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青春Double Side  作者: 南乃太陽
京助編
39/45

拒絶、そして……

制御できないウィッカーアウルの力に苦しむ京助は、徐々に感情や思考すらむしばまれていくようになってしまう。

完全に獣になる事を恐れた京助は、遂に自分がマグナアウルである事を奏音に打ち明ける事に決めた。

果たして京助は無事に自分がマグナアウルであるという事を打ち明けることが出来るのか?

 ウィッカーアウルがサイと戦ってから数分後、千道邸の空間が突如ヒビ割れて空間の隙間が発生し、その中から京助が倒れ込むように現れた。

「うぅぅ……はぁっ!」

 頭の胸を押さえながら、京助は体中に走る痛みを逃すべく息を切らして床をのたうち回る。

「はああ……はっ!」

 やった、ついにやった。

「はっ……はっ……はっ!」

 この手でやった、ジャガックの幹部を一人殺すことが出来た。

 だが何故だろう、こんなに気分が悪くなって動悸がするのは初めてだ。今まで多くのジャガックの者達を殺して回って来た、今回と何が違うのだ。

 動悸と頭痛に苛まれる中、頭をフル回転させて原因を必死に考える。

「違う……これは殺しの動悸じゃない」

 記憶は朧気だが、確かにアレを覚えていた。

「俺は一度……アレになった!」

 ウィッカーアウルを破って外界に現れようとしていた、黒い姿をした赤い瞳の獣。

「ウィッカーアウルは……まだ抑えられてる状態だったのか⁉」

 あれで抑えられていたのなら、完全に開放された状態になるとどうなってしまうのか。

「おいおいおいおいおいおいおいおいっ!」

 京助の背後で黒い靄が集まり、白京助の姿になって、倒れている京助の前まで歩いてきてしゃがんで目線を合わせる。

「お前確か俺に言ってなかったっけ? 奴らと同じ戦い方をするのは俺の戦い方じゃないって……あれあれ? おっかしいなぁ~、下手したら奴らよりひでぇ戦い方してねえか?」

 嘲りをたっぷり含んだ白京助の言葉が、京助の頭痛を助長させる。

「お前の本質なんてそんなもんだ。まあ人間誰しもご立派な建前で能書き垂れるが、ちょっと皮を剝くだけでこんなもんさ」

「うるせぇ……」

「そうやって耳を塞ぐのか? いつもそうだよお前は」

「お前に……何が分かる」

「分かるさぁ! 俺はお前だからな」

「違う……噓つきめ……」

「あぁ? この期に及んでまーだ目を逸らそうと……」

「異次元に居るバケモンが! 送り込んで来た力の一端! それがお前だろ!」

 あるとあらゆる痛みを跳ね除けながら体を起こして白京助に指を突きつけると、白京助は呆気に取られたような顔をする。

「なんだ、知ってたのか」

「お前俺に言ったよな……あれはただの超能力だって……全くの嘘まみれじゃねぇか!」

 突き付けていた指を曲げて拳を突きつける京助に白京助はあのいつもの憎たらしい笑みを浮かべて返す。

「いいや、俺は嘘を少ししかついてないよ」

「なんだと?」

「ただの超能力といったのは確かに嘘だ……だがそれ以外は俺が言ったことに間違いはない」

「お前は異次元のバケモンが送り込んで来た尖兵じゃないのか⁉」

 自分の喉を(つつ)きながら、白京助はおどけた顔をする。

「ワレワレハ~イジゲンジンダ~コノチキュウヲシンリャクシニキタ~……なわけあるか。ここまで知ってるならどんな方法で外に出ようとするかは知ってるだろ?」

 采姫に言われた事をよく思い出す。

 確か感情に寄生してこちらの次元に干渉しようとしていると言っていた。

「その感情は紛れもなくお前から生まれたモノ……紛れもないお前自身から生まれた感情! 怒り! 絶望! 敵意……苦痛……憎悪! そして……まあ色々だ」

「じゃあやっぱり……お前は!」

「その通り……俺はお前なんだよ。お前がどれだけ目を逸らして見ないようにしても、お前がどれだけ耳を塞いで聞かないようにしても、そしてどれだけお前が隠そうとしても……お前は俺から逃げられなァい!」

