楽しむ奴こそ一番強い
「イヒヒヒヒ! 逃げれた! 逃げてやったぞ!」
ジャガック幹部の科学部長、ゲブル・ザザルバンの弟子を自称するイリガは、込み上げる笑いを堪え切れずにいた。
「あのマグナアウルから逃げてやったんだ!」
自分を〝賢くなった気でいる性格の捻じ曲がった小煩い羽虫〟と評された屈辱などどうでも良く、ただただマグナアウルに遭遇して逃げれたことが嬉しかった。
師や自分たちがサイボーグ手術を手掛けた特殊戦闘要員が次々とマグナアウルに屠られていくと聞いた時、力を使いこなせなかった戦闘要員に苛ついたものだが、今ならわかる。
あれは怪物なんてものではない、狩人なのだ。しかも自分達を見つけると嬉々として殺しにやって来る怪物性を秘めた狩人、それがマグナアウルなのだ。
ムルグ型サイボーグは試作品ではあるものの、筋肉と骨は特段丈夫に作ってある。それをマグナアウルは容易く引き裂き粉砕して見せた。
「私は賢い! だから! だから逃げられたんだ!」
実際はマグナアウルに恐れをなし、トカゲの尻尾切で逃走しただけであるが、プライドが高い彼女はそう思い込む事にした。
「逃れたことでデータも集まった! これで……ッ⁉」
レーダーに突如こちらに向かってくる高エネルギー反応が見られ、自身の飛行機を旋回させて避けた。
「何なの⁉ イッ⁉」
左斜め後ろから謎の小型戦闘機がこちらに向かって迫っている。
「何アレ……レーダーに映ってない!」
全体的な色合いは藍色と焦茶で、各部に梟を思わせる意匠がある。この戦闘機こそマグナアウルの飛行形態なのだ。
一切の警告無しにマグナアウルは機銃を掃射した。
「ひぃっ!」
何とか避けたものの、しつこく機体の尻にかじりつきながら機銃を放ってくる。
「何なのさっきか……やあああっ!」
今度はミサイルが飛んできた。先程の高エネルギー反応はこれだったのだ。
「あああっ! あああああっ!」
今度のミサイルは先程のものとは異なり避けても避けても追尾してくる。その上機銃掃射も再開し、徐々に追い詰められて喚く事しか出来なくなっていく。
機銃の弾がミサイルに命中して爆炎に煽られて吹き飛んでバランスを崩した所に、マグナアウルは卵型の物体を射出し、一旦その場を離脱した。
「あああ、アレはな……」
三秒後、広範囲に渡って雲を吹き飛ばす衝撃波が卵型の物体を中心に吹き荒れ、イリガの飛行機はコントロールを失った。
「ヒィッ! ……ヒイイイイイッ!」
すぐさま戻ってきたマグナアウルは機体下部から四本爪のフックが着いたチェーンを射出すると、イリガの飛行機を掴んで旋回しながら上空高く運んで行った。
「いやあああああああっ! もういいからぁ! 謝るからぁ! もうやめてえええええっ!」
音速を超越した速度で成層圏を突っ切り、最終的に急ブレーキをかけてフックを離して完全に操縦不可能になったイリガの飛行機を空中に投げ出した。
上下左右に回転する飛行機に向けて大型ミサイルを放って爆散させたのを確認すると、マグナアウルは飛行形態の装甲を解除してマントを広げて墜落する残骸を追いかけた。
やがて人気のない森に墜落しかけたのを腕から射出したフック付きチェーンで引っ張り、クレーターが出来ないように位置を調節した。
「やったか?」
『……痕跡なし、逃げられた可能性が高いです』
マグナアウルは燃え盛る残骸に近付き、コックピットがあったであろう場所を引き剥がした。
「……だな、燃え尽きた残骸も無い。ワープ脱出で逃げたんだ」
殺し損ねたものの、恐怖を刻み付ける事は出来た。
「まあいずれ見つけ出して殺すけどな」
『帰ったら探知しましょう』
手を翳して完全に飛行機の残骸を焼き尽くして消し去った後で、ふとマグナアウルは周囲を見回した。
「……ていうかさ、どこだよここ」
音速の三十倍で飛行した結果、真鳥市の隣の市へ出てしまったらしい。
「とりあえず、来た道を戻りますかね」
マントを広げ、再び夜空へと飛び立っていった。
二日後の昼休み。
「へぇ、珍しいこともあるんだねー」
「なんだ、どうした?」
「鳥人間、真鳥市以外にも現れたらしいよ」
「写真とか動画は?」
「無いからまぁ話半分って所かな」
「まあそうだよな、それよりも俺は今こっちが気になってる」
京助が差し出したのは、海外のオムニバスホラードラマの新シーズンのティザー映像である。
「うっわ、シャドーハンズじゃん。もうシーズン5まで行ってたんだ、ウチまだ見れてないんだよね~」
「ん? ユメリンゴってネトフリ入ってたっけ?」
林檎はニヤリと笑うとスマホの画面を突き出した。
「どじゃぁ〜ん、この前入りましたァ〜!」
「おお! ついにか! おめでとう!」
「なになに? ネトフリ? いいなぁ~」
林檎と京助の会話に奏音が入って来た。
「カノちゃんってネトフリ入ってないの?」
「うん、私のところはプライムとネクストだけ」
「ネトフリいいぞ~、海外ホラーの宝庫だ」
「そういやカノちゃんさ、この前ウチがおすすめしたやつ見た?」
「見た! 見たよ! あれすっごい怖かったよぉ~!」
「え、何見せたの?」
「エルム街」
「初見で……うー、あー、うん。悪魔のいけにえよかマシか。そういや奏音はなんでいきなりホラー見ようって気になったの?」
「ああ、実は……そのぉ……」
人差し指を突き合わせて言い淀む奏音を見て、林檎はニヤリと笑って言った。
「ホラー好きのカレシとの共通の題作りをしたいんだって~、カワイーよね~」
茶化した様子の林檎の言葉を聞いた京助の眉がぐっと曲がった。
「いやいいって!」
先程の照れ臭そうな態度から一変、奏音は目を見開いた。
「いいってって何⁉ いいてって!」
「だって怖いの嫌いじゃん奏音! 無理してるだろ!」
「そっ……そうだけどぉ……怖かったのは確かに怖かったけどぉ……でもぉ……」
気遣いから出た言葉に奏音も強くは言い返せない。
