梟は如何にして絶望の化身と成ったか
ウィルマース財団研究室にて、今日もC-SUITの調整と新戦力となる武装の開発に勤しむ白波博士は、内線電話で呼び出された。
「はい、白波です……情報部から?」
顔を洗って髪を整え、作業服からスーツに着替えて急いで指定された会議室へ急いだ。
「失礼します」
「どうぞ、お待ちしておりました」
中に居たのは一見地味な印象を受ける妙齢の美女であった。
「初めまして、白波圭司といいます」
「どうも、甘田です」
苗字しか名乗らない時点で白波博士は彼女が〝裏情報部〟であることを察した。
裏情報部とは財団の敵対者等の情報を収集し、各部署に情報を提供することで財団が円滑に動かす潤滑油のような部署である。
「真鳥市に来たのは初めてですか」
白波博士は緑茶が置かれた甘田の対面に座りながら聞いた。
「ええ、自然豊かで都心も近い。とてもいい街ですね、中々来られずすみません」
「いいんですよ、今回はどのような情報を?」
「ジャガックについてではないのです……我々のもう一つの懸念点」
甘田は写真を取り出して机の上に滑らせた。
「マグナアウルついてですね」
差し出された写真を取ると、ひどく不明瞭な黒い人影が写っていた。
「これが……彼ですか?」
「ええ、監視カメラに百分の一秒だけ映っていた彼と思われる映像の切抜きです」
「これだけですか」
「最も近くの映像はこれだけです。クインテットが彼に接近した際の映像も回収しましたが、何故かマグナアウルだけが不明瞭になるのです。姿も声もノイズが掛かって復元も不可能でした」
一度だけ遭遇した時の事を思い出し、白波博士は無意識に写真を裏返して考えた。
「彼には何かしら機械に干渉する力があるのかもしれませんな」
「真鳥市でまことしやかに囁かれる都市伝説の『鳥人間』との関連性も調査していますが、彼はとにかく自身の痕跡を残すことを嫌う傾向にあります。それも自分どころか戦ったジャガックの痕跡すらも消すという徹底ぶりです」
確かにあの時、マグナアウルが手を振ると黒い炎がジャガックの戦闘員の死体を焼き尽くしていた。おそらくあの黒い炎によって証拠を消しているのだろう。
「鳥人間に関しては、私はマグナアウルだと考えています。我々クインテットが取っているような戦略と同じように、あえて情報をばら撒くことでブラフとしているのかもしれませんね」
「その線でも調査中です」
「私は一度彼と言葉を交わしました。彼曰く自分は以前も以降も一人とのことでしたが……何かしらの組織に所属していた痕跡はありますか?」
甘田は首を振って続けた。
「公安X課、護国院、いくつかの日本の主要機関に確認を取りましたが殉職、退職、廃業した者も含めて該当する人員は居なかったとのことです」
「そうですか……これは難航しそうだ」
「そこで我々情報部はむしろ〝何もなかった〟事案に着目しました」
甘田がもう一枚の写真を差し出し、白波博士はそれを受け取った。
「これは二年半前の……」
「ええ、ジャガック〝飛び地〟消滅事件です。我々はこの事案にて初めてマグナアウルが出現したと考えています」
ジャガックが真鳥市の人気のない山中に建設していた侵略の足掛かりとなる飛び地があり、財団は幾度か大規模攻撃を仕掛けていたが結局ジャガックに撃退されて終わっていた。
これが契機となりクインテットが発足される運びとなったのだが、ある日一夜にしてその飛び地がまるで初めから何もなかったかのようにその場から消え失せていたのだ。
「私が聞き及んでいた範囲だとこれにはどの機関も関与していないと言っていたそうですね」
「ええ、我々も徹底調査しましたが破壊兵器が使われた痕跡もなく、少なくともX課ではこの日出動した部隊も居なかったそうです。迷宮入り扱いとなって以降もほかの機関の横槍を疑っている者も居ましたが、マグナアウルによるものと考えれば説明がつくことがあるのです」
白波博士は初めて会った時のマグナアウルの雰囲気を思い出していた。何故彼は一人で居ようとするのか。
クインテットのメンバーの一人である林檎は大切な人間を失ったからと推測していたが、もしかしたらジャガックの被害者リストに載っていた人物の関係者か、あるいは彼もまたジャガックではないだけの異星人なのだろうか。
「私の考えですが、彼もまた異星人なのかもしれません」
「ええ、現在ジャガックの被害者の親族、正規の手続きを踏んで地球あるいは月へ入星した異星人、その両方をチームを組んで調査中です」
「上が相当渋るでしょうな」
「ええ、説き伏せるのは困難を極めましたが、どうにか調査には漕ぎつけました」
白波博士はここで初めて甘田が笑った顔を見た。
「話は変わりますが、ジャガックについて何か進展はありますか?」
「申し訳ありません、渡せるだけの進展は無いんです」
「情報部でもない私が言うのも烏滸がましい話かもしれませんが、今一度ジャガックの行動を振り返れば何か分かる事があるかもしれません」
甘田は眉を撫でながら目を瞑った。恐らくこれが彼女の考える癖なのだろう。
「初めて活動が確認されたのは五年前、奴らは建築会社をはじめとしていくつかの中小企業を乗っ取ったり、大小様々な犯罪行為を働いておりこの時は我々も動くべきか決めあぐねていました。ですが同年起こったあの痛ましい事件……」
「千道博士夫妻暗殺事件……」
「彼らの死は財団を超え、世界の損失と言っても過言ではありません」
「その通りですな。C-SUITも千道博士抜きでは作れなかった」
「千道万路博士が学生時代に作ったミレニアムスーツがその雛形だとか。千道博士と一緒に仕事をした事が?」
「二、三度ありましたな、本当の天才で……そして鬼才にして奇才でした。彼には未来が見えていた、一緒に仕事をした者は必ずそう言いますが、かくいう私もそう思っています」
「お子さんだけは奇跡的に生き残ったのも、遣る瀬無い思いにさせますね」
「ええ、私の娘と同い年だそうで」
「お嬢さんは千道京助君と学科は違えど同じ学校に通っているのだとか」
思わず白波博士は顔を上げて甘田をじっと見てしまった。
「……すみません、気を悪くされましたか?」
「ああいえ、まあこれぐらい知っていてもおかしくはないですよね」
そもそも地球上どころか外星の事情にも通じる財団裏情報部が内部の事を知らないはずがないのだ、特に地球防衛で重要な地位を占める者のうちの一人である自分のことなど知っていて当然だろう。
「財団裏情報部、聞きしに勝る諜報力。流石ですな」
「ありがとうございます、仕事ですので」
「純粋に褒めているんです。ただ自分の事となると驚いただけで……」
「ほとんどの方はそう言います。ご理解感謝いたします」
