第24話 盲目の少女
「ごめんなさい……! 本当にごめんなさい!! 特級魔法薬を買うためのお金が足りなくて、悩み抜いた末にやってしまったんです!!」
一瞬何のことを言っているのか分からずぽかんとしたけど、「やってしまった」なんて言われたらもう答えは一つしか無い。かぁっと頭に血が上るのが分かった。
「やった……って、まさか施療院の物取りをあなたが? どういうつもりなのよ!」
「ごめんなさい……! でも、商館には用心棒がいるんです。価値の分かる薬が置いてある店が、あなたたちの施療院しか無かったんです……」
地面に頭を擦り付けて謝る少年だけれど、私の心は収まらない。
魔法薬を買うお金が足りないなら、お金が貯まるまで働けば済むことなのに。
「先生、本人も認めていることですし、領主裁判所に訴え出て相応の罰を与えてもらうべきです。患者を救うための施療院に薬を盗みに入るなんて、こんなのってありません」
私の言葉に、少年は言い逃れをすること無く、ただ項垂れた。
「……妹さんを施療院に連れてこなかったのはなぜです?」
そんな彼に、先生が静かに問いかける。
「……こちらに流れてきた後も何とかお金を工面して、妹を町のお医者様に診てもらいました。ですが、目は悪化する一方で手に負えないと。町のお医者様でも直せない病を、貧民街の施療院で治療できるとは思えなかったんです」
「そうですか……」
先生が顎に手を当てて考え始めた。
手の肘を、もう片方の手で支えながら。
神経質そうに靴のつま先でとんとんと地面を叩きつつ、口を開く。
「……カイルくん、いいですか? 施療院は、教会への寄付で運営されています。貴方が奪った薬草や薬品は誰かの厚意の寄付によって賄われたもので、そして誰かを救うために使われるはずだった薬です」
「……はい」
「貴方がやったことは、到底許せることではありません。しかし、貴方は薬を根こそぎ持っていってしまうことをせず、薬草はみな少しずつ残していました。薬品も、予備のものにしか手を出していない。本当は、強い罪悪感があったのではありませんか?」
先生の足が、ぴたりと止まる。
「……仰る通りです。だけどグリフィズが、今すぐ買わないなら特級魔法薬を他の奴に売るって言うから……金、お金がなくてどうしようもなくて……」
グレンクロフト先生は、眉間を押さえてため息を吐いた。
また足がとんとんと地を叩き始める。
「カイルくん、私は貴方に更生の可能性を見ました。置き手紙に書いてあったように、施療院に与えた損害を、働いて返すつもりはありますか?」
「は、はい! もちろんです! 何年掛けてもお返しするつもりでした。だから……どうかこの場は見逃して頂けないでしょうか。鞭打ちはともかく、晒し台に登ることになったら仕事が無くなってしまいます……。そうなったら、妹を食べさせていくことができません……」
鞭打ち。面と向かってそう言われると、途端にこの少年に罰を与えたい気持ちが萎えていく。刑の執行を間近で見たことは無いけれど、背中の皮が裂けて血が流れるほどの刑罰だと聞いたことがある。
「……分かりました。貴方の誠意を、信じましょう。損害は後ほど、薬草や薬品を買い戻した後で計算します。それでは、貴方の妹さんのもとに、案内して貰いましょうか」
「あ、ありがとうございます……、先生……!」
少年は、再び地に額を擦り付けて感謝の意を示す。
私は少し納得できない思いを抱えながらも、先生がそう判断するのならと自分の心に言い聞かせていた。
* * *
少年の家は、悪所に多く建つ集合住宅の一室だった。
階段を上った二階の部屋に、案内される。
「ここが、僕の家です。……レイラ、ただいま! お医者様が来てくれたよ!」
「おかえりなさい、兄さん。……お医者様? クラーク先生ですか?」
「ううん、レイラがまだ会ったことのない、新しいお医者様」
部屋の中には、兄と同じく青い髪を伸ばした、可愛らしい少女が座っていた。
編み物をしていた手を止めて、兄と言葉を交わす。
その瞳は、どちらも白く濁っている。
彼女は編み棒と編んだ布地を横に置いて、こちらを向いて挨拶した。
「お医者様、わざわざお越し下さりありがとうございます。レイラ・マクレインです。この目が少しでも見えるようになってくれたら、すごく嬉しいです」
「……しっかりした娘じゃない」
「……自慢の妹です」
カイルは満更でもない様子で、鼻の下を擦る。
やがて、グレンクロフト先生の診療が始まった。
「思っていた通り、瞼や睫毛は正常です。赤目病などではなく、夜盲症が悪化しての失明でしょう。手に入れた特級魔法薬はどのように使ったのです?」
「瞳に薬を入れる時のように、目に垂らしました。かなりたくさん垂らしたのですが、治るどころか何の効き目もないようでした」
「なるほど、それは貴重な魔法薬を無駄にしましたね。魔法薬の効果は、欠損した組織の修復です。この場合、失明しているとはいえそこには組織が存在してどこも欠損していませんから、魔法薬を使っても意味がありません」
カイルは頭を抱えて、首を振った。
「でも、でも先生! 町のお医者様は、滅多に出回らない特級魔法薬さえあれば、妹を失明から救えるって仰ったんです!」
「それは、その通りです。外科手術によって眼球の白濁した部分を切除し、然る後に特級魔法薬を使います。眼球や関節といった部位の修復には、特級魔法薬や最上位の回復魔法が欠かせません」
先生の言葉に、思わずひゅっと息が漏れた。
目にゴミが入るだけでもすごく痛いのに…………眼球を、切除……??