「とにかくホラー映画は奏音にはまだ早い気がする」
「じゃーどうすんの? カノちゃんだってセンキョーの為に努力してんのよ? やっぱホラーに恐怖はつきものっしょ」
「いやいや、少しずつ慣らしていくいい方法があるんですよお客さん」
「そんな方法あるの?」
「あるんですよ、まあ入り口となるものからホラーに慣れていけばいいと思ってな。そこで俺のオススメはだな、ホラー系YouTuberだ!」
林檎が手を叩いて悔しそうな顔をした。
「あーその手があったか、ウチもそっち勧めりゃ良かった。あ~クソ、思いつかんかったのメチャ悔しい」
「それだとお手軽に見れちゃうからいいかも。誰がオススメ?」
京助は自分のチャンネル登録画面をスライドしながらいくつかピックアップしてオススメなポイントとチャンネルの独自性を熱く語った。
「ゆっくりとかボイロ系はピンキリだから注意してな」
「あ~わかる。おもれーのはおもれーけど、ただただ有名な怖い話を転載して読み上げるようなクソチャンネルもあるからね。ひどい時には怪談本読み上げてるのよ」
「マジかよ、そんなのあんの?」
「案の定底辺だったけどね」
「ひどいね、著作権違反じゃん」
「まあ良質なのはだいたい網羅してるから。あ! あと最近俺が推してるのはこの人なんだ」
「なになに? 『ももたろー』?」
林檎の眉がぴくりと動いた。
「そう、この人すげぇ面白いの」
適当に開いて見せた動画では『ももたろー』は独特な形の仮面を被って作務衣を着ており、間接照明のみを使った薄暗い部屋で独特な雰囲気を出しつつ、イラストや写真を交えながら都市伝説の解説をしていた。
「このイラスト自分で書いてるんだってさ」
「へぇ~すごいね!」
「中でも面白いのがこれ! 成敗シリーズ!」
このシリーズにおいてはももたろーは作務衣の上から裃を羽織り、模造刀らしきものを持っている。
「何を成敗するの?」
「エセ科学とか陰謀論だな。最初は口上を言って色々検証して最後には刀を抜いてズバッと行っちゃうの、それがすげー……」
「そいつ見なくていいよ」
「……なんで?」
「見なくていいよそいつ、登録解除しなよ」
「いやなんでだよ」
「解除しなよ、ほら」
「うわやめろ何をする」
林檎が京助のスマホをつつき始め、京助は必死にそれをガードする。
「やめろよ! メンシプ入ってんだよ!」
「はぁ!? 金ドブの極みだわ! 解約だ解約!」
「痛い痛い、やめろって! もはや俺の手への攻撃だから!」
画面をガードしていた京助の手の甲を林檎の爪がチクチクと突き刺す。
「痛いってば。いい加減しねぇと空小PTAを震撼させた俺の伝説の右カウンターチョップが出るぞ」
「あ~懐かしい、あったねそんなこと」
「なにそれ、人殺ったの?」
「殺してねーわ、気絶はさせたけど」
「……確認すっけど小学キッズ時代の話よね?」
「そう、話すと長いんだけどね」
事の発端は京助と奏音が四年生だった頃、当時の六年生に素行の悪い児童が居り、帰り道で集団になってクラスメートらしき男子をいじめていたのを奏音が注意した事が始まりである。
「すげーなカノちゃん、よくやるね」
「いじめられてたのが友達のお兄ちゃんだったから見逃せなくてね」
しかし腕力の差は大きくボスらしき男子に突き飛ばされたその時、京助が走ってきて体当たりをかまして登場した。
「めっちゃかっけぇ」
「そんで殴られそうになったから躱して一回転して顎にチョップをぶちこんだら脳震盪でアパー。取り巻き連中は大泣きに大騒ぎよ」
当時はそこそこの大問題になったが、相手側に非が多すぎたため京助はほぼお咎め無しだった。
「ランドセルの遠心力とセンキョーの体重が加わったのが顎に来たわけだ。そりゃ気絶するよ」
「父さんが結構動いて守ってくれたらしいけど、詳しいことあんま教えてくれなかったし、俺も聞かなかったから知らない」
「ほーん、それが惚れた切っ掛けってワケね」
「は……はぁ? 違うから! これはそんなんじゃないから!」
終りかけの昼休みの教室に奏音の声が木魂した。
放課後、珍しくどこにも寄り道しなった林檎は、自宅の鍵を放り投げてはキャッチしてを繰り返しながら帰っていた。
「ふぃ、ただいま」
真鳥市の郊外、古い家屋が立ち並ぶ一角に夢咲家は存在する。かつては家族五人で暮らしていたこともあり、千道邸程ではないが広い家になっている。
「誰も居ない?」
「いるよー」
台所から母の美椰が顔を出した。
「いるなら返事してよ」
「おかえり、今ちょっと帰ったばっかりで手が離せなくて。あ、そうだ。ちょっと手伝ってちょうだい」
「やだ」
「冷蔵庫、バニラヨーグルトプリン」
「なんなりとマジェスティ」
買ったものを冷蔵庫に入れ、ついでに晩飯の下準備を済ませてようやく解放された。
「はぁ~バニヨー一個じゃ割に合わんわ」
部屋でバニラヨーグルトプリンを頬張りながらパソコンをつけた。
「なんか見るか……」
YouTubeを開くとまず真っ先にももたろーの動画がオススメに表示された。
「……チッ」
動画をおすすめフィードに非表示にしようか思順したが、林檎の手は動かなかった。
「ぢぐしょおおおっ! クソクソクソクソクソ兄貴‼」
新進気鋭ホラー系YouTuberのももたろー。彼の本名は夢咲桃弥、林檎の実の兄である。
「もおおおっ!」
林檎はよく変わり者と言われるが、兄の桃弥はそれに輪をかけた変人である。
妙に正義感が強く、頭が切れ、弁が非常に立ち、目立つことが大好きだった。林檎が他者と関わるとき一定のラインを引くのも昔から散々「桃の妹」として揶揄の対象になったからである。
いっそ嫌いになれば楽なのだが、桃弥は自分を常に気にかけ、いじめてきた者は必ず特定して独自の方法で制裁を科し、林檎にとっての記念日や良いことがあった日は何かしら小遣いで買ってくれた。