こちらに深々と頭を下げた甘田を見るに、財団内部でも詮索されるのを快く思われないのは常なのだろう。
「話を戻しますとジャガックについて分かっている事は、特定の種族の名前ではなく組織である事、何らかの理由で真鳥市のみに狙いを定めている事。そして五年前一度活動が止まり、三年前に活動を再開させたことですね」
「五年前に何が……」
「千道博士夫妻の事件の際事件現場を〝上〟の者が訪れていたことが確認されました」
「彼なら〝上〟の者と交流があってもおかしくはない……一度叩き潰されたか」
「ええ、その影響で二年間潜伏していたのでしょう。そして活動再開して半年後にマグナアウルが登場……」
「……そういえば五年前にマグナアウルが現れたとは考えられませんか?」
「……確かに、我々は一度ジャガックを雌伏させたのは〝上〟の者と考えていましたが、その線もあり得ますね」
「無から調べ上げるのも大変でしょう」
「いえ、仕事ですから。今日は良い気付きを得られました、ありがとうございました」
その後軽い雑談を交わした後、甘田は白波博士に礼を言って帰って行った。
そしてほぼ同時刻の地球の軌道上、ジャガックの衛星基地にて。
ある部屋の扉が開き、そこへジャガック幹部の一人であるバーニャラ・クドゥリが入って来た。
「ザザル! 居るか?」
作業服や白衣を着たものが一斉に緊張した面持ちで入り口を見たが、すぐにそれ以上の気まずい雰囲気を纏って作業を再開した。
「いきなり来られると困るよクドゥリ」
「そこに居たのか」
「我々科学部の中には君のような根っからの武人を快く思っていない者も多い。部下たちのパフォーマンスが下がってしまう」
「済まないザザル、今後は連絡を取る事にするよ」
クドゥリが振り向いた先に居たのは何とも奇妙なロボットであった。
人間でいう頭部に当たる部分が無く、足は四本で腕は六本、背中には補助アームが四本伸びており、更には胸から腹部にかけて球形の水槽がはめ込まれており、中に地球上のどの魚類の特徴にも合致しない中型の魚のような生命体が泳いでいた。
「ついてきてくれ、君の要件は大方察しがついている」
この魚のような生き物こそジャガック幹部の一人である科学部長のゲブル・ザザルバンであり、ロボットは彼の移動手段にして手足である。
「完成か?」
「まだだ、だがもう少しといったところ」
ザザルとクドゥリは研究室の奥へと向かい、複数の扉を潜って使われていない部屋に入った。
「ここは?」
「アレはあらかた君の最初の要望通りに作った、そしてリスクも説明した。これから最終調整に入るつもりだが、その前に何かしら要望はあるか?」
「要望? それは最初に伝えたが」
「私が言ってるのは再確認をしたいんじゃない。最終的な擦り合わせをしたいんだ」
「なるほど、クライアントの意見が聞きたいんだな」
「ああ、君やルゲンの部下はよく科学部のロボやサイボークを壊してくれるからな」
「耳が痛いな、相変わらず容赦がない」
「いつもの事だろう」
ザザルは基本的に自分の仕事以外には一切興味がない、よって思ったことは基本的に垂れ流すような性格である。
「ルゲンが聞いたらなんと言うかな」
「ルゲン? またイライラしているのか?」
「ああ、ちょっとマグナアウル関連で思うように計画が進まない事でな」
「マグナアウル? 誰だっけか……」
「覚えてないのか? 二年半前のあいつだ」
「……ああ、飛び地を襲撃して二番基地艦を吹き飛ばした奴か、あいつそんなに強かったのか?」
「本当に覚えてないんだな。あの爆発は爆弾によるものじゃない」
「……まさかとは思うがあれ超能力爆発か?」
「ああ、調査を重ねたが間違いないよ」
「知らなかったな、それは強いわけだ」
ザザルの記憶の偏りぶりに、クドゥリは改めて驚かされた。
「本当に大丈夫なんだろうな? 要望通りに作ったとは言うが、仮想敵に対する危機感を共有できていない者が作った兵器は不安でしかないぞ」
「そこを含めてのすり合わせだよ。まだ最終調整が効くからな」
クドゥリは腕を組んでマグナアウルについてどう説明すればよいか思考を巡らせた。
「クインテットはわかるか?」
「ああ、五人組だろ」
「そこはわかるんだな」
「ルゲンの部下から要請があってな、やつらをどうにかするためにいいものを作れと言われてるんだ」
「戦闘記録を見たことは?」
「最近見たよ、過去のを一から見てる」
しばらく黙ってからクドゥリはザザルの〝本体〟に向けて指を向けた。
「映像に対して破壊あるいは死亡する者が多すぎると感じたことがあるだろう?」
ザザルの〝本体〟は水槽の中をくるりと回り、腕に当たる胸鰭を動かして水槽内に映像を投影した。
「……たしかに、映像未回収の事も勘定に入れたとしてもこの差は多いな」
「私の見立てでは、その八割がマグナアウルによるものだ」
「これはこれは……最初私は無茶苦茶言うと思っていたが、どうやら私が君のビジョンを見る事が出来ていなかったようだ」
「マグナアウルの危険性を理解はしてくれたようだな」
ザザルは胸鰭を組んで頭を叩いて何かひらめいた様子を見せると、すぐに水槽内部に表示されたホロARのキーボードを打ち込んで情報を追加し始めた。
「君の要望を解釈し直そう、その上であれを強化する」
「そうか、もう少し期間が伸びそうだな」
「まあ待て、今の私は水流に乗っているのも同然! 遅れはするだろうがすぐに出来るさ」
火が付いたと言わないのは水棲種族特有の表現だろうか。
「だがリスクは述べた通り……」
「分かっている、何も私と同じ強さを求めている訳ではない」
「ハハハ、流石にそこまで要求されたら私は即刻断っていたよ」
クドゥリはニヤリと笑い、ザザルが作り出すモノが完成することに心を躍らせるのであった。
「そういえばクドゥリよ。マグナアウルの記録は一個も無いのか?」
「あるよ、たった一つ」
腰に提げた剣の柄を撫でると、クドゥリは忌々しげに吐き捨てた。
「二年半前のあの事件のやつさ」
場所と時間は移って地球のどこか。ある少年が夢を見ていた。
「ハァッ! ……ハァッ! ハッ!」
空には月と星が瞬き、街灯も疎らだということから夜も深い時間だということがわかる。
前に母が、後ろに父がおり、少年はそれに挟まれるように走っていた。体が熱く、筋肉は膨らみ、そして心臓がはち切れそうな程跳ね上がっている。
それでも走るのをやめる訳にはいかない。彼らは追われている、そして追いつかれるのは死を意味する。
「カズ君! 前からも来てる!」
「美菜! 京助! 左に寄れぇぇぇええっ‼」
父が銃を放って追っ手を吹き飛ばし、母も拳銃を取り出して応戦しつつ走るのを続けた。
だがしかし追っ手の数はあまりにも多すぎたために、すぐに追いつかれて囲まれてしまった。
