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第26話 薬のゆくえ

 カイルたちの家を出発した私たちは、レイラの導きに従って悪所を移動する。

 最初にやってきたのは、何やら大量の木材が積まれている広場。


「木材に丸太…… ここはいったい何なのでしょう?」


 私が口にした疑問の答えを、カイルが教えてくれる。


「ここは鉱山で使う木材置き場です。坑道を補強したり、天井が崩れてこないように支えるために使います。フェルクリフは鉱山と牧畜の街ですから、ここの木材が街の産業を支えています」


 広場には、太いものから細いものまで、大小様々な木材が並んでいる。

 だけど……


「ふーむ。猫は、いないようですね……」

「おかしいです…… 昔はよくここで、猫が日向ひなたぼっこをしていたのですけど……」


 グレンクロフト先生が見たままの感想を口にして、レイラが首を傾げた。


「レイラ……。今は夏だし、こう暑いんじゃ、日向ぼっこはしないんじゃないかな?」

「はっ……!?」


 レイラの心当たりの一箇所目は、残念ながら外れだった。

 私たちは、次の場所に向かって、悪所を歩いていく。


「つ、次の場所は、たぶん今の季節でも猫がいると思います……! 日陰になっていて涼める場所ですから!」


 レイラの言葉の通り、次にたどり着いたのは、建物に囲まれた薄暗い路地の突き当たり。たくさんの木箱が打ち捨てられていて、古いものは苔むしている。


「あっ! 猫! それもいっぱいいますっ!」


 大当たりだ。

 やってきた私たちに気付いて箱の中から顔を見せる何匹もの猫に、私は思わず声を上げた。


「ふむ、ここはどうやら、市場で使われる木箱が捨てられた場所のようですね。壊せば焚き付けに使えるというのに、何とも勿体ない……」

「メイジーはいないでしょうか! 灰色の毛の長い猫で……赤い飾り紐(リボン)……」


 目をお皿のようにして広場を見渡す私に、カイルが簡単な解決法を呟く。


「名前を呼べばいいんじゃないかな? メイジー? おーいメイジー?」

「メイジーやー!」


 はたして、名前を呼ぶカイルとレイラの呼びかけに答える声は……


「ミャァァァン」


 声がした方に、全員の視線が集中した。

 そこにいたのは、灰色の毛並みの、毛足の長い猫。

 赤い飾り紐(リボン)を、首に付けている。


「「「いたーーーっ!!」」」


 思わず声を上げる私たち。

 だけど、メイジーはその声にびっくりしてしまったみたい。

 びくりと身を震わせると、さっと駆け出した。

 カイルが慌てて、捕まえようと手を広げる。


 メイジーはたんっと高く飛び上がるとと、そんな彼の顔を、


「ぎゃっ!」


 踏み台にしてもう一段高く飛んだ。

 壁の上にすとんと着地したメイジーは、そのまま走り去っていく。


「あわわ! 追いかけましょう! でもレイラさんが……!」

「私に任せてください! むんっ! さぁ追いかけましょう!」


 先生がレイラを横抱きに抱いて、駆け出した。お姫様抱っこだ。


「メイジーまてーーっ!」

「まってーーーっ!!」

「ニ゛ャーーーッ!!!」


 私たちは、メイジーを追いかけて悪所の裏路地を走り回る。

 女たちが集まる洗濯場の脇を抜けて、大工仕事をする男たちの横を通り、赤ら顔の男が昼間から酒を飲み干すテーブルの下をくぐり抜ける。


 メイジーはこの熱さの中軽快に走り続け、私たちはすっかり汗だく。

 猫を追いかけて走る私たちは、再び闇市の通りへとやってきた。


 メイジーは人混みを抜けて走っていたかと思うと、露天の机に飛び乗って壺や置物の間を抜けて走る。売り物を壊してしまわないかと、私たちは戦々恐々だ。


「あっ! お店の魚を盗ったっ!」

「なんて悪い子っ!」


 カイルの叫び声に、レイラの声が重なった。


 店先に並んでいた乾燥鱈の切り身を失敬したメイジーは、それを咥えたまま走り続ける。居眠りをしていた店員が、メイジーに机を揺らされて慌てて起きたけど、魚を盗られたことには気付いていないみたい。