兄としては満点なのである、だからどうしても嫌いにはなれない。むしろ兄としては大好きだ。林檎が京助に対してあのような行動に及んだのは、兄への愛情の裏返しからである。
「なんで出てったんだよクソ兄貴」
現在兄は都内の一流大学を休学しつつ、一人暮らしをしている。うるさいだのクソ兄貴などなんだかんだ言いつつも、兄が出て行ったのが寂しいのだ。
「あぁ~腹立つ!」
そのような思いを自覚しているため、悶々としている自分にも腹が立ってくる。
「ハァ……」
溜息をつき、結局いつものように兄の動画を見てしまうのだった。
兄の動画を見終わった後で課題を半分ほど済ませると、玄関の戸が開く音がした。
「お?」
シャープペンシルを放り出して階段を駆け下り、勢いよく玄関へ躍り出た。
「じいちゃん! お帰り!」
「おぉ、帰ってたか林檎」
帰って来たのは林檎の祖父、夢咲稔である。
もしも林檎に掛け値なしに尊敬する人物を聞けば、林檎は一秒もかからず祖父と即答するだろう。
「あった?」
「まあ待て、俺ァ靴も脱いでないんだから」
微笑みながら玄関に上がり、パンパンに何かが詰まったリュックサックを持ち上げて和室の卓袱台に向かった。
「よしよし、今日の収穫をやろう」
袋から無数の本を取り出し、その中程から分厚い本を取り出した。
「あったぞ、真版ク・リトル・リトル全集十二巻」
「やっはぁっ! イェイ!」
「イェー!」
稔と林檎はグータッチを交わし、その他の収穫を確認した。
大学教授をやっていた稔は週に一、二度電車に乗って都内の本屋を巡り、古書や稀覯本を集める事を趣味としている。
その本の内容は殆どがホラーや民俗学に関わるもの。そう、林檎がオカルト好きなのも、桃弥がホラー系YouTuberになったのも、すべて稔の影響なのだ。
「いろいろあったぞ、悪魔大全、よくわかる妖精、図解エジプト神話、グノーシス主義全書」
「魔道具大全東洋編! これ持ってっていい?」
「おうおう持ってけ持ってけ、本棚部屋のも好きなもん持ってって良いからな」
収穫品を亡くなった林檎の祖母の部屋丸々一つ使った本棚部屋に収納するのを手伝っていると、稔がぽつりと聞いてきた。
「最近どうなんだ?」
「ガッコ? 楽しいよ、いつも飽きない」
「いっつも浮かない顔してた頃と比べるとだいぶいい顔するようになったな」
「まあね、今は友達そこそこ多いし」
「あのホラー好きと言ってた子は遊びに来んのか?」
「あーセンキョーね。でも遊び来たらマズいんじゃねーのって思うんだよね」
「なんで?」
「最近センキョー彼女出来たんだよね」
「良いじゃねぇんかそれぐらい」
「うーん、良いんかな? まあカノちゃんなら許可取れば……いやいっそのこと二人呼ぶか」
「おお、良いな」
「でもセンキョーって大金持ちだからここにあるの全部持ってるとか言いそうだな~」
「セン……ああ、千道さん家の一人息子の事か?」
「そだよ」
「ああ、大変だろうなあの子も」
千道家に起こった悲劇は真相こそ知られていないが、当時はかなりセンセーショナルなニュースとして真鳥市を駆け回った。
「結構元気にやってるみたいよ、いつも男衆とバカ話やってるし」
「まぁ、大切なのは今だ。今が楽しめればそれで良いんだ」
「そだね」
林檎は微笑みながら本棚をスライドさせて奥の本棚に本を収納し始めた。
「クインテットの方はどうだ?」
「最高だよ、まー大変っちゃ大変だけどいっぱい金くれるし。正直天職だと思う」
財団側としても本来一般人たる女子高生を命の危険が伴う任務にタダで使う訳にはいかない。
そのため月に三千万円が支給され、怪我や病気の場合財団系列の病院にてほぼ無償で最高の治療を受けることが出来る。その上将来の進路も保証されているのである。
「望むならそのまま大企業に入れるんだもんな、林檎は財団に入るのか?」
「うーん、正直まだ考え中。保証つっても今みたいなのがマンマ仕事になるみたいだし、それは別に問題ないけどウチは大学にも行きたいとは思ってるしね」
「そうか、でも忘れるなよ」
「楽しい方に行け、でしょ?」
本棚の整理を終え、二人は部屋を出た。
「今度何冊か物置に置きに行くの手伝ってくれんか?」
「いーよ、ヒマな時にね」
部屋に戻った林檎は、夕飯に呼ばれるまで稔が買って来た本を読み耽るのであった。
時を同じくして千道邸の地下の扉が開き、京助が足を踏み出すと同時に電気がついた。
「まず何からやろうか?」
『薬の調合ですね』
「オーケイ。との三番と、をの十五番にりの七番、そんでもってろの十番といの五番とぬの十二番、にの四番、ほの七番とへの……四番?」
『四番です』
「了解、始めよう」
ゴム手袋をはめてシミが目立つエプロンとガスマスクをつけ、薬棚から先程の薬剤や様々な干物を取り出し、竈に手を翳して火をつけると、水を張った鍋をその上に置いた。
「擂鉢は……あった。えーっと、これとこれで、軽くあたるんだよな?」
『少し原形が残る程度ですね』
擂粉木で擂鉢の中身を潰していると、鍋の水が煮立ってごぼごぼと音を立て始めた。
「足りなくなったし多めでいいよな?」
『そうですね、今後も使うでしょうし』
擂鉢を置いて薬瓶のうち一つと計量カップを引き寄せると適量計って煮立つ鍋に投入し、それを別の薬剤で三度繰り返した。
薬剤が混ざってくると水の色が次第に変化し、煙の色すら毒々しい色に変わって来た。
「いつ見てもひでー色した煙だな」
『ひでー色の通り危険ですよ』
今作ろうとしているのも父の万路が遺した研究ノートに記された超能力を刺激する薬剤であるが、この状態の煙を吸うと身体機能が刺激され、能力が暴走する恐れがある。よって能力に頼らず、ガスマスクをして自衛をしているのだ。
一応自分の周囲に見えない防護壁を作っているが、用心深い京助は常に対策を怠らない。
「そろそろいいかな」
『頃合いでしょう』
