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青春Double Side  作者: 南乃太陽
遭遇編
4/16

怖かったからこそ

 ある日の放課後、千道邸の食卓で一人の男が寛いでいた。

「お待たせいたしましたっと、粗茶ですがどうぞ」

「別にいいのに、まあ貰えるものは貰っておこうかな」

 男は二十代後半から三十代前半といったところで、スラックスにサスペンダーを付けてベストを着ており、容姿の特徴としては浅黒い肌に緑色の瞳、そして何よりも日本人離れした美男だった。

 かといってコーカソイド系、アラブ系、アフリカ系のうちどれでもなく、とにかく不思議な容姿をしている。

 彼の名は和平零(かずひられい)。京助の言う「支えてくれる人」であり、未成年には出来ない手続きを行っている後見人である。

 なんでも父と母の古い友人らしく、京助が幼い頃に二回程彼と会ったことがあるらしいが京助はそのことを覚えていない。

「それで零さん、今日はどうしてここに? あ、もしかして差し押さえとか固定資産税がっぽり引かれるとかですかね?」

「いやいや、とんでもない! お金に関しては大丈夫だよ。僕が君にとって一番いい形で守ってるから」

「じゃあ何かの契約切れとかですかね?」

「違うさ、ただ仕事でこの町に寄ったから顔出しただけさ……これ粗茶じゃないよ。万路が好きだったやつだろ?」

「そうなんですよ、俺も好きなんスよね。何かに行き詰ったときこれ飲むと頭がサーッとなるんですよね」

「わかるよ~! すごいよねこれ、もらっていい?」

「ああもう全然いいっすよ」

「いいっていいって! 冗談だからさ……まあオトボケはこれぐらいにして、最近どうだい?」

「ああ……その……えっと……」

 京助がソファーをちらりと見たのと遅れて、零がその方角を見た。

「あっ……どうも~、ウフフフフ」

 ソファーでは奏音がケーキを食べていた。

「ほ~ん、コレか」

 ニヤリと笑いながら零は小指を立てた。

「あばっ! ……まっ……まぁ……はい、そんなところっスね」

「京助君もそんな歳か……んでなんて言って告白したんだ?」

「ああいや……彼女の方からっスね」

「おいおい、良いのかそれで~? まあ大事なのはこれからだからね、大切にしてあげなよ」

「そりゃもちろんですよ、ヘンな虫が奏音についたら殺します」

「そうかそうか、死体の隠蔽なら手伝うよ」

「まあいじめとかは基本無いんで、ちょっとイジられたりはありますけど仕返ししてるんで」

「強かだねぇ、それじゃ僕はお邪魔なようだし帰るよ」

「なんか追い返すみたいでごめんなさい。問題あったら言ってくださいね」

「いいんだよいきなりだったし、じゃあね! 上手くやれよ!」

 零を玄関まで送った後で、京助は奏音の方へ戻った。

「親戚の人?」

「ううん、父さんの友達の人らしい」

「へぇ、結構かっこいい人だったよね」

「……」

「まあ京助の方がかっこいいけど」

「それもそれでフクザツ」

「めんどくさいなぁ。ほら、早くやるよ」

 授業の一環であるグループワークの調べものをやるついでに諸々の課題をやってしまう為に、勉強会と称して千道邸にやってきたのだ。

「んで奏音ちゃんはどれぐらい貯めたの?」

「実は……これだけ」

「こりゃ随分と貯めたな、まあ俺に任せろ」

 京助の総合的な成績は学年で十数位あたりを漂っているといったところだが、教えるのが矢鱈上手いと評判なのだ。もっとも本気を出せば京助は常にトップを張れるが、自身の力を隠すためにあえて凡ミスを連発して点数を削っている。これが意外と難しいのだが、弛まぬ努力で不自然に見えないよう偽装に勤しんでいる。

「京助は終わってるの?」

「あだぼーよ」

 基本的に課題をやるときは念力でペンとノートとテキストを浮かせて同時並行でやることにしている、煩わしくないと言えば嘘になるが、能力の鍛錬に繋がる為良しとしている。

 なんなら自分の手でやるよりも早いため、単純作業と割り切っている。

「んじゃ数学からやるか」

「助かるな、最近難しくて」

「ん~まあ奏音なら大丈夫だ、すぐ分かるようになる」

 こうして約一時間半程度の時間をかけて溜まった数学の課題を倒し、更に理科関係の教科の課題も倒した。

「全く、その道に進む人間は別として将来何に使うのこれは」

「まあ教養でここまで求めるもんかと疑問ではあるな」

 グループワークの課題をやる前に少し休憩にしようと、京助が駄菓子とジュースを持ってきた。

「いろいろあるぞ」

「太るからやめとく」

「ホントに?」

「……じゃあちょっとだけ」

 少し寛ぎながら久々の千道邸を奏音は眺めていた。なんだか幼い時の記憶と比べてより広くなった気がする、京助はこんな所に一人で住んでいるのだろうか。

 きっとこの家は京助にとっての(よすが)なのだろう、手放すことのできない思い出が詰まってこびりついた形としての縁がこの千道邸なのだ。

「さっきから黙り込んでどうした?」

「ううん、なんでもない……んだけど」

「だけど?」

「この家、こんなに広かったっけ?」

「あ~、いろいろ片付けたからかな」

 奏音にはクインテットであることの他にもう一つ京助に隠している事がある。それは京助の両親の死の真相を知っている事だ。

 クインテットのスカウトにあたり、ジャガックの危険性を知らしめる為の参考として死者のリストが添付されていた。

 その中に千道万路と千道美菜の名前を認めた奏音は勧誘に来たエージェントを問い詰め、そこで真相を知った。

 二人は小旅行の帰りに事故に遭って亡くなったのではなく、ジャガックから逃げていたのだ。京助が両親の死の記憶が無いのはきっとジャガックに遭遇した際のあまりの恐ろしさに脳が防衛機能を働かせて忘却させたのだろう。