 心底愉快そうに笑う白京助に頭痛をよりひどくされた京助は、大きく息を吐いてソファの後ろの背もたれに体を預ける。

「そういやお前、気まぐれで助けた小学生から優しい人間って言われて安心してるらしいじゃないか」

「それがどうした……またどうせ否定から入るんだろ」

「ああその通りさ。お前は優しい人間なんかじゃないね」

「そうかいそうかい、俺の事を全部知ってるお前さんなら俺がどんな人間か分かるってか」

「いいや、そんな話をしようってワケじゃない」

 意図が分からなくなった京助は、体勢を変えながら白京助の方を見る。

「お前の周りの人間の話さ」

「俺の周り?」

「果たしてお前の周りの人間は……お前がどんな人間か知ってるのか?」

 ますます意図が分からなくなる。

 京助は立ち上がってソファーの上に崩れ落ちながら、靴を玄関へアポートさせる。

「何が言いてぇんださっきから。はっきりと言えよ」

「お前は今まで戦う為に無数の嘘をつき、そして隠し事をしてきた、両親と記憶を失った可哀想な子を演じていると万が一にでもお前が疑われても言い逃れが出来るからな」

「それが……なんだってんだ?」

「さあ少し考えようか」

 白京助が京助の顔を背後から包むように触れてきてニヤリと笑い、京助はそれに不快感を覚えるも不思議と抵抗する気は起きなかった。

「嘘と隠し事という鎧の中に閉じこもってきたお前の事を……果たして誰が知ってるんだ?」

 その問いを聞いた途端、なんだか先程以上に動悸が激しくなり、熱くもないのに全身の汗腺から汗が出てくる。

「本当にお前の事を知っている奴なんて……誰もいないんじゃないか?」

 そんなことは無い、それは違うと否定したかった。

 だがそれが出来なかった、何故ならそれは自分がマグナアウルであると明かすべきか考える度に、いつも一瞬頭を過る考えだったから。

「俺は……」

「マグナアウルの装甲の中は欺瞞と隠し事に満ちている」

「何だと⁉」

「本当のお前を知る者は誰も居ない! そんなお前が他者の評価で自信を取り戻すなんて滑稽で滑稽で! 同時に哀れ極まりなかったぜ!」

 もう体が痛いとかいうのは関係ない、京助は立ち上がるなり白京助を投げ飛ばして床に叩きつけ、胸倉を掴んで顔を寄せる。

「テメェ!」

「ヘヘヘヘヘ! いずれお前は欺瞞と隠し事に押しつぶされて周囲の人間を全て無くすだろうなァ!」

「それは!」

「こうなったのも全部お前のせいって言いたそうだなァ……だがお前は俺だ。結局はお前が全部招いた事だ」

「……違うさ」

「ほぉ? どんな反論があるんだ?」

「奏音なら……俺の事を知ってる」

 ほとんど苦し紛れに絞り出した答えに、自分の浅ましさに嫌気がさしてしまう。

「奏音……ほーん、なるほど。そういやお前、明日奏音とここで会うんだったか……イヒヒヒ、果たしてどうなるか心底楽しみだぜ」

 意地の悪い笑みを浮かべて白京助が靄となり消え、京助はそのまま床の上に倒れ込んでしまった。

「もしかして……本当にあいつの言う通りなのか?」

 これもジャガックから皆を守る為なのだと言い聞かせてきたが、結局は自分が怖かっただけなのではないか?

「いや、きっと大丈夫だ。耳を貸すなあんな奴に」

 京助は深呼吸を繰り返し、視界の端で沈んでいく夕日を捉えながら、明日の事を考えるのだった。


 その頃ウィルマース財団の研究施設では、大騒ぎが起こっていた。

「先輩! 井上先輩! どうしたんですか!」

 処理班の井上が突如立ち上がり、極秘研究施設にずかずかと入って行ったのである。

 しかも取り押さえに来た警備員を片っ端から投げ飛ばし、何故か電磁警棒やテーザー銃も受け付けず、ただひたすらに前へ前へと進み続けるのだ。

「先輩! いやこれマジでヤバいって! 撃たれてもおかしくない! 殺されますよ!」

 近寄る警備担当を意に介さず、研究員の恐怖交じりの視線も無視し、そして木村の制止にも全く耳を貸さず、井上はただただ前だけを見据えて歩き続ける。

「ごめんなさい! 先輩はそんな人じゃないんです! 何か理由があるはずで……あ?」

 井上の左腕に金属の腕輪がついているのが見えた。

「あれは霊安室の! クソ!」

 木村はずかずかと歩き続ける井上の腰に飛びつき、左腕のバングルを外そうと手を掛けるも、意図を察知した井上が凄まじい顔で木村を見て、思い切り腕を振って吹き飛ばしてからその先へ向かう。