「わ……私の目を、切り取るのですか?」
話を聞いていたカイルの妹が、怯えた様子で声を震わせた。
「そうです。ですが、人は痛みに耐えられませんので、起きたまま施術する訳ではありません。教会の神父様に昏眠の魔法を掛けてもらい、眠らせた状態で施術します」
グレンクロフト先生の説明に、私は少しだけほっとした。
だけど、あの鋭そうなメスを目に入れるんだろうなと考えたら、目がぞわぞわする。
「特級魔法薬は、全て使ってしまったのですか?」
「いえ、まだ半分くらいは残っています」
「ではすぐに手術してしまいましょう。魔法薬は開栓すると急速に劣化が進みますが、数時間であれば問題ない。レイラさんは私が背負いましょう。すぐに施療院に戻りますよ!」
先生はそう言うと、少女の前から立ち上がった。
「あ、あの……まだ私、心の準備が……」
「レイラ、そんなことを言ってる場合じゃないんだ……! 急がないと魔法薬の効果が無くなっちゃう!」
いきなりのことにあたふたと慌てる少女を、カイル少年が説得する。
「そうですよ、レイラさん。急なことで心苦しくはありますが、心の準備は、施療院に付くまでに終わらせて下さい。……エレナさん!」
「はい、先生」
「すみませんが、悪所を出たら、急ぎ教会に神父様を呼びに行って頂けると助かります。以前の葬儀を取り仕切ってくれたサミュエル神父が、昏眠の魔法を使えます」
「わかりました!」
私たちはカイルがあたふたとレイラの出支度を整えるのを待ち、大急ぎで彼の家を飛び出した。
そして、足早に悪所の外を目指す。
やがて貧民街の分かれ道へと戻ってきた時、速歩きに我慢できなくなった私は、教会を目指して駆け出した。
* * *
『清純にして無垢なる陽光よ、今こそ深淵の霧を晴らし、魂の鎖を解き給え。晦冥に横たわりし魂よ、今こそ時の流れに還れ! 陽起光!』
白い魔杖を手にした神父様の厳かな魔法の詠唱が終わり、乳白色の燐光がレイラの身体を包み込む。
手術を終え、診察台の上に横たわっていたレイラが、ぱちりと目を開けた。その瞳は、もう白く濁ってはいない。
「……あ……ああ……! 見えます、目、目が、見えますっ……!!」
兄のカイルと同じ貴麗な空色の瞳がたちまち涙で潤む。
きょろきょろと辺りを見回したレイラは、やがて兄のカイルをその瞳に捕らえ、二人抱き合って喜んだ。
「先生、ありがとうございます……! 俺、何てお礼を言ったら良いか……! 神父様もありがとうございます……!」
「ありがとうございます……! 再び目が見えるようになるなんて、私……夢みたいで……」
カイルが跪いてお礼を良い、レイラも診察台から起き上がって頭を下げる。
「いえ、これも医者の役目ですから。レイラさんの目が見えるようになって良かったですね。次は、カイル君の夜盲症の治療です」
少し照れくさそうな表情を浮かべたグレンクロフト先生は、二人の顔を交互に見ると、優しげにそう口にした。




