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第三章 孤高の王女05

「起きたかしら?」


「……マダム……リー……?」



ぼんやりとする意識の中で見たマダム・リーの顔は、笑っているのに笑っていないという典型的な悪役の顔だった。

それを見て、ようやく自分が愚かなことをしたのだと気付く。私は馬鹿だけど勘が鋭いのだ。「まさか……」と思ったことは大抵あたっている。なぜそれをもっと早くに発揮しなかったかと言われると、ただひたすら謝るしかない状態になってはいるのだけど……。

そして相変わらずマダム・リーは何も言わない。何も言わずにニコニコと微笑んでいるが、その独特な雰囲気が私の第六感を刺激し、「コイツは怪しい」と告げている。



「マダム・リー」


「なあに?」


「頭と体が重いです。これは憶測ですが……日射病や熱射病の類ではなく、別の何かなのではないかなと」



そう言えば、マダム・リーは心底驚いた



「まあ、体調が悪かったのかしら? 無理につき合わせてしまったようね」


「いいえ、体調は悪くありませんでした。マダム・リーから色々とご馳走になるまでは……失礼ですが、何か入れました?」


「困ったわ。私は嘘が上手じゃないの」


「奇遇ですね。私も誘導尋問的なものが全く得意ではなくて」



マダム・リーは全く困っていないような顔でクスクス笑う。



「貴女、千切れた羽がどこにあるかご存じ?」


「羽……?」


「私が持っているのよ」



そう言ってサッと手を振ると、天井から大きな鳥籠が下りてきた。

中には私の背中から千切れたと思われる羽が浮いている。羽は未だ輝きを失っておらず、キラキラと光る粉を飛ばしていた。



「素晴らしい色だと思わない?」



悪趣味だと思った。

私は昆虫標本反対派である。というのも、あれらは動いているからこそ良いと思うからだ。別に標本作りに精を出している人を批判しているわけではない。あくまで個人的な話しなわけで。まして、これはただの羽。しかも他人の背中に生えていたもの。それに標本と違って蝶の形をしているわけでもない。その千切れた羽を後生大事に取っておくのは悪趣味だ。



「マダム・リー……貴女が何をしたいのか分からない」


「ねぇ、貴女はどこまで私のことをご存じかしら?」



何も知らない。

マダム・リーはマダム・リー。ルイより偉い老婆。それ以上何も知らない。



「私はね、初代の『黒い薔薇の君』なのよ」


「……は?」



どう言うことだろうか。初代……? にしては偉い若い。この国はある程度歴史があると聞いた。セナに「これが初代からなる肖像画ですよ」なんて何人もの女性の絵を見せられたのは記憶に新しい。



「混乱しているようだけど……即身仏をご存じ? それなの」



マダム・リーは鳥籠に近づいて柵を撫でる。その目は、何か別の物を見ているような、近くを見ているような……はっきり言ってしまえば異常者の眼であった。

そもそも即身仏と言うことは死んでいるということで、何故それが動きまわっているのかは分からないけど、まあ、異世界では良くあることなのだろうと自分を納得させた。

そう思った瞬間、とたんに部屋の色があせていく。

ドロドロと色がはがれおち、先程まで光を放っていた蝋燭の灯は消え、ホコリとカビ臭さが鼻につく。部屋はクモの巣だらけで、寝ていたベッドは染みがあちこちに付いている。先程まで扉の前に立っていたはずのメイドは、使用人服を着た骸骨になっていた。



「私は始祖として、国を守る役目をになっているの。永遠に国民の記憶の中で生き続け、それは色あせることがないわ」


「お言葉ですが、記憶は薄れていくものです。特に死者のことなんか、誰も覚えちゃいない」


「……」



マダム・リーの顔が歪む。

だらだらと自分語りを始めた時点でようやく気付いたが、あれか。ファンタジーもどきの世界と言うのを考慮すると、死体が動きまわっているのはエネルギーを利用しているということなのだろう。

