【第十四話】錯覚
スマホが揺れているのに気づきディスプレイを見た。小波から、『駅にいる』と言う連絡だった。スマホをカバンにしまうと、少し前にいる堀之内の隣まで小走りで駆け寄った。
「小波ちゃんたち駅にいるって」
「はい」
いろはは平静を装いなにごともなかったかのように堀之内に話しかけた。スマホを見ながらいろはに適当に返す堀之内。駅に向かうに連れ人も少なくなっていく。の下駄がカランコロンと寂しく音を立てていた。
「あっいろは先ぱーい!堀之内ー!」
「ごめん!はぐれちゃって」
「大丈夫です」
ニッコリ笑う小波にいろはもつられて微笑んだ。隣にはちゃんと桃山もいる。小波に手を引かれたいろは小声で耳打ちをする。
「堀之内大丈夫でした?アイツ無口だからつまんなかったですよね。すみません。先輩にせっかくついて来てもらったのに」
「大丈夫だよ、花火見てただけだから」
「あぁあっ!!桜羽先生だっ!!」
背後でした桃山の大きな声が、いろはと小波のところまで届く。小波は桃山の声の方へ勢いよく振り返った。
「うそっ?あ!!本当だっ先生!!」
小波はその姿を見つけると直ぐに駆け寄っていく。下駄の音が遠ざかっていく。いろはは遅れながら振り返った。そこには昨夜妄想でしか会えないと思っていた浴衣を着た桜羽の姿があった。信じられない偶然に一瞬、息が止まりそうになっていた。桜羽は浅葱色の浴衣に黒の帯を締めていた。
「あれみんなどうしたの一緒に来たの?」
「先生浴衣だ!かっこいい!!」
「ええっ!?この人先生の彼女!?」
「超キレイな人っ!えー先生彼女いたんだー」
桃山が、桜羽の後ろにいた女性に気付いた。紺地に朝顔の花が描かれた浴衣は大人びたその女性に実に似合っていた。結われた髪に、見える項からは大人の妖艶さのようなものが漂っている。
「違うよ。彼女は高校の時の同級生で今日はたまたまこっちに帰省しているだけだよ」
「たまたま戻って来た人と、お祭り来ちゃうんすかー先生さすがぁ~」
「陽一君の学校の生徒さん?」
「ん?そうだよ。美術部の子たち」
いろはの視界に二人の姿が映った。心臓が痛いくらいに押し潰されていく。なにかに殴られたような感覚が全身に走ると急に指先が冷えていくのがわかった。突きつけられた現実になにかが音を立てて崩れていく。
桜羽が後方にいたいろはに気付きいつものように声をかけた。桜羽の口が動いている。けれどいろはところまで届いてこない。賑やかな人の声も煩い駅のホームの音もターミナルに並ぶ車のクラクションも一切聞こえなくなった。
いろはを心配し桜羽がなにやら話しながら二歩三歩と近づいて来る。同時に押し寄せてくるのは、知らないことへの恐怖か、終わりが見えた絶望かいろはは目の前の現実に後退りした。
「じゃぁ先輩、俺たちお邪魔なんで先帰りますね」
突然、堀之内が遮るように前にくるといろはの腕を掴みホームへ向かった。
「えっ私もいろは先輩と帰るよ」
「小波先輩は桃山先輩とに決まってるじゃないですか」
堀之内はそう言うと、タイミングよく来た来た電車にいろはを押し込んだ。桜羽がいろはを心配そう見つめる。
「小鳥遊さん顔色悪いみたいだけど本当に大丈夫?」
「・・・さぁ」
無情にも電車のドアが閉まっていく。いろはの耳に桜羽の声が微かに聞こえた。ドア越しに振り返った。桜羽の隣の女性も心配そうにこちらを見ている。
進みだした電車は加速し、その場からいろはを引き離していく。電車の蛍光灯がやたらと眩しく感じる。車内は人がまばらにいるだけで、ガランとしていた。電車が大きく揺れ、堀之内はいろはを座席に座らせた。
「・・・先輩」
いろはの目から先ほどの光景が離れない。ようやく声が聞こえると、つり革にぶら下がる堀之内を見上げた。
「やっぱり好きなんですね・・・桜羽先生のこと」
「・・・」
それは先ほどの質問に確信を持っていた。聞こえないふりをした質問。答えたくない、答えてはいけない質問。
なぜこの押し込めていた気持ちが気付かれてしまったのか考える余裕がなくなっていた。急に視界が滲むと頬に生暖かい涙が流れた。今まで溜め込んでいた感情に抑えが効かなくなっていた。次から次に溢れてくる。先程の桜羽と女性の光景が頭にこびりついて離れない。桜羽を名前で呼ぶ女性が消しては現れてくる。ほんの数秒間の出来事にいろはの隠してきた恋情が初めて人前で零れ落ちていく。




