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青春Double Side  作者: 南乃太陽
遭遇編
6/17

家族の為なら

「はぁ~っ、だりぃな」

 午後四時、真鳥市の商店街のうち一つであるまとり東山商店街の中を、木幡颯司(きはたそうじ)は歩いていた。

「全く、なんでこんな日に限って食料無くなンだよ」

 ブツクサ文句を垂れつつ、小遣いの上乗せ交渉を打算しながらいつものスーパーに入った。

「はぁ」

 慣れた手付きでカートと買い物カゴを取ると、スマホのメッセージアプリから広告チラシの写真を取り出し、丸がつけてあるものをカゴに入れていく。

「あーっと……なんだっけ? そいやマヨネーズもうなくなりそうなんだったっけ?」

 何本かまとめ買いしようとするも『おひとり様二本まで』の表記に顔を顰めた。

「これだけ買って別んとこで買お、牛乳ももっと欲しいし」

 会計を済ませてスーパーを出ると、後ろから騒がしい声がした。

「いつもと違う道だからな~んかおかしいと思ってたんだよ!」

「うるせぇな、ダチだろ俺ら?」

「オメーは友達をタダでこき使うのか!」

「いや毎回俺んち貸してんだからこれくらい手伝たっていいじゃねーかよ、な?」

「まあそりゃそうだけどなぁ」

「お前毎回買いすぎなんだよ! 重いんだわ!」

「安いんだから仕方ねーだろ」

 四人組の男子高校生の会話が聞こえてくる。

「あ、ホワイトマンだ。久しぶりに見たな」

 ホワイトマンとは颯司が勝手に呼んでいるある男子高校生の事である。

 初めて見たのは三年前のあるスーパーマーケットで、颯司はまだ小学校六年生だった。

 何故か彼は前髪の一部が真っ白でなおかつ顔に大きな湿布を貼っており、それが颯司の目を引いたのだ。それにそのスーパーでなぜか大量にソーセージを買い込んでおり、その他カゴに入っていたものも業務用とプリントされた大きなものばかりだった。

 それから颯司は商店街へ向かう度に何度か彼を見かけるようになった。最近はそうでもないが、昔の彼はよく怪我をしていた。

 骨折したのか腕を吊っていたり、ロフストランドクラッチと呼ばれる付属している輪に腕を通すタイプの杖を突き、足を引きながら器用に買い物をして妙に感心したことがある。

 虐待でもされているのかと思っていたが、彼はいつも姿勢よく堂々としており目は常に奇妙な光を放っていたため、別にそんなこともなさそうだった。

 最近快活そうな美女とホワイトマンが一緒に歩いているのを見たため、きっと彼はリア充というやつなのだろうと颯司は勝手に決めつけていた。

「いいなぁ……っといけねぇ!」

 ボケッとしていてはいけない、颯司は急いで目的のスーパーに向かった。

「はぁ、良かった良かった」

 何とかマヨネーズが買えたことに安堵し、帰路に就こうとした時、また騒がしい声がした。

「お前少しは持てよ京助ェ! そもそもお前の食いもんだろうが!」

「あのなー、今から誰の家でゲームパーリー☆すると思ってんだ?」

「だからって持たせすぎだろ!」

「お前らがものの三十分で食う菓子とジュースの金は誰が出してると思ってんだ? それに出すゴミを捨ててんのは誰だ? 言ってみ?」

「くぅ~なんも言えねぇ……」

「直江さんにもこんな事させんのかよ……」

「奏音に? 何で奏音にこんな事させんだよ。それに奏音はな、自分から持ってくれるんだぞ。お前らと違ってな」

「このヤロー! 俺たちの直江さんにぃ……」

「あっあー、違うね。俺の、俺の、お・れ・の、奏音な?」

「お前ぶっ飛ばす、絶対メテオしてやる……」

「おうよかかってこいや」

 会話こそツンケンしているが、皆の表情に笑顔が浮かんでおり実に楽しそうである。

 妹が待っている、早く帰らなくてはならない。

 

「ただいまぁーすぅ」

 荷物を置きながら一息付くと、奥から妹の夏穂(なつほ)が走って来た。

「兄ちゃんお帰り!」

「ほいただいま、持ってって」

 二つあるうちの軽い方の袋を夏穂に渡し、二人で冷蔵庫に食材を入れていると、洗面台の方から声がした。

「お帰りなさ~い、買ってきてくれた?」

「え? 姉ちゃん帰ってたの?」

「うん、ちょっと早く終わったんだ」

 颯司の姉の名は木幡明穂。そう、クインテットのメンバーのデメテルである。

「どうする? 何時にご飯?」

「うーん」

「七時!」

 颯司が答えるよりも早く、夏穂が手をぴんと挙げて答えた。

「おっけー、七時ね」

「えぇ? 半でよくね?」

「夏穂が寝る時間に合わせないと、だから今からシャワー入っちゃって」

 元気よく返事をして夏穂は洗面台へ向かったが、すぐに引き返して明穂の足にしがみついて聞いた。

「お姉ちゃん、お父さんとお母さんは?」

「あぁ~……今日も遅くなっちゃうみたい、夏穂が寝ちゃった後になるかな」

「えぇ~……」

 口を尖らせ、夏穂は姉の下腹部に頭を打ち付けた。拗ねた時はよくこうやって頭を弱い力で打ち付ける事がある。

「こらこら姉ちゃんに攻撃しても仕方ねぇだろ? 二人とも仕事頑張ってるからさ、俺と姉ちゃんで我慢してくれ。な?」

 父の直樹と母の茜は二人とも共働きで、毎日帰ってくるのは十一時を過ぎた頃である。それでも休みの日には愚痴や弱音一つ吐かないでどこかに連れて行ってくれたり、勉強を見てくれたりする。

 そんな二人に応えるため、明穂も颯司も家事を手伝うようになった。その結果、明穂は料理の楽しさに目覚め、将来は料理の道に進みたいと慧習館高校の調理科に進むことになったのだ。

