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第三章 孤高の王女02

まあ、そんなんで大人しくなるわたしではないのだけど。

まだ白い塔は散策しきっていないわ。扉の外にはニコラスがいる。私が出ていけば、安静を命じられている私を止めるだろう。

であれば、出口は1つ。



「そこら辺のお姫様と同じに見ないで頂きたい、ものっ……ね!」



雨どいに足をかけて屋根へと昇る。

私に出来てしまうくらいだから、侵入者がいるとしたらもっと容易くできるだろう。せいぜい私のお転婆な行為に気付いた時、城の安全管理が行き届いていないことを嘆くといい。



「あら、あれは……」



遠くに見えるのは、ニコラスが閉じ込められていると思っていた塔。

良く見れば中華風の建物で、とても煌びやかだ。しかしその割には薄暗い位置にあり、あんなに綺麗な建物なのにわざと隠しているとしか思えない。



「何か秘密がありそうね」



行きたい。凄く行きたい。しかし私はあくまで賓客。

賓客が主の了承も無く屋敷の中をうろつくのは失礼にあたる。今私が何をしているのかは置いておいて。

ルイはあの塔に私が近づくのを嫌がっていた気がする。絶対に、何か楽しいことがあるに違いない。ルイに嫌がらせをするにはもってこいの何かが。



「ああ、行きたい……一体あの中に何が……ん?」



ジッと見つめていると、塔の中から1人の女の人が出てきた。

距離があるのでよく見えないけれど、どうやら結構年配の方のようだ。そして、その年配の方と目があった。



「あ、ヤバ」



当然、その人は驚きに目を見開き、アワアワと口に手を当てたり辺りを見回したりしている。

まずい、非常にまずい。こんなのがルイにばれてしまったら、怒られるどころの話ではない。

慌てて「シー!」とジェスチャーすれば、その人は驚いたままコクコクと頷いた。相変わらず危機意識の低い城内に呆れつつ、屋根の上を歩いて近寄れるところまで近寄った。



「ごきげんよう、マダム」


「ごきげんよう。そんなところで何をしていらっしゃるの?」


「その……ちょっと冒険を」


「そう……そうなの……随分元気がいいお嬢さんなのね」



ですよね。すみません。でもジッとしていられない性質でして。



「もしよかったら、こちらへいらっしゃらない?」



その人はとても魅惑的な笑顔を浮かべ、私に向かって手招きをした。

主の許可なく城内を闊歩してはいけない。しかし、この人は主より偉そうなニオイがする。



(いや……でも……)


「大丈夫よ。貴女、ルイの后候補でしょう? 少しお話しをしましょう。わたくしはルイより偉いから、怒られそうになったら守ってあげるわ」


「喜んで」



サッと立ち上がってお嬢様挨拶(スカートを持ち上げるアレだ)をして、私は雨どいを伝って下に降りる。

下は目も眩むほどの高さである。しかし、遥か下にある塔の入り口にいる人と話ができるくらい静かなのだ。すなわち、ここには滅多に人が来ない。私がこんな命がけの脱走をしようとも、誰も気付かないという訳で。下で「まあ!」とか「あらやだ!」とか聞えるけど、要は落ちなければいいのだ。



* * * * * * * * * * * * *



「はぁ……はぁ……」


「あなた曲芸師みたいなのね!」


「あ、ありがとうございます……マダム」



興奮しきったマダムは私をバシバシ叩くと、「今、お茶を入れさせるわ」と言って私を建物の中へと誘導した。

建物の中は本当に中国の建築物の様なつくりになっており、マダムも洋風と中華風が混ざった不思議な、しかし美麗な服装をしている。



「さあ、座ってちょうだい。貴女の話はだいぶ前から聞いていたのよ。でもルイが何だかんだと理由を付けて合わせてくれなくてね」


「あら、ご挨拶もせずに失礼致しました」


「いいのよ。怪我をしていたのでしょう? その……羽を失ったと聞いたわ」



至極残念そうな、憐れんだような声を出すマダム。

私はと言えば、羽の重要性を分かっていないせいかあっけらかんとしているというのに、ここまで他人から心配されるとは思ってもみなかった。



「まあ、落ち込んでいても仕方がないわ。ここの魔術組織には自信があってよ? きっとはえてくるわよ」



マダムはニッコリ微笑んでお茶のお代わりを注いでくれる。

勧められたお茶菓子は見たことも無いようなカラフルな色をしているが、味は日本人好みで食べやすい。

触るとフワフワしていて、食べた瞬間モチモチの食感とフルーツの香りが口いっぱいに広がるお餅のような物にはまり、ひたすらそればかり食べていたら「もっとお食べなさい。若い子は沢山食べてくれるから嬉しいわ」と笑われた。



「さあ、まだ貴女のお名前を聞いていなかったわね」


「まあ、失礼致しました! 私ったら食べるのに夢中になってしまって……」


「あらあら、いいのよ。嬉しいわ。わたくしが作ったの」


「え!? そうなんですか!? これ凄く美味しい!」



思わず素が出て「ゲッ」と思っていたら、「畏まらなくてもいいのよ。貴女のことはよーく知っているわ」と言われる。

どうやら私の悪行は知れ渡っているらしい。



「ねえ? わたくしとお友達になって下さらない? ずっとここに1人でいるから、メイドしか話相手がいないの。でもメイド達とは対等に話せないでしょう?」


「え……? でも、私はあまり外に出られなくて……」


「なら、こうしましょう? ルイにわたくし達が会っているとバレたら怒られてしまうから、毎日時間を決めて会うの。ルイが一番忙しい時間によ。そして、お互いのことは別の名前で呼びましょう? その方が、万が一バレた時にしらを切れるもの」