擂鉢の中身をぶちまけると更に沸騰の勢いは増し、もうもうと煙が周囲に漂う。
「換気ファン、レベル三」
音声認証でファンの回転速度が上がり、竈の真上に毒々しい色の煙が吸い込まれていく。
「多すぎたかな」
『せっかちですね』
「火強めても大丈夫かな」
『まあそのぐらいなら大丈夫でしょう』
火を強めると沸騰の勢いが強まり、やがて液体は殆ど蒸発して中に湿ったほぼ粉末状の物体の塊のみが残った。
「できたな」
念力でそれらを浮かすと今度はフライパンに移し、別の薬剤を四つを染み込ませ、弱火でじっくり焼いて塗しながら全体的に色が変わるのを待った。
色が変わったのを確認してボウルに移し、中の水分を全て抜き取って乾燥させた。
「ちょっと形が残ってるな、完全にすり潰すか」
擂粉木を浮遊させて使って中の物を完全に粉末状にすると、ラップをかけて棚に置いた。
「何日か寝かせれば完成だな。まあ思い出したときにやればいいか、とりあえず片付けよう」
薬瓶を元の棚に戻し、使った道具を洗って水分を払ってから戻してガスマスクとゴム手袋を外すと、大きな地図を持ってきて机の上に広げた。
「重りを乗せて……あとはお香だ」
箱に入った粉末を二匙小皿に盛ると、深呼吸して肺の空気を全て出すと手を翳して粉末の山の頂に火をつけた。
「……ハァァ」
お香の煙を思い切り鼻から吸うと京助の瞳に靄がかかり、脳の奥の何かが刺激されるような感覚がし、意識が空間に溶けるようにどんどん広がっていく。
「始めよう」
机の上の地図に両手を置き、靄がかかった瞳を天井に向けたまま地図を両手でまさぐり始めた。
この地図は真鳥市の全ての範囲を記録した現在の地図であり、京助が使っているのは予知と千里眼の二種類で、使ったお香の効果は感覚の先鋭化。つまり今やっているのは先の戦いで取り逃がしたイリガの探知である。
そのうち右手が動かなくなり、左手が活発に動くようになった。やがてその動きも左下の範囲に留まり、ついに動きが止まり、ある一点を指差した。
「ここか」
頭を振ると瞳の靄が晴れ、広がった意識が一気に収束した。
『以前の場所から数十キロ離れた所ですね』
「あれから二日、まだ奴は警戒してるだろうな」
『もう少し日を置いた方がいいでしょう』
「気力、体力、プライドの高さからしてあと三日って所か」
『三日待ちますか?』
「いや、ここはあえての四日。安心させてのどん底だ」
『了解です、予定を書き込んでおきます』
地図を仕舞い、燃えなかった残った粉末を戻して、京助は次の作業に移った。
両手を前に翳すとホログラムの様にマグナアウルの装甲と使用する武器類が空中に浮かび上がり、京助は顎に指をあてた。
『今回は何を作るんですか?』
「マグナアウルはスピードファイターだし空も飛べるから要らないと思ってたんだが、前回の件で考えが変わった。やっぱり作ることにする」
ハンドガンが分離して各パーツが切り離され、徐々に各部が変形してスナイパーライフルの形状になった。
『スナイパーライフルですか』
「いや、対物ライフルってところか。本気出して撃てば多分高層ビル一個二個は消せるんじゃないか?」
心底楽しそうに言いながらホログラムのアンチマテリアルライフルを手に取り、適当にぐるりと周囲を照準して武器類に加えた。
『武器の識別コードはどうしますか?』
「うーん」
指を曲げると鳥類図鑑が飛んできて、宙に浮きながらパラパラと中がめくられた。
「啄木鳥、燕、黒鳥、鷲、鴉、まあ色々使ったし、後は何を使ってないかだな」
ふとある鳥に目が留まり、京助はニヤリと微笑んだ。
「こいつはうってつけじゃないか?」
『たしかに、動かないところもスナイパーらしいと言えます』
先程作ったアンチマテリアルライフルに識別コードが刻まれていく。
「次回、まあ使うことがあればだが、頼むぜ――ちゃんよ」
三日後の事、クインテットに召集がかけられ、翌日の任務についてのブリーフィングが開かれた。
「前回と似たような工場を発見した、もう分かってはいると思うが、今回の任務も破壊工作だ」
白波博士曰く、前回の破壊工作の後で数キロ先の地点で短時間だが未確認のエネルギーの波が発せられたのが観測され、ついに正確な位置の特定に成功したという。
「思ったんですけど……マグナアウルさん、取り逃がしちゃったんじゃないんですかね?」
「あぁ~あのジャガックのヒコーキね。あんにゃろエラソーにホーホー言ってたのに逃がしてんのかよ」
「しかしびっくりしたよね、お前が飛行機になるんかい! って感じで」
「そういえば博士、マグナアウルが変身……いや変形かな? 変形した飛行機って追跡できました?」
「それがな、君たちが居た所から何かが飛行した形跡が全く無いんだ」
「レーダーにも引っかからないんだ……」
「マジかよ、あいつマジで無駄に強すぎだろ」
「ともかくだ、今回も似たような作戦に……」
話を進めようとしたその時、林檎がすっと手を上げた。
「林檎君、どうしたんだね?」
「ウチから作戦の提案なんすけど、聞いてもらえます~?」
「そうか、聞こうか」
「前みたいに取り逃したらマズいんで、めちゃくちゃ遠距離から狙撃しまくったらどうですかね?」
白波博士は頬に手を当ててしばらく考えた後で首を振った。
「残念だが難しいだろうな」
「……どしてなんですか?」
「あの工場の周囲には電磁バリアが張られている。突破するには途方もないエネルギー弾を放つ必要があるが、現状拡張パック有りでもC-SUITでその出力を出すのは非常に困難だ」
林檎は目を瞑って口をぎゅっと窄めたが、すぐに目を見開いてまた手を上げた。
「おお、また思いついたか?」
「えっとー、これみんなに負担掛けちゃうかもしんないんで、一人でも反対されたらやりません」
皆の視線が林檎に注がれ、林檎は小さく咳払いして言った。
「ウチ以外の皆が現地で潜入してバリア切ってもらって、ウチが超々遠距離から撃ち抜くってのはどうでしょーか」