「大丈夫だよ夏穂、明日朝早起きしたら会えるでしょ? ほら、早く行ってきなさい」

「はーい……」

 口を尖らせて寂しそうにシャワーへ向かう夏穂を見送り、明穂は颯司の隣に座った。

「ありがとね」

「ん、これぐらいどって事ねぇ」

「学校楽しい?」

「まあね、買い物さえなけりゃもっと楽しい」

「あー生意気言って、文句言わないの。助け合っていかないとでしょ?」

「そうだけどさぁ、俺だって遊び行きたいんだよ」

「じゃああんたの晩御飯明日からもやしご飯だね」

「ハァ⁉ 虐待だ虐待!」

「いやなら買い物ぐらい手伝いな~、お姉ちゃんだって体一つしかないんだからさ」

「そういう姉ちゃんだってどうなのさ?」

「私ぃ? 私はいつも大丈夫だよ」

「学校は別に心配してねぇよ、クインテットは?」

 明穂はにこりと笑って颯司の肩を揉んだ。

「ンだよぉ」

「お姉ちゃんの事心配なんだ?」

「別にそんなんじゃねーし」

「いい弟を持ったわー。みんなに自慢しよ」

「ばっ! キョカなくそんなことすんなよ!」

「んひひー」

 後ろから抱き着いてきた姉にどぎまぎする。

 弟である颯司のから見ても姉の明穂は美人であり、その上背も高くスタイルもいい。だがどういう訳か家族に対する距離感が近すぎる。

 妹と母ならまだいいが、父と自分にもグイグイ来るのだ。そこが思春期の健全な男子である颯司を悶々とさせる。

「心配ないよ。みんなが私を守ってくれて、私もみんなを守る。なんだかんだで上手く行ってんだ」

「じゃ……じゃあ守り切れなかったらどうすんだよ」

「実はね、最近新しい戦力? が増えたんだよね」

 悶々としつつも、颯司は明穂の言葉の違和を鋭く感じ取った。

「何そのハテナが浮かんでる感じは」

「まあその……私達の仲間じゃないんだけどさ、すごい強い人が戦いに参加するようになったんだよね」

「へぇ……ん? 仲間じゃないってどういうこと?」

「あれ? 話してなかったっけ?」

 明穂はかいつまんでマグナアウルについて話し、それを聞いた颯司は顔を顰めた。

「何だよそいつ絶対危ない奴だわ!」

「ははっ、お母さんにも同じこと言われたわ。でもさ、奏音ちゃんが言うにはマグナアウルって強いのに私達と敵対しない、だから逆に安心だって」

「あ~、殺ろうと思えばいつでも行けるのにやらないのか。確かにそれは一理あるな」

「ま~お姉ちゃんは大丈夫なのよ。シュッシュッ!」

 だいたいどんな武器を使ってるのかと思えば巨大な手甲(ナックルアーム)を使って攻撃を耐えつつ殴りに行くタンクスタイルを取っているらしい。

 確かに体格も良く同世代の女子と比較すると背も高い姉ならではと言えるが、自分としては剣やら銃を使って戦っていると思っていたので、初めて戦闘スタイルの事を聞いた時は真っ先に疑問が湧いた。

 だが選んだ理由を聞くと「剣とか槍は使い慣れないし、銃は戦ってる時上手く狙えないし、ハンマーは振ってると疲れそうだから殴れる武器がいいかなって思ったんだよね」との一言になんだか納得せざるを得なかった。

「あんたもちゃーんと守ったげてるから、悪いことせずにのびのびと育ってね」

「あんた親か。まあ悪いことはしてねぇから……安心してくれよな」

 いろいろ思う所があるが、なんだかんだで明穂と颯司は互いの事を大切に思っている。だからこそ明穂は戦うことが出来、颯司も文句を垂れながら家の事を手伝っているのだ。

 

 翌日、慧習館の中庭にて。

「なんか珍しくマトリの謎が野良を更新してたわ」

「おお野良か、なんか久しぶりだな。どんなん?」

 マトリの謎のフォロワー達の間では、鳥人間と忍者軍団以外の都市伝説を「野良」と呼ぶ。鳥人間もしくは忍者軍団ばかりで食傷気味と感じているフォロワーには好評である。

「……なんかUMAっぽいなこれ。次点でガイスト」

「どれどれ、私も見よ」

 奏音と京助は自分のスマホでサイトの投稿を見てみた。

「赤の森で変な鳴き声が聞こえるって?」

「今回体張ってんな、今回コーちゃん自ら突撃してるぞ」

 コーちゃんとはマトリの謎の管理人であり、たまに検証と称して現地に出向いて動画を撮ってくることがある。

「うーんでも動物っぽくない?」

「動物にしては声デカくない?」

 検証の結果、どうにも情報が得られず追加の情報を待つという事になった。

「まあ結局このテのオチか」

「何だと思います? 先生方」

 奏音が二人に意見を求め、京助は腕を組み、林檎はこめかみに指を当てた。

「俺はなぁ、UMA六割で幽霊四割かなって思う」

「ウチは完全幽霊派」

「幽霊かぁ。もし幽霊だとして、どんな幽霊かな?」

「ブキミ系の圧倒的画力から繰り出される絵柄で震え上がらせてくれるホラー漫画に出てくる系の幽霊と見た」

「?」

「カノちゃんにそんな事言ったって伝わんないっしょ」

「確かに、今度俺んちで……」

「あー待って、ウチの家来なよ。二人ともおいで」

「いいの?」

「ユメリンゴの家か、そういや行ったことなかったか。確かめっちゃ本あるって言ってたよな?」

「そうなんだ、じゃあ今度お邪魔させてもらおうかな」

 昼休みが終わって掃除の時間となったが、京助は何かが引っかかっていた。

「京助ェ、ボヤボヤしてっとどやされるぞ」

「……」

「え、えぇ……無視ィ?」

「……」

「お……おーい京助クーン?」

「んお、おお。すまん」

「何かシーリアスな悩み事かニャ?」

「考え事してたんだ」

「考え事? この世界的トラブルシューターのミキヒト・サガワが解決してやろう」

「一不審持て参る、作麼生(そもさん)

