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第四章 それぞれの思惑05

今日は気が抜けない。だって特別な日だもの。それが例えトイレでも、私は気が抜けないのだ。いや、抜いてはいけないと言うべきだろう。

まあ、でもさ。とは言ってもだよ。普通、トイレくらいは気を抜いてしまうと思う。だってトイレには私しかいないんだから、気を張る必要がないでしょう?



「で、気を抜いたらこれだよ」



頭から足までビショビショ。便器に腰かけた瞬間、プツンと音がしてトイレの天井につりさげられたバケツがひっくりかえり、中に入った大量の水が私にふりそそいだ。その瞬間をお見せしたかったくらいだ。

そしてこんな誰に当たるかもわからない罠を張ったお嬢さん方に敬意を表したい……なんて思ってたけど、よく考えたらここは私しか使わない、私専用のトイレだ。王族は命を狙われる可能性が高いから、何でも専用のものを与えられる。今、城の中にいる王族で性別が女なのは数えるほど。そして、今夜ここを真っ先に利用する可能性があるのは、緊張しすぎて着替えの合間に大量のお茶を飲んだ私くらいだろう。



「考えすぎかもしれないけど、城の中に内通者がいる可能性もあるってことよね。だって女王陛下……? ルイのお母さんが使う可能性だってあるわけじゃない? こう、こうさ……わざとお茶を大量に飲ませて、トイレに行きたくさせて……って考えすぎか。いかん、悪い方にばっかり考えちゃうわ」



いったい私が何をしたというんだ。私の何が気に入らなくて――って……気に入らないことだらけか。なんせ、向こうからしたら敵でしかないんだからね。

メイドは呼んでも来ないから着替えも頼めな――



「……来ない? おかしい。トイレの外で待っていてくれるものじゃないの?」



たっぷり5分ほど考え込んだ私は、ため息をついてトイレに向き直った。そして半目になりながら、腰に手をあててやる気のない声でトイレに向かって話しかける。



「我、人にして人にあらず。時の狭間を切り裂いて、来たれ来たれ狐の王よ」


「如何した」



眩いばかりの光と共に現れた狐。相変わらず便器に肩がはまって出てこられないらしい。



「見て分かると思うけど、私、びしょびしょなの。着替えを持ってきてくれない? もしくはメイドを呼んできて」


「我を小間使いにするつもりか?」



顔をしかめた狐が、私を睨みつける。

とは言っても、今頼りになるのはこの狐しかいないのだ。さすがの私もびしょびしょのまま外に出るのが駄目だということは分かる。今日は特に気を遣うべき日だったのだ。ある意味、油断した私の負けと言うことだろう。ルイの懸念していたことの一端を見た気がする。



「すぐに戻らなければいけないのよ。申し訳ないけど、ミリアに事情を説明して着替えを持ってきて欲しいの」


「断る」



この狐……困っている人を助けるのが人情と言うものではないのだろうか。それとも、これは獣であるがゆえに情というものがわからないのだろうか。

否、隣の家で飼われていたブチ猫の太郎丸。あれはなかなかの男前だ。と言うのも、数年前に太郎丸のご家族が買い物に行っている間に突然の雷雨に見舞われて、可哀想な太郎丸は全身びしょ濡れになっていた。太郎丸はあの立派な体を寒さでブルブルと震わせながらも、『威厳は失わぬ』と言わんばかりにひげをピンと立てて空を睨みつけていた。その姿にいたく感激した私が軒先とタオルをかしてあげたのを、彼は今でも覚えているのだ。覚えていて、時折ネズミやトカゲなんかを拾って来ては私にくれる。いらないけど。