「クソッ……俺と母さんの傍を離れるなよ」
左手で自分の影に少年を隠して父は銃を構え、母は傍にやって来て拳銃を周囲の追っ手に向けた。
「父さん……母さん……これって……」
「……」
父は答えない。顔を見ると今まで見たことがない程険しい顔をしており、母も同じ顔をしていた。
「こんばんは千道万路博士、こんばんは千道美菜博士」
自分たちを囲んでいるマスクをつけた追っ手たちの中から二足歩行の猛獣のような生き物が現れた。
「クソッ!」
父が銃を向けたが、日本語を話す謎の生き物は意に介さず続けた。
「あなたには手古摺らされた。しつこく我々の邪魔をしてくれた」
「当たり前だ! この星に貴様らの居場所などない!」
肩幅が広く身長百八十を超える大柄な父が、今はなんだか小さく見えた。
「抵抗する気持ちはよくわかる、しかし我々とてこの星の原始生命とは友好を望んでいる」
「貴様らの友好など当てになるか! 持ったナイフを隠そうともせず笑顔で手を差し出してくる奴なんぞを誰が信じる!」
猛獣は笑ったがその目の奥は異様な光を放っており、父は歯を食いしばり、母は自分を強く抱きしめながら拳銃を周囲の敵へ向ける。
「なに、我々は最後のお願いをするためにお迎えに参上した次第です」
「なんだと?」
「我々の邪魔をやめていただきたい」
「ふざけないで!」
母が猛獣に銃口を向けた。
「口では調子の良いことばかり言ってるけど、お前達がやってるのはただの脅迫と変わらない! 地球人を舐めるなッ!」
猛獣は目を瞑り、口角だけでニッと笑った。
「時にあなた達夫妻は招かれざる客を追い返すのが得意と聞きました。ですが……」
猛獣が真顔になり、こちらをまっすぐ見据えてドスを利かせた声で言った。
「おめぇらもちっぽけで下等な原始生物だっつーこと忘れてねぇよな?」
突然集団のうちの一人が母に向けて発砲し、母は紙一重で転がって回避して発砲した者の頭を撃ち抜いた。
「やるな女……ッ!」
父が猛獣の頭の辺りを撃ち抜いたが、猛獣は華麗な身のこなしで回避し、背後のマスク集団を三人纏めて吹き飛ばした。
「カブガラ合金を溶かすほどの高威力な光線銃……大したものを作ったな」
「そうかい、ホメてくれたお返しにこいつを食らわしてやる!」
父の銃が光線を放ち、猛獣はその度に回避したが、ついに三度目で猛獣も腕からレーザーを放った。
「くっ!」
父は少年の頭を掴んで伏させ、母は猛獣に向かって発砲した。
「があっ!」
光線は猛獣の肩に被弾し、よろけた所をマスクの集団に助けられた。
「やるじゃねぇか、良い腕をしてるよ。ここで死ぬのが惜しいぐれぇだ」
「誰も死なない、必ず生きて帰る」
「かわいそうになぁ……せっかくこさえたガキなのによ」
母がその意図を察するよりも早く、猛獣の口から無慈悲で冷酷な指令が出た。
「ガキを殺せ」
マスクの一人が撃ったのと、母が少年の前に飛び出たのは同時だった。
破裂音と一面の赤、そして顔にかかる温い感触と鉄錆の味。
「……かあさん?」
「美菜ァァァァァァアアアアアアアッ!」
父は腹部が大きく抉れた母に駆け寄り、母は口角から一筋血を流し、そして大きく吐血した。
「か……ず……せん……ぱい……」
母は父の手を握り、そして少年の方を見た。
「きょう……す……け……」
これが死か、最初にそう思った。
そして恐怖と驚愕と絶望が後から一気に襲い掛かって来た。
「ああああああああああああっ! わああ……ああああああああああああっ‼」
母の血のかかった髪の毛と顔を更にぐちゃぐちゃにし、少年はその場に膝をついて目を限界まで見開いてただひたすらに叫んだ。
「貴ィ様ァァァアアッ!」
腰から刃が光る鉈のようなものを取り出し、父は猛獣に斬りかかるも、冷静さを欠いていた事もあってか太刀筋をすぐに見切られて投げ飛ばされ、地面に組み伏せられてしまう。
「うぅっ!」
「バカな野郎だ。わざわざ死にに行くことも……あるまいに!」
「がはっ!」
猛獣の手が父の背に突き刺さり、引き抜かれたその手にはまだ動く心臓が握られていた。
「父さああああああんッ‼」
血を吐きながら父はかろうじて言葉を紡いだ。
「京助……いきろ……」
それが父の最期の言葉だった、一体どうやってこの状況から生き延びろというのか。少年は四つん這いになって地面に頭を打ち付けながら叫んだ。
「あーあーみっともねぇ、狂っちまいやがんの」
浴びた母の血、流れてきた父の血、そして自分の額が割れて吹き出た血が混じって出来た眼下の血溜まりをしっかりと見据えながら少年はある言葉をつぶやき続けた。
「あぁ? こいつ何か言ってんぞ」
猛獣が聞き耳を立てると、何を言っているかが理解できた。
「……ろすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさ……」
猛獣は鼻で笑うと自分の部下であるマスクの集団を一瞥する。
「おいお前ら! こいつが俺らの事殺すらしいぞ!」
大勢の嘲笑の声も少年には届かない。
最愛の家族と、これから三人で築き上げるはずだった未来を奪われた少年に残ったのは、拭い難く重苦しい絶望とどんなものよりも熱く煮え滾る怒りだった。
「安心しろ坊主。あの世で父ちゃん母ちゃんとすぐ会えるさ。イヒヒヒヒ!」
少年の心を辛うじて支えていた理性の糸がはち切れたその瞬間、彼は自分の心の裡から何かが吹き上がって来るのを感じた。
「全員殺すッ‼ 許さないッ‼」
吹き上がって来たものに身を任せると同時に、少年の体を高揚感が包み込んだ。
「な⁉ なんだ! 何が起こっている!」
少年は文字通り五メートルほどの高さで浮遊していた。彼を支配するものは自身の絶望と怒り、そして狂気のみであった。
「なっ……何をボケッと突っ立っている! 撃て!」
光線が届かない、全て自分の寸前で止まる。
「死ね! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死んでしまえッ‼」
手を翳すたびに蒸発するかのようにマスクの集団が消えていく。
「全員来い! こいつを今ここで殺さねぇとまずいことになる!」
どこかに隠れていたと思われるマスクの集団が現れ、少年を銃で狙い撃つもその全ての光線弾が眼前で止まり、鉛筆で書いた落書きを消すかのようにマスクの集団が消えていく。
「……退却!」
猛獣達の背後に亜空間転送ゲートが開いた。
「逃がしてたまるかァァァアアアアッ!」
自分を中心に周囲の空気を爆発させ、必死に亜空間ゲートに向かう者を全て蒸発させた。
「ぐわあああああっ!」
ただ一人、あの猛獣を除いて。
待て、お前はまだ死んでいない、特に殺さなくてはならないんだ。殺すから戻れ、戻ってこい。