ではそのエネルギーとは何か。

車にはガソリン。石油ストーブには灯油。おもちゃには電池。扇風機は電気。どれも対になるべき存在がいる。人間を動かすもの――……それは、魂以外にあり得ない。



「もう言葉遊びはやめませんか? 私がバカなので私の頭に合わせて下さい。早い話が若くて綺麗な乙女の生血を吸う、しなびたババァってことですよね?」


「貴女が綺麗かどうかは別として、大体あっているわ。他に質問があれば答えるわよ?」



ぐう。確かに綺麗ではないけどムカつく。



「即身仏になった理由と経緯を教えて頂けます?」


「そんなの、私の栄光を忘れさせないためだわ。時代の黒い薔薇の君が来たって、私が始祖なの。私を忘れる事は許さないわ。この国は私のもの。私が守る」


「黒い薔薇の君の役割は王のサポートだと聞いていますが?」



治めるのはあくまで王。女王はただのサポートであって、せいぜいパレードとかをやる時に華やかだなーってくらいだろう。

……なんて言ったらルイが血管を浮き上がらせてブルブル震えそうだけど。



「男は愚かよ。制するのは女の仕事」


「女で駄目になる王ってのは良く聞きますけど……まあ、端的に言うと、貴女はいつまでも皆にへいこら頭を下げられたい。自分が死んでも存在を忘れてほしくない。栄華を極めた自分を忘れないで、敬ってほしい……違います? こんな何年も掃除していないような小汚い部屋に押し込められている時点で、貴女の扱いがどうなのか知れていますが」



びくりとマダム・リーのこめかみが動く。



「それから、これは憶測ですが、貴女はここから動けないのでは? 外に出ても常に柵の内側。つまりこの塔の影が及ぶ範囲……最初は私がバレないように、と気を使って下さっているのかと思いましたけど、どうもおかしいんですよね。貴女付きのメイドの動きとかが。もしかして、貴女の姿は他の人には見えていないとか? 廊下を通るメイド達がちっとも頭を下げないものですから、前から気になっていたんですよ。それとも、貴女の願いとは裏腹に、シカトされちゃうくらい慕われていないとか? ハハハ」



ギリッと歯ぎしりをする音が聞こえ、目の前の老婆の手がブルブルと震え始めた。

なぜ目上の……それもあんなに親切にして頂いた方に私がこんな食って掛かっているかというと、単純に私が短気だというのが第一の理由である。そんな単純な理由に巻き込まれてしまったマダム・リーは可哀想だと思うが、どうやら可哀想なことになっているのは私のような気がしてならない。

どうしてあそこまでルイ達がお小言をくれていたのかをよく考えていなかった。大人が何かを禁止するには、それなりに理由があるからだ(もちろんない場合もあるが)。というか、あれだけ「私が責任を取るわ。ハッ」とか言っておきながらこのざまである。恥ずかしい。



(なんとしても、ルイ達に見つかるまでに1人でどうにかしなくてはいけない)



愚かな私は、まだそんなことを考えていた。でもほら、ぶっちゃけ面倒じゃん。怒られるの。なんか悔しいし。

そこで私は1つの仮定を立てた。



「もし見えていないとしたら、貴女に実体がないから? でも、同じ黒い薔薇の君である私には見える……うーん、なんだか考えれば考えるほど疑問が浮かんできますが……取り合えず、貴女の食事方法を教えて頂けませんか? 私はどうやって食べられてしまうのかしら」


「私にここまで口ごたえをしたのは……貴女が初めてだわ……」


「それは私の国に王がいなくて、王を敬うってことを知らなくて、何より私が短気だからでしょうねぇ」



フンと鼻で笑う。

よく分からないけど、私は動けない。動けるけど、体が恐ろしくだるいのだ。私に幻影を見せていたことを考えると、この老婆は魔術みたいなものが使える。人間「ああ、ここで終わりなのだ」と思えば強く出られるもののようで、私は初代とかいう老婆を無駄に挑発していた。

それがますます自分を追い込むことになると、なぜ考えられないのか。

それは、恐らく私が世界で一番馬鹿だからである。

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