして私と目が合うと、物凄く必死な顔で淑女の挨拶をしだした。



「!」



突然の出来事に思わず噴き出しそうになる。真顔で、それも必死に淑女のあいさつをしているのだ。しかも、たまにキラキラした顔で空中を見たかと思うと、鬼のような顔で私を睨みつけたりする。それをあの厳つい鎧を着たまま、音をたてないように必死にしてみせるのだ。



(どうしたんだろう、あのバカな子は)



何故ルイが怒っているのか、私にヒントをくれようとしているのは分かった。しかし、それが下手糞すぎてよく分からないのだ。

ボーっと見ていたのが災いしたらしく、訝しんだルイが後ろにいるニコラスに視線を移す。その瞬間、目にもとまらぬ速さで通常の立ち位置に戻っていた。それがツボにハマってとうとう声を上げて笑ってしまった。



「アハハハハハ!」


「何がおかしい!!」



私は小さく「おっと……」と言って口をふさぐ。しかし、時すでに遅し。カンカンになったルイは、私に向かって拳を上げながら鼻息荒く歩いてくる。



「ちょっとちょっと! 未来の嫁を殴るつもり!?」


「躾けは必要だ!」



何を言っているのだろうか。きっと怒りのあまり錯乱しているに違いない。

ひとまず落ち着いてもらおうと眉を下げながら、近くにあった暖炉用の火箸でルイの体を押し戻す。これ以上近づかれては殴られてしまう。



「おい、汚い物を向けるな!」


「まあ、待ちなさいな。貴方は落ちつく必要があるわ」



呆れたようにため息をついた瞬間、怒り心頭と言ったルイが私に飛びかかる。私は必死にそれを押し返しながら、何とかルイから離れようともみ合った。途中でニコラスに助けを求めたものの、ニコラスは脂汗をかきながらわざとらしく窓の外を見ている。

そんな時だった。ドアの外で兵士から声がかけられたのは。



「一等星魔術師 セナ=ミレイ=ナスカ様がおこしです」



お互いにもみ合って鼻息荒くドアを睨みつける。ドアを開けて入ってきたセナは、顔を引きつらせてドン引きした。



「……お取り込み中に申し訳ないのですが……」


「構わん」


「老害……失礼、ご意見番からのお達しで、試験的に側室を設けることが決定致しました」


「なんだと!?」



全く同じタイミングで、全員が驚いたような怒ったような顔になる。私は取り敢えず訳が分からないなりに、怒ったような顔をしてみせた。



「スミレ様、分からないのに分かったふりをしなくていいですよ」


「ま、待ちなさいよ……少しくらいわかるわ。要は、建前として私が一応奥さんってことにはなるけど、そのー……側室? を入れないといけないってことでしょう? で、入れたくないとは言っているものの、そう言うわけにもいかない事情があるから、取り合えず形だけは側室を取るようなことをすると。でも一旦そうしたからには、とっかかりが『試験的』って言っても、解除するわけにもいかなくなる……つまり、試験的という名の強制執行で側室を入れるってことでしょ」



バカにしたような感じではなく、本気でセナに『凄いではないですか』と褒められ、セナの中での私の立ち位置に気付いて辟易した。



「お前はそれでいいのか!」


「えぇ……? どうして怒ってるの? 貴方は王様なんだから、奥さんが多いにこしたことはないでしょうに。私が子供を産めなかったらどうするのよ。子供を産むのは義務でしょう?」


「子供を産めないのか……?」



言ってはいけないことを言ったのかもしれない……といった後悔の顔。それがやたらと可愛くて、思わず笑ってしまった。



「知らないわよ。試したことないもの」



サッと顔を赤くしたルイは、先程の後悔はどこへやら。怒ったような顔に戻ると、今度はブツブツと呟きだした。自覚がないだとか、プライドがないだとか言いたい放題だ。

言っておくが、私にだってプライドはある。しかし、それが他人とずれていることは分かる。今回だってたまたま私の逆鱗に触れなかったというだけであって、もし他に私を怒らせるような条件が追加されたのだとしたら、烈火のごとく怒るだろう。そして呪いだとか何だとか嘘をついて、周りを困らせるに違いない。なんだったら黄泉の悪魔の力を利用しても良い。



「そもそも、黒い薔薇の君を娶った王は側室なんていらないんだ。それを何の断りも無く決定だと? 何故だ!」


「バカねぇ。私が信用ならないんでしょう?」



その一言に尽きる。私は口も悪いし、見た目もパッとしない。なんせトイレと会話をしているとか言う噂が流れているくらいだ。どう考えても頭のおかしい女にしか見えない。そんなのが一国の王の嫁になるかと思うと、普通の神経では恐ろしくて許諾なんぞできない。即刻お断りである。

それでもそれをしないのは、王が呼びだした黒い薔薇の君を真っ向から疑う勇気がないから。

つまり、元をただせば私がもっとしっかりすればいい話なのだ。



「ごめんなさいね、ルイ。私、ちょっと舐めてたみたいだわ」


「は……?」


「ミリア、側室に入られるお嬢様方がそろったらお茶会を開いて。お嬢様方とお話がしたいわ。宣戦布告をしないと」


「畏まりました」



ミリアは一言返事をして頭を下げる。茫然としているルイは、私とセナを見比べていた。セナはニヤリと笑うと深く一礼して私を上目図解で見やる。



「それでは、ご令嬢には私の方からお手紙を出しておきましょう。使い魔を飛ばせばすぐに届くはずだ」


「待て! 戦線布告とは何だ……! 頼むから余計なことをするな!!」



そう言って退室するセナ。その後ろ姿を見ながら、私はニコラスを呼び寄せて場内図を持って来させた。

ルイはうるさくごちゃごちゃと何かを言っているが、全て無視して地図を広げる。



「側室が入るのはここね。何人入るのかしら」


「……恐らくだが、3名。キーバンス家の令嬢と、ノスタルジニア家の令嬢、それからミッドウェア家だろう」



頭を抱えたルイがソファに崩れるようにして座りこみ、大きな大きなため息をつく。



「……まいったな。こんなことになるのであれば、仮面なんてかぶるんじゃなかった」


「どういうことよ」


「どうもこうも……優しい王様を演じていなければ……そう、例えばお前くらいに好き勝手生きていれば、この話だって流せたはずなのだ」



なんかふに落ちない返答が混ざっていた気がするが、この際それは流してやろう。問題は、なぜここまでルイが嫌がっているのかだ。王様なんてものは嫁が何人いようが当たり前であり、そういうのは贅沢な生活をするのと引き換えに全て諦めたものだと思っていた。

それを、何を今さらごねるようなことがあるのだろうか。嫁が何人いようが問題ないではないか。



「私は……お前の面倒を見るだけで精いっぱいだというのに」



それを聞いた瞬間、私はパーを思いっきりルイの顔面に振り下ろすと、何事も無かったかのようにミリアとニコラスに声をかける。



「それじゃあ、後はよろしくね。私は作戦を立てないと」


「おい、なぜ叩いた!」



振り向きもしないままドアを出る。その後ろを慌てて追ってきたニコラスを引きつれて、私は自室へと向かった。

私が出て言った後の部屋で、ミリアが憐れむような顔でルイを見つめる。



「スミレ様が心配だと、素直に仰ればいいですのに」


「心配……? 俺が? 何故だ?」



何も分かっていないような顔をするルイに、ミリアはバレないようにため息をついた。

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