 クインテットである以上に、奏音はこの事実を京助に隠し続けているのが心苦しい。

 しかし打ち明けるのもまた違うような気がする。何故なら京助の心は一度、この事実に耐え切れず記憶を封印してしまったのだから。

「何だよこっちをじっと見て、照れるだろ」

「んーん、何でもないよ」

 愛する京助を絶対に守る、それが奏音が戦う理由である。

「お……おお! 『マトリの謎』更新されてる!」

「見せて見せて!」

 マグナアウルと会って以降、奏音はマトリの謎を見るようになった。

「あれ、奏音ってこういうの好きだったっけ?」

「うーん、京助と林檎ちゃんがよく見てたから気になっちゃって」

「あ、そうなの? まあいいや、今日は何かな? 動画だ」

 交通監視カメラのライブ映像であり、モノクロで画質は悪いながらそれははっきりと映っていた。

「鳥人間だな」

 大きな翼を広げた何かが画面を一瞬で横切っている、恐らくこれは白波博士の護送作戦の時にジャガックの元へ向かっていたマグナアウルだろう。マントを広げた姿によく似ている。

「ちょっと昔のアーカイブも見てみたんだけどさ、鳥人間って何が目的なんだろうね?」

 マグナアウルの目的は復讐であるらしい。確実な答えは得られないかもしれないが、オカルトに詳しい京助ならば何かしら手掛かりをくれるのではないかとの期待しての一言だった。

「……何って?」

 これには京助も返答に詰まった。

「おいどうするよトト」

『さあ、何か適当な事を言ってはぐらかせば……』

「その適当な事が大変なんだろうが!」

 下手なこと言えば疑われかねない、慎重に言葉を選ぶべきだ。

『奏音さんはオカルト的素養が低いので、それっぽい事を言っておけばなんとかなるかと』

 悩んだ末、京助は奏音を自室に連れていき、世界UMA大全という本を取り出した。

「まあ見てもらえばわかると思うけどさ、こいつらに目的は無いんだよね」

「無いの?」

「無いって言ったら語弊があるけど、奏音は普通に生活するのに目的はあるか? って聞かれたらなんて答える?」

「……あー、確かに返答に詰まっちゃうね」

「俺個人の考えなんだけど、こいつらUMAは現代科学では解明できない分野の能力を持ってる動物だと思うんだ」

「つまり?」

「難しいかぁ、電気ウナギみたいなもんだよ。電気ウナギが電気を作り出すように、こいつらも特殊な体の器官を使って超常現象に見える現象を引き起こして、それが未確認動物として認識されて……」

「?」

 奏音の頭には余計に疑問符が生産された。

 もっと知識をつければ言っていることが理解できるのだろうか。それより何よりマグナアウルの事は微塵もわからなかった。

「……わかんないや、もっと勉強しとくね」

 とりあえず林檎にオカルトの知識を教えてもらおうかと考えていたところ、ベッドの上の精巧に作られたぬいぐるみが目に入った。

「これフクロウ?」

「ああ、そうだよ。ワシミミズク」

 そういえば京助は小学生の頃、よくバードウォッチングに行った時の話をしていた。

 真鳥市はその名の通り、様々な鳥が集まることからその名がついたらしい。現在でもその名残があり、森林公園でのバードウォッチングが観光資源にもなっている。

「鳥好きだったよね、特にフクロウ」

「そうなんだよな~、いいよな梟。一人暮らしじゃなきゃ飼ってたかも」

「なんでフクロウが好きなの?」

 そう聞かれた京助は懐かしそうに笑って語り始めた。

「父さんが教えてくれたんだ、梟は鳥の王様なんだって」

「鳥の王様? ワシとかタカじゃないんだ」

「そうじゃないんだよ。梟は賢く、素早く、そして強い。この三つを併せ持っているから王様なんだ」

 よく考えれば、梟という鳥は猛禽類である。どこか可愛らしい見た目をしているが、虎視眈々と獲物を狙い、音もなく忍び寄ってその鋭い爪で捕らえた後、その肉を啄むのだ。

「まあ父さんがこう教えてくれたってだけで実際のところはわからないんだけどな。でも昔から梟は神様の使いで知恵とか幸福の象徴だったりするから、あながち間違いじゃないのかなって思ってる」

 相手に合わせて戦い方を使い分け、音もなく素早く現れ、そして強大な力を持つマグナアウル。

 何故彼が大いなる梟(マグナアウル)と名乗っているのかがわかった気がした。

 翌日の休み時間中、奏音は林檎にオカルトに関して師事してもらおうと手を合わせて頭を下げた。

「へぇ、カノちゃんオカルトに興味持ったんだ」

「ちょっと基礎的な事を教えてほしいかなって。お願い! 師匠!」

 師匠と呼ばれた林檎はむず痒そうに頬を掻いた。

「師匠ってぇーとあのキャラと被るからやめてね。てゆーかなんでいきなりカノちゃんがオカルトに……あ、もしかしてセンキョーのせい?」

「……まあ、はい」

「カレシの影響でオカルトにハマるってなんかヤバい気がするけどいいか、センキョーはスピってるわけじゃないし」

「スピリチュアルとオカルトって違うの?」

「だーっ! うえーっ! ゲロゲロロ! ンなもんと一緒にしないで! ウチらは電磁波攻撃とか根拠不明の民間療法なんて信じないし気分の気の下の部分を米にして書かない! エンタメとしてやってるの! 多分センキョーにも怒られるよ!」

 普段ダウナー気味の林檎がここまで熱くなっているのを久しぶりに見た気がする。

「ごっ、ごめん」

「まあスピ全般を否定するつもりはないよ。けど陰謀論に結び付けられすぎてウチとかセンキョーみたいなエンタメオカルト好きが一緒くたにされて良いメーワクなの。マジムカつく」