突然高揚感が失せ、墜落するような感覚と共に意識が落ちた。
「こっ!」
不明瞭な見慣れた天井が見える、そして三つの気泡が上へ上へと昇っていき、最後には割れてしまった。
「……」
京助は緑色の湯の中から起き上がると、大きく溜息をついて濡れた髪を撫でつけた。
「沐浴って心身共に効果的なんだよな?」
『ええ、その通りですが?』
「身体はともかく心が全く休まらなかったぞ」
『何を見たのです?』
「五年前のあの日だ。しかも感覚と思考まで鮮明に蘇ってきやがった」
『……お疲れ様です』
湯船に溜まった緑色の湯を掬うと顔にかけ、京助は湯から上がりながら栓を抜いた。
身体を拭きながら洗面台の鏡の前にもたれかかり、自分の顔をじっと見る。
超能力に目覚めたせいか、それとも真の恐怖を味わったせいか、あの日から前髪の一部はずっと白いままで、以前一度戻そうと試みたがすぐに色が抜け落ちてしまった。
気に入ってはいるものの、この白い髪があの日失ったものの象徴のような気がしてならない。
「ほぉー……」
雑念を追い払うかのように息を吐き、トトを左腕につけるとバスローブを纏って自室に向かった。
「なあトト」
『なんでしょう京助?』
「最近の俺、絆されてないか?」
『……誰に?』
「ゲーミングくノ一だよ」
『なるほど、良い得て妙です』
「だいたいなんであいつら暗闇で光るんだ? 濃い目のピンクに青に黄色と緑に紫って派手過ぎんだろ」
確かに暗闇の中でマゼンタ、天色、マリーゴールド、常盤色、本紫は派手すぎる。よくもまあ夜の中で活動できるものだ。
「まあかっこいいとは思うケドな」
男、否。漢というものは光るラインが走っている黒い全身を覆う鎧というものが嫌いなはずがないのだ。もはや本能に近いため仕方ない。
『なるほど絆されてますね』
「んっうん! ……俺が言いたいのは、今一度初心に帰るべきなんじゃないのかって事だよ」
『少なからず思い出したことが尾を引いているようですね』
「まあ最悪な寝覚めだったけどいい効果もあったって事だ」
立ち上がると部屋着に着替え、部屋の隅の止り木の梟の彫像の首を押し、地下行のエレベーターに乗り込んだ。
『今から鍛錬をするつもりですか?』
「いや、そんなつもりはないけど場所は重要かなって」
地下にあるソファーに座り、五年前のあの日以降の日々に思いを馳せてみる。
「はじめは病院の中だったよな」
あの日以降、京助は三ケ月昏睡状態が続いた。だが実は意識を取り戻したのは一週間後であり、残りの日々はあの瞬間何が起こったのかや、敵であるジャガックの事について教えられ、その後でトトが作り出した仮想空間で能力の基礎鍛錬を行っていたのだ。
『他にも口裏合わせをしましたね。懐かしいです』
「お前が言ったとおりに演技したら病院の先生がガチで騙されててマジでビビったわ」
事故の前後数か月の記憶が無いという解離性健忘の事は全くの嘘であるが、一応箔をつけるために診断書を貰っている。
「そっからはずーっと訓練の日々だったな」
二年半の間表向きは〝両親と記憶を失った可哀想な子〟を演じながら、裏で壮絶な訓練を続けた。
格闘技、剣術、槍術、銃器の扱い、そして超能力の応用的な使い方を学んだ。
『きつかったですか?』
「そりゃな! でも成長を感じる度に楽しかったのも事実。十二月の夜の街をビルからビルで飛び回ったときなんかもう最高だった」
『あの日はちょうど雪が降ってましたね』
「下から見るイルミとかめちゃくちゃ綺麗だったしな、いつか奏音と……失礼。まああの時は出来ないことが出来てくるたびに達成感があって楽しかった」
『今はどうですか?』
「うーん」
腕を組んで直近の出来事を思い返しながら、何かできなかったことが出来るようになったかに思考を巡らす。
「ないな、殆どの事は目瞑ってても出来るようになったし。まぁ~それがいけないんだろうなァ~!」
『慣れによる一種の虚無感は隙を生みますから』
「まあいくら慣れたっつっても……」
聞く者が居ればぞっとするような声色で京助は続けた。
「奴らへ殺意は増すばかりだがな」
五年前のあの瞬間に爆発した殺意と怒りはずっと成長を続けている。今のところぎりぎりで正気を装うことが出来ているが、いつの日かあの黒い炎のように殺意と怒りが自分を飲み込み、完全なる狂気の修羅へとなるのではないかと考えると恐ろしい気もするが、そんなものは殺意と怒りの前に泡沫の如く霧散する。
『今一度何故戦うのかというのを問い直してはと思いましたが、この問いはもう不要なようですね』
「いや、それは良い質問だぞ、別に俺だってジャガックへの恨み一辺倒で戦ってるわけじゃない。この真鳥市を守るためにも戦ってるんだ」
『本当ですか?』
精神生命体であるトトに顔はないが、京助の脳裡には訝しむトトの顔が浮かんだ。
「奴らに誰かを殺させたくないんだ、俺みたいな人を作りたくない。奴らのせいであんな理不尽な思いするの……俺一人でもう十分だろ」
しばらくトトから反応が無く、京助はバングルを弄ったり眺めたりした。
「おい、おーい、どうした?」
『五年間あなたの眷属としてお勤めさせていただきましたが、あなたが時折分からなくなる』
「そうか? 眷属やめたいの?」
『まさか! 大切な約束ですから』
今の京助に文字通り全てを教え導いてきたトトだが、唯一この約束を交わした相手が誰なのかは教えてくれない。あらかた父の万路だろうと思っているが、それにしては隠す意味が分からない。
「まいっか、最後に最初の戦いを振り返るとするかな」
『二年半前のあの日ですね』
今から二年と六ヶ月前、訓練に訓練を重ねた当時中学二年生の京助はついに宣戦布告を兼ねた鮮烈なデビュー戦へと臨んだ。
離れた位置の高い木の中に身を隠し、ようやく本館が出来上がって拡張工事の最中であるジャガックの〝飛び地〟を眺める。
「ついにか」
『ええ、すべてを出し切る時が来たのです』
八人いる警備担当の兵士の交代の時間が迫っている、仕掛けるならば今だ。京助は木の頂から飛び降りると一度深呼吸をし、トトに右手首を重ねて右腕を前に出した。
『アウルレット、召喚』
装飾部分に手を翳すと次元断裂ブレードが出現する。何度も練習した行為のはずが、何もかもが新しく思える。
腕を大きく回して周囲の空間の次元を裂き、一度腰だめにして空へ大きく腕を掲げた。
「招来‼」
『次元壁、断裂』
数分後、交代の時間になって面倒臭そうに本館から出て来たジャガック兵士が立っていた前のシフトの者に声をかけた。
「おい、交代だ」
だが声をかけた同僚は返事どころか振り返る事すらしない。
「聞こえてないのか? 交代だ」