白波博士を含め、林檎以外の面々が顔を見合わせた。
「どーかな? 大変だと思うけど……」
「確かにそうすれば射撃自体は可能だな」
「サポート無くなるのキツいけど、これなら取り逃がすような事もないだろうし」
「俯瞰で物事が見れるから距離が変わるだけでサポート自体は可能だよね」
「私達が早めにバリア切っちゃえばサポートは受けられるんじゃないかな?」
「まあ皆さんの意見も固まってるんじゃないんですかね」
林檎以外の五人は声をそろえて言った。
「採用!」
林檎は手を叩いてガッツポーズするとその場で一回転してフィンガースナップを鳴らした。
「ありがと! 絶対外さないから!」
林檎の射撃能力の高さを皆は信じているのだ。
翌日の八時を回った頃、皆が装甲車でジャガックの基地船へ向かう中、林檎のみがヘリコプターでとあるビルの屋上に向かった。
「あ、どもです。あざざす、はい。こっちをこうっすね」
財団職員から専用の武器を受け取りながら、バレルを組み上げていった。
「重っも……持てんわ」
転送鍵を取り出し、コード認証をしてスーツを転送した。
「四番装着、GOクインテット!」
スーツを纏ったイドゥンは軽々と武器を組み上げ、追加装備を受け取ると手際よく自身のスーツに装着した。
「通信機兼装着型マルチスコープ、肘あて、腕あて、胸あて、そんで最後に拡張パックっと」
完全に狙撃手の装いになったイドゥンを見た職員は健闘を祈る旨を告げると、ヘリコプターで去っていった。
「さてと、新しい武器はっと」
今回射撃に使用するのはいつものグリップから生成している大型ライフルではなく、クインテット専用の追加武装の試作品となるロングバレルレールガンである。
バレルの長さは実に百五十センチを超え、メンバー内で唯一百五十センチを超していない林檎を苛立たせた。
二組のバイポットを立てると位置を調節し、ヘルメットに装着したスコープを起動した。
「見える見える、よーく見えるぞー」
イドゥンの視線の二十キロ先、ジャガックの基地船付近でC-SUITを纏った四人のクインテットメンバーが突入準備を整えていた。
「あそこがドアね」
デメテルがモニター越しに扉へ照準を定め、ロケットパンチを放った。扉が吹き飛んだのと同時に全員一気に雪崩れ込み、周囲を警戒した。
「今回はみんなで固まって動くよ」
「了解」
各々武器を構え、周囲を警戒しながら表示されるナビに従って歩を進めていくと、案の定複数の兵士が現れた。
「来たね」
ルナが太刀を八双に構え、ミューズが両手の得物を投擲して先陣を切った。
「はぁっ!」
怯んだ隙に相手の武器を蹴り上げ、掌底で先頭に居た兵士を突き飛ばし、回し蹴りで三人纏めて相手を片付けた所に、アフロダイの光の矢が飛来して後続の敵を吹き飛ばしてしまった。
「ナイス!」
「どうも!」
ミューズは帰って来た手斧と短剣をキャッチすると、ルナと共に残りに敵の方へ突っ込み、三本の刃で次々と敵を切り刻んでいく。
「ちょっと二人とも!」
「へぇ⁉」
鍔迫り合いをしながら振り向くと、背後でデメテルが二人の背後へ迫っていた二体の兵士の頭を掴んで打ち付けていた。
「イドゥン居ないから後ろには気を付けて!」
「そうだった!」
「次から気を付けるね!」
互いに相手の武器を押し返し、反撃に斬りかかりながら答えた。
「やっ! 進路どっちだっけ⁉」
「……そういえばここどこ⁉」
「大丈夫です! ここをまっすぐ行った先を右の扉です! 戦闘より目的地到達を……」
ノールックで弓を速射しながらアフロダイは続ける。
「優先しましょう! とりあえず走りますよ! 殿は私が!」
「わかった!」
「了解!」
ミューズとルナはそのまま走り、遅れてデメテルが後をついて行き、後ろを向きながら矢を放ちながらアフロダイが最後につき、空いた扉に滑り込んだ。
「やっ!」
生き残った兵士たちが扉へ滑り込もうとしたが、制御装置をデメテルが殴ったことで扉が遮断されてしまった。
「危機一髪!」
「……帰りどうする?」
「別ルートか壁に穴開ければいいでしょ」
四人が目指すは電磁バリアの制御装置である。
操縦室に向かえばバリアを切る事も可能だろうが、十中八九使われている言語は宇宙言語であり、迅速に作戦を遂行するには制御装置を直に壊したほうが良いとの考えからだ。
「急いでバリアを切らないと」
「焦らないで、もうすぐですから」
一行は地下へ向かう階段に繋がる扉を探り当て、ついに地下の制御室に辿り着いた。
「多いなぁ色々と」
ここには電磁バリアだけではなく、工場エリアのラインや本体エンジンなどのこの船を支える様々な機構がここに集約されている。
「どれがどれだかわかる?」
「待ってね、確かめる」
どんな機械がどこに作用しているかなんてメンバーどころか博士にすら見当がついていないが、どのようなエネルギーを発しているかで識別が可能である。
ミューズがヘルメットの仕込みアンテナを立て、機械群から発生しているエネルギーを詳細に識別した。
「あった、奥から三列目の真ん中のやつ」
「あれを壊せばいいんだね!」
「気を付けて、下手に壊すと爆発するかもしれないから」
慎重に進んでいると、二列前の機械群の影から三つの人影が現れた。
「あれは!」
「ムルグ……」
三体のうち二体は見覚えのある大柄なサイボーグであるムルグで、ムルグに挟まれるように立っているのは自分たちより少し背の高いぐらいの見たことのないサイボーグ兵士であった。
「ここで戦うのか……」
デメテルがナックルアームを構えた時、真中のサイボーグ兵士が腕からホログラム映像を投影した。
「よおおおっす! クインテットの皆様ァ⁉」
「イリガだ」
「前回逃げた奴ね」