 以前よほど腹に据えかねる経験をしたらしく、眉根に皴が寄っている。

「まあいいや、オカルトの入門っていったらウチ的には二種類あるね。ひとつが妖怪、もう一つが学校の怪談」

「妖怪と学校の怪談かぁ……じゃあ妖怪にしとこうかな」

「ほんじゃはい」

 林檎は鞄の中から分厚い文庫本を取り出した。

「え、これ……え?」

 何かと思って見れば十数年前に逝去したとある漫画家がイラストを描いた妖怪大図鑑の文庫本だった。

「持ち歩いてるの⁉」

「そー、ウチ水木センセのこれ大好きなのよ。ホラ、とりあえず手に取ってパラパラって捲ってみ」

 何回も読み直した跡がよくわかる、奏音は恐る恐る手に取っていくつかページを捲ってみた。

 その中のいくつかには昔ケーブルテレビのアニメチャンネルの一挙再放送で主人公が戦っている敵役として見たような妖怪も居た。

 手が止まる度に林檎は頷きながらこの妖怪の良さを説いてくる、奏音は半ば感心しながらページを開いていると、ある所で手が止まった。

「これ、フクロウの妖怪?」

 精巧に描かれた梟のイラストが奏音の目を引き付けた。

「フクロウが気になるの? まあそっか、ウチもフクロウの事で頭がいっぱいだし」

「これはどんな妖怪?」

「タタリモッケね、フクロウの妖怪ってかフクロウに憑りつく妖怪だね。水子とか口減らしで殺された赤ちゃんの霊がフクロウに憑りつくんだ」

「でもフクロウって幸福と知恵の象徴じゃないの?」

 林檎はしばらく考え込み、ある意味ではそうだねと前置きしたうえで続けた。

「それも確かにある。でもね、フクロウって不吉と死の象徴だったりするんだ」

「そうなの⁉」

「地方とか国によって違うんだよね~。日本だと不吉と親不孝の象徴で狡猾で残忍な性格って意味の梟雄って言葉もあるし、エジプトでは冥界の使いだったりする。幸福と知恵の象徴でもあり、同時に死神的な見方をされるんだ」

 林檎は顔を近づけてぼそりと呟いた。

「なんだかそこんとこもアイツみたいだね」

 幸福と知恵、死と狡猾。自分たちにとってマグナアウルはどちらなのだろうかと、奏音は一人考えるのだった。

 

