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第三章 孤高の王女06

「生意気な娘は嫌いよ」


「……!」



黒に近い紫色のモヤが私を襲う。

モヤはぐるりと私を取り囲み、周囲の酸素をどんどん奪い取っていく。段々呼吸が浅くなっていき、そこまできてようやく私は短気すぎる自分の性格を恨んだ。

黒いモヤは私の口、耳、鼻、あらゆるところから私の体内に入り込み、内臓を描き回すように動き回る。



(ま、まさかこんな苦しんで死ぬ羽目になるとは……!)



呆れたような怒ったような声が聞えたのは、いっそのこと意識を飛ばしたいと思った時だった。



「お前はどうしてそう無駄に挑発するんだ!」



ガシャンと何かが割れる音がして、モヤがはれていく。辺りには金色の光の粒が舞い、黒いモヤを浸食していった。体の痛みが飛び、息苦しさだけが残る。



「……だれ?」



浅い息で辺りを見るが、目がかすんで何も見えない。

ぼんやりと何かが動いているのだけが見えた。その影が近寄ってきて、私の髪をつかんで上体を起こす。



「いっ……」


「あらま。ルイ、大変。キミのお姫様にかけられた術式が完成しちゃったようだよ」


「ユン……貴方どこをつかんでいるのですか。スミレ様の髪が抜ける前に手を離しなさい」



薄っすら見えてきた景色の中には、王とその臣下が勢ぞろいしていた。

ヴァンは緊張したような表情でしなびたババァを見ている。ゆっくり息を吐いて笑えば、しなびたババァの顔が歪んだ。



「胡蝶……」


「貴方が今の王? 私の皇子が若い頃によく似ているわ」


「……胡蝶、古より我が国を守って頂いていることを感謝致します」



そう言ってヴァンが膝をつくと、口元のしわを深くしながら満足げに微笑んだ。



「しかし、そこの鳥ガラを殺されては困る」


「しなびたババァになんか殺されないわよ」


「なっ……おまっ……口を慎め鳥ガラ! 胡蝶とお呼びしろ!」


「構わないわ。そこのお転婆な女の子の口が多少悪いとしても、私の計画になんら影響はないもの。それに……もう、遅いわ」



とても年寄りとは思えない力でアゴをつかんで持ち上げられる。痛みに思わず唸れば、私の首筋にゆっくり舌を這わせるしなびたバ……胡蝶の頭が視界の端に映る。



「うわ、きしょっ……ちょっと……ユン、変わって!」


「え~やだぁ。そこのバーサンが舐めた後をスミレ姫が舐めつくしてくれるなら考えるけど」


「なんだと!? ユン、貴様よくも俺の前でそんなことが言えるな!」


「落ちついて下さい、陛下。スミレ様に影響されすぎです。この状況で関係のないことにツッコミを入れている余裕はありませんよ」



セナの呆れた声に、ルイが頬を染めながら何かブツブツと口ごたえをしているが、正気に戻ったのかやたらと咳払いを始める。

ため息を吐いたセナは、ニヤリと笑いながら孤蝶に傅いた。



「胡蝶、単刀直入に申し上げます」


「よろしい」


「光栄の至り……胡蝶はスミレ様に何をなさったのでしょうか?」



ジワジワと嫌な空気が流れていく。

淀んだ空気はゆっくり渦を巻いて周囲に溜まり、いるだけで憂鬱になるほどだ。



「黄泉の悪魔をお譲りしたの」


「なに!?」



馬鹿みたいにでかい声でルイが叫び、周りの人間も相当驚いたような顔をした。

ユンでさえ、笑いもせずに私を観ている。



「ちょっと、だれか『黄泉の悪魔』について詳しく教えて」



そう言ったのに返答はなく、ただひたすら気まずい空気が流れていく。

小さく「黄泉の悪魔……」と呟く声が聞え、そちらに目を向ければ真っ青を通り越して真っ白なニコラスがいることに気付いた。



「ニコラス、貴方いたの。説明してくれる?」



声を掛けただけなのに飛び上がって驚き、震える口を閉じたり開いたりしながら視線を彷徨わせる。

話そうかどうか迷っているニコラス。嫌な予感しかしない。



「黄泉の悪魔は……胡蝶をここに閉じ込める原因となった悪魔だ」


「閉じ込める?」



胡蝶を見ると、にっこり微笑んで私から離れ、立派な猫足のソファに座った。

まるでそこだけ空間が別物のような優雅さだ。



「私がここに閉じ込められた理由をお話していなかったわね。黄泉の悪魔が私の体内に入ったのは、私が羽を手に入れてすぐのことだったわ」



胡蝶が紡ぐ言葉はとってもファンタジーで、どこか遠い国のつまらない物語を聞いているようだった。

ギュッとまとめるとこうだ。

物凄い力を持った悪魔とか言うのに興味を持ち、油断をしていたらその悪魔に取りつかれ、代わりに膨大な力を手に入れたらしい。ただ、力があまりにも強かったので、体の方が耐えきれずに朽ちていった。このままでは死んでしまうということで、急遽国中から魔術師を呼び集めて体ごと封印し、その力を次代が見つかるまで存続し続けながら、時に戦の女神となり、時に豊穣の女神となり、姿形を上手いこと言って変えながら民を騙し続けてきたと……とういう話。