無視を続ける同僚に、深夜の担当にされたという苛立ちが勝って語気を強めて詰め寄った。
「おい寝てんのか! 返事ぐらいしたら……ひぃっ!」
苛立ちは一瞬で恐怖に変わった。同僚は無視をしていたのでも寝ていたのでもなく、立ったまま死んでいたのだ。
それも頭から地面にかけて串刺しにされており、死の寸前よほど恐ろしい目に遭ったのか顔は恐怖に歪んでいる。
「お……おい! 死んでる! 死んでるぞ!」
離れた場所に立っているもう一人の警備担当に声をかけて手持ちのライトで照らした途端、恐怖で思わず腰が抜けた。
「こっ……こいつも殺され……ハッ!」
微かだが背後から何かの足音がし、急いで周囲を照らしたが何もいない。
「おい! 誰か居んのか!」
震える足で立ち上がって周囲を照らすも、何も見つからない。だが同僚がこの場で死んでいるのは事実、腕のマルチコンソールの通信ボタンを押した。
「きっ……緊急報告! 緊急報告!」
『こちら司令官、どうした?』
「守衛が二人……殺されてる!」
『殺された? どうやって?』
「頭から……何か串刺しにされて……立ったまま殺されてたんだっ!」
『……生存者は居るか?』
警備兵は全部で八名、そして自分が見たのは二人の死体。それを見て取り乱して大声を出した際、誰かが何かあったか連絡を寄越してもいいはずだが誰も何も言ってこない。
嫌なことに気付いた兵士は呼吸が更に荒くなった。
「ハッ……ハッ! ハァッ!」
『どうした? 流石に全員殺されたわけじゃ……』
「やられた! 全員……殺られたんだ!」
『全員だと? すぐ確かめ……』
その時、強く肩を掴まれて無理矢理振り向かされ、胸倉を掴まれて持ち上げられた。
「ヒィッ‼」
掴んだ相手は藍と焦茶の装甲を纏っており、鳥類を模った顔全てを覆う兜をつけていた。
「むむむむむむむ……うううううう……」
胸ぐらを掴まれた状態で鼻先が付きそうな程引き寄せられて至近距離で睨まれた。
『おい、どうかしたか?』
あまりに強烈な殺気を間近で浴びせられ、自分は多くの戦いや殺しを担ってきたベテランという自負はこの謎の人物の前に粉々に砕けた。
司令官の呼びかけに応える事も「お前は誰だ」の一言も言えない程の強烈な殺気に、その兵士は一つ確信したことがある。
(こいつだ! こいつがやったんだ! こいつならやる! こいつなら出来る! 出来てしまう! 絶対にこいつだ!)
怯える兵士を前に謎の男は右手を放し、見せびらかすように五指をゆっくりと開いて見せ、指先を心臓の辺りに持って行った。
歯をガチガチと鳴らしながらこれからされる事を想像し、兵士は永遠の恐怖へ突き落されたのであった。
『緊急事態!』
東側ブロックで思い思いに寛ぎながら待機していた兵士たちは、モニターからの大声に振り返る。
「なんスか?」
『警備の連中が殺された!』
四人の兵士は驚かず、むしろ冗談の類だと思って鼻で笑った。
「殺されたぁ? ここどこだと思ってるンすか?」
『お前達の居る所の付近で殺されたんだよ! いいからさっさと担当の地域に見回りに行け!』
「ハァ~……外もデスかね?」
『封鎖はした、早く行ってこい』
通信が切れ、四人は渋々立ち上がって点呼を始めた。
「一番、ガバナ」
「二番、フォギー」
「三番、ダジ」
「四番、ミードル」
大きく伸びをしながら顔を洗ったり、故郷で流行っていたアナログゲームの駒を片付けたりした後で装備を整えて四人は部屋を出た。
「警備兵の奴ら殺されたらしいぜ」
「眠って頭打っちまってそのままポックリ逝っちまったんじゃねぇか?」
「まあでもあの口うるさいベグリオ司令官が慌ててんだ、やっぱなんかあったんじゃねぇか?」
「なんだよフォギー、ビビってんのか?」
「別にそんなワケじゃねぇけどよぉ」
「ここは宇宙の外れの未開の星だぜ? 食いモンと景色は良いけどな、俺達を殺せる奴なんていな……」
雑談をしていると、突然電気が消えてしまった。
「!」
「停電か⁉」
ガバナがすぐにヘルメットに付属したライトをつけて腕のコンソールの通信ボタンを押した。
「停電が起こった、どうなってる⁉」
『全館停電中だ! 原因はまだ分からん!』
「原因が分からないだぁ⁉ 予備電源はねぇのかよ!」
『そっちも点かないんだ! ついでにカメラもやられてる! だが通信は生きてる、しばらくは手持ちのライトで凌げ! 点呼を怠るなよ!』
ガバナは溜息をついて通信を終えると手を上げた。
「全員呼んだら俺のライトが照らしてる範囲に来い。いいな!」
フォギーとダジを呼び寄せ、最後のミードルの番になった。
「ミードル! 来い!」
しかしいつまで経ってもミードルはやってこない。
「ミードル! 何やってんだ⁉」
「おいこんな時にふざけてる場合か! さっさと来い!」
ガバナとダジが呼びかけるもミードルは返事をしない。ジェスチャーで二人にライトを点けるように指示すると、ガバナは背後を振り返った。
「おい、いい加減にしろ。この状況じゃ笑えんぞ!」
ライトの光が暗闇を暴き出すが、そこにはいつも通りの景色があるだけで変わったものは何も見当たらない。
「隠れたのか?」
そんなことを言ってみるがここには何処にも隠れる場所がないと、このブロックを何度も見回りした彼らはよく知っている。
「どこだ!」
この時、フォギーの頭に「警備兵が殺された」という司令官からの報せが蘇った。
「……まさかな」
念のため銃をホルスターから抜き、細心の注意を払いながら周囲を見回した。
「なんでハジキ抜いてんだ」
「言ってただろ……警備兵が殺されたってさ」
「奴ら……そっ……外でやられたんだろ? もう閉鎖されてるから……大丈夫なんじゃねぇか?」
「……だよなぁ? そうだよなぁ?」
口ではそう言いつつ、フォギーは銃から手が離せない。数分経ったか、あるいは数十秒しか経っていないのか、不安に駆られたフォギーは口を開いた。
「……なぁ、居るよな?」
「ああ、居るよ」
「ガバナは?」
フォギーの問いは沈黙という名の最悪な返答が返って来た。
「は……はぁ⁉ おい! ガバナ!」
「チィッ!」
ダジが銃を抜いて天井に二発発砲した。
「おっ……おい!」
「誰か居るんだろ! 出てきやがれ!」
「冷静さを……」
「臆病なチキン野郎が! 出てこねぇと撃ち殺すぞ‼」
さらに出鱈目な方向へ三発撃った。
「あああああっ!」
ほとんど振り回すようにして銃を乱射するも、何の感触もない。
「おいフォギー! お前も撃て……」
しかし咎める声はおろか、フォギーによる発砲音すら聞こえない。
「フォギー! おい! フォギー! 畜生がッ!」
通信ボタンを押してダジはコンソールに向けて怒鳴りつけた。
「緊急事態! ガバナとフォギーとミードルが消えた! 何かが居る!」
