第4話 葬礼
薄雲に覆われた明るい曇り空の下、教会の鐘が重々しく鳴り響く。
墓地に掘られた四角い穴の中に敷き詰められているのは、炎の魔石と獄炎岩。その上にはジェラルドの亡骸が納められた、立派な棺が置かれている。
棺には黒い薄布が掛けられ、その上に乗せられているのは、白い花で編まれた花輪と、神焔教の聖印である小さな光冠石の円環。如何なる炎でも決して焼き尽くされることのない、蒼き不滅の象徴。
「女神ソルディアの御名のもと、我等はここに集う。炎は始まり、炎は終わり。ジェラルド・ヘンリー・ウェルバート、その魂は今、女神の御許へと導かれん」
祈祷書を手にした神父様の声が、朗々と響いた。
参列者はわずか五人。私とグレンクロフト先生、そして痩せっぽちの少年トム。あとは、トムと共に暮らしているというおさげ髪の少女リリィと、褐色の肌をした少女エリミア。
みな、うつむいた顔に厳かな表情を浮かべて、じっと佇んでいる。
「女神ソルディアよ、この者の魂を清め給え。彼の生は鉄のごとく強く、火のごとく熱かった。されど肉体は灰となり、ただ魂のみがあなたの炉へと昇る。どうか我等の祈りの下、彼の罪が焼き尽くされ、彼の魂が円環の導きの中に迎え入れられんことを」
私が村だと思ったのは、この町、フェルクリフの城壁の外に広がる、粗末な貧民街だった。トムたちは貧民街に住む孤児で、グレンクロフト先生は教会の支援のもと、貧民街で施療院を営んでいる。
「我等は灰より出で、灰へと返る。ジェラルドよ、汝が再び灰より生まれ出で、我等と再開するその時まで、ただ安らかに眠れ」
神父様は祈祷書を閉じ、懐から金色に光る杖を取り出す。
魔石の入った、火種の魔道具。
彼はそれを墓穴の中に差し込み、炎獄石に着火した。
ごうという炎が吹き上がり、魔石に込められた魔力が解放されるごとに、炎は赤から黄色に、黄色から白に、そして最後には空のような蒼に、その色を変えていく。
「炎は始まり、炎は終わり。人は灰の中に返り、そして灰の中より出でん。女神ソルディアよ、彼の魂は今灰となり、あなたの円環に還る。どうか彼の旅路を永遠の炎で照らし給え。ジェラルド・ヘンリー・ウェルバートよ。鉄よりも強く、炎よりも熱き魂よ、汝は今、創造主の御許へと導かれん」
眩しいほどの光が目を眩ませ、炎の輻射がじりじりと肌を焼く中、私はとめどなく溢れ出る涙に、ぐすりと鼻を鳴らす。
散々泣いて、涙なんてとうに枯れたと思っていたのに。
私の代わりに銃弾を受けたジェラルド。死してなお、私をフェルクリフの町まで送り届けてくれたジェラルド。どうか迷うこと無く炎の中に旅立ち、女神の御許でせめてもの安息が与えられますように。
ああ、そして……、私を逃がすために命を散らした、魔術師のリサと侍女のハンナ。
叶うことならば、あなたたちの魂も礼を尽くして送り出してあげたかった。
だけど、亡骸を灰にして送り出す神焔教では、遺体の無い者を弔うことはできない。
ジェラルドを最高の礼をもって送り出して下さる神父様も、困った顔でただ首を振るだけだった。
だからせめて私だけは願う。リサ・ホークリッジ、そしてハンナ・クラフトン。
あなたたちの魂がもしまだ私と共に在るのなら……もう私を守る必要はない。
私の元を離れ、ジェラルドを送る炎とともにどうか、女神ソルディアの御許へと導かれますように。
赤熱し、液状化した炎獄石の光の中で、ジェラルドの亡骸は焼き尽くされる。
神父様が祈りの言葉を唱え続ける中、蒼い炎はやがてジェラルドを骨だけの姿に変え。そしてその骨もやがて、灰となってさらさらと崩れ落ちていった。
