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第四章 それぞれの思惑01

どうして私は怒られるだなんてことを思ったのだろうか。



「これは……」



目が覚めたら、怒られるなんて生易しい一言では済まされないようなことになっていた。

体はベッドに頑丈な革ベルトで拘束されていて、寝返り一つ打てない。いや、それどころか指一本動かすのがやっとだ。首には首輪が付けられ、それは太い天蓋付きベッドの柱にくくりつけられている。

ため息をついてふと視線をやった部屋のすみ。そこを見て、私は音を立てて生唾を飲み込んだ。



「お目覚めか、我が花嫁は」



額に青筋を浮かべたルイが、ゆっくりこちらへと近寄って拳を握って私の顔の横に振り下ろした。そのまま崩れ込み、私の首筋に顔をうずめる。



「お前は……お前はびっくりするぐらい自由な女だな」


「……ごめんなさい」


「なぜ私の思い通りに行かないんだ……? いや、思い通りに行かないことは今まで沢山あった。だが、お前に関する『思い通りにいかない』は、馬鹿みたいにぶっ飛んでいるんだ」



顔をうずめながら話すものだから、くすぐったかった。でも、ルイの震える声を聞いていると、身をよじるわけにも食ってかかるわけにもいかず、ただひたすら謝るしかなかった。

あれだけ意気込んで自由勝手に動いて、案の定迷惑をかけた私。恐らく、あの取られてしまった羽とやらは、この国の人達にとっては物凄く大事なものだったのだろう。

軽率な行動で、私がそれを消してしまったのだ。

背中が痛いだとか、退屈だとか、ルイがムカつくだなんて言っている場合では無かった。

完全に私の過失だ。



「ごめんなさい……羽……はえてくるかな? はやすように頑張るね……本当にごめんなさい。大切な物を――」


「そんなのはどうでもいい」


「ど、どうでも……よくないでしょうに……」



ゆっくり身を起こそうとしたら、グッと力強くベットに抑えつけられた。

ルイはまだ私の首元に顔をうずめている。



「お前は鳥ガラだし生意気だし思い通りに行かないし、ガサツで女らしくも無いし規格外だし……こんなのが嫁になるのかと思うと目の前が真っ暗になって、いっそのこと夜眠りに着いたついでに一生目が覚めなければ良いと思ったほどだが」



おい。



「……お前がいなくなると思ったら、何故か急に――あれだ……その……」


「……ルイ」


「明日にでも食べようと思っていたムーファを、ユンに食べられたような気持になったのだ」



え、何……何、その……む……?



「ムーファって何?」


「焼き菓子だ。知らないのか」


「ちょっと、スミレ姫! そこは怒るところだからね!?」



ユンが「信じらんないよ全く!」とプリプリしながら天井から飛び出してきた。それを見て慌てて私から離れるルイ。



「ねぇ、ルイ」



呼びかけに返事をせずに視線だけ此方へ向ける。その顔は薄っすら赤くなっていて、若干不貞腐れたような表情になっていた。



「私、貴方が嫌いなの」



そう言った瞬間、ルイはしかめっ面になる。それを無視して私は続けた。



「いきなり家族や友達と離されて、暴言吐かれるし危険な目にあうし、ルイはガキだし、普通の神経だったらこんなところ何一つ楽しいとは思わないでしょ」


「…………」


「でも、あの羽が貴方達にとってとても大切なものだったことは、なんとなく分かるわ。だから――」



ゆっくり起き上がると、いつの間にか部屋の中にセナを始めとした従者達が揃っているのが見えた。都合が良い。これから先、私が話すことは皆に知っておいて欲しいことだ。



「私のことを最大限に利用して頂いて構わない。耐えろと言えば耐えるし、笑えと言えば笑う」



ルイの表情が厳しくなり、何を言いたいのか分からないと言いたげな顔をした。



「つまり、十分に反省したと認めてくれるまでは、大人しく言う事を聞くわ」


「何それ? 反省したと認めても、そう言わなければいつまでもスミレ姫を使えるってことぉ?」


「そうね。でもルイはそんな卑怯な真似しないでしょう?」



ニッコリ笑ってそう言えば、ルイは気まずそうに顔をそらした。

沈黙が落ちる。

ルイは、何か悩んでいるようだった。王であれば即答で是と言うべきところを、何を悩んでいるのだろうか。

いや、私が本当のことを言っているかは分からないし、慎重になるのは一向に構わない。でも、それであれば相手を上手く利用して転がすくらいの気概は見せて欲しい。なんて、生意気なこと言ってるけど。

