第9話 基本能力測定 ②
「全員、学院標準杖を受け取れ」
別の職員が、生徒たちへ細い杖を配り始めた。
ユリスの手にも、一本の杖が渡される。
白木で作られた、飾り気のない杖だった。
長さは前腕より少し短いくらい。
先端には、小さな魔力石がはめ込まれている。
持ち手の根元には、学院章と同じ、白い塔を囲む三本の線が刻まれていた。
「基礎魔術適性測定では、全員がこの学院標準杖を使用する。私物の杖、触媒、補助具の使用は認められない。道具の質によって結果が偏ることを防ぐためだ」
何人かの生徒が、自分の腰に下げていた杖を見下ろした。
銀の装飾が施された杖。
色つきの魔力石が埋め込まれた杖。
持ち手に家紋らしきものが彫られた杖。
そのどれもが、ここから先では使えない。
この白い杖だけが、全員同じだった。
「学院標準杖は、特定の属性や術式を強めるものではない。魔力を外へ流すための基礎補助を行う、標準的な魔術具だ。測定期間中だけでなく、今後の基礎授業でも使用する」
ユリスは、渡された杖を両手で持った。
軽い。
けれど、妙に重く感じた。
これなら、道具のせいにはできない。
そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ冷えた。
「最初の項目は、魔力量測定だ」
測定官の声が響く。
「台座に立ち、学院標準杖へ魔力を流せ。術式は組まなくていい。属性変換も不要だ。自分の中にある魔力を、できるだけ自然な形で杖へ通すこと」
魔力量測定。
魔法を発動するわけではない。
ただ、魔力を流すだけ。
それなら、大丈夫かもしれない。
ユリスはそう思おうとした。
各班、最初に呼ばれた生徒たちが、中央に置かれた台座にそれぞれ立つ。
生徒が緊張した顔で杖を握り、目を閉じる。
杖の先端が淡く光った。
同時に、横に置かれた水晶板に文字のような光が浮かぶ。
測定官がそれを見て、記録していく。
「魔力量、Ⅲ。標準」
生徒がほっと息を吐いた。
そして、次の生徒が呼ばれる。
「魔力量、Ⅱ。下位」
少し肩を落とす者。
「魔力量、Ⅳ。上位」
周囲から小さなどよめきが起こる者。
測定は淡々と進んでいった。
やがて、レオン・グランフィールの番が来た。
レオンは落ち着いた様子で台座へ上がった。
杖を構える姿に無駄がない。
目を閉じることもなく、ただ自然に魔力を流す。
その瞬間、杖の先端が強く光った。
まぶしい、というほどではない。
だが、光は安定していた。
揺れない。
濁らない。
一定の強さで、まっすぐに伸びている。
測定官の一人が、わずかに頷いた。
「魔力量、Ⅴ。特位」
周囲がざわついた。
レオンは驚いた様子もなく、軽く礼をして台座を降りる。
それが当然の結果であるかのようだった。
ユリスは、その背中を見つめた。
あれが、王都の優等生。
あれが、正しく評価される魔術師。
自分とは違う。
そう思った。
次に呼ばれたのは、セリアだった。
「セリア・ノルフェイン」
「はい」
セリアは静かに台座へ上がる。
白い杖を手にした姿は、レオンほど華やかではない。
けれど、動きが綺麗だった。
杖の角度。
指の添え方。
足の位置。
どれも、最初から決まっていたみたいに自然だった。
セリアが魔力を流す。
杖の先端に、淡い光が灯った。
レオンほど強くはない。
むしろ、光の量だけなら目立たない方だった。
けれど、その光はひどく細かった。
細く、澄んでいて、余分な揺れがない。
針の先に糸を通すような、静かな光。
測定官が水晶板を見る。
「魔力量、Ⅲ。標準」
一瞬、周囲の何人かが意外そうな顔をした。
ノルフェイン家。
結界術師の名家。
その名を知っている者ほど、もっと高い評価を想像していたのかもしれない。
だが測定官は、続けて小さく記録を加えた。
「ただし、出力変動幅は極めて小さい。魔力流の乱れも少ない」
セリアは表情を変えなかった。
標準。
それも、下位に近い標準。
だが、彼女はそれを恥じているようには見えなかった。
自分の強みが、そこではないと知っている顔だった。
ユリスには、それが少し眩しかった。
自分の弱さを知っているのに、揺れない。
そういう人間に見えた。
「ユリス・フォルク」
自分の名前が呼ばれた。
心臓が、跳ねた。
ユリスは台座へ向かう。
たった数歩なのに、足元が遠い。
中央に立つと、周囲の視線が集まるのがわかった。
レオン。
セリア。
測定官。
同じ班の生徒たち。
全員が見ている。
「杖へ魔力を流せ。術式は組むな。属性変換も不要だ」
「はい」
ユリスは杖を握った。
魔法を使うわけじゃない。
ただ、魔力を流すだけ。
そう自分に言い聞かせる。
体の奥にある熱を、少しずつ指先へ送る。
杖へ。
白木の中へ。
先端の魔力石へ。
杖が光った。
強くもない。
弱くもない。
普通の光だった。
少なくとも、ユリスにはそう見えた。
水晶板に記録光が浮かぶ。
測定官がそれを見る。
「魔力量、Ⅲ。標準」
ユリスは、思わず息を吐きそうになった。
普通。
標準。
その言葉が、こんなにありがたいものだと思ったことはなかった。
だが、測定官はすぐに記録を終えなかった。
水晶板を見たまま、眉を少しだけ寄せる。
「……流入開始時に、軽微な乱れ」
別の測定官が水晶板を覗き込む。
「本人由来か、杖との同調不良か?」
「現時点では判断不能。次の制御測定で確認する」
二人のやり取りは小さかった。
けれど、ユリスには聞こえた。
標準。
なのに、何かを書かれた。
何かを見られた。
台座を降りるとき、ユリスはセリアと目が合った。
いや、彼女はユリスではなく、ユリスの持つ杖を見ていた。
杖そのものではない。
杖の先端に残った、わずかな光の揺れを見ていた。
ほかの生徒なら気にも留めないような、小さな乱れ。
けれどセリアは、その一瞬を見逃していなかった。
ユリスは、なぜか目をそらしてしまった。
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