「困ったわね……」



心底困った顔をしながらトイレのレバーに触れる。少しずつレバーを上げながら、水が流れるのを確認した。



「困ったわ~……あー困った」


「おい! 水を流すな!」



焦ったような狐の顔と声。それを見て、私は加虐心がむくむくと顔を出すのを感じた。レバーが少しずつ上がると同時に、私の加虐心もむくむくと成長していく。



「あー困ったぁ~……困った困った。困るわ~」


「よせ! わ、わかった……! みりあという人間のメスだな……!」



大成功である。

狐はサッと姿を消すと、トイレには再び静寂が戻った。



「さて、待ちますか」



狐が本当にミリアを呼んできてくれるかは分からない。

私がトイレに入ってから、すでに十数分経っていることだろう。これをしかけたお嬢様はさぞかし喜んでおられるだろうなと思うと、非常に腹立たしいところではあるけど……

何はさておき、私はまずこの犯人を見つけ出して、仕返し……いや、お返しをする必要があると思う。



「こーんな素敵なプレゼント頂いちゃったんだもの。お返しくらいしないとねぇ?」



腕を組んでニヤリと口角を上げたずぶ濡れの私が、向かいにあるでかい鏡に映る。その顔は酷く楽しそうで、昔に友人が『スミレの黒い笑いを見ると、いったいこの後に何が起こるんだろうってワクワクする』と言ったのを思い出した。

さて、と腕を組んだ時だった。トイレのドアが、控えめにノックされる。



「誰?」


「ミリアでございます」



あの狐、本当に呼んできてくれたのか。なんて便利なんだろう。ものは違うけど、ランプの魔人みたいだ。いちいちトイレに向かって呪文を唱えないといけないのがネックだけど。

鍵を開けると、困った顔のミリアが素早く入ってきた。そして、私の格好を見るなりジワっと涙ぐむ。



「来てくれてありがとう、ミリア。さ、時間がないわ。私がトイレに入ってからだいぶ時間が経っているの。急いで着替えたいから、手伝ってくれる?」


「はい……」



テンションの上がり切らないミリア。私を大事にしてくれるミリア。私は特に彼女に対してよくしてあげられていないけど、彼女はなぜかいつも私に対してよくしてくれるのだ。

今も、いつもの倍以上のスピードで私を綺麗に直していってくれている。私も脱ぐのを手伝ったり、髪の毛を拭いて結い直したりと大忙しだ。

そして、その合間に私はミリアに質問を始めた。



「貴方を信用して率直に聞くわ。今日、私の準備を手伝った人の中に、私の存在を疎ましく思う人はいた?」


「スミレ様、どうかそのようなことを仰らないで下さい……! 私は――」


「駄目よ。必要なことなの。答えてくれる?」



私は有無を言わさないという表情。ミリアは、きっと私が事の発端を引き起こした人物を見つけ次第、何かしらの処罰を下すとでも思ったのだろう。そして恐らく、この顔は犯人を知っている顔だ。知っていて、私に言えなかった顔だ。だから、少し罪悪感を感じているのかもしれない。



「貴女に危害が及ばないようにすると約束するわ。それに、貴女を攻めているつもりは全くないの」



この一言で、ミリアは涙ながらに口をふるわせながら呟いた。



「1人……貴族の娘でナターシャという方が……」


「ナターシャ……ナターシャ、ね」



記憶にない。誰だろうか。下っ端の人間は自己紹介なんてものを一々しないから、はっきりいって全く記憶にないのだ。それを察したらしいミリアが、『燃えるような髪の色をした娘です』と助け船を出す。



「ああ、ナターシャ……あの子なの。ナターシャは」



思い出した。天然パーマが綺麗にかかった彼女は、とても品が良くてニコニコふんわりした女の子だった気がする。あんな可愛らしいのに、やることはえげつない。



「ねえ、ミリア」


「はい」


「私は、歴代最悪の悪女になると決めたの」


「えぇ!?」



まあね。そういう反応になるわよ。でも、それは文字どおりの意味ではない。大奥に巣くう女共や腹の黒い狸達にとって、目の上のたんこぶみたいな存在になりたいという意味なのだ。

かねてより私は、支配欲があった。そういうと誤解があるかもしれないが、もし国を作れるとしたら、鼠小僧みたいな君主になりたいと本気で思っているのだ。弱気を助け、強きをくじくみたいな?

