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【第十二話】初心

「ありゃ惚れてんなぁ」

「えっっ!?」

 美鈴の声に思わず声が裏返ったいろは。美鈴はいろはの反応など気にも留めず、ドア付近で桜羽と話している女子生徒を指差した。

「あっそっそち」

「そっちってなに?」

「うっうううん!なんでもない!」

「でも桜羽先生っていろはに優しいよね」

「そんなことないよ!先生誰にでも優しいよ」

「まぁーそうだけど、なんか頼られてるっていうか」

 美鈴は先ほどの数学のプリントを見ながらいろはに告げた。その言葉に慌てて否定をするが返ってわざとらしくなっていないか心配になった。合宿での白峰と小波の会話を思い出した。

「それは、ほら・・・私これでも美術部の部長だったし」

「美術部の顧問って桜羽先生だっけ?」

「そうだよ。だからだよ」

「ふ~ん。私も美術部入ればよかったなぁ」

 いろはがもう一度、入り口の方を見るとまだ桜羽と女子生徒達が楽しそうに話している。口元を隠して、控えめに笑う桜羽に目がいってしまう。いろははカバンに入っているお茶を乾いた喉に流し込んだ。氷が水筒の中でカランと音をたてた。けれど体のほてりは治まることを知らない。

「桜羽先生って彼女いるのかな」

「・・・さぁ?」

「まぁいるか。イケメンだし優しそうだし教師だから収入安定してそうだし」

 二時間目のチャイムがなると桜羽は教室から出て行った。嬉しそうに席に着く女子生徒たち。『話せてよかったね』『やったじゃん!』小声で聞こえてきた。いろはは体の向きを前に直した。教科担任が入ってくると、授業はぬるりと始まった。

 いろはは文化祭に出展する作品をどうするかぼんやり考えた。文化祭まであと三カ月。新しく描き始めるには制作時間が少し足りないかもしれない。先日の山中湖のデッサンを仕上げるのもありだと色々と模索した。

□□□

 その日の夜、突然小波から電話があった。普段はメッセージでしか連絡をとったことがない。いろはは不思議に思いつつも電話に出た。

「もしもし?小波ちゃん?」

「あっいろは先輩!?良かったー。出てもらえて」

「どうしたの?なんか緊急なことでもあった?」

「はい!超緊急です!あの、突然なんですけど明日の夜あいてます!?」

「明日?昼は夏期講習だけど、夜ならあいてるよ」

「明日お祭り行きましょうっ!!というかついて来てくださいっ」

「いいけど。どうしたの?そんな慌てて」

「そ、それが・・・」

 不自然に言葉がつまる小波。風呂上りのいろはは、濡れた髪を片手で乾かしながら小波の返事を待っていた

「私・・・桃山に告白されて」

「・・・ええっ!?桃山君にっ!?」

「はい。それで、ですね・・・付き合うことになったんですけど」

「そっそうなんだ。お似合いだよ、よかった、よかった」

「良くないんですぅー!」

 小波の大きな声に思わずスマホを耳から遠ざけた。いろはの五畳ほどの部屋に小波の甲高い声が響いた。

「付き合いだしたら・・・なんていうか、どうしていいか、わかんなくなっちゃって。前まであんなに普通に話してたのに二人になったら話せなくて部活の時も・・・その、とにかくどうしていいかわかんないんですっ!だからついて来て下さいっ」

「それはいいけどお邪魔じゃない?せっかく二人で」

「だから二人になるとムリなんですよ~あっ人数合わせに堀之内も誘うから先輩はいつも通りでお願いします!」

「はい、はい。わかった」

「はぁー良かった。白峰先輩は返事くれないしやっぱり頼れるのはいろは先輩です!ありがとうございますっ」

 小波は安堵した様子で電話を切った。ツーツーとスマホから音が漏れる。髪を乾かそうとドライヤーを持つとすぐにメッセージが送られてきた。

「『明日は浴衣でお願います!』か…小波ちゃんと桃山君が付き合うことになったんだ」

 いろははスマホをベットに投げると濡れた髪のまま横になった。エアコンの風が心地よく部屋を冷やしてくれる。エアコンのファンの音が鈍く部屋に響いていた。

「好きな人と夏祭りか。いいなぁ」

 瞳を閉じたいろはの脳裏に桜羽の浴衣姿が浮かんだ。桜羽なら何色の浴衣だろうか。

「バカァ~絶対似合うに決まってるよ。ムリだけどそんなの絶対に」

 慌てて目を見開き火照りかけた頬に手を当てた。ベットから起き上がり階段を降りていった。

「お母さーん!浴衣ってどこにしまってあるー?」


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