「先輩……ブレスレットの幽霊め! 先輩から出て行きやがれ!」

 木村が起き上がった頃には既に井上は限られた者しか入れない秘中の秘であるエリアの扉を謎の力で開けており、更に奥へと進んでいた。

「せんぱ……おおわ! すっげ! 初めてみた……こうなってたんだ」

 木村が驚くのも無理はない、ここは真鳥市のウィルマース財団の心臓部ともいえるC-SUITのスーツベースだったのだ。

「いや待て……まさか! おい! ヤバイ! 誰か止めて! 偉い人も呼んで! ヤバいですよ!」

 スーツベースに何かあるとC-SUITへのエネルギー供給や損傷修復が上手く行かず、クインテットの活動に著しい制限が掛かる。

 木村は井上に憑りついたバングルの幽霊がスーツベースを破壊しようとしていると考え、全速力で井上を止めるべく走ったが飛びつく前に躱され、ついに井上の腕がベースに掛けられてしまった。

「何が起こった⁉ あれは!」

 中年の低くて聞きやすい男声が聞こえて木村が顔を上げると、白波博士とその部下達が騒ぎを聞きつけてベース内部へやって来たのが見えた。

「偉い人ですか⁉ 先輩を止めてください!」

「君! 何をしているんだ‼ その中は危険だ!」

 白波博士の警告を無視した井上が左腕をスーツベースに翳すと、内部が展開してエネルギー源となっているマグナアウルの腕(アウルハンド)が露わになり、それを見た井上は一切の動きを止める。

