似合ってます?
「……あれ?」
朝、給湯室でコーヒーを注ぎながら、視界の端に見慣れない髪型が入ってきた。
いや、見慣れないのは髪型だけじゃない。本人も、やけに明るく見えた。
「おはようございます、日下部さん」
「ああ、おはよう……」
俺はコーヒーを持ったまま、つい足を止めた。
入ってきたのは同じ部署の後輩、砂原悠輝。
普段は長めの前髪が顔にかかって、少しぼんやりした印象だった。
今日は短くなって、耳まで出ている。襟足もすっきり。なんというか、男らしくて爽やかだ。
「髪……切った?」
「はい。どうです? 似合ってます?」
そう言って、彼は軽く首をかしげた。
いつもより柔らかい笑顔。
それだけのはずなのに、胸の奥で何かが跳ねた。
「……ああ。似合ってると思うよ」
「やった。ありがとうございます」
砂原は、何でもない日常の一コマみたいに笑って、マグカップを持って出て行った。
俺はしばらく、その背中を目で追ってしまっていた。
――そういえば、いつからだっけ。
俺が恋愛なんて諦めたのは。
男に興味がある自分を認めることはできても、もう恋はしないって決めてた。
それなのに。
コーヒーはすっかり冷めていた。