「あれ……? この先って、もしかして……」


 何かに気付いたような声を出すカイル。

 その言葉に、メイジーの向かう先に目をやると……


 目に入ってくるのは、道の端の一段高くなったところに建つ、さっきの薬屋の建物。白髪頭を後ろに束ねた店主の男が、店の外に立っている。


「グリフィズさん! メイジーがーっ!!」


 大声で叫ぶカイルに、薬屋の男がこちらに気付いた。

 こちらに顔を向けて、不思議そうな顔。

 ……と思ったら、慌てたようにしゃがみ込んで手を広げた。

 人混みの向こうに見えなくなってしまったメイジーが、きっと男の元に帰っていったのだ。


「「「はぁ……はぁ……」」」


 肩で息をしながら、薬屋の前までたどり着いた私たち。

 グレンクロフト先生が、疲れた表情でレイラを下ろす。


 そこには、


「ゴロゴロゴロ……」


 薬屋の男の腕の中で喉を鳴らしながら魚に齧り付く、喉に飾り紐(リボン)を付けた、灰色で毛足の長い猫の姿。


「……よくやった、カイル。ま、謝罪は受け入れてやるよ」


 メイジーを撫でながら、薬屋の男は仕方がないといった風に呟いた。




   *   *   *




「なるほど、てぇと、この間カイルから買い取った薬草は盗品で、アンタはその本当の持ち主だと」

「ええ。そういうことになります」


 仕切り台(カウンター)により掛かり、声を抑えて話す、店主とグレンクロフト先生。


 幸い、店の隅でメイジーと遊んでいるレイラには、その声は聞こえていないようだ。


「チッ、カイルめ、何が『昔の知り合いが店を畳んだ』だ。盗品を掴ませやがって……。しかし、分からんな。なんでアンタはそんなカイルに良くしてやってるんだ?」

「……まぁ、私は医者ですからね。患者がいれば、治療します。それだけです」


 店主の問いに飄々(ひょうひょう)と答えたグレンクロフト先生に、店主はふんと鼻を鳴らした。

 傍らにいるカイルは、恐縮した表情で項垂うなだれている。


「ま、要するに、アンタは薬草や薬剤を買い戻しに来たって訳だな?」

「はい。カイルから買い取った値段そのままでとは言いません。ですが、あまり高いと困るのです。なにせ、この買い戻しに使うお金は私の懐から出る訳でして……。出費が嵩むと私の食卓が寂しくなってしまいます」


 ちなみに先生には、買い戻す資金は私がジェラルドのお金から出そうかと尋ねたのだが、笑顔で断られている。


「……で、その金はお前がこれから返していくことになるわけだな、カイル?」

「……はい。その通りです……」


 店主は、店の隅でメイジーとじゃれ合うレイラに目をやった。


「妹さん、目が治って良かったじゃねぇか。なぁカイル?」

「はい。グリフィズさんの特級魔法薬(ポーション)と、グレンクロフト先生のお陰です。本当に、ありがとうございます」


 グレンクロフト先生が微笑みながら頷き、店主の男はにやりと口を歪めて鼻の下を掻く。


「しゃぁねぇな。そういう話なら、ぼったくるわけにもいかねぇ。妹さんの目が治った祝いだ、カイルから買い取ったそのままの金額で売ってやるよ」


 店主の言葉に、カイルが深くこうべを垂れた。




   *   *   *




 先生は薬瓶の袋を持ち、私は薬草の入った袋。

 夕闇が迫る中、薬屋で買い戻した薬を抱えた私たちは、施療院への道を急ぐ。


「……私、今でも不思議に思っていることがあるんです」

「なんでしょう、エレナさん」


 やがて悪所を抜けた頃、私は先生に話しかけた。


「どうして先生は、カイルさんを許したのですか? 彼がやったことは盗人のそれと同じ。領主裁判所に突き出されても文句を言えないことだったはずです」


 先生は少しの沈黙の後、口を開く。


「そうですね、一つは彼の誠意を信じたこと、もう一つは、あれも貧民街では仕方の無いことだと思えたからです」

「仕方のない……?」

「そう、例えば、エレナさんと共に暮らしているトムが不治の病に冒されたとします」

「はい」


 先生は、落ち着いた口調で静かに話す。


「その特効薬をある人が持っている。けれど売ってもらうにはお金が足りない。貴方なら、どうしますか?」

「…………素直に頭を下げて、頼み込むと思います。お金は必ず後で払うからと」

「なるほど、素晴らしい答えです。ですが、それが出来るのは、施療院で働くエレナさんに信用があるからなのです。カイルくんに、その信用はありませんでした」


 私は考える。考えて、一つの答えを導き出す。


「……つまり、カイルさんの取った手段は、やむを得ないことだったと?」

「特級魔法薬(ポーション)が市場に出ることは、滅多にありません。良くて数年に一度といったところ。彼を責めるのは、少し酷というものでしょう。彼に他の道があったとは思えません」


 そう答える先生は、いつもの彼がそうであるように、眉尻を下げ、穏やかな微笑を顔に湛えている。


「まぁ、彼は最初から手紙で約束していましたからね。お金を貯めて返すと。それがなければ、私もあそこまで寛容でいられた自信はありませんよ」


 先生はそう言って、肩をすくめた。その姿を見つめながら、私は自問する。

 ――私が先生の立場だったなら、ゆるせただろうかと。


 考えるまでもない。おそらく私は赦すことができず、カイルを領主裁判所に引き渡したはずだ。だけど、もしそうなっていたなら、カイルの家には目の見えないレイラが一人残され、特級魔法薬(ポーション)は無駄になり、レイラの目が治ることもなかった。


 思えば、先生はその寛容さで、全員を幸せにしてみせた。


 薬屋の店主はカイルの謝罪を受け入れ、カイルは妹の目を治療することができた。レイラは目が見えるようになり、私たちは最低限の出費で薬を買い戻せた。


 先生がその行動で示したのは、誰かの過ちを責めるのではなく、その裏にある理由や思いを汲み取ることの大切さ。

 ……私が先生から学ぶべきことは、医療の知識以外にもたくさんあるのではないかしら。


「……グレンクロフト先生、私。先生のことを尊敬します」

「おや、それはありがとうございます。私もエレナさんのことを尊敬していますよ」


 夕闇が濃くなる中、先生の持つ薬瓶の袋がことりと小さく音を立てる。

 私は素晴らしい師に巡り会えた幸せを噛み締めながら、先生の後に続いて歩いた。







第四章 「盗まれた薬」はここまでです


次回からは第五章、「故国からの使者」をお送りします。

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