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【第六話】同類

「あたし・・・それでも・・・先生のこと」

 はっきりと聞こえてきたその声にドアに触れる寸前で手が止まった。反射的に殺した呼吸。

「ごめんね。僕には君の気持に応えられないよ」

「でも私真剣なんです。ずっと、…っと・・・ずっと先生のこと好きで」

 咄嗟にドアから手を引いていた。図書室の中からは、間違いなく桜羽と女子生徒の声がした。喉元にカッと熱い塊が宿り額から汗が滲み出た。早まっていく鼓動が強く胸が痛んだ。

「ごめんね」

「あたし本気ですっ!本気で先生のこと好・・・好きなのに」

 ドアの向こうから聞こえる。桜羽の優しい声にいろはの頭は真っ白にった。籠っていく熱のせいか、背中をすっと汗が流れていく。本能的にここにいてはいけないと警鐘を鳴らしていた。ここにいることを全身で拒んでいた。慌てて立ち去ろうと、足を引いくと『パタン』と履物の足音が大きく響いてしまった。教室からこちらに向かって来る人の気配。いろはは逃げるように走り出した。階段を駆け下りていると背後でドアが開く音がした。校舎を出ても足を止めることはなかった。生徒とぶつかりそうになりながらそれでも必死で走り続けた。外は雨が降り出していた。立ち込める雨の匂いと同時にアスファルトを濡らしていた。体に流れる雨粒が衣類に染み込んでいった。

いろはは誰もいない教室に逃げ込むように入るとドアをすぐに閉めた。無音の教室には息を整える自分の荒々しい呼吸だけが響いた。雨が降り始めた教室はいつも以上に暗い。ぽたぽたと制服から雫が落ちてくる。

「はぁはぁはぁ・・・」

 体から汗と水が流れる。耳が塞がれたようにぼぉっと膜が張っている。心臓だけがバクバクと叩くように鼓動を繰り返していた。

『あたし本気で先生のこと好きなのに』

 やさしく断る桜羽の声が、いろはの耳にこびり付き何度もこだまする。

 「やめて・・・わかってるよ。わかってるって」

 止まらない桜羽の声に耳をふさいだ。そのまま力なく座り込むと、雨で冷やされた体が震えだした。言われたのは自分ではない。なのに、まるで図書室にいた生徒を通して自分に言われているようだった。全身から出た汗と雨がまとわりついて気持ちが悪い。頭の内側から鈍痛がする。結末は最初からわかっていた。報われるわけがない。わかっていてもいろはには止める術がなかった。なにがこれほどまでに自分を苦しめるのだろうか。苦しさ以上にこの好意を止められないことがいろははなによりも恐いと感じた。初めて会ったあの日から膨らんでいく気持ち。普通に恋をした。周りと同じように。人を好きなる気持ちは美鈴や世那、自分に好意を抱いてくれた男の子となんら変わりはないはずだ。見るだけで、会って話して、それだけで惹かれていく。バチバチと雨が窓を叩きつけた。横殴りの雨に変わっていた。ぎゅっと拳を強く握るいろはの手はまだ濡れたままだった。

「間違っているのは先生じゃなくて私だ・・・」


【第四話】虚勢

 翌日。いろはは桜羽がいない時間帯を見計らい職員室を訪れていた。昨日提出できなかった夏合宿の申し込み表を桜羽の机の上にわかるように置いた。いつ見ても桜羽の机の上は整理整頓が行き届いている。ボールペンなどは散らばっておらず、プリント類もまとめられている。いなかったことに安堵しつつも、どこか後ろ髪を引かれる思いで職員室を出た。

「小鳥遊さん?」

 職員室を出ると白峰に声を掛けられた。昨日の雨のせいか湿気を含んだままの空気は、白峰のカールのかかった髪をいつもよりも大きくみせた。白峰は浮かないいろはの表情に気付いたらしく首をかしげている。

「どうしたの?元気なさそうね」

「白峰さん。そんなことないよ。いつも通りだよ」

「そう?期末テストの結果が悪くて落ち込んでいるのかと思った」

「期末は・・・アハハまぁそうだね。図星カナ。あっそういえば白峰さんも合宿参加するんだね。よかった」

「受験生にとっては息抜きも大切だと思ってね。合宿は二泊三日だし気分転換には丁度いいわ。それにこれで最後だもの」

『最後』という言葉にいろはの胸がざわめいた。三年になり全ての行事に『最後』という言葉が添えられてくる。最後だから後悔がないように、この夏は戻って来ない。散々言われる。けれどそう言われてもどうすればその後悔が残らないのか教えて欲しいと感じていた。

「最後なんてちょっと寂しいよね。この頃、先生たちもよく言うし」

「そう?」

「白峰さんは寂しくない?」

「別に。そんなに深く考えたことないわ」

「私は寂しいよ。なんか全部終わっちゃうみたいで・・・」

 いろはと白峰の横を生徒たちが駆け足で通り過ぎた。『廊下を走るなー』と後ろから教師の声が響く。日常でよくある光景は来年にはそうでなくなっているのが不思議だった。人生と言う長い目で見たら自分がここにいることなど一瞬なんだろう。卒業してからの方が人生は遥かに長い。いろはの口から知らず知らずのうちにため息が零れていた。

「そんなことないわよ。最後ってことは次にやってくることは新しいことでしょ?そう思えれば寂しくわないわ」

「白峰さん・・・」

 そっけなくも自信に満ちた白峰の言葉にいろはも頷いた。

「ところで卒業制作順調?」

「うん。もうすぐ仕上がる予定」

「相変わらず早いわね。今年はなにを描いてるの?」

一瞬いろはは言うのを躊躇った。

「・・・今年はヒマワリにしてみた。上手く描けるかわからないけど」

「へぇそうなの。小鳥遊さんらしくていいんじゃない」

「一度描いて見たくて。白峰さんは?」

「私はまだなの。いい案が思い浮かばなくて。だから今から桜羽先生に相談しようと思って」

 職員室の前で話していると白峰の後方に桜羽の姿が視界に入ってきた。いろはの胸がギュッと痛みを伝える。それに逃れるようにすぐに視線をそらし体の向きを変えた。

「あれ二人でどうしたの?職員室に用事?」

「桜羽先生、卒業制作のことでアドバイスを頂きたくて。今いいですか?」

「もちろんだよ。小鳥遊さんも?」

「えっあっいえっ・・・私は、私はあの、合宿の申し込み表を机の上に置いといたので後で確認しておいてください!」

 いろはそれだけ言うと、逃げるようにその場から離れた。いろはの姿がほかの生徒たちに紛れていく中、桜羽はその後ろ姿を追っていた。


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