どうせこんな状況におちいっているのならば、その夢みたいな妄想を実現させるしかないじゃない。大奥っていうのは、大抵私利私欲に走った自分さえよければ弱い者がどうなろうと知ったこっちゃない、みたいな人間が多いイメージだ。ドロドロの女子高、みたいな。そういうのは駄目。私が許さない。と言っても正義ぶるつもりはないんだけど。

そう言うのが鼻につくんだろうなあ。



「ミリア……楽しくなるわね?」


「ス、スミレ様……どうか、その……」


「大丈夫よ。貴女を危険な目に合わせるつもりはないわ」


「いえ、そうではなく……! 私はスミレ様のことが心配なのです!」



話している間に着替えが済み、私はワインレッドのプリンセスラインのドレスをさっと払って形を直す。そしてニヤリと笑うと、ミリアの二の腕をポンポンと叩いた。



「ミリア、私、貴女が好きだわ。大丈夫よ。全く問題ない。全て、上手くいくわ」



トイレを出る間際、ミリアの方を見て『来てくれてありがとう』と言うと、感極まった顔で私に駆け寄り、私のエスコート役(?)を進んでうけてくれた。

一歩後ろを歩くミリア。たまに『スミレ様、左です』なんて道案内をしてくれつつ、私達は会場へ戻る。

その後ろで怪しげな影が動くのも気づかずに――



「ミリアがいなかったら確実に迷子ね。持ち場を離れたメイドは何をやっていたのかしら」



トイレについてきてくれたのは、ナターシャとは違う人だった。グルなのか誰かに上手いこと丸めこまれたのか、の二択だろう。

兵に扉を開けさせて会場の中へ入ると、そのそばにいた幾人かの目が私に向けられる。先程までとは違う衣装を着ているせいで、その目は若干の驚きに満ちていた。

歩く度に向けられる視線。私は、微笑みを絶やさぬようにしながら背筋を伸ばして歩き、ルイの姿を探す。その途中で、太ったおじさんと話しているセナを見つけた。

こちらに気付いたセナは、おじさんに『失礼』と言うとこちらへ歩いてくる。私の目の前まで来て完璧な礼を取り、にこやかに話しかけたきた。



「先程とドレスが違いますね。そちらの色も素敵ですが」


「ありがとう。ルイを見かけなった?」



周りからは賞賛と非難の声。賞賛は良いとして、避難の内容はこうだ。

『わざわざ着替えてくるとは、よほど相当沢山のドレスを頂いたのだろう。黒い薔薇の君は陛下を取りこんでおられるようだ』

『キーバンス殿との話を中断させてまで、一等星魔術師を呼び付けるとは。すでに頭角をあらわしているいるようで将来は安泰だ』

『長い間会場を開けておられたようだが、いったいどこに行っておられたのだろうか』

『陛下は先程から貴族の令嬢しかお相手にされていない。まさかとは思うが、黒い薔薇の君とは不仲なのだろうか』

言いたいことは分かる。しかし、キーバンスとはそんなに偉い人なのだろうか。仮に物凄く偉い人だとしても、私はセナを呼び付けてはいない。

怒りのボルテージが上がっていき、このままでは物凄く子供っぽい対応でナターシャを虐めてしまいそうな気がしてきた。



「陛下ですか? 陛下であれば、確かキーバンス家のご令嬢と踊っていらっしゃったかと」



キーバンス。またキーバンスだ。いったい……いや、まて。記憶の片隅にキーバンスってのが……



「ああ、キーバンス家の。確か、侯爵家のご令嬢じゃなくて?」


「ええ、そうですよ。なかなかに綺麗なご令嬢ですが、個人的にはお勧めできません。彼女は色々と噂のある方だ」



後半は声をひそめ、楽しそうに話すセナ。前々から思っていたけど、こいつは無意識に性格が悪い人間だと思う。自由人で部下は相当ふりまわされるだろうな、と言う感じ。そして、私はそういう癖のある人間が結構好きだ。