『何かってなんだ⁉ 説明し……』
「分かる訳ァねぇだろォが!」
『落ち着け‼ 何か普段と変わってるところは無いかもう一度確認しろ。通信は繋げたままにしておけ!』
呼吸を繰り返して一旦落ち着かせると、銃を構えながら周囲の状況を素早く確認して小走りでその場から移動すると、突然自分の足音が変わったことに気付いた。
「……なんだ?」
下を見ると何かの液体を踏みつけており、膝立ちになってその液体に触れた。
『どうした? 何か見つけたようだな』
「……これ……血?」
困惑による思考停止の刹那、足に何かが巻かれて天井に向かって引っ張られた。
「うおおおおわあああああっ!」
『ダジ! どうしたダジ応答しろ! 何があった!』
突然上下が逆さになってぼんやりした頭を振って意識はっきりさせたダジは周囲を見回して凍り付いた。
「はっ! ……はわああああっ!」
まず目の前にフォギーが居た、厳密にはフォギーだったものが。
『ダジ?』
顔と言わず体中を鋭利な三本組の刃物で抉られていた上、口に剣が突き刺さっており、その鋒は背中から出ていた。
「ああああ……ああああ……なんてことを……」
『ダジ! 何を見た!』
「フォギーが……フォギーが……」
『フォギーを見たのか?』
「……あああ……ああああああっ!」
フォギーの後ろにはミードルとガバナが居た。
尤もミードルは頭をかち割られて全身からナイフが生えており、ガバナは腹から臓物を引き出されて口と腕に持たされており、落ちないように頭と腕を臓物ごと槍で串刺しにする事で縫い留められていた。
『どうしたダジ! フォギーが居たのか?』
「ミードル……ガバナ……なんで……なんで……」
『見つけたのか! どうなってる!』
「誰が……こんなこと! こんなイカれた事誰がやったんだ!」
そう叫んだ刹那、ダジは背後に誰か居ることに気付いた。仲間ではない、発する殺気ですぐに理解した。
「俺だよ」
背後にいる何者かはダジの顔を包むようにゆっくりと掴んだ。
「ひっ……」
『何が起こった⁉ 答えろ!』
じわじわとやってくる首の痛みに、ダジは断末魔の叫びを上げるのだった。
「……クソッ!」
これまでの一連の異常事態を聞いていた司令官ことベグリオは机を叩いて吐き捨てた。
「何者だ……お前は何者なんだ!」
かすかに聞こえた「俺だよ」という不気味な低い声に対して、返答を期待せずともベグリオはそう聞かずにはいられなかった。
「全員を東ブロックに集めて……」
『俺は……』
「!」
まさか返答があるとは思わなかった。
『俺はケダモノを狩る者』
何か聞き出そうとする前に通信が切れ、ベグリオは舌打ちをしてこの飛び地へ居る者全てに告げた。
「みんなよく聞け、東ブロックに何者かが侵入した! 遭遇した者は今のところ全て殺されている! 警戒レベルを最大に上げて重武装で事に当たれ!」
指示を飛ばした後で別の緊急連絡チャンネルに繋ぎ、ベグリオは暗闇の中で引き延ばされた時を感じながら応答を待った。
『私だ』
「クドゥリ様でしょうか?」
『ああ、どうした? 何かあったのか?』
「現在飛び地が何者かに襲撃を受けています」
『襲撃だと?』
ルゲンの声も聞こえた。恐らく偶然同じ場所に居たのだろう。
『相手は何者なのだ?』
「分かりません、電気もカメラも消えて使えないのです。ただ一つ言えるのは、相手は一人だということ」
『一人? 一人に手古摺っているのか? 情けない奴らだ』
「ええ、その一人はここ数分で反撃の隙すら与えず十三人も殺し、ここのシステムに侵入して電気と監視カメラを使えなくしました」
『……それは本当か?』
『いいか、必ず捕らえろ。そこの全兵力を使っても構わん』
「既に警戒レベルを最大に設定して奴が出現した場所に全戦力を向かわせました」
『でかした、いい報せを期待している』
通信が切れ、ベグリオも武装して通常チャンネルで通信を始めた。
「俺だ、東ブロックに着いた奴は居るか?」
『ザーフ班、只今到着しました』
「ザーフ達か、逐一状況を報告しろ」
場所は移って東ブロックのメイン区画、ガバナ達四人の連絡が途絶えた所にザーフ班の八人が辿り着いた。
「何か変わったところは無いか?」
「今のところは……」
「あれを見ろ!」
高性能暗視ゴーグル越しに仲間が指した壁を見ると、そこには血文字で何か文字が書かれていた。
「見たことない言葉だな、翻訳機にかけろ」
「……これは!」
「どうした?」
「これはこの星の言語だ! 種類は英語というらしい」
「……バカな、この星の奴がここを襲ったとでも?」
「MAGNAOWL……大いなる……梟?」
「何だ梟って」
「鳥の一種だそうだ。動物の名を名乗るのは俺らにもよくある事で……」
その時、八人の背後に何かが落ちてきて、一斉に振り返って銃を向けた。
「なんだ⁉」
「……頭か?」
「お……おいこれ! ダジの頭だ!」
「本当か!」
「しかもこれ……首を捻じって背骨ごと引き抜いてあるぞ!」
「……嘘だろ。こんな事……出来るのか?」
生唾を飲み込んだその瞬間、真上から何者かが軽やかに降りてきて、近くに居た二人の首を掴んで捩じ切った。
「出来るさ、この通り」
「撃てぇぇぇえええっ!」
残った六人から至近距離で発砲するも、その男は全く意に介していない。
「おまえ……お前がマグナアウルか⁉」
『こちら司令室! 何かに遭遇したのか?』
マグナアウルはしばらく全身に弾丸を浴びていたが、両手甲から鋭い三本の鉤爪を出現させるとザーフ以外の五人をものの五秒で肉塊に変えた。
「うひぃっ!」
マグナアウルがこちらに狙いを定め、どこからか取り出した鋭利な剣を振り抜くと、視界が一瞬で縦に割れた。
『応答しろ! ザーフ! マグナアウルとは何だ!』
マグナアウルは縦に裂けたザーフの遺体の腕を持つと、通信機に顔を近づけた。
『……お前がマグナアウルか!』
「俺は恐怖を齎す者」
それだけ言うとマグナアウルはどこかに去って行った。
『ふざけた真似を!』
その後も暗闇の中から姿を現しては出会った者を次々と惨殺しては通信機越しに意味深な言葉を残し、ついには南ブロック全てと西ブロックの半分が爆破され、最後の砦である中央ブロックにまでその鉤爪は着実に伸びていた。
「……生き残ったもの全員に次ぐ、中央ブロックの全兵器を解禁する。準備が整い次第ホールに集合、そこでマグナアウルを迎え撃つ!」
ベグリオ含めた者達は兵器庫に向かい、自分に合う武器や防具を見繕って装備し、メインホールへ集合した。
「試作のハイパワードスーツが二機に小型歩行戦車が三台。そして完全武装した者が二十名で戦闘用サイボーグ化を受けたものが十名」
自分を含めて合計で三十五名、これがこの飛び地に残された戦力である。