「説破」

 何故か問答が始まった。

「全く以て性的ではない髪をかき上げる仕草にエロスを感じるのはこれ如何に」

「……売り場のパンティより誰かのパンティである方がエロスであるが如し」

「せんせー、千道と佐川がアホな無理問答してまーす」

「ちょやめてよ(かね)ちゃん!」

「おいまたお前らか、エロ問答はやめろ」

「はーい、サーセンッシタ」

 掃除と五時間目を終え、休み時間に入ったころ、京助にトトが語りかけた。

『やっぱり気になるでしょう?』

「ああ、ものすごくな」

 京助は決してエロ問答がしたかったわけではなく、マトリの謎の投稿が気になっていたのだ。

「絶対何かある」

 京助の勘があの場所には何かがあると告げている、こういう勘は今まで一度だって外したことが無い。

『確かめますか?』

 京助は額に手を当て、顔を覆ってしばらく黙っていたが、腿を叩くと立ち上がった。

「……そうだな、確かめよう」

 トイレに向かい、個室の鍵を閉めると深呼吸した。

「久しぶりにやるな、できるかな?」

 肺の中を空気で満たすと眉間に二本指を押し当て、空気を吐き出しながら指に力を込めて自らの体を仰け反らせた。

 すると吐き出した空気が藍と焦茶に染まり、徐々にマグナアウルの姿に変わった。

「行けたか?」

 ノックの要領で胸を指で弾くと、硬い金属の音がする。

『成功です』

「よし」

 京助がマグナアウルに敬礼するとマグナアウルも敬礼を返し、瞬時にその場から消失した。

二重身複製(ドッペルゲンガー)化身傀儡(パペットマスター)、まあ使ったのは七ヶ月ぶりぐらい? にしては上出来じゃないかな」

 先程マグナアウルを出現させたのは二重身複製(ドッペルゲンガー)、いわばエクトプラズムの応用でもう一人の自分を生み出す力で、そしてその生み出した二重身を操るのが化身傀儡(パペットマスター)である。

『かなり高精度ですよ、戦闘もこなせます』

「ンなことしたら脳が焼き切れるわ」

 化身傀儡(パペットマスター)の弱点として、脳のリソースが増えてしまうというものがある。

 もちろん簡単な命令で動かすことが出来、なおかつ脳の容量が一般人より広い超能力者であれば基本的な動きをする分には問題はない。

 だが激しい動きを伴ったり、長時間の能力の使用で脳に負荷が掛かってしまうのだ。

「まあとにかくいい仕事してきてくれよ」

 頭の片隅に使いに出したマグナアウルの事を考えながら授業を終えて帰路に着く。

(まだ帰ってこないのか……)

 奏音と一緒に帰りながら、一時間を超えても帰ってこないマグナアウルの事を苛立ちながら考えていた。

「京助、どうしたの?」

「ああいや、なんでもないんだ」

「あー、わかった! エロ問答の答えが気になるんでしょ~?」

「もうさぁ、何で知ってんだよ」

「ほらほらどう?」

「いやいいから、そんな無理にやられたってありがたみ無いから」

「遠慮しないで、ほーら」

 奏音は自分の髪をかき上げて見せ、京助は最初こそいなしていたがだんだん本気と書いてマジの目つきになり始める。

「そこじゃない、もっと下だ」

「ここ?」

「そう、んでそこをもっと左」

「えっとぉ……こう?」

「よし! そこだ! そこを耳に髪を乗せる感じで指で優しくやると……」

「こう?」

 衝撃波が出そうな勢いで手を叩くと、人目を憚らず京助は叫んだ。

素晴らしい(ファンタスティコ)!」

 奏音が声量に驚くと同時に、京助の鼻から血が出た。

(やべっ! マグナアウルに何かあったんだ!)

 脳の負荷により鼻血が出たのだ。慌ててポケットティッシュを取り出して拭っていると困惑しながら奏音が聞いてきた。

「えっ……そんなに良かった?」

「はぁ? え? あ! 違うし! これは違うから!」

「前から思ってたけど……京助って結構ムッツリだよね」

「誰がムッツリじゃコラァ。これは昨日ぶつけた所が時間差で血が出ただけだから。興奮して鼻血出るとかありえんから」

「嘘だぁ、刺激的過ぎたんでしょ」

 マグナアウルの事と現状への対処によってだんだん頭が熱くなってくる。

(ゲボ吐きそう)

 高級ティッシュ特有の紙質のしっとりさと独特の甘味、そして微かな鉄錆の味を感じながら京助の意識に靄がかかり始めた。

『患部を冷やしますか?』

(そっちでやっといてくれ)

 頬を赤らめながら揶揄ってくる奏音を見るに誤解が解けた訳ではなさそうだが、なんとか鼻血は止まった。

 

「あーあ、大変だった」

 自宅のソファーに座り込み、制服のネクタイを緩めながら京助は一息ついた。

「てかアイツまだ帰ってこねぇじゃん。なにやってんのマジで」

『能力使用による脳負荷だと思いますので、何かあるのは確実でしょう』

「これでまた熊を狩り殺して血抜きして持ち帰ろうとしたとかだったら怒るぞ」

 以前、同じことをした際に三時間近く帰らなかった事があった。

 何かと思って脳負荷による体調不良を堪えながら待っていたら、大量の新鮮な肉と毛皮をチェーンを編んで作った袋に入れて持ち帰って来て、理由を聞くと熊に襲撃されて反撃すると死んだため、ついでに近くの鹿を二頭狩って解体して血抜きして持って帰って来たという。

 京助は大激怒し、マグナアウルを正座させて数分罵倒して解放した。

「自分を罵るって経験は貴重だったけど二度とやりたくねぇな」

 食料に困らないのは良かったものの、毛皮の使い道には大いに困り、結局鹿の毛皮は帽子と手袋と絨毯になり、熊の毛皮は鞣してジャケットになった。

『もし今度同じような事をしていたら』

「殴る、蹴る、引き裂く」

『そうですか。まあ……しばらく休んでおきましょう』

 部屋着に着替えて夕日に微睡んでいると、目の前にマグナアウルがやって来た。

「おせーよ」

「少シ手古摺ったンだ。許しテくれ」

「ああそう、寄り道はしてないんだな?」

「してナい」

「ならいいからほら、俺に戻れ」

 京助が手を伸ばすとマグナアウルが手を重ね、徐々にその姿が霧散して京助の口の中に吸い込まれていった。

 その瞬間、一気に記憶が雪崩れ込んできて、あの山で何があるのか、そして何が行われていたのかを京助は一瞬で理解した。

「そうかそうか」

 目頭を揉みながら京助は体を起こして座り直した。

「こりゃ……ジャガック、あん畜生共め」

『ひどいものですね……』

「早めに動き出した方がいいな。これは危険すぎる」

 キッチンで作った氷嚢を引き寄せ、再び寝転びながら頭に乗せて目を瞑り、夜の戦いに向けてしばしの休息を取るのだった。

 