 その日の放課後。まとりキューズモールで、今日も皐月はゲームセンターに立っていた。

「よしよし、今日は五個か。さてと、稼ぎますかね」

 店員が震え上がりそうな程に不敵な笑顔を浮かべ、皐月はスマホのメモ帳を開く。

「えーっと、髙野さんと城之内君がフィギュアで、後の三人がぬいぐるみね。よしっと」

 クレーンゲーム用の五百円のみが大量に詰まった蝦蟇口財布を取り出し、両替して二千百円分を確保すると、フィギュアの筐体の上に百円玉の山を置いてレバーに手をかけた。

「決めた、あんたは五回以内で取る」

 宣言通り三回でフィギュアをゲットし、筐体に置いた百円玉の山を取って別の筐体に向かい、今度は二回で景品を取った。

「これあるかな……見かけなかったけど。あ、あっちだ」

 韓国の男性アイドルグループをデフォルメしたぬいぐるみは大人気らしく、品薄であった。

「えーっと、特徴は何だっけ?」

 皐月は韓国のアイドルに疎いため髪の色や服の色の特徴をメモしていた。

「髪は黄色、服はグレー。売り切れぇ~……てなかった! よし、海賊女王の腕前を見せてやる」

 頭が大きいためすぐに取ることが出来た。

「思ったよりかかったな、もう一枚両替しようかな? ……いや、実力を試す時だ」

 残りの百円玉は四枚、景品は二つ。

「やるぞ」

 百円玉を筐体に入れ、深呼吸してレバーに手をかけた。

「シィィィ……」

 おのずとボタンを押す手にかかる力が強くなる。

「いけっ……いけっ……いけっ!」

 ぬいぐるみを掴んだクレーンに必死で熱い視線と念を送り、放さないように小声で祈り続けた。

「もう少しっ! もう少しっ! ……いけっ!」

 だが祈りも空しく取り出し口手前でぬいぐるみは落ちてしまった。

「あぁぁ……もおおお! ……よし、切り替え。リセットリセット」

 結果的には落ちたものの、次で取れる可能性は大いに上がった。しっかり二回目でキャッチし、二百円を残して最後の景品の筐体へ向かった。

「これに全てを賭ける……」

 そして数分後。

「なぁんでよ~」

 泣く泣く五百円玉を両替する皐月の姿があった。

「もう少しだったのに……」

 取り出し口にジャラジャラと音を立てて排出される百円玉を眺めながら、皐月は悔しさを噛み締めるのであった。

「もったいない、ああもったいない」

 取り出したうちの百円玉を親指で弾き、それをキャッチするのを繰り返しながら筐体に戻った。

「なんで五十年代のアメリカのギャングってコインをこんな風に投げてたりしたんだろ、不思議」

 昔見たカートゥーン番組や有名な映画を思い出しながらクレーンを操作し、見事景品をゲットした。

「さてと、誰に何円もらえばいいんだっけ?」

 頭の中で電卓を弾いているとふとクマのぬいぐるみが目に入った。

「……」

 気が付いたら皐月は余った四百円を筐体に入れていた。

「ただいま~」

 エコバッグに詰めた景品を抱えながら、皐月は玄関の鍵をかけて自室のベッドに倒れこんだ。

「今日も疲れたぁ……」

 自分が倒れこんだ影響で落ちてきたぬいぐるみを手繰り寄せた。

「明日は化学の小テスト……ダルイ!」

 ぬいぐるみを片手に裏声でささやくと、元の場所に戻した。

 皐月の自室にはこのようなぬいぐるみが大量にあり、それらは全て整頓されて並べられている。

「着替えてご飯食べよ」

 シャワーに入って着替え、その後で冷蔵庫に入ったラップがけされたおかずを温めてレトルトのご飯と共に食べ、食器を洗って課題と翌日のテストの対策を始めた。

「……ふぅ、今何時かな?」

 時計は八時を過ぎていた。

「お母さん大丈夫かな?」

 皐月の母の実久(みく)はウィルマース財団の研究者であり、いつも帰りが遅いのだ。

「無理してないと良いんだけど……」

 そんなことを考えていると玄関の鍵が開く音がして、部屋がノックされて開いた。

「お母さんお帰り」

「ただいま皐月」

 実久は知らぬものが見れば皐月の姉に見えるほど見た目が若々しかった。

「皐月、今日の数学の小テスト。何点だった?」

「……八十三点」

 しばらくの沈黙の後、実久が腕を振り上げて皐月の部屋に大きな破裂音が響いた。

「やるじゃない」

「まあこれぐらいはね」

 実久と皐月はハイタッチした後で互いの腕を組んだのである。

「分からないところある?」

「いくつかある、あとで教えて」

「OK、その前にひとっ風呂浴びてくる」

「ご飯は? 食べたの?」

「社食で食べてきた、じゃあ行ってくる」

 ニッと笑って手を放し、シャワーを浴びた後で缶ビール片手に戻って来た。

「お待たせ~。さて、何がわからないのかな?」

「数学Bに入ったんだけどさ」

「え、待って。もうB入ったの? 早くない? あ~まあ理数コースならそんなもんなのかな。どれがわからんの? 数列?」

「そう、この問題なんだけど」

「テキスト見せて」

 実久は高校時代を懐かしみながら皐月に丁寧に教え込み、わからなかった問題が次々と解決していった。

「いやーわかりやすかった! ありがとねお母さん」

「いいのよこれぐらい、あんま一緒にいてあげれないからさ」

 実久は微笑んで皐月の頭を撫でた。

「もう高校生だよ?」

「一人娘は幾つになっても可愛いモンなの。あの人の忘れ形見なら猶更ね」

 皐月の父は皐月が小学五年生の時に交通事故で他界しており、以降は二人暮らしである。

「んで、どうよ」

「どうって?」

「決まってるじゃない、クインテットよ」

「うーん、言っていいのかな……」

「他のご家庭はともかく、私財団所属の研究員よ? まあ白波さん()は別だけど」

「じゃあ言っていいのかな」

 皐月はここ最近の出来事と、マグナアウルについて話した。

「へぇ、裏部門の噂本当だったんだ」

「噂ってマグナアウルの事?」

「いや、真鳥市に第三勢力が居るって二年前から噂になってたんだよね」

「二年前、私達よりも活動歴長いんだ……なんか悔しいな」

「ていうかその……なんだっけ」

「マグナアウル?」

「そう、マグナアウルって一人でやってたんでしょ?」

「本人はそう言ってたね。『俺は一人だ。これまでも、これからも』って」

「あはは! こーれすごいね、拗らせてんね~」

「だいたいなんでフクロウのカッコしてんだろ、コスプレにしちゃすごく精巧だし」

「マグナアウル、直訳すれば大いなる梟か。でも滅茶苦茶強いんでしょ?」

「そう、超能力みたいな技使うの。弾丸を止めたり剣を浮かせたり……しかも私の技が直撃しても無傷で起き上がったんだよね」

「え、なに。……戦ったの?」

「うん、だって怪しかったし」

 実久は顎に手を当てて頷きながらしばらく何かを考え、しばらくすると口を開いた。

「今はどう思ってる?」

「今でも怪しいと思ってるよ。戦ったのはあの一度きりだけど」

「まあそうね、警戒して当たり前だし。私がそう教えたしね」

 科学の道を行く実久は、幼いころから皐月に「疑問に思ったのなら納得するまで手放すな」と教えてきた。皐月が優秀に育ったのはその教えのおかげである。

「もっと強くなりたい」

「ん、どうして?」

「強くなきゃ、土俵にすら立てない」

 少し沈み込む皐月の肩を実久が揉んだ。

「焦らなくていい」

「大丈夫なの?」

「一歩一歩、どんなに小さな歩幅でもいいから歩いて行けばいいのよ、そうじゃなきゃどこかで踏み外して大怪我しちゃうぞ」

「……お母さん」

「なに?」

「ありがとう」

「いーの、頑張ってるよアンタは」

 

 その頃。千道邸の地下では、鍛錬エリアで京助が激しく動いて跳ね回っていた。

「フッ! ……どらっ!」

 何もない空間に対して突きや蹴りを繰り出し、たまに跳躍したり地面を転がるなど傍から見れば滑稽にも思える行動を取っている。

 更に何も持っていないのにも関わらず剣や槍を振るう動作や、銃を扱う動作をしている。

 汗まみれになりながら動き続けて約一時間後。

『完了です。お疲れ様でした』

「フゥー……」

 京助が目の辺りを手で払うと瞳に薄くかかっていた靄が晴れ、水筒を引き寄せて一気飲みした。

「プフゥ~、スコアは?」

『九十分で九百と八十七人です』

「ギリ千じゃないか。あそこで手古摺らなきゃもっとやれた」

『記録は日々伸びていますよ』

 これは京助とトトが協力して行う鍛錬であり、トトが作り出した仮想空間に京助が入り込み、限りなく現実(リアル)に近づけたシュミレーション内で通常の十倍ほどのスペックに引き上げたジャガック兵士と設定した時間内で戦い続けるのである。

 京助が超能力の練度を高める際にもこの手法が使われ、手を翳す事無く能力を駆使できるのはこの鍛錬による賜物なのだ。

「武器を使いながら力を使うと精度が落ちる。それが今後の課題かな」

『そもそも多数の超能力者はあなた程強大な力を持っていませんし、特殊な力でない限り戦いながら別の場所に能力を作用させるなんてマネはできません』

「でも超能力者の知り合い居ないからなんとも……」

『大丈夫です、あなたは強い』

「だがもっと上を目指したい、アイツを見つけるまで……」

 忘れもしないあの日、覚醒したばかりの力を我武者羅に振るって家族を殺したジャガック達を虐殺した際、たった一匹だけその手を逃れた者を京助は見ていた。京助はその一匹を見つけ出す事も目的としている。

『順調に強くなっていますよ』

「ありがとうトト、もう少しやってから終わりにするかな」

 

 数日後の放課後、クインテットに緊急招集が掛けられ、いつも通り集まった後で、白波博士がモニターに映し出される。

「今回も集まってくれてありがとう。今回の任務は破壊工作だ」

「破壊工作?」

「これを見てくれ」

 山中の航空写真が表示され、そこには見慣れない大きな工場が建てられていた。

「これってジャガックが建てたんですか⁉」

「ああ、建てたというより恐らく空間転移で施設ごとそこに置いたという方が正しいだろう。施設を一から建てるとなると我々やマグナアウルに妨害される可能性があるからな」

「なるほど、この建物をぶっ壊せば良い感じっスね」

「そうだ、ここの施設では先の襲撃事件の際に使われたホバーバイク等が製造されていたようなんだ」

「え、じゃあ壊すのもったいなくないですか? 乗っ取ってホバーバイク作りましょうよ」

「林檎君、君が前から戦闘に使えるように何かしら乗り物が欲しいと要望を出してくれていたのは知っているがねぇ。ジャガックの技術なんてどんな危険があるか分らんし、そもそも君免許持ってないじゃないか」