* * *
「グレンクロフト先生、何から何まで、本当にありがとうございました」
首に掛けた小さな光冠石の円環――ジェラルドを灰に変えた炎をくぐり抜けてなお美しい姿を保つ神焔教の聖印に触れながら、私は礼を言う。
「いいえ、エレナさん。私は、人として当然のことをしたまでのこと。それより、やはりお名前以外のことは教えて頂けませんか……? ジェラルドさんが凶弾に倒れることになった経緯などは、私も大いに興味のあるところですが……」
私は迷った。グレンクロフト先生はジェラルドの埋葬を取り持ってくれた恩人だ。けれど、私がアルテヴェール家の人間だということを伝えたら、彼に迷惑が掛かるかも知れない。……いや、きっと掛かることになる。
何と言っても、父は大逆の罪で処刑されたのだ。母だって、今頃は……。
私が何者であるかは、やはり彼に伝えるべきではない。
「申し訳ありません……。名前以外のことは、お伝えすることができないのです」
私は、そう答えるしか無かった。
グレンクロフト先生はゆっくりと頷く。
「分かりました。きっと何か、事情があるのでしょう。ところで、他の街に向かうにせよこの街に留まるにせよ、これからの生活の当てはありますか? 知り合いや働き口の伝手は?」
先生の言葉に、私は黙って首を振る。
「その様子だと、使用人として転職するための紹介状もお持ちではないですね?」
「あ、あの…………、はい」
私はそもそも使用人ではないので、例え良い働き口があったとしても、働くことなんて出来ないだろう。お皿を洗ったことすら無いのだ。
グレンクロフト先生は帽子の下のこめかみを手で抑えて、ふぅと息を吐き出す。
この人は屋内でも帽子を被ったままだ。
「なら、私の施療院で一月ほど働きますか? 貴方の働き次第では私が紹介状を書くこともできる。お給金は最低限しか出せませんが……」
値踏みするような視線を向ける彼に、私は自白せざるを得なかった。
「あの……すみません。私は本当は、使用人をやっていた訳では無いのです」
「そうなのですか?」
「事情があって、使用人の格好で逃げ出すしかありませんでした。でも、本当は家事なんてやったことも……」
私の言葉を聞いた彼は、顎に手を当てると口元を綻ばせる。
「実は、そうだと思っていました。貴方を試すようなことをして申し訳ない」
そうだと思っていた……?
「それは、どうしてですか?」
「今は冬です。にも関わらず、貴方の手はあかぎれも無く綺麗なものだ。そんな手をしているのは貴族や大商家の令嬢か、そうでなければ高級娼婦くらいのものでしょう」
「そうなのですね……」
別に使用人ではなかったと知れたところで、問題はない。
私の正体までは、分からないはず。
「それにしても、不思議なものです。貴方は、それこそ貴族の邸宅で上級使用人でもしているような、立派な衣服の男性と二人きりでやってきた。それも真夜中に、隣国のハートブリッジ伯爵領と繋がる峠を超えてです。さらに男は銃で撃たれていて、貴方とその男には親子以上の年の開きがある」
私は黙って、彼の言葉に耳を傾ける。
大丈夫。動揺は、顔には出ていないはず。
「……私は、貴方の正体に見当が付きましたよ、エレナさん」
グレンクロフト先生はびしりと人差し指を持ち上げて、自信たっぷりに結論を出す。
びくりと、体が震えた。
やはり、この街は出なくてはならない。……ジェラルドが眠るお墓ができたばかりなのに。
「ずばり、貴方は娼婦ですね? 貴方と逃げる途中、彼は用心棒に撃たれてしまったんだ!」
……私は無言で、彼の頬を引っ叩いた。