 そして京助がマグナアウルから情報を受け取った一時間前、自宅で夕飯の準備をしていた明穂は財団からのメッセージを受け取った。

「颯司~! ちょっとこれやって!」

「え~今ちょっと……」

「ご飯食べれなくなっていいの⁉ ちょっとでいいから!」

「ハイハイ、やりますよ、や・り・ま・す・か・ら」

 生意気な返事に顔を顰めつつ明穂はスマホを取り出し、受け取ったメッセージに何気なく目を通した。

「はっ!」

 口を押さえて目を大きく見開き、明らかに狼狽している様子の明穂に、颯司も違和感を覚えて振り返る。

「姉……ちゃん?」

「颯司……夏穂はどこ?」

「夏穂? 部屋で宿題してるんじゃね?」

「……ちょっと来て、小声で」

 明穂な真剣な眼差しで颯司に近づき、耳元でそっと打ち明けた。

「ジャガックの基地がね――――」

「!」

 事の重大さに思わず声を上げそうになり、颯司は反射的に夏穂の部屋のドアを見た。

「いい、これ言ったらダメだよ」

「わかった、言わない」

 様々な気持ちを一気に飲み込むと、明穂は意を決して颯司を見据えて言った。

「ごめんね、私行かなきゃ」

「わかった、後は俺が家の事全部やっとくから」

「ありがとう、よろしく!」

 明穂は颯司の頭を撫でると、即座に着替えて家を飛び出していった。

 一日千秋の思いで迎えの車を待ち、殆ど飛び込むように車に乗り込み、運転手に飛ばすように頼んでいつもの控室に急いだ。

「あ、明穂ちゃんやっほ……え、どうしたの?」

 先に来ていた奏音と麗奈が、何やらいつもと違って尋常ではない様子の明穂の顔を覗き込んだ。

「どうしましたか? 何処か具合でも……わっ!」

 明穂は近くに来た奏音と麗奈の肩を掴み、近くに引き寄せてじっと二人を見た。

「ちょっと……痛いよ!」

「本当にどうしたんですか?」

「メッセージの内容……見た?」

「見てないよ、連絡来てすぐに出たから」

「私も直通で来ましたから……」

「……今回見つかったジャガックの基地の場所がね、夏穂の……夏穂の小学校……久留間小学校の近くなの」

 これには二人も目を見開き顔を見合わせた。

「近いって……どれぐらい?」

「かなりだね、森林の中だけど小学生でも行こうと思えば歩いていつだって行ける距離」

 七百人以上の子供たち目と鼻の先に、地球を侵略せんとする訳の分からない宇宙人の連中が潜んでいるのだ。

 これほど危険極まりない事があるだろうか?

「こんばんは~、あれ? どうしたの?」

 固まって話している三人に皐月が近づき、皐月も腕を掴まれて引き寄せられ、同じ説明を受けた。

「マジで?」

 皐月の瞳に心底不快そうな、それでいて軽蔑の色が滲んだ。

「間違いないよ」

「最低最悪だね、あり得ない」

「早くしないと、今日にでも潰さないとまずい」

「ハナシは聞かせてもらった!」

「わっ!」

「ひいっ!」

 突然輪の真ん中からぬっと現れた林檎に皆全員驚いた。

「い……いたの?」

「居たのって? ウチがチビって言いたいんか。まあいや、ウチの身長が百四十九センチって事よりアッキーの妹さんがピンチって事が大事だ」

 何故か芝居がかった調子で林檎は腕を組んで胸を張って見せる。

「二センチ高くなった?」

「うるさいな! それ今関係ないでしょが! ともかくウチらが一刻も早く動かねば子供たちに危険が及ぶ、超特急のウルトラハイパーハイスピードで現地に行かなきゃね」

「そうだ諸君、その意気だ!」

 モニターが点灯し、白波博士が映し出された。

「メッセージの大まかな内容を見てもらったからわかると思うが、ジャガックの何らかの施設が久留間小学校の付近の森林にあることが分かった。多くの児童を抱える小学校の近くでこのようなものを放置すると危険なのは火を見るよりも明らかだ。よって早期の施設の破壊が望まれるが……」

 言い淀んだ白波博士に皆が疑問の眼差しを向ける。

「お父さん、どうしたの?」

「懸念点が二つ、一つはこの位置情報が偶然漏れたということだ」

 これには皆も驚いた、財団は隠蔽工作においては超一流である。都市伝説として出回っているクインテットの姿は専門のサイバー対策課があえてばら撒いたものであり、いわば疑似餌である。

 しかし作戦の場所が事前に漏れるなど今までなかったのだ。いったい何故漏れたのだろうか。

「近隣で動物のような大声がするとの話があり、それを聞き付けた都市伝説系ホラーサイトの『マトリの謎』が検証に向かった」

 奏音と林檎は思わず顔を見合わせた。

「確かに久留間小と赤の森って近かったっけ」

「結局ジャガック側の攪乱装置が効いたのか何も見つからなかったが、もしかしたら肝試し感覚で近くに向かう者が居るかもしれない。我々も極力寄せ付けないようにするが、諸君も気を付けてほしい。そしてもうひとつが施設周辺にバリアが……ん? なんだね?」

 ミュートになり、白波博士が一時的に退出し、すぐに慌てて戻って来た。

「みんな見てくれ! 付近を監視していた財団特殊部隊から報告があった!」

 白波博士がワイプになり、添付されていた一枚の写真が表示されていた。

「マグナアウル!」

 かなり遠距離から撮られたマグナアウルらしき黒い影がジャガックの施設の近くで何かやっている写真だった。

「部隊の報告によると、マグナアウルはバリアの発生装置を破壊しようと試みていたらしい」

「ん、待って。なんかおかしくない?」

 この写真自体に違和感を覚えた皐月が口を挟んだ。

「おかしいって何が?」

「彼は私達が初めて遭遇するまで今まで一度も見かけることは無かったんだよ? 何であっさり見つかってるの?」

 確かに自身の存在を隠したがり、証拠を残そうとしないマグナアウルにしては珍しく姿を現している。

「確かにおかしいし引っかかるのはあるけど……今はジャガックに集中しよ」

「そだね、ゴメン」

「じゃあもう既にフクロウちゃんが来てるっつーコトは、ウチら出番少な目?」

「いや、なぜかバリア装置を破壊して彼はすぐに飛び去ってしまったらしい」

「そうですか、じゃあこれはチャンスね! 急ごう!」

 

