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第25話 誠意の条件

「夜盲症というのは一般的に、不治の病だと考えられています。これは、現代の医学ではその原因が明らかになっていないためです」


 魔石冷房のお陰で快適な室内に、グレンクロフト先生の声が響く。

 神父様がお帰りになった今、先生はカイルのやまいと向き合っていた。


「ですが、私が師とともに様々な投薬を試した結果、この金盞花(カレンデュラ)の花がその治療に効果を発揮すると判明しました。金盞花(カレンデュラ)は黄金の花を咲かせ、狩人の目を守護する薬草として知られています。迷信ではなく、実際に効果があったという訳ですね」


 カイルとレイラの二人が飲んでいるのは、金盞花(カレンデュラ)の煎じ薬。煎じ薬と言っても、作り方は香草湯(ティザン)と変わりない。煎じる量を増やして薬として飲むか、減らして嗜好品として飲むかだけの違いだけだ。


「この煎じ薬は、夜盲症の治療に役立つだけでなく、その予防にも効果を発揮します。カイル君の夜目が効くようになるまでは、二人とも飲み続けるようにして下さい」


 グレンクロフト先生の言葉に、カイルが改めて膝を付く。


「……先生、僕はあのようなことをしてしまったのに、どうしてここまで良くして下さるのですか?」

「兄さん……あのようなこと、って……?」


 恐縮した様子のカイルに、レイラが不安げに問いかけた。

 先生の落ち着いた声が、それに答える。


「カイル君は、特級魔法薬(ポーション)の入手で少し無理をしたようですね。あれは数年に一度出回れば良い程度のもの。無理をしたのも致し方ないことだと、酌量できるだけの余地があります。どうするかについては、妹さんを送っていった後で考えましょう。私も、例の薬屋で色々買い戻す必要がありますからね」


 深く頭を下げるカイルに、先生は数週間分の金盞花(カレンデュラ)の花が入った袋を渡す。金盞花(カレンデュラ)は価格が安いのか、彼に盗まれずまるごと残っていた。


 正直、カイルが施療院の薬を盗んだことには今でも腹が立っている。

 だけど、妹のレイラさんの目を治すことが出来たのは、彼が薬を盗んでまで特級魔法薬(ポーション)を手に入れたおかげ。


 私には分からない――。


 ――悪いことをして人に迷惑を掛けたとしても、大切な何かのためにやったことであれば、許されるべきなのだろうか。




   *   *   *




 レイラをカイルたちの家まで送り届けた後、私たちは闇市へとやってきた。

 先日の薬屋の入口の前で、先生がカイルを諭している。


「良いですか、カイルくん。貴方は薬屋からきちんとした特級魔法薬(ポーション)を購入したにも関わらず、それが偽物だと思い込んで薬屋に苦情を訴えました。まずはそのことを謝りましょう」

「……はい」


 先生の言葉に、カイルは決まりが悪そうな表情を作る。


「謝るのはバツが悪いですか? ですがその特級魔法薬(ポーション)のお陰で妹さんの目が治ったことは確かなのです。きちんと謝罪し、わだかまりを解いておくべきでしょう」

「わかりました、先生。全部、僕の早とちりのせいです……。きちんと謝ります」

「それでこそカイル君です。それでは、入りましょう」


 そう言って扉を押し開ける先生に、私たちも続いた。


「いらっしゃい、本日は一体何をお求め…… てめぇ、カイル。どの面下げて戻ってきたんだ?」


 にこやかな笑顔で私たちを出迎えた店主の顔が、一瞬で不機嫌に染まった。

 店の端に座っていた用心棒の男が、じろりとこちらに視線を向ける。


「あ、あ、あの……」


 言葉がつかえて出てこないカイルの背中を、先生が優しく押す。


「ごめんなさいっ……! 魔法薬(ポーション)は本物でした! 妹の目を治すことが出来て、それで僕、謝りたくて……!!」


 カイルは目に涙を浮かべ、大声で謝罪する。そんな彼の様子に、怒りを顔に浮かべていた店主は肩透かしを食ったような顔になった。


「お、おう。妹さんの目が治ったのか、そりゃあよかった……。い、いや、そうじゃねぇ。カイル、お前が店の外でまで難癖を付けたせいで、店の評判に傷が付いたかも知れねぇんだぞ。そうやすやすと許してやれるようなことかよ」

「ごめんなさいっ! グリフィズさん、僕が間違っていたんです……! せっかく貴重な魔法薬(ポーション)を売っていただいたのに、あんなことを言ってしまって……本当に申し訳ありませんでした……」


 口をぎゅっと斜めにした店主が、腕を組んで複雑そうな表情を顔に出す。

 やがて頭を掻いて、ちっと舌打ちをした。


「わかった、わかったよカイル。お前ぇに謝る意思があるのは分かった。だがなぁ、こっちも店の信用を傷つけられたんだ。おいそれと許せねぇのは分かるだろ?」

「……はい、グリフィズさん」

「…………許して欲しいってんなら、ちょっと頼まれ事を引き受けてくれねぇか」


 店主は再度頭をがしがしと掻いてから、口を開く。


「俺たちが怒鳴ったせいで逃げ出した猫のメイジーが、まだ戻ってこねぇ。闇市のどこにいるのか知らんが、見つけ出して連れてきてくれ。そうすりゃ、お前さんの謝罪を受け入れてやるよ。メイジーは灰色の毛の、毛並みの長い猫だ。赤い飾り紐(リボン)の付いた首輪をしてる」