「まあ前回⁉ 偶々! ホントにたまったま! マグナアウルが来たせいであんたらを皆殺しにするチャンスを失っちゃったケド! 今回どうやら全員来てくれたみたいだからムルグ十三号と十四号! そんでムルグ二型一号があんたらをズッタズタにしてくれるから! 楽しんでねぇ~! ギャハハハハ!」
ホログラムが消え、ムルグ十三号と十四号が前に出た。
「何を偉そうに、マグナアウルにビビって逃げただけの癖に」
ムルグ十三号と十四号の右手から骨の刃が出現し、二型一号の下腕の皮膚が破れて指を模した鋭い五本の刃が出現した。
「今回は四人でやるよ」
「ええ、一人じゃない」
ルナが刃を仕舞ってからグリップを折って小太刀を二本で構え、デメテルがボクシングのデトロイトスタイルに構えた。
「よし、皆行くよ!」
制御室で戦いが始まった頃、千道邸で出撃に当たり、事前に諸々の家事をしていた京助だが、突然テレビが点灯してジャガックの出現を現す梟のマークを映し出した。
「ん~、まだ早いよな? 九時半に設定してたよな?」
『ええ、ですが反応によると場所は先日探知した所で間違いありません。他の地点でジャガックの反応は見られないようです』
「じゃあなんでだ? なんでシグナルが出た?」
顎に手を乗せて考えていた京助だが、正確には四十三秒後、ある可能性に行きついてその場で大きく飛び上がった。
「……おいまさか!」
慌てて家を出て両手の二本の指をこめかみに当てて探り当てた場所に意識を飛ばし、制御室で戦っているクインテットの姿を見た。
「あいつらに先越されてんじゃねーか!」
トトに右手首を当て、腕を前に突き出すとアウルレットが生成される。
『アウルレット、召喚』
装飾に手を翳すと次元断裂ブレードが出現し、京助の周りをエネルギーで包み込んだ。
『次元壁、断裂』
「招来ッ‼」
京助の体にマグナアウルの装甲の輪郭が重なり、京助を包んでいた次元エネルギーが霧散すると同時に京助の姿を完全にマグナアウルに変えた。
「急ぐぞ!」
更にマグナアウルの体に飛行船の輪郭が重なり、跳躍すると同時に飛行形態に姿を変え、夜闇を音速の何十倍もの速度で駆け抜けるのであった。
夜風を切りながら進んでいると、マグナアウルの感覚器官はあるものを捉えた。
「ん?」
飛行形態を解除してマントを広げて勢いを殺し、マグナアウルはビルの上に音もなく着地した。
「……へぇ、意外。アンタってウチらに興味あったんだ」
「気付いたのか」
マグナアウルが捉えたのは、ひとりビルの上で待っていたイドゥンだった。
音もなく着地した自分に気付いた事に感心しつつ、マグナアウルは気になったことを聞く事にした。
「ここで何をしているんだ、他の四人は一緒じゃないのか」
「作戦だよ、さーくーせーん。アンタはいっつも一人だからこんな事出来ないだろうけどね」
「……なるほど、お前があの宇宙船をそのデカブツで撃ち抜くわけだ」
「そういう事」
マントを翻して目的地へ向かおうとすると、イドゥンがわざとらしい大きな咳払いをした。
「なんだ?」
「ウチは質問に答えたんだからあんたも何か教えてよ」
「……素性の話なら何も言わんぞ」
「別にそんなこと聞こうとは思ってない、ウチが知りたいのは……うーん、なんだろ?」
これにはさすがにマグナアウルも振り返る。
「そーだ、アンタがウチらの事どう思ってるか教えてよ」
マグナアウルは跳躍して屋上に建てられた小屋に腰かけて腕を組んで言った。
「正直言うが、戦いから手を引くべきだと思っている」
「まあ、あらかたそんな事を言ってくるだろーとは思ってたけど、なんでそう思うの? エモノが減るから? それともメチャクチャ強いアンタからしたらウチらって足手纏いだから?」
「違う」
「ホントに?」
「お前達に死んでほしくないだけだ」
「……へぇ、アンタ意外とやさしーんだ。ああ、復讐ってそういう事か、だから一人で戦ってるのか。なんかゴメンね」
マグナアウルの根底にあるものを垣間見たイドゥンはレールガンを屋上の縁に立てかけると自分もその上に座って続けた。
「でもそーゆーの、お節介なんだよね」
「足元を掬われるぞ」
「いーや。別にウチらは自分たちの事を強いとは思ってない、毎回ヒヤヒヤの連続だよ。でもね」
マスク越しにマグナアウルをまっすぐ見据えてイドゥンは言った。
「そんなのとっくにこのセカイに入ってから覚悟してっから」
「この戦いがどんなものか、しっかりと理解しているのか?」
「ウチらの中には大切な人を守るために入ったコも居るし、家族のために入ったコも居る。中には世界を守る使命に燃えてるすっごいコも居るけど、全員が全員とっくのとうに覚悟してんの」
「死ぬかもしれないんだぞ」
「承知の上、理解してなかったらこんなセカイに入らないよ」
マグナアウルは彼女らを大人、あるいは自分より年上かと思っていたが、もしかしたらもっと年若いのかもしれないと考えた。
「では聞くが、お前はなぜ戦いの世界に入った」
顎に手を当てしばらく思順していたが、マスク越しに微笑んであっけからんと言い放った。
「一言でいえば面白そうだったからかな?」
これまでの流れで真面目なものが来るのかと思いきや、ふざけてるようにも取れる発言にマグナアウルは思わず面食らってしまった。
「ま~何言ってんだこいつって思うかもしれないよね? でもウチとしては至極真面目な話なんだよな」
「面白そう、楽しそうで命を投げ出せるとは、どんな酔狂だ?」
「戦い、闘い、死の気配、逃げる時、急ぐ時、それのスリルがたまらなく楽しい。そう思わない?」
確かにそうだ。復讐の為とは言いつつ、戦いのスリルはある種の高揚を齎してくれる。でなければわざわざ甚振って殺しはしない。もっともマグナアウルの場合は恐怖を植え付けるためという目的もあるのだが。
「ウチはね、何事もやる以上楽しまなくちゃって思うんだよね。だって言うでしょ?」
マスク越しにニヤリと笑いかけて、イドゥンは言った。