「司令官……さすがに過剰じゃねぇか?」
「……わからん、相手の力は未知数だ」
「俺は流石に過剰だと思うがね」
「認識が甘い、ブロックを一個半爆破されているんだぞ? 一切の油断は許されない」
ベグリオはジャガックで初めてマグナアウルの脅威性を正しく認識した人物と言える。
「ルート的にマグナアウルはあの扉からやってくる。照らせ」
全員のライトと銃口がある一枚の扉に向き、そこのみが普段より数倍明るく照らされた。
「いいか、細心の注意を払え。物音ひとつでも聞き漏らすなよ……」
ベグリオの心臓が早鐘を打ち、引き金を絞る指に力がかかる。
「……」
ハイパワードスーツと小型ウォーカーが立てるモーターの音以外は一切聞こえない静寂の中で、ここにいる三十五名の緊張感がより高まっていく。
限界まで引き絞られた弓の如き緊張感は、ドアの解錠と共に開放された。
「撃ェェェェエエエエッ!」
開かれたドアに向かって一斉に実弾や光弾がドアの周りの壁ごと粉砕する勢いで放たれた。
無数の攻撃によってもうもうと立ち込める粉塵を見て、一同は一旦は射撃をやめたが小型ウォーカーがトドメを刺さんと主砲から焼夷グレネードを放った。
「ウッ!」
炎と煙が吹き荒れ、皆は息を呑んで入口の方へゆっくりと近付いた。
「消火は?」
「出来ます」
「火を消せ、確認する」
ハイパワードスーツの補助アームから冷却ガスが噴射され、火炎と煙が蹴散らされた。
「……なんだあの……黒いの」
撃ち込んだ地点のちょうど中心に黒くて丸い物体がある。ベグリオが目配せしてサイボーグ化した兵士を向かわせ、黒い球体の検査に向かわせた。
「……突くぞ」
アームを使って触れようとしたその時、いきなり黒い球体が立ち上がった。
「!」
「こいつがマグナアウルか!」
その姿は翼を大きく広げ、敵を威嚇する梟の如き様であった。マグナアウルはマントを全身に纏ってしゃがんでいたのである。
「レイヴンッ!」
二丁のサブマシンガンがマグナアウルの手元に出現し、マントを羽ばたかせて跳躍しながら乱射した。
全ての弾丸は正確に兵士達を穿ち、最新式の防具を紙切れ同然に貫いた。
「なんだあの威力!」
マグナアウルは小型ウォーカーに飛び乗り、ウォーカーも振り落とさんと揺れたり主砲や副砲を向けて攻撃を加えようとするも、マグナアウルは主砲を掴んでもう一方のウォーカーに向けて同士討ちを誘った。
しかし寸での所で焼夷グレネードの着弾点がずれ、ウォーカーではなく一般兵が吹き飛ばされてしまった。
「ぐおっ!」
吹き飛ばされて遠のく意識の中、ベグリオはウォーカーに跨って銃を乱射する怪物を見て、ここ数十年忘れかけていた恐怖を思い出した。
「この……クソ野郎が!」
あまりの暴れぶりにこれ以上好き勝手されてたまるかと、ハイパワードスーツを纏ったうちの一人がウォーカーの上のマグナアウルを殴り飛ばして壁に叩きつけると、ダメ押しとばかりに炸裂弾を放って止めを刺した。
「……こんだけやりゃ死ぬだろ」
痛む身体を引きはがすように起き上がると、ベグリオは頭を振って銃を構えながら爆心地に向かった。
「油断するな、死体を確かめるまで……」
指示を出す際に余所見をしたときに聞こえた瓦礫が大きく崩れる音で、ベグリオの背に冷たいものが走った。
「い……生きてやがるだと⁉」
マグナアウルは反対方向に折れ曲がってぶらりとなった腕を元の位置に戻して調子を確かめると、再開された一斉射撃も意に介さず左腕からフックのついたチェーンを取り出して、もう一機のハイパワードスーツに向かって投げつけた。
「な……なんだ! おい! やめろ! うわああああああっ!」
フックが突き刺されたハイパワードスーツの中に入っていた兵士が苦悶の叫びを上げる。
「どうした! おい! 何があった応答しろ!」
マグナアウルは一旦フックチェーンを引く抜くと、指先から三十本の細いチェーンを射出してハイパワードスーツに突き刺した。
「グレネードだ! もう一度撃て!」
ウォーカーとスーツから炸裂弾が発射されるも、それらは全てひと睨みで空中に静止した。
やがてハイパワードスーツの外見に変化が起こり、スーツの表面に輪郭が浮かび、膨大な熱風と衝撃波を発しながら変化が完了した。
「こいつ……どんだけ力を隠し持ってやがる!」
スーツは元の面影を残しつつもマグナアウルを意識したデザインに変化し、マグナアウルがチェーンを手繰ると飛び跳ねるように立ち上がって両手から刃が光る回転ノコギリを出現させると、もう一機のハイパワードスーツに斬りかかった。
「人形使いかよ! ふざけやがって!」
自身のアームで傀儡スーツの腕を掴んだ事で直撃は免れたが、出力も向上しているらしくズタズタに切り裂かれるのは時間の問題と言えた。
「マグナアウルを攻撃しても意味はない! 乗っ取られたスーツを狙え!」
傀儡スーツへと向かう兵士たちに一瞥もくれず、補助アームから火炎流を放って蹴散らしてしまった。
「……すまない」
「なに⁉ 何で謝るんだ司令官!」
「全員退却だ! 外で態勢を立て直す! 残ったブロックへ向かい武器を取る!」
「おいふざけんな! 俺を見捨てるつもりか!」
一連の会話を聞いたマグナアウルは逃げようとするベグリオ達の方を見るとチェーンを手繰り寄せて逃げる者の方へ向かわせ、手始めに脚部の移動用ローラーで十数名まとめて轢き潰してしまった。
当然これだけで終わるはずがなく、向かってきた者に腕の巨大回転ノコギリを射出して押しつぶし、機関銃と火炎流でウォーカーを黒焦げの蜂の巣にしてしまった。
「逃げろ! 分が悪すぎる!」
ベグリオ含めた数名が傀儡スーツの暴虐の間の手から逃れ、その間に体勢を整えたハイパワードスーツは、チェーンを手繰るマグナアウルにグレネード弾の照準を向けた。
「今度こそ仕留め……」
だがそんなことは百もお見通しだったマグナアウルは残ったノコギリを射出してハイパワードスーツの半身を引き裂くと、コックピットが残った方に傀儡スーツを向かわせた。
「クソ……何しやがるつもりだ!」
傀儡スーツは補助アームから火炎流を吐き出し、まるで炙るかのようにハイパワードスーツにあてがった。
「くっ! こいつ! 蒸し焼きにするつもりだな! 脱出……」
脚部でコックピットを押さえつけると更に火力を上げ、青い炎が機体を舐める。
「あああああっ! こん畜生ォォォォオオオオッ!」
マグナアウルはあるプログラムを傀儡スーツに仕込むとチェーンを引き抜き、最後の仕上げに向かうのだった。
「司令官……良かったんですか?」
いったん外に出てから南ブロックへ向かおうとしていたベグリオに、兵士の一人が聞いた。
「良くはない! だがこれも仕方ない事で……」