「くっだらね」


「…………」



この一言で終了である。周りの人間は驚いたり笑いを堪えたり。

私が言ったのは『映画の感想』レベル。その国の人から、ましてご本人からしたらそんな腹の立つ一言で終わらせられるなんて心外だろう。

でもくだらない。胡蝶が、この女が、だいぶ前から自己中心的であることは理解した。そしてそれに私自らが巻き込まれに行ってしまったことも。



「で、胡蝶様は私にナントカの悪魔を押し付けて何がしたいのでしょうか?」


「この物語はここから始まるの。貴女が今まで生きてきたのは、序盤の序盤にすぎないわ」


「私の人生くらい自分で決めます。貴女の出る幕じゃない」


「小物は小物らしく、与えられた役をこなしなさい! ……私はね、眠っている間にこの物語を思い付いたの。とっても素敵なシナリオよ」



そう言って笑う胡蝶は、シワシワのくせに悔しくなるくらい綺麗だった。



「黄泉の悪魔の性質をご存じ? やがて肉を腐らせ、溶かし、自分の体にするの。力を与えるのはその為よ。自分が馴染む器が出来た時、悪魔は肉を食い破って出てくるわ。私はそれを押さえ込んで、力だけを頂こうかと思って」


「へえ? それで失敗してこんな所に閉じ込められたのですね」



私の安い挑発にはひっかからず、首をかしげて可愛らしく「そうよ」と笑った。この年寄りの事だ。得た力はろくなことに使わないだろう。



「胡蝶、発言をお許し下さい」


「どうぞ、魔術師の坊や」



胡蝶にかかればセナも「坊や」らしい。セナは満足げに微笑むと、一礼をして口を開いた。



「お話をされている間に、捕縛の魔法陣が整いました」



再び一礼をしたセナ。その瞬間、孤蝶の周りに七色の光の粒が沸く。



「……これは!!」


「胡蝶、お話を伺っていて思ったのですが、貴女は迂闊だ。迂闊すぎるがゆえに、悪魔にも捕らえられたのでしょう。その迂闊さは死んでも直っておられないようで」


「早く解放しなさい! 私には、まだやることが……このままこの娘を放っておくと、確実に死んでしまうわ!! 私がどれほど長い間、あの憎たらしい悪魔への対抗策を考えたと思っているの!」



般若のような顔をしてくらいつく胡蝶は、もはや存在自体が悪魔と言っていいほど醜くなっていた。セナは笑顔のままブツブツと何かを呟いている。ユンはそれを見ながら楽しそうに笑い、背中に担いでいた細身の剣を抜いて自分の手のひらを押し付けた。流れる血がしみわたると、それは文字のようになって剣に吸い込まれていく。



「ねぇ、あんた。馬鹿にされるのが死ぬほど嫌いな奴を馬鹿にしたらどうなると思う? 例えばそいつが物凄く短気だったとしたら? 例えばそいつが物凄く陰湿で、残忍だったとしたら? 僕はね、怒っている時、誰かに優しく接するのが苦手なんだ」



ユンの声が聞こえていないみたいに胡蝶はもがき、叫び続けている。ゆっくりとユンが孤蝶に剣を向けた時、スッと視界の端でヴァンが動いたかと思うと、ニコラスに私を連れだすよう命じながら私を抱えあげてニコラスの方へ放り投げた。慌てて私を受けとめたニコラスは、一例をして建物の中から出る。

扉が閉まると同時に、孤蝶の大きく長い悲鳴が聞えてきた。



「……ニコラス」


「遅くなってしまい、申し訳ございません……約束を守れず、申し訳ございません……」



衝撃的な物を見たからなのか、守ると言った約束を守れなかったからなのか、ニコラスは泣いているようだった。私は怒っていないから気にしないで欲しい、怖い物を見る羽目になって申し訳なかったと伝えたいのに、どんどん意識が無くなっていく。



「ごめんね、ニコラス……ちょっと重いと思うけど、なんだか凄く眠いの」



後で色んな人に怒られるんだろうな、と思いながら、私はまぶたを閉じた。

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