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第四章 それぞれの思惑02

「卵を産まない鶏……ね。よく考えたら肉は食べられるってことよね」



鶏をどう食べて頂くかは、セナが今日説明する内容によって決める。ご意見番とかいう輩は総じて頭の固いのが多いイメージだ。そして長生きをしているから、悪知恵だけは回る。どうすれば彼らより一歩前を進めるか……。



「入りますよ」



私の返答は特に待たずに、セナが入ってくる。

そちらの方をみれば、『いやーホントびっくりするくらい良い案を思いついちゃったよ!』と言いたげなセナの顔。



「セナ、私、嫌な予感しかしないわ」


「ええ、ええ。そうでしょうね。さて、まず貴女に聞いて欲しいのは、あなたの利用方法です。昨日のお話はどこまでご理解頂けているのでしょうね?」


「私が卵を産まない鶏だけど、肉は食べられる可能性があるってことくらい」



そう言えば、セナは『上出来です』と満足げに頷いた。頷きながら袖口をあさり、何かの書物を取り出す。それには禍々しい札が沢山張ってあり、いかにもファンタジーの世界のものです、と言った感じの本だ。



「それは?」


「これが、例の悪魔について詳しく書かれている書物ですよ。あなたが胡蝶と接触しているのを知ってから、こういうこともあるのではないかと思って調べておいたのです」


「何それ。私が言うのも何だけど、先が予測できていたのなら、もうちょっと全力で止めてもらいたかった」



思わず半目になりながらつぶやくと、セナは心底嬉しそうに私の頭をなでた。



「貴女は本当に面白い人ですね。でも今日からもっと面白いことになれますよ。ほら、ここを御覧なさい」



差し出された書物には、おどろおどろしいイラストが描き込んである。そのイラストは文字が読めなくても内容がわかる……というか……まさか……。



「ねぇ、この……ここに描いてある変な踊りみたいなのを私がやらなくちゃいけないの?」


「ええ、そうですよ。寝る前に。毎晩これを踊って下さい。とても神聖な踊りです」



うっそぉ……だってこれ、こんな……鼻に割り箸入れて踊ってるほうがまだマシじゃないの。

嫌だ。誰にも見られたくない。というか、工程が多すぎて面倒くさい。何でもやるって言ったけど、もっと簡単な方法はないものだろうか。



「まさか面倒くさいだなんて思ってませんよね?」


「面倒くさいよ」



即答で返せば、ため息が返ってきた。

いや、わかる。やらなくちゃいけないのはわかる。そうしないと悪魔の力が強くなって、私が死ぬし国が大変なことになるのはわかる。でもこれは――。



「仕方ありませんね。別の方法を」


「あるのかよ。ほんっと性格悪いよね。セナって」



差し出されたのは綺麗な指輪。

女性物にしては少しゴツイそれは、内側に文字が彫ってあった。恐らくはコレが悪魔の力を抑えてくれるのだろう。



「これを指に?」


「ええ、そうですよ。お察しのとおり、悪魔の力を抑えてくれます。これを肌身離さずつけるように。それから、これだけでは抑え切れませんので、常に精神状態を良い状態に保つようにしてください。貴女が弱ったとき、悪魔がもっとも表に出やすくなる」



なるほど……ファンタジーでよくありそうな設定だ。

まあ、私の心が弱るときなんてそうそうないだろうし、この国は平和だって言うからそこまで心配する必要はないだろう。

いざとなったら強力な魔封じみたいなのだってあるだろうし。



「つけましたか? ああ、いい感じだ。私はこの間の公爵の晩餐会で、そういうのをみましたよ。なんでしたっけね……ああ、そうだ。糸に巻かれたハム」


「ほんっと余計なことしか言わないよね」


「ほら、それよりも一番重要なことを言いますよ。よく聞いてください。まず悪魔を味方につけること。それが今の貴女が最優先して行うべきことです。そうすればあの年寄り達を黙らせるのも楽になるでしょう。なんせ黄泉の悪魔ですからね。相当な魔力を秘めているはずだ」



クスクス笑うセナは、煙とともにスッと消えた。

相当な魔力。それは私にも使えるのだろうか。悪魔について情報が少なすぎる。というか、私はまだ解らないことだらけだ。セナの話を聞いてから色々と判断しようと思ったけど、もう一度あの図書館へ行くしか――ため息を吐きつつソファの背に寄りかかれば、テーブルの上に1冊の本。



