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第27話 アルヴィン

第五章 「故国からの使者」はじまります。

 その出会いは、突然訪れた。


「エレナ!? エレナじゃないのか!?」


 昼食を買いに市場に来て、突然強い声を掛けられた私は、びくりと身を震わせる。

 驚きとともに振り返った、そこに立っていたのは――


 柔らかな金髪を風に揺らし、翡翠色の美しい瞳でこちらを見つめる青年。


 アルヴィン・バーナバス・ローズヴァリ。

 親が決めた私の婚約者であり、そして。

 父のことを枢密院に告発したローズヴァリ伯爵家の、次男にあたる男。


 私は振り返ったことを後悔しながら、首を傾げた風を装って、視線を前に戻す。

 そのまま歩き去ろうとしたら、肩を掴まれた。


「君はエレナなんだろう! どうして返事をしてくれないんだ……!?」

「あの、人違いです! 私は貴方の知っている人ではありません」

 

 私は首を振って、他人のふりを続ける。


「そんなはずはない……! 燃える夕陽のような髪に空色の瞳、そして何よりその美しく整った容姿……! 君がエレナでなければ一体誰だっていうんだ!」


 私は唇を噛む。ここは故国のグリンヴェール王国ではなく、アードグレン王国の町。あの逃避行から半年が過ぎた今になって、私を探して誰かがやってくるなんてことは、考えてもいなかった。


「……すいやせん、お貴族様とお見受けしやすが、その娘が何か粗相をしでかしたので? その娘は施療院の医師の助手、あっしら貧民街の者たちに良くして下さる、恩人のようなお方なんでぇ……」


 私たちを見かねたのか、近くの露店の店主がおずおずと話しかけてくる。

 悪い貴族に目をつけられたら何をされるかわからないのに、本当に親切な人だ。


「ああいや、そういう訳では無い。この娘を知っているのなら君に尋ねたいのだが、この娘の名は何というのだ? どうにも、知っている相手のように思えてならないのだ」


 そう声を掛けられた店主は、気後れしたような視線をこちらに向ける。

 ……彼に私の名を言わせるのは、酷というものだろう。

 私ははぁと溜息を吐いて、口を開く。


「…………お久しぶりね、アルヴィン」

「やっぱり、エレナだっんじゃないか! 生きていてくれてよかった……!」


 嬉しそうに顔を綻ばせるアルヴィンに、私は鋭く言葉を突きつける。


「それで、アルヴィン。父と母だけでは飽き足らず、今度は私の命をグリンヴェールに差し出すのかしら?」


 その言葉に、彼は――

 悲しげな戸惑いを顔に乗せて、ありえないとでもいう風に首を横に振った。


「違うんだ、エレナ。僕が君を追い掛けてアードグレン王国までやって来たのは、君の助けになろうと願ってのことだ」


 その目に宿るのは真摯しんしな光。

 嘘を言っているようには、見えない。


「君のお父上、エドワード殿の無実を証明できる証拠を持ってきた。少し、話を聞いてほしい」


 その言葉に私は、期待と不安が入り交じる思いで、頷いた。




   *   *   *




「違う、エレナ。僕は君のお父上を陥れるたくらみに加わってなど居ない。女神ソルディアの劫火に誓って、これは事実だ。君の家に何が起きたのかを知ったのは、全てが終わった後のことだった」


 市場の広場にある食事亭。パフェ(クラナカン)が美味しいお店の個室で、アルヴィンは声を太くして主張する。

 私たちの前に置かれているのは、ぬるく冷ました薫衣草ラベンダー香草湯(ティザン)。気分を落ち着かせる効果があるので、私が頼んだ。


「だけどエレナ。申し開きのしようが無いのは、我が父が犯した罪についてだ。我が父ルーファスは、王党派のワイトフォード公爵の手先となって、君のお父上、エドワード殿を陥れた。父にも葛藤が無かった訳では無いようだが、結果が全てだ。父の罪を許してくれというつもりはない。だが、父と僕は違う人間だということをどうか理解してほしい」

「陥れた……? 一体どういうこと?」


 眉尻を下げ、悲しげな表情で口にする彼に、私はただ静かに疑問の言葉を返す。


「本当に……、何から説明したものか。まず、我が父ルーファスは、表向きは君のお父上と同じ、融和主義を掲げる議会派に属する貴族だ。だがその実態は……」


 よほど口にするのが躊躇ためらわれることなのか、アルヴィンはうつむきがちにその先を口にする。


「アードグレンの併合を主張する王党派の呼びかけに応じて、裏でワイトフォード公爵――王党派貴族の盟主と、手を結んでいたんだ……」

「始めから、私の父を騙していたということ!? 私とあなたが婚約したのも、父を信用させる為の調略だったというの!?」


 私は思わず、立ち上がって声を荒げた。

 アルヴィンが口にしたことは、それほどの衝撃を孕んでいた。


「そ、それは違う、エレナ! 父の書斎にあった封筒の発送地と発送日を見るに、父が王党派の貴族と連絡を取るようになったのはここ二年ほどのことだ。僕と君の婚約が決まったのは四年も前のことだし、父とエドワード殿の友誼も十年来のもの。断じて、君のお父上を陥れるために、全てが仕組まれていたわけではないはずだ」