「そーだった……」

 以前世界史で「パルティアンショット」を習った林檎は騎馬からの射撃に興味を持っているのだ。

「だが要望を受けたからには前向きに開発を進めているから期待はしてくれてもいいぞ」

「マジっすか?」

「ああ、君たちもスーツのみだとそろそろきついだろうから、追加武装を開発している所だ」

 これには皆が沸き立った。強くなれるのなら誰だって嬉しい。

「しばらく先になるだろうが、君たちはもっと強くなる。もう少し待っててくれ」

「そういえばエネルギー効率と出力を改善して若干強くなったんですよね?」

「おお、強化して以来初陣だったな。そうだったそうだった、ぜひともその違いを味わってくれ。では幸運を」

 皆は心を躍らせながら専用装甲車に乗り込んで現場に向かった。

「ねぇ」

「なにアキちゃん?」

「マグナアウル、今日も来るかな?」

 自分たちが一年、マグナアウルの方が約二年。これまで一度も遭遇しなかった割には最近よく遭遇する。

「これまでの任務、三連続でかち合ってますよね」

「てかさ、ウチ思ったんだけどさ。何回か出動したはいいけど何もなかったり、戦った跡が残されてたけど全然敵居なかったりって事あったじゃん」

「……まさか」

「そのまさか、あのフクロウマンが全部先回りしてたんじゃね?」

 あり得ない話ではない。どんな手法を使っているかは不明だが、マグナアウルが独自にジャガックを見つけ出す手段を構築し、そしてその凄まじいスピードを生かして自分たちより早く到着して敵と戦っていたのだろう。

「白波博士は独自の探知・追跡システムで地球外生命波動をキャッチするやり方でやってるって言ってるけど、彼の場合どうやってジャガックを探知してるんだろ」

「臭いじゃない? 狩人だし」

「あるいはマジカルパゥワー的なサムシングかもね」

「今回は先回りされてないと良いけど」

「あ、サッチーさ、マグナアウルと会っても攻撃したらダメよ」

「分かってるよ! しないってば。とりあえずそう決まったんだから」

「ホンネは?」

「怪しいとは思ってる」

「まあでも一人はこういう考えが居て良いんじゃないかな? 本当にクロだったらスムーズに動けるし」

「あら? 奏音さんって懐疑派になったんですか?」

「んー、私としては彼を信じてるんだけどさ、有事の際はやっぱり素早く動きたいから、みんながみんな同じ方向に向いてたら良くないかなって」

「奏音……」

「皐月のこういう所、頼りにしてるからさ」

「サンキュ」

「さすがリーダー」

「もー、私達にリーダーとかないからぁ」

 奏音は否定しているが、皆はクインテットのリーダーは奏音だと思っている。

「そろそろ着くみたいだから準備しよ」

 全員が転送鍵を取り出し、装甲車の後ろの方へ向かった。

「行くよ!」

「おう!」

「うん!」

「OK!」

「はい!」

 転送鍵を取り出し、音声認証でロックキーを展開した。

「全員装着! GO! クインテット‼」

 ロックキーを待機状態のスーツに差し込み、スーツを展開して体に纏った。

「よしっ!」

「何か変わったかな?」

「分かんないな」

「モニターのUIが見やすくなったかも」

「戦って確かめましょう」

 目的地に到着し、イドゥンが装甲車に詰まれていたロケットランチャーを背負い、残りのメンバーは手榴弾(プラズマデトネーター)を持てるだけ持ってから全員指定された座標に向かった。

「あれだね」

「ええ、間違いないでしょう」

 山中の開けた場所に巨大な建物がぬっと建っていた。回り込めばスラスターやエンジンの噴射口などが見える事から、元々は宇宙船なのだろう。

「宇宙船なのかな」

「たっく……空飛べんなら空中に留まってろってハナシ。ウチらの町に来んじゃねーよ」

 そう言いながらイドゥンはグリップを取り出して大形ライフルを生成すると扉に銃口を向け、皆に配置に着くよう指示した。

 配置についた事を確認した後で親指、人差し指、中指の三本を立て、一秒ごとに指を曲げていく。

「フゥ」

 親指が曲げられた後、小さな吐息と共に高出力のプラズマ弾が放たれ、扉は完全に焼失した。

「行けっ!」

 全員が一斉に突入し、周囲を素早くスキャンする。

「このエリアにはいない、けど上にはいっぱい居て何か作ってるみたいですね」

「じゃあ単独行動する?」

「うん、とりあえず何かあれば随時連絡してヤバかったらすぐ離脱してね」

 五人はそれぞれ別の場所に赴き、イドゥンは真っ先に上階へ続くエレベーターを見つけて乗り込んだ。

「さてさてと、何階に行こうかな」

 ボタンの横に何か書いてあるのはわかるが、すべてが地球のどの言語の特徴に合致しない宇宙語なのでどこに何があるかわからない。

「うーん、よっ!」

 目を瞑った状態で押されたボタンは五個あるうちの真ん中のものだった。

「三階か、ホバーバイク工場だったらいいな」

 しばらく待っていると三階に到着し、扉が開くと同時に工員に鉢合わせた。

「……ビンゴだ」

 突然現れた黒いスーツを着た謎の人物に面食らった工員は慌てて逃げだし、イドゥンは走りながら銃身とマガジンを取り換え、ガラス張りの扉を飛び蹴りで突き破ると周囲一帯を掃射した。