でも、今は私の意思なんて無視するべきだ。まあ、こんなとこが彼らしいと思うけども。まだまだ付き合いは短いけど、この男がどんな人間なのかなんとなく分かってきた。我が儘でバカで情けなくて裏表があって、他人を信用していない癖に寂しがりやで、嫉妬深いし――やだ、なにこれ。最低の男じゃないの。



「ねぇ、ルイ」


「……なんだ」


「貴方、最低の男ね」


「喧嘩を売っているなら買うが」



先程の悩ましげな顔はどこへやら。ピクリとこめかみを引きつらせ、私に拳骨をする準備をし始めた。



「だから、私が徹底的に躾けてやるって言ってんのよ。言ったでしょう? 私は貴方に嫌がらせをする為にここへ戻ってきたの。これは、盛大な嫌がらせよ」


「では俺も盛大な嫌がらせをしてやろう。お前を元の世界に戻す気はない。お前は、一生俺の横で俺にいじめられていればいい。お前に暴言を吐くのも、暴力をふるうのも、意地悪をするのも、許されるのは俺だけ。俺以外が手を出すことは許さない」


「…………」



まさかルイがここまでバカだとは思わなかった。売り言葉に買い言葉なんだろうけど、なんとか私に口で勝とうと思ったんだろうけど、なんか……なんか凄く――。



「低次元な争いはよして下さい。それとも求婚のつもりですか?」



ため息を吐くセナに、ようやくルイの意識が引き戻される。サッと青ざめたかと思うと、カッと赤くなって口をわなつかせた。



「違う! こいつがつまらんことを言うから……!」


「陛下、私は状況説明の為にここへ来たのですが……」



サッと椅子を引いて、誰も許可していないのに座るセナ。どうもこのルイという男は、部下に舐められているらしい。いや、正確に言うとセナとユンが特別図太いだけなのだろうけど。



「スミレ様。貴女の体がどうなっているかについてお話しましょう」



曰く、黄泉の悪魔とやらが取り憑いているらしく、このまま放っておけば、あの胡蝶が言った通りのことが起こるらしい。最終的に完全に乗り移られてしまうと、この国としても非常にまずいことになるのは確かだ。だから、何としてでも悪魔を引きはがすか、共存できるように術式を施すしか方法が無いとか。

ところで、この悪魔の恐ろしいところは取り付いた相手の命をジワジワと削っていくところだ。私の残りの寿命があとどのくらいなのか、それは誰にもわからない。



「さて、そう言う訳でどちらの方法が貴女にとって最善か考えたのですが……貴女の羽が無くなってしまったことがどこからか老害どもに漏れまして。羽が無い今、その老害どもが騒ぎだしている」


「ろ、老害?」


「ご意見番だ」



顔をしかめたヴァンが、ため息を吐きながら椅子を引き寄せて勝手に座った。



「ルイ、ヴァンが断りも無く椅子に腰かけたわ」


「誰が座って良いと言った!」


「も、申し訳ございません……!」



私がニヤリと笑うと、音がしそうなほど睨まれた。そして、「なんで俺だけ?」と言った納得できない顔をしながらも、忠誠を誓ったルイの為に立ち上がる。



「それで、そのご意見番がなんと?」


「要は、羽の無い黒い薔薇の君は卵を産まない鶏と同じと言うことです」



なるほど。確かにそうだろう。穀潰しが増えるわけだ。しかもこの穀潰し、無駄に后なんて肩書きが付くものだから、金がかかって仕方がない。であれば、この鬼畜なセナが提案するのはただ一つ。



「貴女の体に黄泉の悪魔を宿したまま、力だけコントロールして飲み込まれないように頑張って下さい」



部屋に沈黙が落ちる。

ニコラスは、先程から青い顔で地面を見つめていた。ユンは楽しそうに短剣を回している。



「ねぇ、胡蝶はどうなったの?」


「あちらは陛下が旅路の支度をしてさし上げました」



消したのか。本当に消したのか。

あそこから何かヒントが引き出せないかと思ったのに。この国の人って、なんでバカばっかりなんだろう。信じられない。



「……まあ、いいわ。馬車馬のように働かせて頂くわよ。で、何をすればいいの?」


「お話が早くて助かります。その話につきましては、長くなりますので明日にでも。取り敢えず今日はお休み下さい」



ニッコリ笑うと、セナは話しは終ったとばかりに部屋を後にした。それに続いてヴァンもお辞儀をし、ニコラスを引きつれて部屋を出る。ゆっくり近寄って来たユンは、私の枕元に小さな花を置いて微笑んだ。