「楽しむ奴には誰も勝てない。ってさ、だからウチはこの世界に飛び込んだってワケ」
一連の話を聞き終えたマグナアウルは飛び降りると、イドゥンの横を通って屋上の縁に足をかけた。
「老婆心から警告してやる、足元に気をつけろ」
「アンタもね。互いに不干渉でガンバってこ」
縁を蹴るとマントを広げ、マグナアウルは工場船に向かって飛び去っていった。
「はっや……ありゃマッハ超えてるっしょ。んまーアイツが行ったって事はそろそろかな」
立てかけたロングバレルレールガンを再び置き直し、照準を合わせて待機した。
「みんな頑張ってね。ウチ、絶対外さんから」
制御室の内部では、四対三の激しい戦いが繰り広げられていた。
「やっ! おおおりゃっ!」
ミューズは十四号の振るう刃を手斧で防ぎ、短剣を重ねて押し返し、大きくよろけたその隙にアフロダイが槍の連撃を叩き込んだ。
「畳みかけるよ!」
腰のスイッチを一回押してエネルギーをチャージすると、手斧と短剣による強烈な斬撃を胴体に食らわせ、アフロダイもエネルギーをチャージして弓を放った。
「硬いな……」
傷はつけたが、戦闘の続行は可能らしい。
「気を引き締めないと」
ルナとデメテルは二人で十三号と二型一号と戦っていた。
デメテルはナックルアームのシールドを駆使しながら防御体制からの反撃を繰り出し、ルナは相手の攻撃を捌きながら反撃の隙を伺っていた。
「二型だけあって強い!」
五指の刃を捌きながら腕の仕込みマシンガンで反撃を試みるも、中々隙を晒さない。
「ルナ! 私が戦ってるヤツの後ろにそいつを持ってこれる⁉」
「ハハッ! 無茶言うね!」
「無理そう⁉」
「やってみる!」
なんとか相手を誘導しつつ、ゴリ押しで十三号の背中に二型一号を押し付けた。
「これでいい?」
「もう少し耐えて!」
デメテルが腰のスイッチを三度押し込み、オーバーチャージを発動した。
「おおおおっ! はぁあああっ‼」
両手のナックルアームにエネルギーを送り込み、両手を組んで射出した。
「危なっ!」
ルナがその場から離れると同時に十三号の腹部を貫通したナックルアームが爆発し、余波で周囲の者全てが大きくよろけた。
「ちょっと! あんたが一番火力高いんだから気を付けて!」
「ご……ごめん!」
爆煙が晴れると、ムルグ十三号は跡形もなく焼滅していたが、二型一号は多少の火傷を負っただけで全く効いていない。
「耐久性も上がってるってワケね」
ムルグ二型一号は負傷した個所を治癒すると、肩ともう片方の手から骨の刃を出現させ、その全てにエネルギーを流し込んだ。
「四人で掛かった方がいいかな?」
「……助かる」
ミューズとアフロダイが駆け付けて各々武器を構え、完全装備状態のムルグ二型一号と睨み合った。
「油断は禁物」
「分かってる」
一触即発のその時、突然天井が崩れてきて何かがムルグ二型一号を押し潰した。
「はぁ?」
粉塵が晴れると、見覚えのある藍と焦茶の装甲が姿を現した。
「マグナアウル!」
マグナアウルはムルグ二型一号の頭を掴んで起こすと、拳を腹に叩き込んだ。
「起爆」
仕込んだフェザーダーツが腹に炸裂し、ムルグ二型一号は吹き飛んで周辺の機械に叩きつけられた。
「ちょっと!」
「気を付けてください! ここの機械はこの船の中枢なんです!」
「どれがどう作用してるかわからないの!」
「ほう、良いことを聞いた」
マグナアウルは左腕にフックを出現させると、ある機械に向けてチェーンを射出した。
その機械にフックが深々と突き刺さり、電気のようなものが流された。
「人の話聞いて……うわあっ‼」
野太いブザーのような音が響き渡り、電気が落ちて周囲が真っ暗になった。
「あいつ電気を……わっ!」
赤く薄暗い予備灯が点いたが、どういう訳か不規則に明滅しておりただの暗闇よりも視界が悪い。
「これじゃ戦えな……待って、何とか進めるかな? チャンスかもしれない」
「どうして?」
「マグナアウルとムルグがやり合ってる今のうちにバリア発生装置を潰せるかも」
「いいね、乗った」
「了解、行こう」
不規則に明滅する視界の中、ムルグ二型一号と十四号は自分たちの敵を探っていた。
十四号がこっそり移動しているクインテットを認め、そちらに向かおうとするも首にチェーンが巻き付いて阻まれてしまった。
頭から真後ろに倒れた十四号は赤い光に照り返されたマグナアウルを見て、手の刃で反撃を試みたがその瞬間に予備灯が消えて、再び点いた頃にはマグナアウルは居なくなっていた。
これを見た二型一号は素早く周囲を見回し、マフラーが引っ込んだ部分に向けて肩の刃を射出するも手応えが無い。十四号の近くに向かい、背中合わせで改造された感覚を限界まで研ぎ澄ますもマグナアウルの発する音一つ感じ取ることが出来ない。
その時ふとクインテットがバリア発生装置に細工をしている所を見た二型一号は残っていた左肩の刃を射出しようと構えた。
「シュービル」
爆音と言うに相応しい銃声が響き、両者咄嗟に避けたが後ろを向いていた十四号は反応が遅れ、腕を抉られ吹き飛ばされた。二型一号は瞬時に射線を計算してそこへ左肩の刃を射出したが、全く異なる場所から銃撃された。
これも何とか避けるも今度は完全に予備灯が暗転した。
全く何も見えない状態からどこから射撃が来るのかと警戒していたが、ぐしゃりと言いう音と共に予備灯が点灯し、とっさに背後を振り返ると、なんと十四号の首が消失していた。
よく見れば脊椎ごと引き抜かれており、周囲を見回すと真上から液体が一滴垂れた。
「――――!」
改造の際に奪われた声を上げそうになりながら恐る恐る上を見ると、天井に脊椎のついた十四号の首を持ったマグナアウルが張り付いていた。
自らの運命を覚悟したムルグ二型一号は、それでも最後の力を振り絞って刃を振るい、対するマグナアウルは十四号の首付き脊椎をハンマーの様に振り回し、二型一号を殴打した。
「よっ!」