「ホラッ!」

 背中に担いだロケットランチャーを放ったり、手榴弾を生産ラインを破壊していると、背後を工具で殴られた。

「……ッテェな! こんにゃろぶっ殺す!」

 殴って来た工員の腹と頭を銃床で殴ると左腰のグリップを半分折ってハンドガンを生成して撃ち抜いた。

「やっべ、いっぱい来た」

 無数の工具を片手に迫り来る工員達を前に、イドゥンは一時的に逃げ、ロケットパックで飛び上がって崩れた機械の上に立ち、掃射で工員を吹き飛ばした。

「あんたらに構ってるヒマ無いんだよね! ウチはここをぶっ飛ばすの!」

 逃げ回ったり、逆にこちらに向かってくる工員をかき分けながら動いているラインを撃って回って破壊していたが、流石に一対複数は分が悪く追い詰められてしまった。

「ヤバイかも……ん?」

 ふと視線の端に大きな扉が映った。

「安置みっけ!」

 ロケットパックで跳躍しながら銃を乱射して道をこじ開けると、扉を蹴り開けて中に入った。

「フゥ……危なかった、ここはどんな……おお」

 一面に広がるホバーバイクの完成品。どうやらここは完成したものを置く場所だったらしい。

「……悪いこと思いついた」

 数分後、イドゥンを倉庫から引きずり出そうと画策していた工員達が突如吹き飛ばされ、爆炎の中からホバーバイクに跨ったイドゥンが現れた。

「バイク……最ッ高ッ!」

 バイクを旋回させながらサブマシンガンを乱射して工員を次々と撃ち抜き、蹴散らし、轢き飛ばした。

「よっ! 喰らいな!」

 運転に手古摺るかと思ったが、スーツの身体補整機能によって安定した運転と射撃が出来る。

「ん?」

 ホバーバイクのエンジン音がしたので振り返ると、いつの間にかやって来ていた三人のジャガック兵士がバイクに乗ってこちらに突進しようとしていた。

「へぇ、面白いじゃん……やろうか!」

 突進してきたジャガック兵のバイクを跳躍して回避すると空中でサブマシンガンを放って一人を離脱させる。

「うっし、まず一人……っと」

 パーツを入れ替えてサブマシンガンを大型ライフルに変え、銃身下部のレーザーバヨネットを起動してバイクを直進させてすれ違いざまにバイクを斬りつけて走行不能にし、振り落とされた兵士を蹴って撃ち抜いた。

「最後はあんただけ」

 互いにエンジンを吹かし合って高音を響かせ、ほぼ同時にバイクを発進させ、まず真正面から殴り合った。

「チィッ!」

 これで決定打とならず互いに至近距離で並走し、至近距離で殴り合い、撃ち合ったものの互いの激しい抵抗で有効打が決まらない。

「しつけぇな……ヤバッ!」

 倒れたラインが目の前に迫っており、そのラインに乗って跳躍し、遠距離から銃撃したが上手く躱される。

「こいつ多分チューニングされてるな、だったら手は一つ。せやぁっ!」

 車体に手榴弾を三個ほど貼り付け、ハンドルを切ると同時にバイクから飛び降り、ロケットパックで姿勢を調節しながらジャガック兵の真上に落ちようとしているバイクを撃ち抜いて爆破させた。

 バイクが爆破されると同時にプラズマ爆破が三回発生し、爆風に煽られてイドゥンは吹き飛ばされた。

「うわあああっ!」

 三メートルほど地面を転がり、壁に叩きつけられてようやく止まった。

「イテテ……ふぃ……何とか上手く行ったかな」

 落ちたライフルを拾い上げ、イドゥンは焼け野原になったバイク工場を去るのであった。

 

「……おっ、すごい爆発」

 イドゥンがバイク工場エリアを爆破した際の衝撃が、ちょうど上階に居たルナの所にまで届いていた。

「私も何か探さないと」

 現状警備に当たっている一般兵士と戦って倒したぐらいで、何か設備のようなものは見つけていない。小走りで周辺を調べていると、開かれた巨大なスライド扉があった。

「絶対何かあるな」

 周囲を警戒しながら薄暗い広い空間に入ると、突如扉が固く閉ざされ、眩い電気が点灯した。

「……ハメられた!」

「くははははははははっ! もう遅いよクインテット!」

 自分が今いる場所から二メートルほど高い場所にあるテラスに、明らかに地球人ではない風貌をした女が立っていた。

「また変なのが出たって訳ね」

「変なのではない! 私はジャガック幹部のザザルバン科学部長の弟子が一人! イリガよ!」

「ザザル……これはこれはまたすごい名前ね」

 イリガはニヤリと笑い、首元の鱗を湿った手で掻いた。

「さて、あんたは確かルナとかいうコードネームだったわね? 武器は巨大な刀」

 ルナは左肩の『LUNA:Ⅱ』の文字を撫でてイリガの方を見た。

「何が目的? 話が長いのは嫌いなの」

「あらそう、では簡潔に~行くわネッ!」

 奇妙なテンションでイリガが腕の制御装置のスイッチを押すと、ルナの目の前に二百五十センチにも達しそうな巨躯を持つフルフェイスマスクを纏った人型が出現した。

「!」

 素早く太刀を正眼に構え、間合いを取って戦いに備えた。

「簡潔に言うわ、今からこの試作品と戦ってもらう。前々から上の方が知りたがってたのよね~、あんたたち一人当たりの戦力がどんなもんか。てなわけで試作サイボーグ技術の試運転を兼ねてとっとと無様に死んでくれって話」

「私に死ねって?」

 正眼から八双に構え直しながらルナは宣言した。

「お生憎様、死ぬのはあんたよ」

 イリガは相変わらず不快な笑顔を浮かべている。

「生意気言っちゃって、いじめたくなるわね。まあいいわ、やりなさいムルグ三号」

 ムルグ三号の掌の皮膚が破れ、そこから骨で形成されたであろう刃が飛び出し、更に腕全体からそういった刃が数本出現した。

「悪趣味」

「私達に説教? 馬鹿ね!」

 ムルグ三号は跳躍して骨刃を振り上げて斬りかかってきたが、ルナは横に回避しながら刃を切断しようと試みた。

「⁉ 硬い!」

 スーツによって形成される刃は特殊合金で形成され、無類の切れ味を誇ると同時に微細に振動している、その上で刃の部分はC-SUITにも使われるエネルギーでコーティングされている。

 喰らったらまず無事ではないはずだが、この骨で形成される刃はそれを止めたのだ。となると考えられる可能性は一つ。

「私の太刀と同じ! この骨にはエネルギーが流れてる!」

 力いっぱい自分よりはるかに大きい巨人の刃を押し返すと、太刀を一旦収納し、グリップを二つに折って小太刀を二本生成した。

「おお! 二刀流!」

 小太刀を構えながら互いに睨み合い、再びムルグ三号が仕掛けた斬撃を右の小太刀で受け流し、逆手に持った左の小太刀で体を斬りつけた。

「……効果は薄いか」

 ムルグ三号の胸に出来た裂傷が徐々に再生しつつあるのを見て助けを呼ぶことを考えたが、妨害電波のせいか、はたまた扉や壁によって通信が遮断されてしまっているのか連絡が取れない。