噂と言っても私は実際に聞いたわけじゃないし、本当のところがどうなのかなんて知りもしない。だから、興味が沸いた。



「キーバンス……ねぇ? 先程お話されていたのはお父様?」


「ええ。貴女が来てくれなかったら、あと数時間はあのつまらない話を聞かされるところでした」


「なんのお話?」


「陛下の後宮へ、自分の娘を入れて欲しいというお話ですよ。私に間を取り持って欲しいようです」



なるほど。確か、資料によるとキーバンス家は没落寸前の家だった気がする。金の為に娘を差し出すということか。そしてその娘とやらも、まんざらではないのだろう。

であれば、突然現れた私を疎ましく思っている可能性は無きにしも非ず。



「そう言えば……面白い話があります」


「なあに?」



セナはニヤリと笑ってあまり口を開かず、ボソッと呟く。



「ナターシャとキーバンス家のご令嬢は、とっても仲が良いようですよ」


「……セナ、貴方……私に何が起こっていたか知っていたのね?」



セナは答えない。笑みを濃くすると、一礼して私の元を去っていた。

ナターシャとキーバンス家の娘が仲が良い。そして今、キーバンス家の娘はルイと踊っている。これがどういうことか、そして本当に意味のあることなのか……まずここを調べる必要がある。ナターシャは今給仕でここにはいない。となれば、キーバンス家のご令嬢の方に接触するほかあるまい。名前は確か、エレーヌ。



「楽しくなってきたわ」



ぺろりと舌舐めずりをして、会場の中央に目を向ける。

あまりご婦人が1人でウロツクものではないと躾けられていた為、私はさっさと移動して与えられていた椅子に座る。その瞬間、複数の男女に囲まれた。

誰しもが私に挨拶をして取り入ろうとする。しかし、そんなものを真面目に聞いている暇がないほど、私は興奮していた。『さて、どうしてやろうか』という気持ちでいっぱいなのだ。後ろに黙って立っているミリアの視線が痛い気がする。

無視をするのも良くないので、適当に……しかし適当にならないように挨拶をして微笑み、与えられた質問に当たり障りない感じで返答する。その間も、目の端に映るキーバンス家の娘とやらを眺めていた。



(あれがエレーヌ……ねぇ? 意外と普通そうじゃない。腹黒そうには見えないけど)


「では、マミヤ様がトイレに向かって話しかけるという噂は本当ですの?」


「え?」



聞いているつもりで聞いていなかったようで、話しはとんでもない方向に進んでいた。



「ごめんなさい、少し別のことに気を取られてしまって。本当にごめんなさいね……今、何と?」


「あら、わたくしの方こそ大きな声を出してしまって……ただ、トイレに向かって話しかけているのを見たことがある、と聞いた物で、少し気になっていましたのよ」



したり顔でそう言うご令嬢。

なるほど、わざとか。わざと大声で……というか、誰が言ったんだろう。いや、あの場にはいっぱいいたけどさ。でもルイが口止めしてたじゃん。言っちゃったのかよ。



「ウフフ……トイレに向かって話しかけるだなんてそんな。もしユニークな返事が返ってくるのなら、そうしたかもしれませんわね」



そう言って笑うと、社交辞令で周りの男性陣が笑い、それにつられて女性陣も笑う。私も笑ってハイ終了、かと思いきや、その女は結構食いついてきた。



「本当ですの? でも確かに見たとメイドから聞きましたのよ」


「噂と言うのは尾ひれの付くものですわ。悪い噂であれば悪い噂であるほど、広まるのは早いし尾ひれも付きやすいものでしょう?」


「ですが――」


「ジェシー、今のは貴女が悪いわ。その噂だって、黒い薔薇の君をうとましく思った方が流したのではなくて? 根拠もなく相手のことをとやかく言うのは良くないことよ」



突如会話に混ざってきたのは、先程までルイと踊っていたキーバンス家のご令嬢だった。ニコニコ笑いながら、私にやたら食いついてきたジェシーと呼ばれた女を見つめる。ジェシーは悔しそうな顔をすると、『お父様に呼ばれていたのを忘れていましたわ』と言って礼をし、さっさと退散した。