 五人はすぐに装甲車に乗り込み、日が傾き始めた中、久留間小学校の方面へ向かった。

「実はさ、久留間小ってウチの母校でもあんのよね」

「そうだったの?」

「うん、あんまり良い思い出は多くないけどさ、やっぱりジャガックにみすみす壊されたり、かわいー後輩達が犠牲になったりとかはイヤなワケ」

「うんうん」

「一緒にガンバろ、アッキー」

 明穂は小さく微笑み、林檎とグータッチを交わした。

 すぐに森の入口へ着いた一行は車を降り、グラスをかけて周囲に人が居ないかを確認しながら目的地付近へ辿り着いた。

「この先だね」

「一応着とこう」

 転送鍵を取り出し、各々が構えた。

「コード認証、展開!」

 鍵のパーツが展開し、五人の頭上に板状に折り畳まれたC-SUITが現れた。

「全員装着! GO! クインテット‼」

 転送鍵を掲げると鍵パーツが折り畳まれたスーツを展開し、五人の体に黒い鎧を形成していった。

「よし、行くよ!」

 デメテルはグリップを取り出すと二つに折り、真っ先にずかずかと歩き出し、他の四人も慌ててそれについて行く。

「確かにここバリアあるね、マグナアウルのおかげで薄くなってるから……」

 デメテルのナックルアームの表面にシールドが張られ、それをシールド部分に押し付けた。

「早く……早く! よし、同期した。みんな下がって」

 押し付けたシールドを残してそこを目掛けて思い切り殴ると電磁バリアにヒビが入って穴が開いた。

「早く入って! 十秒ぐらいですぐ修復するから!」

 そんな芸当が出来たのかと驚く暇もなく、四人は即座にバリアの範囲に入った。

「こんな事出来たの?」

「バリアが薄い時限定で出来るんだ、普段の厚みじゃさすがに無理かな」

「どうやったの?」

「シールドとバリアの……ナントカ数を同期させて……わかんないや、詳しいことは博士に聞いて!」

 早歩きで目の前に聳える基地へ向かうと、どこからともなく吠え声のようなものが聞こえ、四足歩行の大型犬サイズの異形の獣が三匹現れた。

番犬(ハウンド)って事ね」

「珍しいな、こんなの初めてじゃない?」

「初めてでも見飽きててもいい。全員ぶん殴る、それだけだよ」

 両の拳を打ち付けるとボクシングのデトロイトスタイルに構えたデメテルは走り出し、遅れて獣たちも素早くデメテルに飛び掛かった。

「ちょっと!」

「ああもう!」

 イドゥンが即座にライフルを生成して左右から来ている獣を撃ち抜き、デメテルは素早い二連撃で獣を殴り飛ばした。

「だああああっ!」

 足のジェット噴射を利用して獣を蹴り飛ばすと施設に叩きつけ、腕をぐるぐると回転させた。

「遠心ロケットパンチッ‼」

 投擲するように腕を振り抜くと、勢い着いたロケットパンチが獣の腹を穿ち、背後の施設の壁に穴を開けた。

「入るよ」

「ちょっと待って、落ち着いて」

「私は冷静……私は冷静……私は冷静……フッ! ごめん、行こう」

 五人で開けた穴から入ると、獣臭さが鼻をついた。

「何コレ……」

「臭いな、エホッ! ゴホッ!」

「フィルターオンにしとこ」

 薄暗い中で大小様々な声がする。だがそのどれもが知性ある言語的な体系を保っておらず、獣の鳴き声のようだった。

「牛舎か動物園か何かなの?」

「飼育環境は劣悪そうだけどね」

 進んでいくと開けた場所に出て、全員のカメラが暗視モードに切り替わったその時だった。

「わっ!」

「どうし……ひゃっ!」

「みんな……わあああっ!」

 なんと薄暗い中にマグナアウルが一人ぽつんと立っていたのである。

「何だお前達、静かにしろ」

「居るなら言ってよ!」

「何故仲間でも何でもないお前達にいちいち居場所を言わなくてはならない?」

「びっくりすンでしょーが!」

「それは俺が悪いのか?」

「悪いわ!」

「そうか、とりあえず黙れ。奴らが起きるぞ」

 不気味な発言にクインテットの五人は身構え、マグナアウルは手から火球を出現させると腕を振って周囲を照らした。

「!」

 五人は驚きの声を上げそうになったが、マグナアウルの言葉に従ってそれを飲み込んだ。

「これって……」

「ジャガックの主戦力はサイボーグ化手術を施した異星人というのはもう分っているだろうが、その手法はメカテクあるいはバイオテクだ。だがそのような技術をどうやって人体に適応させるか。その答えがここにある」

 ここには巨大な異星の獣が四匹、透明な壁の向こうで眠っていた。

「ここは動物実験場って……事?」

「それも兼ねてるんだろうが、恐らくもう一つの目的もあるだろうな」

「まさか……生物兵器?」

「そうだ、奴らは無数の生物を連れてきては実験と改造を繰り返し、挙句故郷の環境とは似ても似つかないこの星の狭苦しい建物の折の中に閉じ込めているんだ」

 デメテルの心にもう一つの怒りが湧いてきた。

「そんなの……最低だよ!」

「知らなかったのか? 奴らと戦っておきながらがどんな存在なのか」

 マグナアウルは振り返って五人を見た。

「ごめんなさい、ジャガックに関しては我々も分からないことが多いんです」

「別にそんなことを聞いている訳ではない。忘れていたなら今一度俺が思い出させてやる」

 マグナアウルの(ヘルム)の瞳に、黒い炎が灯った。

「奴らはクズだ。救いようも、同情のしようも、ましてや話し合いなどしようもない人面獣心の怪物共。一切の慈悲なく叩き潰し一刻も早くこの星、この宇宙から消し去るべき存在」