その時中央ブロックの屋根からあの傀儡スーツが飛び出してきて、空中で数秒間静止した後で自爆した。
「がはっ!」
「うぐっ!」
傀儡スーツの自爆により飛び地の施設は完膚なきまでに吹き飛び、ベグリオは何とか意識を失わぬよう立ち上がった。
「やめろ! 来る……」
銃声が聞こえて振り返ると、マグナアウルが生き残った部下を撃ち殺していた。
「ひぃっ!」
マグナアウルはベグリオの襟首をつかむと自分の目の高さまで持ち上げた。
「お前! 何が目的だ! そもそもお前は何なんだ!」
「帰れるか?」
「なんだと?」
「今すぐこの場でお前のボスの元へ帰れるかと聞いている」
「そんなこと知ってどう……」
ベグリオの口に拳銃を突っ込んでマグナアウルは続けた。
「俺の質問にだけ答えろ、さもなくばお前の頭は体と永遠にさようならだ。今すぐこの場でボスの元へ帰れるか?」
ベグリオは激しく頷き、マグナアウルの拳銃に歯が当たってガチガチという音が鳴る。
「そうか、では……シュライク」
拳銃を投げ捨てると投槍を生成し、ベグリオの肩に思い切り突き立て、貫通した部分を引っ張って深く刺し込んだ。
「がああああああああっ! ……ああああ……くぅぅっ」
「今すぐボスの元に帰るなら見逃してやる」
ベグリオは燃え盛る飛び地とマグナアウルを見て、震える手で腕のコンソールを操作した。
「フゥ……ハッ!」
マグナアウルが手を翳すと一瞬で飛び地の残骸が黒い炎に包まれ、何もかもが跡形もなく消失してしまった。
「……」
「何をしているそんなに今ここで死にたいのか?」
いつの間にやら持っていた剣を突きつけられてベグリオは目を見開いて急いでコンソールへコマンドを打ち終えた。
「最後ぐらい教えてくれ……なんで俺を生かした?」
「お前にはメッセンジャーになってもらう」
「メッセンジャー?」
再び剣を向けられたベグリオは慌ててボタンを押し、簡易ワープで衛星軌道上のジャガック二番艦に帰還したのだった。
「ハァッ……ハァッ!」
「あれ……大丈夫ですか!」
通行管理担当が明らかに大怪我を負っているベグリオに駆け寄る。
「救護班! 救護班を呼べ!」
「俺の手当は後回しでいい! それよりも今すぐ幹部と通信がしたい! 早く連れてってくれ!」
ベグリオの必死の形相に驚いたは救護担当は担架の行き先を変更し、特別通信室にベグリオを連れて行った。
「そこに居てくれ……正直いつまで俺の意識が保つか分らんからな」
特別通信室の外に救護班の二人を残しベグリオはコンソールのボタンを押して一番艦の幹部達に連絡を取った。
『何事だ』
ホログラム映像のルゲンとクドゥリが現れ、ベグリオは膝をついて軽い自己紹介をした。
「ルゲン様ですか……私は飛び地の司令官だったベグリオです」
『なに、お前が飛び地の? 何故二番艦に居る?』
「遺憾ながら……ジャガックの地球飛び地は崩壊しました」
『何だと!』
『崩壊⁉ どういう意味だ!』
「文字通り跡形もなく……」
『ふざけるなよ! たった一人にやられたというのか!』
「返す言葉もありませんがこればかりは敵があまりにも……」
その時、ベグリオの肩に刺さった投槍の装飾が光り、通信にノイズが走った。
『どうした? 電波状況が……』
ノイズが直ると同時にホログラムの映像に新たなものが追加された。
「……マグナアウル!」
なんとバストアップの巨大なマグナアウルが通信に交じって来たのである。
『貴様は何者だ!』
『待てクドゥリ、これは事前に撮られた映像だ』
ホログラムのマグナアウルは俯いたまま語り始めた。
『俺はケダモノを狩る者、恐怖を齎す者、闇に紛れて武器を振る者、死の運び手、夜の使者……』
これらは全てマグナアウルが通信機越しに吹き込んだ意味深なメッセージであり、この映像はそれらを繋げたものらしい。
『何が言いたい?』
『血の雨の中一人佇む者、髑髏の山を踏み砕く者、最後の涙を流す者、夜を終わらせ朝を断つ者、そして報復と絶望の化身』
顔をゆっくりと上げマグナアウルは厳かに高らかに宣言する。
『俺の名はマグナアウル、貴様らを一人残らず殺す者、震えて待っているがいい』
映像が終わり、クドゥリとルゲンは神妙な顔で互いを見た。
『これは宣戦布告か?』
『どうやらそのようだな』
『おい、ベグリオとか言ったな、マグナアウルとやらはそんなに強いのか?』
「はい、間違いありません」
『わかった、直接話を聞こう。救護室で待っていろ』
「……どういう意味でしょうか?」
『今から二番艦へ向かう、お前の治療が終わったら飛び地の跡へ向かうつもりだ、私について来い、いいな?』
クドゥリに認められた気がして、満身創痍のベグリオに活力が湧いてきた気がした。
「分かりました! すぐに治します!」
『その意気だ、迅速な報告感謝する!』
ベグリオが笑ったのと同時に、投槍の装飾が素早く点滅した。
「ん?」
ベグリオにとって幸いだったのは、彼が爆心地であったが故に自分が仕出かした大失態を知らずに逝けた事だろう。
その爆発は地球上でも一部が観測出来たほど大規模で、二番艦は勿論のこと艦載機や付近の補給船と護衛船をも巻き込み、更に一番艦をも大きく揺らした。
「なんだ! 何が起こった!」
クドゥリは窓へと走ってブラインドを開き、自身の目で揺れの原因を目撃した。
「……爆破……しただと!」
「何が爆発したんだ!」
「……二番艦が爆破された」
「何ィ!」
「ルゲン……」
「どうした?」
「この星には……どうやらとんでもないものが潜んでいたらしい」
クドゥリは閉じていた眼を開き、意識を現在に戻した。
「成程……そいつはかなりのやり手らしいね」
本当に脅威を理解したのか、ザザルはどこか他人事な調子である。もっともいつもの事ではあるのだが。
「あのサイズの超能力爆発を起こせる奴はそうそう居ない。理解した理解した、うんうん」
ザザルは付いて来るように言うと、部屋を出て奥の大きな扉の前へとクドゥリを案内した。
「これが?」
「ああそうだよ、君がリクエストした品を作っている所だ」
中を覗くと忙しなく動く研究員の奥で、培養カプセルに入った三人の女の姿があった。それを認めたクドゥリは歯を見せて笑うと誰に言い聞かせるでもなく呟くのであった。
「待っていろマグナアウル、この私がお前を……潰す」
To Be Continued.
本作初の二万文字越えのエピソードです。
各勢力の視点から過去を振り返るような構成とさせていただきました。
京助のオリジン、いかがでしたでしょうか?
どうしてそんなにジャガックを憎むのか、それが分かっていただけたかと思います。
感想コメ、Twitter(現X)のフォローよろしくお願いします。
来週から物語が動き出します、ぜひお楽しみに!