「彼女は少し子供っぽいところがありますの。きっと黒い薔薇の君の人気に嫉妬したのね。悪い子ではありませんのよ?」


「ええ、分かりますわ。ですから、私も怒る気にもなれなくて」



アハハ、ウフフ、の世界。取り囲んでいた人達もキーバンス家のご令嬢がきてからは道を開けるように引いていった。あの資料だけでは分からない強さとかいうのがあるらしい。没落しても貴族は貴族と言うことだろう。

しかしこのご令嬢、なかなか良い性格のようだ。わざわざ私を助け――。



「根拠のない噂……はともかくとして……私、見てしまいましたの。黒い薔薇の君が、先程そちらのメイドの方に好きだと仰って見つめ合っていたのを……あれは、どういう意味ですの?」



後ろで小さくミリアが息をのむのが聞えた。

……なるほど、なかなか良い性格のようだ。周りは面白そうな顔をして、よろしくない噂をしている。この手の噂話は大好物と言うことらしい。

ミリアはどこまでもできたメイドのようで、言いたいことは沢山あるだろうに一言も発さず大人しくしている。可愛いミリアに好きだと言って何が悪いのだろうか。

いや、しかし……私の恋愛対象は男だけども、日本の萌えという文化を理解できない(知らない)この世界の人達にはとても奇妙に映った頃だろうなとは思う。暇を持て余した有閑層の人にとって、大好物の話なのだろうなと言うことも分かる。

ここで怒ったら、ミリアの努力が水の泡だ。それは非常によろしくない。



「そのままの意味なのですけど……それを言う前に、『萌え』についてお話しなければ理解して頂けないでしょうね」


「も、もえ……?」



私が焦った反応をするか、怒るか……そのどちらかを期待していただろう周囲の人達は、私が満面の笑みで放った聞いたことも無い言葉に戸惑ったような表情を浮かべた。



「ええ、『萌え』と言うのは――」


「スミレ」



……私には分かる。今発せられた声が、愛おしい者を呼ぶようでいて、その実、『ここに誰もいなかったら、お前を全力でぶちのめしていたところだよ?』って本心が見え隠れする声色だということを。誰もいなかったら、そもそも殴る必要すらないじゃん、なんてツッコミはいらない。そのくらい背筋が凍るという意味だ。



「ル……ルイ……もうお嬢様がたのお相手はよろしくて?」


「少しでもスミレと一緒にいたいんだ。駄目かな?」



困ったように爽やかな笑顔を浮かべるルイ。その笑顔に、みんなが騙されていた。女性は熱に浮かされたような顔になり、男性は『ごちそうさま』な顔。

よろしくない。非常によろしくない。



「そう……そうなの……嬉しいわ」



辛うじてひねり出した笑みは引きつっていたものの、なんとか嬉しそうな顔を浮かべてルイの側に寄った。その瞬間、まるで物語に出てくる王子様のように私を抱きよせながら、他人には分からないような強い力で私の尻をつねるルイ。



「……!?」


「どうした?」


「皆様の前で恥ずかしいわ……」



周りが思っているのとは別の意味になりそうだけど、完全に2人だけの世界である。なんでこいつに人前で尻をつねられなければいけないのだろうか。そもそも、こいつは私が女だということを忘れているのだろうか。



「みなさま、少しスミレを連れ出しても構いませんか?」



今の今まですっかり忘れていたが、この男は猫を被っているせいで恐ろしく評判の良い『心優しい王様』なのだ。そんな人が困ったような照れたような顔でそう言って、駄目だと言える人間がいるだろうか。いや、その前に王様のお願いを断る人間がいないだろうけど。

案の定、みんなは『どうぞ』とか『独占してしまって申し訳ない』なんてからかいながらはけて行った。



「スミレ、話がある」



そう言って私に向けた笑みは、今までの天使の微笑みが嘘のように悪魔のような笑みになっていた。

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