 カイルは不安げな表情を浮かべて、グレンクロフト先生に視線を向けた。

 店主は、淡々と言葉を続ける。


「……別に、見つからなかったからといってお前さんを責める気はねぇよ。誠意を込めて探してくれりゃ、それでいい」

「……分かりました、グリフィズさん。きっと見つけて、ここに連れてきます」


 カイルの返事に、店主のグリフィズがしっかりと頷くのが見えた。




   *   *   *




「しかし猫……ですか。ふむ……」

「灰色の毛の、毛並みの長い猫って仰ってましたね」

「あと、赤い飾り紐(リボン)の付いた首輪をしてるって……」


 悪所での猫探し。冒険の予感がして、何だかわくわくする。


「毛並みが長い猫、ということですから……こう暑いと遠くへは行かないでしょう。幸い、闇市のことなら何でも知っていると豪語する男がいます。まずは彼に尋ねましょう」


 心当たりがありそうな先生に続いて、私たちは人でごった返す闇市の中を進んでいく。


 やがて、道の先にさっきも会った男の姿が見えてきた。

 ぴっちりとした礼服を着込み、鳥のくちばしかたどった黒い(マスク)を着用した男。

 クロウだ。


「やぁ、クロウ

「やぁ先生、さっきぶりだな。どうした、やっぱり俺の助けが必要になったか?」


 グレンクロフト先生が声を掛け、クロウが言葉を返す。

 喋り終えたと同時に、その視線がカイルを捉えた。


「ん? 探し人は、見つかったようだな――俺の助け無しに。今度は何の用だ? 金なら返さんぞ?」


 彼はおどけて話しながら、お金が入っていると思われる胸のポケットを手で押さえて見せる。


「いえ、ちょっと闇市のことについて尋ねたいんです。薬屋のグリフィズさんが飼っている猫、メイジーについてです」

「おお、メイジーだな。知っているとも。何でも答えよう。スパーク銅貨三枚だ」


 クロウは先生が口にした問いを耳に入れるや、自信満々な様子で答えた。

 先生は財布から銅貨を取り出し、彼に渡す。

 先ほどと同様、彼は礼儀正しさすら感じさせる動作で銅貨をポケットにしまい込む。


「実は、メイジーが逃げ出してしまいまして。今どこにいるか教えて頂けると嬉しいのです」


 先生は天気のことでも話すかのように何気ない様子で、そう口にした。

 頷きながら話を聞いていたクロウが、びしりと固まる。


 やがて彼は、ぎぎぎと音が出そうなくらい、ゆっくりとした動作で胸のポケットに手を突っ込むと、銅貨三枚を掴んで差し出した。


「俺はクロウ。この闇市のことなら何でも知っている男。……だがどうやら、それは思い上がりだったようだ。この俺にも、分からないことはある。スパーク銅貨はお返ししよう」

「やはり……駄目でしたか。貴方が知っていれば手っ取り早いと思ったのですが……」


 先生は銅貨を受け取り、財布にしまい込んだ。


「今度来た時は別のことをお尋ねしましょう。今日はありがとう、クロウ

「うむ。達者でな」


 クロウと別れた私たちは、闇市の裏路地に人の少ない場所を見つけ、作戦会議を始める。


クロウさん、ご存知では無いようでしたね……」

「彼ならば、猫の集会場所の一つや二つを知っているかと思ったのですが……当てが外れたようです。すみません……」


 私の言葉に、首を振りながら答えるグレンクロフト先生。

 先生の話を聞いたカイルが、思い出したように声を出す。


「……待って下さい、猫の集会場所なら……レイラが詳しいかも知れません。レイラは猫が好きで、この悪所に逃れてきたばかりの頃、よく猫と遊んでいましたから」


 私と先生は、顔を見合わせて頷いた。

 ……今日はよく、先生の顔を至近距離で眺める日だと思う。




   *   *   *




「猫の集会場所……? うん、兄さん。たぶん分かると思う」

「本当!? レイラ! 助かるよ! どこなのか教えてくれる?」

「え……? 案内、するけど……」


 顔に喜びを浮かべて身を乗り出すカイルに、レイラが目をぱちりと瞬かせて答える。


「あの、レイラさんは目が見えていませんでしたから、しばらくはあまり歩いていませんよね? 急にたくさん歩くことになるのは、身体に良くないのではないでしょうか……?」


 私は彼女の体調が心配になって、そう声を掛けた。


「……でも、せっかく目が見えるようになったのですし、久しぶりにあちこちを見て回りたいんです。だめ……でしょうか……?」


 訴えかけるような彼女の返事に、私はグレンクロフト先生に目を向ける。


「む……まぁ、猫を追いかけて走ったり、無茶をしないとお約束して頂けるのであれば、私としては構わないと思います。ただ、今のレイラさんは足腰が弱っているはずですからね。歩けなくなった時は仰って下さい。カイルくんか私が背負いましょう」

「ありがとうございます……! 兄さん、動けなくなった時はお願いね」

「うん、まかせて!」


 猫探しに付いていけることが決まって、レイラは喜びを顔に満たした。

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