「はい、お見舞い」


「ありが――」


「スミレ、それに触るな。毒草だ」


「ちょっと……!」


「アハハハハ!」




指でつまむところだった……! なぜこんなつまらない悪戯を……。



「あれはあれなりに心配している」


「心配したら人を殺したくなるわけ?」


「そう言うな」



深くため息を吐いて、ルイが椅子を引き寄せる。ゆっくりそれに腰かけると、椅子の足が音を立てて折れた。



「うわっ!?」



どたん、と鈍い音を立てて床に転がる。椅子の足には先程までユンが回していた短剣が突き刺さっていた。



「やだ、何やってんの……」



ため息をつきながら床に転がるルイを覗き込んだ。しかし、倒れ込んだルイは動かない。動かないまま、天井を見詰めながらポツリと呟いた。



「……俺は……お前が……お前が取り敢えず生きていることに安心している。生きていれば、いつか良い時期が来る」


「貴方がそれを言うわけ?」


「……そうだな」



しばらく転がっていたルイは、ゆっくり立ち上がると私の手を力なく握った。



「王は謝らない。何故だかわかるか? 間違ってはいけないからだ。謝ったら、間違いを認めることになる。王は絶対的な存在であるべきなんだ。王が黒いと言えば、白い物も黒になる」


「誰から教わったの? そんなの弱い男のすることでしょうに。間違いを認められる人の方が強いし凄いと思うわ」


「……そうだな」



この男は優しすぎる。優しすぎる人は、王に向かない。

であれば、それを補佐する私が非道になればいい。そこまでこの男に入れ込んでいるわけじゃないし、腹が立つ部分も多いし、恨んですらいるけど、何故かこのだらしなくて弱々しい男を助けたくなる。それはきっと、自分の辛かった時のことを思い出すからだ。寒いギャグを見ていると胸が痛くなるように、痛い行動をしている人を見るとこっちが恥ずかしくなるように、これは憐みの一種に違いない。



「ルイ、貴方が私を召喚したのは正解よ。私は狡猾なの。色んな意味で后に向いていると思うわ。貴方の足りないところを、私が補ってあげる。歴代で最も恐れられるくらい、嫌な女になってやるわよ。どうせ異世界の人間だもの。誰も気にしやしないでしょう?」


「俺が気にする」


「……バカな奴。いいから、あんたは私の言う通りにしていればいいのよ。ホント情けない男」


「……すまない」



何か分からないけどやたらへこんでる目の前の男。

何を言ってもへこんだまま戻って来ない。どうしたものかと思っていると、ルイが情けない顔のまま私を見つめた。



「お前は自分のことを情けないと思うことが無いのか」


「あるに決まってるでしょ」


「そうか……」



何かを考え始めたルイは、再び下を向いてボーっとしている。正直うっとうしい。



「ねえ、しっかりしてよルイ。あなた王様でしょう? いくつになったのよ。良い大人が情けないわ」


「まだ二十歳は超えていない。成人はしているが、悩むことくらいある」


「やだ、そうなの。それはしかたな――年下ぁ!?」


「なんだと……?」



信じられない……また、また騙された。ニコラスと同じくらい衝撃だ。ルイもルイで衝撃を受けているらしく、目をひんむいていた。



「スミレ……お前は一体……」


「聞かないで。黙りなさいよ。くっそ……また年下……私は年下が嫌いだってのに……え、やだ。まさかセナ達も年下なんじゃないでしょうね……」


「あいつらは確か同い年だった気がする26か8くらいだったな」


「あ、ああ……一応、まあ、そう……」



ギリだ。ギリでセーフ。まあ、そんなものよね。いや、でも年下……なんか情けないなと思っていたけど……そう。見た目と年齢が反比例している……。



「ルイ、分かった。貴方が情けないのは年下だからだって納得した。だから決めたわ。私、歴史に残るような悪の女帝になる!」


「なんだと!? 正気かお前は!」



必死の形相で私を正気に戻そうと肩を揺さぶるが、私はもう決めてしまった。

目の前の王様を手玉にとって悪の女と呼ばれるようになる。これ以外に、この世界に打撃を与えることはできないだろう。いや、羽を無くした時点で大打撃なのだろうけど、こうなったらとことん悪の道を突き進むことにした。最後はハッピーエンドになりえないだろうけど、それでいい。私は……私は――。



「今日から悪の女になる! ハッハッハ! 楽しみ~!」


「やめてくれ! どうしたらそういう考えになるんだ!! 頭を打ったのか!? そうなんだな! くそっ……おい、医者を呼べ!!」



廊下に向かって大声で叫ぶルイを見ながら、私は満足げな微笑みを浮かべた。

今日から、私の暗黒時代が始まる。

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