 背を向けて歩き出しながら、マグナアウルは最後に付け加えた。

「戦うなとは言うつもりはないが、奴らと戦うのなら心に刻んでおけ」

 そう言いながら壁に手を置くと、そのまま押して粉砕した。

「ちょっと! 何してるの!」

「元は動物とはいえもはやこいつらはもう殺戮兵器なんだ! 介錯してやるのが一番だ!」

 腕を振ると全ての壁が粉砕され、四匹の改造獣が目覚めた。あるものは粘液まみれの体を蠕動させ、そしてあるものは不揃いの翼を広げた。

 ミューズ、ルナ、アフロダイが各々の武器を生成した時、マグナアウルがこちらを振り返って呟いた。

「これは独り言だが、この上に中型の獣が無数に居る」

「……そっちやった方がいいよね」

「結局倒すことになるんだったらこいつらで消耗するより先がいいかもね!」

「急ぎましょう!」

 五人が奥の階段を駆け上がったのを見たマグナアウルは拳を握って両手の指を鳴らし、指を組んで伸ばした。

「さてと、やるか」

 上階に入ったクインテットは、すぐにけたたましい鳴き声に迎えられた。

「解放できない?」

「あれが装置っぽいね」

「おっけ、やったるよ」

 イドゥンが大型ライフルで狙いをつけて装置を撃ち抜くと、モニターとキーボードすべてがスパークして火を吹き、このエリア一帯の檻全てが解放された。

「うわ! ゴメン! ウチ戦犯かました!」

 檻から出た改造獣達は殆どが宇宙船付近に居た番犬と同じ種類で、背中に武装が付けられているものも居た。

 唸って涎を垂らしながらながらゆっくりと近づいてくる獣たちに対し、デメテルは堂々と前に出た。

「いいや全然戦犯じゃないよイドゥン。クールダウンするのにちょうど良い」

 ナックルアームの腕を握り、デトロイトスタイルに構えて軽く前後に揺れながら改造獣を挑発した。

「来なよ、全部ぶん殴ってやる!」

 言葉が通じたのか改造獣は一斉に吠え立てるとデメテルに向かって飛び掛かり、対するデメテルは腰のスイッチを押してチャージして拳にエネルギーを送り込み、殴りつける度にエネルギーの余波が発生し、三四匹まとめて吹き飛ばしていた。