 つまり孤立無援の状況でどうにかしてこのサイボーグを倒さなくてはならない。

「やるか、やらないか。私は、やる!」

 今度は攻めると決めた。小太刀を構えると跳躍して懐に入り込み、斬りかかると見せかけて手首のガトリングでフェイントを入れ、ムルグ三号が怯んだ隙に肩と背中に小太刀を突き刺した。

「だああああああああっ!」

 ムルグ三号の激しい抵抗に抗い、背中にしがみつきながら腰のスイッチを押し込み、そのままエネルギーを流し込もうとするも、脇腹から伸びてきた骨の刃に振り落とされた。

「ぐぅっ!」

 更にムルグ三号は腕から伸びた小さな刃を飛ばし、ルナの左肩に突き刺さった。

「あああああっ!」

 スーツに出血を警告する表示が出され、痛みを堪えて立ち上がろうと膝をついた。

「あひゃひゃひゃひゃ! ねぇねぇ! 教えてよ! 怖い⁉ 今最高に怖いでしょ⁉ でしょ⁉」

 イリガの哄笑と嘲笑を浴びながら、肩に突き刺さった骨の刃を引き抜き、スーツの自己修復機能をオンにした。

「顔が見れないの残念だなぁ! でも聞かせて! 怖いでしょ⁉ 怖いんでしょ⁉ 一人で無様にくたばるのが!」

 落ちた小太刀を拾いながら、ルナは小さく笑った。

「そうね……今とても怖い」

「やっぱそうだよねぇ! せっかく頑張ってきた……」

「いつも怖いよ、こうして戦う時だってそう、敵と睨みあったときもそう、私はいつも怖い」

「はぁん?」

「みんなよく戦えるよなって思うよ。使命感じてるんだろうけどさ、それでも私怖いもん。クインテットだって……入るのすごく怖かったし」

「なーにブツクサ言って……」

「それでも! これを私以外できないなら……やるしかないじゃん」

 小太刀の柄を二つ合体させ、両端から伸びる刃が太刀サイズに肥大化した。

「怖いからこそ……私は立ち上がる! 怖かったからこそ! 私は戦うんだ! 見縊るな‼」

 腰のスイッチを三度押し込んでオーバーチャージを発動し、ムルグ三号に向かって走り、まず上の刃で腹部に一太刀浴びせ、更に下部分の刃を突き刺して大量のエネルギーを送り込んでムルグ三号を爆散させた。

「ふはっ! はっ……はっ……はぁ……はぁ……」

 ムルグ三号を倒したものの、流石に疲れが限界を迎えて地面に膝をついた。

「……へぇ、やるじゃん。倒すとは思ってなかった」

 ルナはマスクの下で微笑みながら立ち上がり、鋒をイリガに向けた。

「次はあんたをやる」

「まあそのガッツは認めるけどぉ……これでも同じこと言えるのかなぁ⁉」

 イリガが指を鳴らすとムルグ三号と同型らしい三体のサイボーグが出現した。

「⁉」

「紹介するねぇえええっ! ムルグ七号と九号と十二号! ねぇ? この状況でも戦える? 立ち上がれる?」

 さすがにこれには視界が歪んだ。

「いっ……」

 三体のムルグ型サイボーグがルナに近寄り、イリガの笑い声が頭に響き渡る。

「だれか……」

 その時、ルナの左手側の壁から轟音が響き渡り、そこから現れた何者かがムルグ十二号の頭を鷲掴みにした。

「……はえ?」

 藍と焦茶の装甲に梟の(ヘルム)

「マグナアウル!」

「なななな……なんで? いかなる攻撃にも耐えた合金を何枚も重ねた壁を……突き破った? なんで?」

 マグナアウルはイリガを一瞥した。

「好かんな、こういうのは」

 イリガの疑問に答えず、そう吐き捨てるとムルグ十二号の頭を左右に捻じり、脊椎ごと頭を引き抜いた。

「ムルグちゃん! 十二号ちゃんが! なんで⁉ なんで⁉」

 絶叫するイリガに向けて引き抜いた脊椎を投げつけ、左手に持っていたサブマシンガンを乱射した。

「ひぃっ! ひええええっ!」

「なんでと言っていたが、答えるつもりはない。賢くなった気でいる性格の捻じ曲がった小煩い羽虫の言葉を知らないものでな」

「なんですって⁉ 小煩いはむ……ぎゃっ!」

 続きを言う前にサブマシンガンの乱射がまた飛んできた。

「許さない……よくも私をここまでコケにしてくれたわね! うぅおぉっ!」

 腕のスイッチが押されるとムルグ型サイボーグが更に三体出現した。

「七号! 八号! 九号! 十号! 十一号! マグナアウルをズタズタに引き裂いてしまえ!」

 全員両手から骨の刃を出現させて襲い掛かって来たが、マグナアウルはまず一番近くにいた八号の刃を腕ごと貫手で引き裂き、腕から射出したチェーンを首に巻き付けて十一号の斬撃をチェーンで防御した。

「一瞬で砕いた⁉」

 防御に使ったチェーンを刃に巻き付けへし折ると左の手甲から三つの爪を持つフックが現れ、思い切り殴ると同時にフックが十一号の腹を貫き、フックに繋がったチェーンを八号の首に巻き付けたものに結びつけて行動を制限し、背後に迫っていた七号を後ろ足刀蹴りで吹き飛ばした。

「今回は趣向を変えようか。オストリッチ(強化装甲)

 両手に巨大なナックルが生成され、同時に向かってきた九号と十号をそれぞれ正拳突きと裏拳で吹き飛ばし、距離を取っている七号をチェーンで捕らえて引き寄せて殴り飛ばし、その一瞬の隙にフェザーダーツを四本まとめて頭に突き刺して上半身を爆散させた。

「足」

 両腕のナックルが分解されて脚部用の装甲に変化すると、まず十一号の背中に腕を突っ込みフックを取り出すと頭に引っ掛け、思い切り八号を蹴り上げて二人同時に片付けてしまった。

