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第二章 黒い薔薇の君02

「馬鹿は完璧に私でした……」



傷が痛い。

何故あの魔法とやらでピピッと治してくれなかったのだろうか……。

おまけに考え無しに出てきたものだから、完璧に迷子だ。取り合えず、罪人(こう呼ぶのは不本意だけど)が捕らえられている場所と言えば高貴な人間……王様が住むような建物とは別の塔にあるはずだ。なおかつ、日陰でジメジメした場所。そう、例えば地下室や別棟。



「あそこのような気がするわ」



視線の先にははるか下に見える石造りの塔。

窓らしき場所には鉄格子がはめられており、いかにもな場所だった。しかも森の近くだし、日陰にあるし、誰も寄りつかなそうだし。



「さて、問題はどうやっており……」


「いたぞ! 保護しろ!」



声に驚いて振り向けば、とても善良な市民を保護するようには見えない武装集団。私は、再び全力疾走するはめになった。



「あん、たら……! しつこいってのよ!!」


「お止まり下さい、スミレ様!!」



相手は鎧を着ているというのに、誰も息ひとつ切らしていなかった。それどころか今にも私に追いつこうかとしている。



「冗談じゃないわ! 私はニコラスに会うのよ……! こんなところで……捕まって、られないんだからっ」


「くそっ」



え、何? 「くそ」ですって? 私に「くそ」って言ったの? ねえ、仮にも私ってば王様の嫁候補なのでしょう?

いえね、別に権力をかざすわけじゃないの。だってそういうの嫌いだし。昔、部活の先輩が……ってこれはいいか。

私が言いたいのは、初対面の人間に対して失礼だと思わないかってことよ。確かに私はこの人達の仕事を無駄に増やしているのかもしれない。でも、私のやっていることが無駄だとは思わないわけ。これっぽっちもね。

だから――……。



「私を怒らせたらどうなるかを知るといいわ……!」


「え? なん……うわ!?」



急に減速してしゃがみこむ。兵士は勢いを止められず、私に躓いて転んだ。後ろから来ていた兵士達も漫画のように躓いて転んでいく。私はといえば、さっさと抜け出して兵士達が転んでいくのを眺めた。最後の1人が踏ん張りきれずに転んだのを見計らって、私は満面の笑みで扉に手をかけた。



「小娘相手に油断しないことよ。兵士であれば周りを良く見なさい」



彼らの敗因は私が小娘だと侮って、状況把握を怠ったことだ。だから、私が何かを企んでいることに気づかず、こんなことになってしまう。

慌ててこちらに伸ばす手を振り払い、私は扉を閉めて鍵をかけた。南京錠のようなそれは、ガチャリと金属音を響かせる。誰が鍵を持っているのか知らないし、鍵があるのかどうかも知らない。でも大事にはならないだろう。なんせこんなところに引っ掛けたままにされていたくらいだ。万が一のときは、扉をはずせばいい。もしかしたら壊れるかもしれないけど、王であれば余りあるほどの金があるはずだから、これくらいは別にいいだろう。血税とか言うのであれば、ポケットマネーから出せばいい。



「さて、冒険の始まりよ」



目の前には長く続く廊下。その端っこには階段らしきものが見える。とにかくあの塔に行くのには下に下りる必要がある。目標は石造りの塔。



「命の恩人を傷が痛いからといって助けないのは間違っているわ。まして、危険な目にあわせたと責任転嫁して殺そうとするなんてもってのほか」



あの哀れな男は人との絆の大切さを知らないに違いない。国というのは人ありきだ。たった1人で無人島を買って「私は王様だ」と宣言したとする。

確かにその人は王様かもしれない。この場合、王様が管理する人は1人だけ。つまり自分だ。非常に楽だろう。

ただそれが国かというとどうだろうか。


もし法律的に認められているとしても、常識的に考えてただの無人島の管理者だ。

国というのは人が無数に集まり、初めて動き出す。そこからどう発展するかは王次第。頭が愚かでは、その国の行く末は決まっているというものだ。

だから私は、王であれば王らしく振舞う必要があると思う。どれが正解かは分からない。ただ、私の人道ラインを大幅に超えるようなものは、絶対に認めたくない。



「例えばそれが今よ」



私は、自分で友と認めた人を決して見捨てたりはしない。例えそれで自分が窮地に立たされることになったとしても、だ。





* * * * * * * * * * * * *





「……」



あれだけ偉そうなことを言ったものの、私は怪我人である。挫けそうになったっていいじゃないか。



「し、しんどい……」



絶賛へこみ中。

両手両膝を突いてハァハァ。何階分階段を降りたのだろうか。ようやく付いた頃には、すっかり日が暮れていた。ここまで一本道。不思議なことに誰にも会わなかった。もしかして警備が甘いのではないかとも思ったけど、王宮でそんなことはありえないはずだ。