「殴り漏れがあったらやっとい……てっ!」

 デメテルからあぶれた番犬と戦いながら、ルナはミューズに話しかけた。

「ああいうのってさ、人間分からないよね!」

「そうかな! 昔からよく言われてる奴だと思うけど!」

 噛みつこうとする番犬の頭を手斧でカチ割りながらミューズは続けた。

「優しい人ほど怒らせたら怖いってやつ!」

「だあああああっ! ロケットォ! パァンチィッ!」

 集ってくる番犬たちに痺れを切らしたデメテルは両手でロケットパンチを放って数匹まとめて肉塊に変えた。

「隠し玉! 喰らえっ!」

 ナックル部分に隠れていたビームキャリアが露出し、残っていた番犬を全て焼き殺した。

「フッ!」

「すごいですね……圧巻です」

「デメテル、普段は攻防一体のタンク型だけど、攻めに徹するとバカ高火力のおかげで強いんだよねぇ~」

 放ったアームを戻し、その場で軽く跳躍してから調子を整えると仲間たちを振り返った。

「みんなありがとね。だいぶ頭が冷えた、進もう」

 次の扉を開けると、番犬より一回り大きな番いの改造獣が檻の中でこちらを見ながら歩き回っていた。

「なんだか……虎かライオンみたい」

「ネコ科と似た進化を辿ったんですかね……まあ、それも考えても仕方のない事ですが」

 アフロダイが弓を引いて檻の制御装置を撃ち抜いて解放させ、五人は獅子型の改造獣と対峙した。

「私とルナとデメテルで攻める、イドゥンとアフロダイは後衛をお願い」

「はい」

「りょーかい」

 獅子型改造獣は唸りながらゆったりと檻から出て、五人の出方を伺っている。

「……」

 そのうちゆっくりと五人の周りを回り始め、薄暗い部屋にぴりぴりとした緊張感が漂ってくる。

「……もう無理。だぁっ!」

 デメテルが気合と共に思い切り足を踏み込んで爆音を鳴らし、これに怯んだ獅子型改造獣は唸って背中からパワーアームと銃器を出現させた。

「そう来たか!」

 シールドを張って銃撃を防ぎ、ミューズがその後ろから跳躍して斬りかかるも、片割れの尻尾に着いた刃がそれを阻む。

「なかなか手強いよ……あの番犬達とは違う!」

 更に鍔迫り合いの状態から牙を剥きだして飛び掛かり、ミューズを押し倒して噛みつこうとした。

「くっ!」

「クソ、狙いが定まらない!」

 手斧を取り落したが短剣を噛ませ、至近距離で腕の隠しマシンガンを放って怯ませて蹴り飛ばした。

「気を付けて! 結構力強いよ」

「わかってる! マタタビが欲しいぐらい!」

 太刀に噛みつかれているルナが何とか押し返しながら答えた。

「これは! 猫じゃらしじゃ! ないっての!」

 太刀を大きく吊り上げてがら空きになった胴体に蹴りを入れ、チャージを発動して斬撃を飛ばすも、空中で姿勢を立て直して回避された。

「獣の勘は厄介ね!」

 ルナとデメテルは同時に走り出して同時に攻撃を仕掛けるもルナの刃は回避され、回避した勢いでデメテルを押し倒した。

「くっ……このっ!」

 容赦なく爪を立て、噛みつこうとする頭を押し返して必死に抵抗する。

「デメテルから離れろッ!」

 ルナが振り下ろした刃を背中のアームで防ぐと、もう一方のアームからレーザー弾を放った。

「ううっ!」

 貫通こそしなかったが、肩口に焦げ跡が残った。

「出力が高い……そうか、チャンスかも。デメテル! どれぐらい耐えれる⁉」

「ムチャ言うね!」

「少し耐えて」

 太刀を構えると宣言した。

「すぐ済ませる」

 再び獅子型改造獣に向かい刃を振り抜こうとするもレーザー弾を放たれ、跳躍しながら回避して別の場所から斬りかかろうとしたところで再びレーザー弾を受けた。

「フゥ、刀身覆ってて良かった」

 先程のレーザー弾はエネルギーを纏った刀身により弾かれていた。

 ここでようやっと改造獣の意識がルナの方を向き、目だけはルナの方を見ながらレーザー弾を放ってきた。

「ハッ! セイッ!」

 極限まで精神を集中させてレーザー弾を太刀で弾き返していたが、十発ほど撃ったところでレーザー弾が発射されなくなった。

「よし!」

 ルナは試作兵器ゆえに高出力なレーザーに銃身が耐えきらないだろうと踏んでいたのだ。その読み通り、改造獣のアームの銃身は赤熱しており、更に機関部が溶けていた。

「やああっ!」

 一気に肉薄してまずはアームを切り落とし、こちらに体を向けた隙にデメテルが顎を目掛けてアッパーを入れて天井近くまで殴り飛ばした。

「全く「すぐ」じゃないじゃん」

「ゴメンゴメン」

「いいよ、貸イチね!」

 降りてきた改造獣にロケットパンチを浴びせ、吹き飛んだところに飛ばした腕のアームを展開して首を掴み、壁に押し付けた。

「同時にやろう」

 ルナと同時に腰のスイッチを一度押し込み、デメテルはビームキャリアを展開し、ルナは刃にエネルギーを滾らせた。

「ファイヤァァァアアッ」

「セヤアアアアッ!」

 ルナの斬撃飛ばしとデメテルのビームが着弾し、獅子型改造獣のうち一頭は爆散した。

 それに気付いた番いの片割れがこちらを振り向き、吠えたてながら向かってきた。

「アンタの相手はウチらだって!」

 イドゥンのライフルから電磁チェーンが射出され、首に巻き付いて動きを止めた。

「ハッ!」

 手斧を投擲して怯ませた所に短剣を腕に投げて地面に縫い付け、その隙にアフロダイが腰のスイッチを二回押し込んでフルチャージを発動して弓を限界まで引き絞った。

「ごめんなさい、どうか安らかに」

 小さく漏らした言葉と共に光の矢が改造獣を貫いた。

「……はぁ」

「大丈夫よアフロダイ。彼の言う通りこの子達は介錯するしかないんだ」

「ええ……しかし今回ばかりはどうしても申し訳無さが勝ちます」

「気にしててもしゃーないよ。ウチらが戸惑ったら子供たちが危ない。ここはドライになるべきだよ」

「そうですね……フゥ、行きましょう」

 ミューズが自分の武器を拾ったその時、天変地異と錯覚するかのような轟音が響き渡り、五人の目の前の床と壁と天井が破壊されて何か巨大なものが通過していった。

「何何何⁉」

「今度は怪獣でも出てきた⁉」

 急いで空を仰ぐと、爬虫類と鳥類を掛け合わせたかのような見た目の獣が月夜に照らされて暴れており、その背にマグナアウルが乗ってチェーンを手綱のように持ちながら制御しようと試みていた。

「ウオオオオオオアアアアアアアッ‼」

 マグナアウルの雄叫びと共に巨獣は森の中に叩きつけられ、喚き声と共に巨体で実験場施設を破壊し始めた。

「逃げた方がいい! 巻き込まれるよ!」

 各々ロケットパックで跳躍して壊れた実験場から脱出し、急いで巨獣の方へと向かった。

「ハァァ……トゥアアアッ!」

 マグナアウルはいつものように武器ではなく、超能力を駆使していた。紫電が走る巨大な火球を頭に喰らった巨獣は大きく仰け反るもすぐにマグナアウルを潰そうと腕を叩きつけてきた。

スワロー()!」

 空中で複数の剣が生成され、腕を引き裂いたがすぐに回復した。

「こいつ回復するの⁉」

「どうやらそうらしい! しかも痛覚も無いか相当鈍いと見た! 色々試したがまるで暖簾に腕押しのようだ!」

 それでもマグナアウルは果敢に飛びかかり、巨獣の体を叩き、切り裂き、撃ち抜いて突破口を開こうとする。

「私達も行こう、このままだと街に出て最悪小学校の方に行っちゃう」

 前に出たデメテルにミューズが聞いた。

「どうやって倒す? 作戦はある?」

「後から考えればいいよ、私達が守るべきものって決して命だけじゃないはずだから」

 巨獣が小学校の方へ出れば校舎を破壊する可能性がある。仮に誰も死なせなかったとして、子供たちの日常には決して少なくない影響が出るだろう。

 再生成したアームの拳を握りこみ、デメテルは振り返った。

「行こう、動くべきは今だよ!」

 デメテルの発破に四人は頷くと一斉に走り出し、ミューズとルナは跳躍して巨獣の背中に飛び乗り、デメテルは顔面、アフロダイは四肢に狙いを定め、イドゥンは腹部に滑り込んで各々攻撃を加えた。