「…………」



試しに1ページ開いてみると、先ほどのおどろおどろしいイラストが見えた。これは、わざと置いていったのだろうか。それとも本当に忘れていったのだろうか。



「ふーん。まあ、踊れなくもなさそうだけど」



加ちゃんペッの要領で鼻の下に手を持っていき、もう一方の手は頭上でウサギの耳を作るみたいにする。

カカシのように立って半目になりながら下唇を突き出し、半分ほど腰を落とした時だった。



「おい、入るぞ。陛下が――」


「ス、スミレ様……」


「バカ!! 入るなら言ってよね! なんで勝手に入ってくるの!! 信じらんない! つーか、ミリア! あんた何勝手にヴァンのこと部屋に入れてんのよンモー!!」



ミリアは顔を引きつらせながら私に謝罪するが、心ここにあらずで私と本を交互に見ていた。ヴァンもドン引きしながら私を見ている。



「お前……いや、もういい。お前のことについては一切つっこまないと今決めた。それより陛下のことについてだが、先ほど難しい顔をしておられた。お前、何かしたんじゃないだろうな」


「はあ? するわけないでしょ。まさかヴァン、それだけのためにここへ? 返事も待たずに?」


「悪いか!」



悪いに決まってる。着替えをしていたらどうしよう、とは微塵も思わなかったのだろうか。

大体、なんか馴れ馴れしいのだこの男は。普通、どんなに嫌なヤツでも相手が偉い人だったら、それなりの態度を取るるべきなのに。いや、平身低頭尽くせと言いたいわけじゃない。最低限の礼儀を弁えてほしいのだ。



「ねー、ちょっと聞いてよー! 最低! 陛下が老害どもに呼び出されちゃったんだってば!」


「なんだと……!」


「ちょっと! なんでユンまで勝手に……」



ユンは手をひらひら振りながら、あせったような口調で『それどころじゃないんだって!』と私のほうへ早歩きで近寄ってくる。



「まずいまずい。僕、ちょっと聞いちゃったんだけど、側室候補を何人かつれてくるらしいよ。それも近々で」


「えぇ!? ユン様、それは……どういうことですか……!」



んん? なんでみんな驚いてるの? 側室がいるのは悪いことなんだろうか。王様であれば側室の1人や2人いるだろうに。



「ちょっとちょっと。何、自分は関係ないみたいな顔してんのさ! スミレ姫はそれでいいわけ?」


「いいも何もそれはルイの自由でしょう?」


「じゆっ……あ、あきれたなヤツだなお前は! いいか、これは黒い薔薇が機能しない無能の穀潰しだと判断されたも同然なんだぞ!!」



えぇ……? でも実際に機能しない可能性の方が高いし……その判断は間違っていないはずだ。

恐らく黒い薔薇の君が普通の貴族のお嬢様であれば『ま、まあ! なんて失礼な!』とかなるところなんだろうけど、あいにく私は庶民だからなあ。

ん? そもそも黒い薔薇の君がいるからって側室がいないわけじゃないよね。何が失礼なんだろう。



「スミレ様があまりにもお可哀想で……このタイミングで側室だなんて、失礼にもほどがあります!!」



わあ、泣き出しちゃった……どうしよう、どうすればうまい具合に気にしていないことを伝えられるだろうか。気にしていないと言い切るのは『いや、気にしろよ』ってなるだろうし。でも実際気にしてないからなあ。というか、状況がよくわかっていないというか、実感がわかないというか。自覚がない。

取りあえず表にいるはずのニコラスを呼んでこよう。あの可愛い人間を見たら、ミリアの心も晴れるだ――。



「おい、スミレ! ん、スミレはどこに行った?」



主の断りもなく突然開いたドア。そこに立っていたルイは、怪訝そうな顔で部屋を見渡した。



「ど、ドアの後ろに……」


「後ろ? ……何をやっているんだ、お前は」


「あなたが急にドアを開けさえしなかったら、ここにはさまれることはなかったわ! そして鼻を打ちつけることもね!!」



真っ赤になった鼻をさすりながら、私はルイを思いっきりにらみつけた。しかし、それにはひるまない。それどころか、とんでもないことを口にする。



「そんなことはどうでもいいんだ。いいか、よく聞け。残り1週間で、全てのマナーを叩き込む。全てだ。全部覚えろ」


「アハハハ」



ヘラっと笑うが、ルイは困ったような真面目な顔で私を見続ける。私はだんだんと血の気が引いていき、横目でミリアを見つめた。



「本気?」


「ああ」



静まり返った部屋は『無理だよなあ、スミレには』という雰囲気が漂っている。

何でもやると言ったのは私だ。

女に……二言はない……。

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