何かの罠かもしれない。



「ひ、膝が笑う」



震える膝を叱咤して、私は石造りの塔へと近づいた。そのときだった。



「そこまでだ」



振り向けば腕組みをしたルイ。



「なによ」


「それ以上先は行くなと言っている」


「……ここにいるのね」



ギッと睨みつければ、ピクリと動く眉。正直、この男の怒りのバロメータは眉毛を見れば分かると思う。きっと本人は気づいていないと思うけど。



「そこにはいない」


「よくもそんな白々しい……」


「いないと言っているだろうが!」



怪しい。だいたい子供っていうのは図星を指されると逆上するものだ。この男だってそのくちに違いない。



「その態度、怪しすぎるわよ。だいたい貴方……」


「いいから来い!」


「ちょっと……!! ひっぱらないでよ! 痛っ……」



背中が激しく痛んで思わずうずくまる。

引きずられる形になって、ようやくルイが止まった。睨みつければ困惑した表情でオロオロしている。大の大人がオロオロする様は実に滑稽だ。



「傷が痛むわ」


「す、すまない」


「歩けないわ。痛くて」


「……すまない」



どうしよう――……。

顔にそう書いてある。本当に分かりやすい男だ。周りをキョロキョロ見渡して、誰もいないと分かると明らかに困った顔をした。

そうしてため息を吐くと私に近づく。



「触るぞ」



小さく呟いて抱き上げ、できる限り背中に触れないようにと配慮している。正直感動した。うっかり「あら」なんて乙女チックになったくらいだ。



「ニコラスに会わせて」


「駄目だ」


「会いたいの」


「駄目だ」


「お願い、会わせてよ」


「…………」



どんどん急降下する機嫌。

しかし、こんなところで挫けるわけにはいかない。



「ねえ、会いたいの……」


「どうしてお前はそんなにあの男に会いたいんだ!!」



あまりに突然大声を出すものだから、ビックリしたじゃないか……。

ぽかんとしながらルイを見れば、カッと赤くなってそっぽを向いた。



「すまん……別にそんな大声を出すつもりはなかった。ただ、お前が重いから圧力がかかって、想像以上に声が……」


「重い!? 私が!?」


「あ、いや……」


「もう離してよ馬鹿!」



暴れる私を押さえつけながら「コラッ」と怒る。いよいよ取り落としそうになったとき、シャラシャラと金属のすれる音がした。



「ハイハイ、そこまで。そーんな意地悪しないの」



ユンだ。あの派手な男が苦笑しながら歩いてくる。



「元々会わせる気だったくせに。どうして殺すなんて嘘ついたのさ」


「は?」



今なんと言った。嘘? サッと上を向けばサッとそらされる視線。

図星だったらしい。

この男は本当にわかりやす……じゃなくて!



「嘘?」


「いや……」


「嘘だったの? 嘘ですって……?」


「そそ。すぐ諦めて戻ってくるかと思ったけど、ずいぶん頑張ったねぇ」



ブツブツと「だから」とか「ようするに」とかわけの分からないことを言うルイ。誰も追いかけてこなかったのは、そういうことだったのか。私が諦めると思ったと。

つまり私を侮ったわけだ。



「……私はねぇ……侮られるのが一番嫌いなのよ」


「そんなつもりではなかったのだ」



サッと携帯を取り出して2人を写す。機械音がなった瞬間、ルイの顔がサッと青ざめた。



「え? 何々? 今のなに~?」


「……ユン、魂を取られた」


「は?」



その狼狽振りにニヤリと笑う。

愚かだ。無知とは恐ろしい。



「えぇ~? マジで言ってんの? 魔術師だったんだ? へぇ~……え、マジで?」


「さあ? どうかしら」



私はニヤニヤ笑うと、「ねぇ、マジで? マジなの?」と笑いながら焦るユンを見ながら、満足げに両手を差し出した。



「さあ、抱っこして。傷が痛いの。連れて行ってくれるのでしょう? ニコラスに会わせてよ」



引きつった顔をする2人の男を眺めながら、私は満足げに鼻を鳴らした。

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