第7話 最初の朝へ
昼食の時間になり、ユリスは部屋を出た。
廊下には、同じように新入生たちが出てきていた。
楽しそうに話している者。
さっそく友人らしい相手と並んで歩く者。
部屋の場所を忘れないように何度も振り返る者。
その中に混じりながら、ユリスは食堂へ向かった。
さっきは空だった料理台に、今度は湯気の立つ鍋や焼きたてのパン、野菜の煮込み、豆のスープ、肉料理、果物まで並んでいた。
ユリスは皿を手にしたまま、しばらく動けなかった。
本当に、選んでいいのか。
本当に、怒られないのか。
前に並んでいた生徒は、焼き菓子まで皿に乗せている。
後ろの生徒は、肉を二種類選んでいた。
ユリスは少し迷って、パンと豆のスープ、野菜の煮込みを取った。
それだけで十分すぎるほどだった。
けれど、果物を一切れだけ追加した。
席についてスープを口に運ぶと、温かさがゆっくり胃に落ちていった。
その瞬間、ようやく体の力が抜けた。
王都に着いてから、ずっと息を詰めていた気がする。
講堂。
測定の説明。
知らない生徒たち。
白い学院。
見たものも、聞いたものも、まだ胸の中で整理できていなかった。
けれどスープは、ただ温かかった。
それだけで、少しだけ安心できた。
昼食を終えると、ユリスは自分の部屋へ戻った。
廊下には、まだ新入生たちの声が残っている。
誰もが、新しい生活の始まりに少し浮き立っているようだった。
ユリスも、そうあるべきなのかもしれない。
けれど部屋の扉を閉めた瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。
ひとりになった途端、体が急に重くなる。
知らない場所を歩き回った疲れ。
王都の広さに圧倒された疲れ。
自分がここにいることを、何度も確かめ続けた疲れ。
ユリスは上着を脱ぐ余裕もなく、ベッドに倒れ込んだ。
柔らかかった。
村の寝床より、ずっと。
それが余計に、ここが自分の家ではないことを思い知らせる。
天井を見上げる。
白い天井。
見知らぬ部屋。
机の上には、まだ袖を通していない学院の制服。
明日から始まる、基礎魔術適性測定。
その一日目は、基本能力測定。
魔力量と、魔力制御。
魔術師としての土台を見る、最初の測定。
ユリスは小さく息を吐いた。
大丈夫だろうか。
普通に測られて、普通の結果が出て、普通に終わってくれるだろうか。
そんなことを考えているうちに、ふと講堂で目が合った少女のことを思い出した。
銀色の髪。
青い瞳。
人形のように整った顔。
あの少女は、周りの生徒たちとは違って見えた。
華やかなのに、静かで。
冷たそうなのに、不思議と目を離せなかった。
ほんの一瞬、目が合っただけだ。
話したわけでもない。
名前も知らない。
それなのに、なぜか記憶に残っていた。
ユリスはまぶたを閉じた。
考えても仕方がない。
明日は測定だ。
どうか、普通でありますように。
目立ちませんように。
何も、壊しませんように。
そう願ったところで、意識はゆっくり沈んでいった。
――翌朝。
窓から差し込む光で、ユリスは目を覚ました。
知らない天井に、一瞬だけ体が強ばる。
けれどすぐに思い出した。
ここは王立魔術学院の寮だ。
今日から、測定が始まる。
朝食を済ませても、胸の奥の落ち着かなさは消えなかった。
ユリスは部屋へ戻り、机の上の制服を見た。
白と深紺の上着。
銀糸の学院章。
白い腕章。
昨日は、自分にはきれいすぎると思った。
今も、そう思う。
それでもユリスは制服に袖を通した。
布がまだ硬い。
肩が少し落ち着かない。
胸元の学院章を留める指が、少しだけ震えた。
最後に、白い腕章を左腕に巻く。
仮登録。
正式なクラス分け前の、新入生の印。
鏡の中には、知らない自分がいた。
黒髪。
黒い瞳。
どこにでもいそうな、村出身の少年。
その上に、王立魔術学院の制服だけが不自然に乗っている。
似合っているとは思えなかった。
けれど、もう着てしまった。
ユリスは深く息を吸う。
廊下に出ると、同じ制服を着た新入生たちが歩いていた。
同じ服を着ているはずなのに、どの生徒もユリスより自然に見えた。
それでも、歩くしかない。
測定棟へ向かう道の先に、白い建物が見える。
入口の上には、魔術紋が浮かんでいた。
ユリスは胸元の学院章をそっと押さえた。
きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせながら、彼は測定棟へ足を踏み入れた。
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