「そう……」


 彼の釈明に、私は納得できない思いを抱きながらも椅子に座り直す。

 アルヴィン……彼の言葉が事実なら、やはり彼の父こそが、私の父のかたきだ。

 彼の父の告発のために、私は家族を、そして使用人を――何もかもを、失った。


「アルヴィン、あなたの話が聞きたいわ。どうして今になって私の前に現れたのか。貴方の目的が一体何なのか。そして、父を陥れた陰謀というのが一体何だったのか。私はこの後施療院に戻らなくてはならないから、時間はあまり無いけれど。それでも時間の許す限り、あなたの話を聞かせてほしい」


 意識して冷静さを保ちながら告げた私の言葉に、アルヴィンは私の目を見て頷いた。


「僕が君の消息について初めて耳にしたのは、君の領地が陥落した数日後のことだ。シルヴァーホルム伯の騎士隊が君を取り逃がしたと聞いて、父が激怒していたんだ。僕は君の領地での事件を聞いて塞ぎ込んでいたから、その報は心の助けだった。君の生存を確信した僕は、君を救う手立てを考えることにした」


 彼の言葉に頷くことで、私は先を促す。


「本当は、すぐにでも君を探しに行きたかった。けれど、それでは意味がなかったんだ。それでは、例え君を見つけることが出来たとしても、僕に出来るのは共に悲しんで一緒に逃げることだけだ。それでは告発者である父の元に居た僕の有利を、何一つ活かすことができない」


 毅然とした顔つきで話す彼の目に光るのは、決意の光。

 だけど、その決意が何なのかは、まだ分からない。


「僕は心の中で血の涙を流しながら、歯を食いしばってあらゆることを調べた。エドワード殿が、エレナのお父さんがどうして処刑されたのか、その罪は何だったのか。そしてそれは、本当に彼が犯した罪だったのか」

「……あなたは、ご自身のお父様が私の父を告発したのに、それを信じなかったということ?」


 私の問いかけに、アルヴィンは頷く。


「エドワード殿の本質は穏やかな行政官だ。決して国王陛下に背くような方ではない。家族の身に危険が及ぶようなことを彼がするとは、僕には到底信じられなかった」


 穏やかな声でそう父を評する彼の声に、私は少しだけ、救われる思いがした。


「僕はあらゆることを調べ、父の書斎にも忍び込んだ。君たちに何が起きたのかを探ったんだ。君のお父上の没落を巡る真実を突き止めることこそが、……エレナ、君を救うことに繋がると思った」


 アルヴィンは時々苦しそうに言葉を詰まらせながらも、言葉を続ける。

 私は思う。――彼にも、彼の葛藤があったということなのだろうか。


「そして、僕はついに真実を知ることになった。父の議会派に対する裏切りと、王党派の策謀による陰謀劇の存在を。エレナ、君のお父様を破滅に追いやったのは、王党派の謀略だったんだ。このことを公にすることが、君を救い、アルテヴェール家を再興することに繋がる。僕はそう信じて、君の足取りを辿った。……まさか、国境を超えた最初の町で、君に再開できるとは思わなかったけれど……」


 彼はそう話すと、茶目っ気のある表情を見せて笑いかける。


「ありがとう、アルヴィン。私もあれから半年が経った今日、突然あなたに再会できるなんて思わなかったわ。その王党派の陰謀についてお話を聞きたいのだけれど、もう時間がない。午後の往診があるから、施療院に戻らないと……」

「施療院で助手をしている、という話だったね。分かった、僕を信じてくれるなら、場所を教えてほしい。手紙を書く。手紙で、君に知らせるべきことを知らせる。それでいいかい?」


 彼の問いかけに、私は少しだけ迷ったけれど、結局は答えることにした。

 彼にもし私に対する害意があるのなら、こんな悠長なことをしたりはしないはずだ。


「ええ、ありがとう、アルヴィン。貧民街の施療院、グレンクロフト先生の施療院で、私は働いているわ。そこに私の宛名で手紙を送れば、きっと届くはず」


 私の言葉に、彼が深く頷くのが見えた。

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