破壊工作が終わった頃には電気も復旧し、ミューズがふと後ろを見るとどす黒い体液まみれの惨状の最中にマグナアウルが一人立っていた。
「……あっ」
その背中がどこか寂しそうに見えたミューズは何か声を掛けようとしたが、すぐに自らの任務を思い出してイドゥンに連絡を取った。
「イドゥン、聞こえる?」
「お、バリア切った?」
「切れた、後はよろしく」
「おっけー、早めに脱出ヨロ~」
全員マグナアウルが開けた天井の穴から外に出ると、この一連の騒ぎを聞きつけたジャガックの兵士が待ち構えていた。
「最後にひと暴れかな!」
「そうですね!」
ミューズが向かってきた兵士の攻撃を弾き、腰のスイッチを二回押し込んでフルチャージを発動し、巨大な光の刃を飛ばして数十人纏めて吹き飛ばした。
「こっちは私が!」
アフロダイもフルチャージを発動し、槍で目の前の敵を一気に処理し跳躍して後退しながら拡散する光の矢を放った。
「キリがないから進むのを優先し……」
ルナが指示を飛ばそうとしたその時、背後から爆音が響いた。
全員がそちらを見るとマグナアウルがアンチマテリアルライフルを腰だめにして構えていた。
「動くと撃つ、動かなくても撃つ。ジャガックなら全員地獄に送ってやる。死んだジャガックだけが良いジャガックだ!」
対物ライフルを想定して作っただけあり、一発一発の威力が凄まじく、着弾の余波で数十人纏めて吹き飛ばしている。
「チャンスだよ! 早く脱出しよう!」
「はいはーい、イドゥンちゃんでーす。みんな伏せてな~」
通信に従い全員が伏せた数秒後、マグナアウルが何かに気づいたように大ジャンプをしたと同時に巨大な砲弾が壁に穴を開け、諸々全てを吹き飛ばして船を貫通してしまった。
「わーお、これ気に入った」
遥か数キロ先でレールガンを構えたイドゥンは次弾を素早く装填して引き金を引くと、船の別の場所に穴が開き、その小気味良さに思わず笑みが零れた。
「ンマ~威力は申し分ないけど装弾数一発ってのがタマキズかな~。あ、エンジンぶっ壊すのも忘れずにぃ~」
船の後部のエンジンを撃ち抜き、たった三発でエンジンを原形もなくなるほど破壊してしまった。
「脱出経路作るからもっかい伏せてね」
それだけ伝えると再び船に穴を開けけてそこから出るよう指示し、四人がその穴から出たのを確認した。
「フクロウちゃんは出てこないのね、まあ大方この前取り逃がしたヤツを探してるんだろうけど」
そして停電と電気の明滅、ムルグ型サイボーグ三機の機能停止とどこからか狙撃を受けていることに気付いたイリガは、以前と同じように及び腰になりながら小型飛行船に乗り込んだ。
「あいつだぁ! あいつが来たんだ! 絶対そうだ! あいつが来たぁ!」
前回追い回された恐怖を思い出しながら、震える手を押さえつけて飛行船に乗り込み、エンジンをつけて逃走の準備を始めた。
「でも逃げてやる! 前は出来たんだから今回もできる! 今回は先生も頼ってムルグ三型を作るんだ!」
スロープから小型飛行船が吐き出され、夜空に向かって飛び立とうとしたその時だった。
「へあ?」
轟音がすると同時に操作が利かなくなった。思わず振り返ると背後のパーツや機関部が全て消失しており、夜の真鳥市の森が広がっていた。
これをイリガが飛行船を撃ち抜かれたためと理解したのは、墜落して四方八方から衝撃が来た後の事であった。
「ああああああっ!」
激痛に声を上げたが、もはや誰も助けに来ない。
流れる体液と折れた骨に悲鳴を上げそうになりながら歯を食いしばり、イリガは原形を留めていないコックピットから這い出た。
「わだしは……いぎる……いぎて……あだら……しい……ざいぼおぐを……」
片腕だけで這いずっているイリガの耳に当たる感覚器官に、大きな布がはためく音が聞こえた。
「ひっ!」
目の前に降り立った足の持ち主は、今最も会いたくなかった相手だった。
「ひぃ……ひぃっ!」
「勘違いしているようだから言っておこう、俺はお前の飛行機を撃ち落としていない」
「え?」
「撃ち落としたのはクインテットだ。散々見下していた相手にしてやられるのはどんな気分だ?」
困惑、怒り、苦痛、恐怖、これら全てが綯い交ぜになった感情が、イリガを声の限り叫ばせた。
しばらく叫んでいたイリガだが、口の中に鋭い痛みを感じた。
「はぐッ⁉」
マグナアウルが剣をイリガの口の中に突っ込んだのだ。
「夜は終わりだ。そしてお前に、朝は来ない」
そのまま剣を滑らせてイリガを真っ二つに引き裂き、頭に剣を突き立てて完全に止めを刺した。
「フッ!」
突き立てた剣に力を籠めるとイリガの死骸と乗っていた船、そして工場船も黒い炎に包まれて消滅した。
「待って!」
立ち去ろうとしたマグナアウルにミューズが声をかけた。
「その……ありがとう、助かった」
マントを纏ったまま、マグナアウルは振り返った。
「礼は受け取る。だが共闘はしないぞ」
「……そう」
「足元には気をつけろ」
「え?」
「詳しいことは緑のに聞け」
マントを広げると、そのままマグナアウルは夜空に向かって飛び去っていった。
「コード認証、脱装」
スーツを脱ぎ、転送鍵を見ながら奏音はマグナアウルの言葉を反芻した。
「足元……ね」
これからも続くだろう戦いに思いを馳せ、奏音は気を引き締めるのであった。
To Be Continued.
ダウナーオカルトマニアギャルの夢咲林檎さんがメインの回です。
この子日常パートでも戦闘でも書いてると楽しいんですよね。動かすと便利だし、書いてて好きになってきたキャラです。
ブラコンなのもかわいいですね。
今回のマグナアウルの戦闘はいかがでしたでしょうか?
ホラー演出は書いてて楽しかったですね、というか今回は全体的に書いてて楽しかった回でした。
感想コメントどしどし送って来てくださいね。Twitter(現X)のフォローも忘れずに。
ではまた来週!