「うおおおおっ!」

「セイヤッ!」

 ミューズが翼の付け根を狙って刃を立て、ルナは太刀を逆手に持つと突き立てながら背中を走り回った。

「オラオラオラオラ!」

「ハァーッ!」

 イドゥンは滑りながら柔らかい腹部を狙い撃ちし、アフロダイは素早く巨獣の周囲を回って足の腱を切り裂いた。

「絶対にあんたをこの森から! 出さないからッ!」

 デメテルの強烈なパンチを受け、複数の場所に攻撃されて限界が来た巨獣は身を捩って暴れ出し、全員を吹き飛ばし翼を広げて飛び立った。

「飛んでここから出てくつもりだ!」

「小学校に行ったらまずい!」

「フンッ!」

 マグナアウルの左右の腕から十本のチェーンが射出され、そのうち一番太い二本が首に巻き付き、残りの細い八本は四肢や脇に突き刺さった。

「グ……グウウウウッ!」

 マグナアウルの(ヘルム)の下半分の装甲が展開して牙がむき出しになり、こころなしか背中と脚部の装甲がより筋肉質に膨張しているように見える。

「これしか方法はないみたいだね……フゥ……ああああっ!」

 デメテルが走り出し、マグナアウルのチェーンを握って引っ張った。

「お前!」

「気にしないで! 私が勝手に引っ張ってる……だけだから!」

「俺に近寄るな! 半径一メートル圏内の重力をサイコキネシスで強化してるんだ! 潰れるぞ!」

「どうりで重いと思った! でも大丈夫、この程度じゃ……潰れない! 潰れるわけには……いかないから‼」

 遅れてミューズがマグナアウルに近づいたが、半径一メートル圏内に近付いた途端思わず膝をついてしまうも、それでも這ってなんとかチェーンに手をかけて引っ張り始めた。

「やめろ! 死ぬぞ!」

「甘く見ないでマグナアウル……ここで死ぬわけにはいかない、だから死なない!」

 アフロダイ、イドゥンが続き、最後にルナがチェーンに手をかけた。

「ぐううっ……まだまだ……やれますっ!」

「サイ……アク! ……身長……もっと縮むじゃん! サッサと……大人しくしろ……ってンだよッ!」

「みんなもっと……引っ張って! しゃあああっ!」

 マグナアウルの口部分からギチギチという音と共に火花が散って脚部の装甲がより膨れ、徐々に足をずらして重心を移動させた。

「ウゥルァァァアアアアアラァァァァアアアアアアアッ‼」

 重力操作にも負けない六人分の渾身の踏ん張りによってついに巨獣がバランスを大きく崩し、崩壊した実験場に叩きつけられた。

「全員手を放せ……」

「ハァ……ハァ……どうして?」

「死にたいのか? 嫌なら放せ!」

 ぶっきらぼうで物騒な言葉に全員手を放した途端、マグナアウルがチェーンに超高圧電流を流した。

 巨獣は一層暴れまわり、皮膚や粘膜から煙や火が噴き出してもマグナアウルは容赦なく電流を流し続けた。

「これは⁉」

 電流を流し続けられた事により巨獣の回復能力が暴走したのか体が変質し、体中がぼこぼこと音を立ててより異形の姿に変化した。

「第二形態⁉」

「より強くしてどうするの!」

「見せかけだけだ、回復能力が不安定になっている。つまり攻撃を仕掛けるなら今ということだ」

 左腕のチェーンを仕舞うと、右腕のチェーンに電流を流した上で炎を灯し、鞭のようにしならせて叩きつけた。

「回復しない! 効果はある!」

 過剰再生による変質を続けながら暴れる巨獣に向かおうとしたが、デメテルが一旦それを制止した。

「作戦があるんだ、まずはあいつの弱点を作る。みんなで一斉に一点を攻撃するよ!」

 マグナアウルの炎の鎖を避けながら五人へ巨獣に向かって走り、まずはイドゥンがライフルでグレネードを放って隙を作り、ミューズとルナがフルチャージを発動して斬撃を飛ばす。

「もっと火力を!」

「分かりました!」

 アフロダイがフルチャージを発動し、弓を放つと空中で弓がいくつも枝分かれして着弾と同時に炸裂する。

「よし!」

 まずフルチャージを発動しアームを組んで強化ロケットパンチを放ち、矢が炸裂した傷跡に深々と拳が突き刺さる。

「みんな! あれに向かって撃って!」

 ロケットパンチで放たれたアームが変形して受けたエネルギーを増幅するエナジーアンプリファイヤーになった。

「わかった!」

 アフロダイは弓を引き、ミューズ、ルナ、イドゥンがフルチャージを発動して三本の光刃とエネルギー球を放ってアンプリファイヤーにエネルギーを送り込んだ。

「ハッ!」

 マグナアウルはチェーンを引っ張って雷電を発生させて振り回して全体に行き渡らせると、目と装飾が青白く輝いた。

「爆電ッ導鎖ァァァァァアアアッ‼」

 雷電を纏ったチェーンが振り下ろされようとしたその瞬間、デメテルはオーバーチャージを発動した。

「ファイヤァァァァァァァァァアアアアアアアアッ‼」

 ビームキャリアから黄金の光の奔流が放たれ、エナジーアンプリファイヤーを通して巨獣の体を貫いた。

 巨獣は歪な咆哮と共に爆散し、これで全ての実験改造獣は死滅したのであった。

「ハァ……良かったぁ……」

 その場でへたったデメテルをミューズが支え、マグナアウルはチェーンを仕舞って指を鳴らすと実験場が黒い炎に包まれてその場から跡形もなく消失した。

「うぐっ!」

 マグナアウルの装甲に赤い紫電が走って全体的に赤みがかり、膝をついて肩で息をし始める。

「大丈……」

 こっちに駆け寄ろうとしたミューズを手で制すると、マグナアウルはゆっくりと立ち上がった。

「気にするな、もう帰れ」

 背を向け、マントを広げた所でデメテルが立ち上がって言った。

「ありがとうね、あなたのおかげで守りたいものが守れた。正直……私達だけじゃ」

「俺は感謝されることなど何もしていない。やるべきことをやったまでだ」

 そのまま跳躍すると夜空に向かって飛び去って行った。

「認証、脱装……なんか感じ悪い、とことん一人で居たいって訳ね」

「にんしょー、だっそー。まあそんな言わないであげて、どうもあのフクロウちゃん誰か大切な人を失ってるっぽいんだよね」

「……それ本当なの?」

「まあこの前ウチとちょろっと話したんだけど、どうもそんな感じがするんだよね」

 スーツを脱いだ明穂は、誰かを失ってもなお戦い続けるマグナアウルと、家族を守るために戦う自分の境遇に思いを馳せつつ、星空を眺めるのであった。

 夜十一時半を回った頃、木幡家では颯司が一人でリビングに居座って何をするでもなくじっと座って待っていた。

 眠るでもなく遊ぶでもなく、腕を組んでじっと待っていると、小さく鍵の開く音がした。

 即座に振り返ると、明穂が足音を立てないようにリビングへ入っていた。

「姉ちゃん!」

 少し驚いた明穂だが、すぐに微笑んで颯司に近付いた。

「ただいま」

「おう、おかえり」

 明穂は守るべきものと、それに囲まれている幸せを噛み締めるのであった。


To Be Continued.

明穂回でした。

背が高くてちょっとぽやぽやしてるけど、いざとなれば家族の為に怒りを露わにして立ち向かう。

そんなお姉ちゃんを持った颯司君が羨ましい限りです。

今回の敵はデカい怪獣でした、どう倒すか迷って結構書くのが難しかったですね。

感想コメント、Twitter(現X)のフォローをぜひよろしくお願いします。

それではまた来週!

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