「残るは二匹、どうやらお前達でもないらしい」

 さんざん仲間を弄ばれた九号の怒りは頂点に達し、武器すら使わずマグナアウルに突進を繰り出し、壁に叩きつけた。

「そっ……そう! その調子よムルグ九号! このまま原形が無くなるまで殴って殴って……」

 ムルグ九号がその通り腕を振り上げてマグナアウルを殴る前に、逆にマグナアウルがムルグ九号に抱き着いた。

「フンッ!」

 (ヘルム)の口の部分の装甲が一部剥がれ、鋭い牙が生え揃った〝口〟が出現し、首筋に深く嚙みついた。

 筋肉が容赦なく引き裂かれる音と共に骨も砕ける音が響き、これまで一切の声を出さなかったムルグ九号は苦悶の咆哮を上げた。

「ひっ……ひぃっ!」

 そのまま九号を蹴飛ばして首筋と肩と腕の一部を引き千切って十号ごと壁に叩きつけ、口元を拭うと体中に飛び散った体液が蒸発するように消滅した。

「面倒臭くなったな。ブラックスワン(ショットガン)

 レバーを操作し、銃口に周囲のエネルギーが蓄積され、レバーを戻すと銃口の前に青白いエネルギーの塊が生成された。

「散れ」

 青白いエネルギーの塊が螺旋を描きながら九号と十号に命中し、二人どころか近くの壁ごと吹き飛ばしてしまった。

「さてと羽虫、次はおま……おい、居ねぇじゃねぇか」

 どさくさに紛れてイリガは逃げ出していた。

『探知は可能ですよ』

「今すぐにでも見つけ出して……いや待て」

 マグナアウルの耳がかすかな異音を捉えた。

「おい、剣使い」

「私はルナよ」

「青いの、立てるか?」

 疲れと痛みで倒れこんでいたルナに手を貸して立ち上がらせた。

「おそらくこの船は離陸する、そんな所に居たら宇宙に連れて行かれるぞ」

「待って、何故助けるの?」

「……何故とは?」

「私は一度あんたを攻撃した、助ける義理は無いはず」

「義理は無いな、だからと言って助けない理由にはならない。俺はジャガックに殺される者が居るのを捨て置く訳にはいかないんだ」

 ルナは一瞬躊躇って下を向いたが、結局マグナアウルの手を取って立ち上がった。

「あんたの事を信じた訳じゃない。他メンバーの考えがどうであれ、私はあんたを警戒する」

「そうかそうか、いつでもかかってこい。暇つぶしには丁度いい」

 マグナアウルは落としたサブマシンガンを引き寄せると扉を蹴り壊し、部屋を出るとショットガンで床に穴を開けて階下へ降りた。

「仲間に連絡を取れ」

「下に集合するように言ってある」

「下だな」

 そう言うとその場で軽く跳躍して着地すると同時に穴を開け、そのまま最下階までぶち抜いた。

「うわっ!?」

 いきなり天井をぶち抜いて現れたマグナアウルに四人全員困惑している。

「き……来てたんですね」

「さっさとここを出るぞ、宇宙に連れていかれる」

「待って、ルナは?」

「上に居るが、すぐ来るだろう」

 マグナアウルの言う通り、開けた穴からルナが飛び降りてきた。

「揃ったな、では」

 まるで普通に通りかかるような感覚で壁に向かって歩くと壁が粉砕され、離陸しつつある船から地面へ飛び降りた。

「地上最強の生物かよ」

「……普通に出口から出るって発想は無いのかな?」

 クインテットも後に続き、ロケットパックを駆使して地面に着地した。

「どうする? あらかた内部は破壊したけど」

「でもこのまま見逃すのもヤバくない?」

 イドゥンが前に進み出て、ライフルを組み替え始めた。

「ウチがやるよ、誰か拡張パック持ってる?」

 デメテルが付けていたエネルギー拡張パックを受け取ると背中に装着し、ライフルのスコープを調節して狙いを定めた。

 対してマグナアウルはショットガンとサブマシンガンを合体させると、イドゥンから少し離れた場所で狙いを定めた。

「よし、行くぞ!」

 気合と共に腰のスイッチを三度押し込むと、エナジーストリームラインが激しく発光し、武器にエネルギーが行き渡っていく。

 それと同時にマグナアウルの装甲の装飾と(ヘルム)の目が青白く輝き、銃口の先端に黒い紫電を放つ青と赤の二つの光球が形成され、更にマフラーが伸びて深く地面に突き刺さった。

「らああああああっ‼」

「おおおおおおっ! 黒翼乱舞‼」

 イドゥンのエネルギー弾とマグナアウルの黒い紫電を放つ二つの光球の螺旋がジャガックの工場船に命中し、大爆発を起こした。

「フゥ、確かに威力が高くなって……あ?」

 空中の爆炎から一台の小型飛行機が躍り出た。恐らく何者かが脱出に成功したのだろう。

「チィッ!」

 すぐさま狙いを定めるもどれも紙一重で回避される。

「クソッ!」

「なんだ、撃ち落とせないのか」

 黒翼乱舞の発動により四メートル近く後方に引きずられたマグナアウルが、ボロボロになった自分の銃を投げ捨てながら言った。

「るっせぇな! じゃあお前出来んのかよ!」

 それには答えずマグナアウルは姿勢を前に倒し、さながらスタンディングスタートのような姿勢を取った。

 それと同時に周囲の空気が熱くなり、マグナアウルの周囲に何かの輪郭が現れ始めた。

「何コレ……」

「飛行……機?」

 マフラーが伸びてマントを形成すと大きく広がって靡き始め、マグナアウルの周囲に形成された輪郭が次第にはっきりと像を結び始めた。

「セイッ!」

 跳躍すると同時にマグナアウルは完全に別の物へと姿を変えた。

「なんじゃこりゃ!?」

「マグナアウルが……」

「飛行機になっちゃった!」

 月夜の晩、二つの飛翔体の追走劇(チェイス)が幕を開けた。


To Be Continued.

先に言っておくと今回を境にマグナアウルの戦い方がグロくなります。

毎回新しい戦い方を模索するのは大変だけど書いてると楽しいですね。

あと今回はクールな変わり者である皐月のフォーカス回です、お母さんと仲良くていいですね。

感想のコメントやSNSのフォローをいただけると喜びます。

それではまた来週お目にかかりましょう。

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