ほほう。このマダム、中々話の分かるお方だ。見たところ70歳は超えていると思われる方の知識なだけある。まあ、知識というか、もしバレても権力でねじ伏せそうな感じはするけども。



「わたくしのことはマダム・リーと呼んで頂けるかしら」


「わかりましたわ、マダム・リー。私のことはスミレで結構です。その、せっかくのご提案ですけど……私が貴女に会っていることがバレるってパターンが一番危ないので、問い詰められたときに偽名の方が効果はあると思うのですが……」


「それもそうね。それに私は本名で貴女を呼びたいわ。その方が仲良くなれる気がするでしょう? あ、別にわたくしの本名を教えないのは意地悪じゃないのよ」


「ええ、もちろん! お気遣いありがとうございます」



こうして、マダム・リーと秘密のお茶会が始まった。





* * * * * * * * * * * * *





「ルーイー。君の可愛いお姫様が、マダム・リーとお茶会を始めたのには気付いているかい?」



おどけたように言うユンに、ルイは眉根を寄せた。ほお、とセナが興味深げに口角を上げる。



「あれは禁忌では? どうやって近づいたのでしょうね」


「待て、何のことだ。誰だそれは」


「あれ? スラング知らないの~? 『リー』には汚らわしいものって意味があって、見たくもない忌々しい物をさす時に……」


「そうじゃない。重要なのはそれが誰で、何故外に出ることのないスミレがそいつと会っているかだ」



不機嫌そうにルイが言うと、セナは頭蓋骨の形をした水晶を取り出してルイに差し出した。

水晶は薄ぼんやりと光り、頭蓋骨の口に咥えられた大粒の宝石がギラギラ輝きを増す。



「見えませんか?」


「これが見えるのはお前だけだ」



セナはクスクス笑うと水晶をしまう。

そして懐から何枚か紙を取り出すと、綺麗に折って動物のような形に仕上げた。それに息を吹きかけると紙は踊り上がって窓から出ていく。



「どうやら……古の胡蝶が再び空を舞う練習をしているようだ」



ボソッと呟いたセナのつぶやきに、ルイの表情はこわばった。



「何故……彼女とスミレが会っている」


「スミレは飽きさせないなあ。ルイのお嫁さんにぴったりじゃない。ただのお姫様は嫌だって言っていたし?」


「冗談を言っている場合ではない!」



ルイは机に拳を叩きつけると、勢いよく立ちあがって部屋の外へ出ようとした。



「待ちなよ。丁度いいんじゃないの?」


「邪魔をするな」


「恐れながら陛下。私もユンと同意見です」


「どういう意味だ」


「そのままの意味ですよ」



セナがニヤリと笑う。ユンは肩をすくめて壁に寄りかかった。



「陛下はスミレ様がお好きではない。であれば、ただ娶るのではなく、もう1つの可能性に期待しては如何でしょうか?」


「……それが……それが胡蝶との接触だと?」


「それ以外に何が? 運が良ければ彼女は……」


「俺は……そこまで狂気じみた男じゃない。……セナ、お前は人の心を忘れたか?」



怒りに震えたルイが何とか言葉を絞り出すと、セナは嬉しそうに笑った。



「おや、てっきり賛成して頂けると思ったのですが」


「言ったはずだ。そこまで人道から外れることはできん」


「随分と胡蝶を嫌っておられ……」



ルイは音も無くサーベルをセナの首筋にあて、一言「黙れ」と呟いた。ユンはそれを見て面白そうに笑う。



「スミレの身に危険が及ぶことは許さん。あれは俺の所有物である」


「アハハ! 嫁じゃないんだ! スミレが聞いたら怒りそー」


「利用価値があるうちは『物』で十分だ」


「何それ? 利用価値が無くても手元に置いておきたいと思ったら何になるのさ」



それを聞いてルイは鼻で笑うと、サーベルを鞘へしまった。どっかりと椅子に腰を下ろすと、アゴの下で手を組んで不敵に笑う。



「そんな日は一生来ない。ユン、お前が見張っておけ。必要ならスミレを閉じ込めろ」


「僕を? 僕の部下で十分じゃない。ただの后候補なんだから」


「俺の命令に背く気か?」



睨みつけるルイを見て、ユンは今にも吹き出しそうになりながら手を振った。



「ねえ、ルイ。僕には不器用な男が好きになりかけた子を目の前にして、どーして良いか分からないように見えるんだけど?」


「本当にそう見えるのだとしたら、お前の頭の中は相当平和なのだろうな。小鳥がさえずりながら飛びまわってるんじゃないか?」


「可愛いくない?」


「可愛いわけあるか。さっさと行け」



ユンは「ハイハイ」とおかしそうに笑いながら出ていく。それを見送ったセナは、クスクス笑いながら襟もとを正した。



「式を放っておきましたから、何かあったらお知らせ致しますよ」


「そうしてくれ」


「……陛下、私はユンに賛成ですがね、束縛のきつい男は嫌われることを覚えておくといい。そして貴女の愛は解りにくい」



顔をしかめたルイがサーベルに手をかけた瞬間、セナは煙と共に消えた。

残されたルイが窓の外を見る。



「あれは……俺の所有物だ。所有物を大事にするのは当たり前だろうが。大体、いつあの鳥ガラに惹かれる瞬間があったというのだ」



つぶやいた独り言は、誰にも聞かれることなく小さく響いた。

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