「……何だ? 何故動かない?」

「……せ……先輩?」

 皆が沈黙して緊張した雰囲気でこの後の展開を予測できないでいると、ついに井上がその沈黙を破った。

「……なるほど、全て合点が行きました」

 井上は背後にいる白波博士を振り返ると極めて穏やかで丁寧な口調で話し始める。

「騒ぎを起こしてしまい申し訳ありません。取り急ぎ確認しなくてはならない事がありましたので」

「君は何者だ? 裏の事情を知る財団の職員……という訳ではなさそうだが」

「私はこの井上という女性の体を借りている精神生命体です。信じていただけるかは分かりませんが、私としては財団に対して敵意も害意もありません」

「ではどうしてスーツベースに?」

「私がこの腕の〝元〟持ち主の眷属である……と言えば何となく察するものがあると思いますが」

 白波博士は目を見開き井上の近くへ走った。

「君はマグナアウルの関係者なのか⁉」

「ええ、私は彼の最も近い場所に居ました」

「そうだったのか……どうしてここに居るんだ?」

「話すと長いですが、今彼女の体を使っているのは私の要求を伝える為です」

「要求?」

「ええ、対価として彼の情報を渡せる範囲でなら渡すことが出来ます」

「……わかった、要求が何なのか聞いてから判断しても構わないか?」

「ええ、勿論です。ですがそちらにも得がある話ではあると思いますよ」

「君の要求は?」

 井上の左目が美しい黄色に輝き、白波博士をしっかり見据えて要求を伝えた。

「彼を助けたい、そのために協力してほしいのです」

「……わかった、いいだろう!」

 白波博士の部下たちが口々に不安の声を上げる中、白波博士は彼らを見据えて声高に宣言する。

「大丈夫だ! 私が全ての責任を取る!」

「協力、してくれますか?」

「ああ、ウィッカーアウルはどうやら君にとっても脅威だったらしいな」

「流石に話が回っていたようですね。あれは彼を蝕んでいます」

「そうか、我々に出来る事ならやらせてもらおう」

「ありがとうございます。では協力関係が結ばれたため……彼女の体はお返しします」

 井上(トト)が左腕をアウルハンドに向けると、アウルハンドから青白いエネルギーが発せられ左腕のバングルにそのエネルギーが集約されていく。

「あっ!」

 しばらくすると井上の体が倒れ、左腕につけていたバングルだけが宙に浮いてその場で回転を始めた。

「おおわ! ……っと、先輩! 先輩!」

「ん……あれ? 病院の処理終ったの?」

「良かったぁ……先輩が戻ったぁ!」

 井上が状況を把握できないでいるのをよそに、宙に浮いているトトが入ったバングルが輝き始め、徐々に形状が変わり始める。

「一体何が起こってるんだ?」

「……さあ、ありゃ超常生物部門の案件だろ」

 輝きが増して周囲を眩いばかりに照らした後、しばらくすると光が弱まり、周囲の人間の目が慣れてくる。

「あれは……鳥?」

 例えるならそれは、金属の体を持つ中型のフクロウとオウムを混ぜ合わせてデフォルメしたかのような鳥であった。

「改めまして、私はマグナウルの眷属である金属生命体、名前はエジプト神話の月と知識の神からちなんでトトと申します。ウィルマース財団の皆様、以後お見知りおきを」

 皆が困惑する中、トトは金属で出来た翼を羽ばたかせながらしみじみと呟いた。

「いやぁ……体って良いですねぇ」


 ウィルマース財団での一悶着が落ち着いた頃、ジャガックでも大騒ぎが起こっていた。

 やはり騒ぎの原因は幹部であるパテウ・シャローの死である。

「なに⁉ パテウが!」

 あの全身を粉々に破壊されても死なない超過剰回復能力を持つパテウが、ついにウィッカーアウルに殺されたというニュースはジャガック内部を一瞬で駆け巡り、上層部も末端の兵士たちも改めてウィッカーアウルという脅威を知らしめる結果となった。

「パテウ……よりにもよってこの時期に死ぬとは! パテウゥ……」

 あのルゲンですら悲しそうな素振りを見せ、ザザルもほんの少し寂しくなると漏らすほどの事態の中で一人、笑みを浮かべている者が居た。

「まあ……こうなるのは当然の結果だろうな」

 とっくにパテウを見限っていたイダムは、もう悲しいだとか寂しいという感情すら湧かず、当然の結果としてそれを享受していた。

「あの力は全てを無に帰す破壊の力……マグナアウル程の力を持つ者が使いこなせれば、いかに奴の回復能力が優秀で強力と言えどいつか破られるに決まっている」

 さすがにイダムもこの戦いで死ぬとまでは思っていなかったが、それでもいずれ起こり得ることとして視野に入れていたため、むしろこんな事も予想できなかった他の連中の能天気ぶりに呆れていた。

「まあクドゥリを庇ってくれたのは実に良い判断だった、クドゥリを生かしたことが今回の戦いの中でお前の最大の成果だ。ありがとよ、パテウ」

 弔意どころか感謝の意すら籠ってない言葉と共にイダムは片頬をくっと上げて笑い、酒の入った瓶を半分まで飲み干した。

「クドゥリもすぐには無理そうだな。まあアレを間近で見せられれば誰だってああなるよな」

 今クドゥリはサイコエネルギーを直に吸われたことで体力をかなり消耗し、その上軽い錯乱状態になっている。

「となるともう……俺が出張るしかねぇかな。はぁ~めんどくせえ」

 後ろに手を回して椅子にもたれかかるイダムには緊張や焦りと言った雰囲気はなく、余裕しか感じられない。

「まあ、上手いこと持久戦に持ち込めればそれで良いわけだからな。あとは機を待つだけだ」

 イダムの笑みの裏には、どんな恐ろしい策が待ち受けているのだろうか。


 各勢力で様々な騒ぎがある中やがて夜が過ぎて日が昇り、この間心身共に休まらず一睡も出来なかった京助は今か今かと奏音からの連絡を待っていた。

「何から言うべきかな……」

 京助にとって、これもある種の戦いである。

 今までひた隠しにしていた事を誰かに話そうとするのは、並外れた勇気と多大なる心の準備が必要だ。

「結局何も考えられなかったもんな……」

 昨日戦いへ行く前に勢い任せで明日話そうなどと言ったが、中途半端な時間が空いたせいで考えや気持ちの整理はつかず、不安だけが増すという結果になってしまった。

「まず近況からか……となるとこうなった原因を話すべきだよな? ああいや、だったらルゲンの話をしなきゃいけなくなる。まずは俺はマグナアウルだったって言うべきか? いやさすがに信じられないだろうな……信じられないなら証拠として俺がマグナアウルになって待機して……ダメだ、今の俺だとマグナアウルにはなれない! クソ……」

 いかにトトに助けられていたかを今更になって痛感し、京助はソファに体を投げ出す。

「こんなんじゃダメだ……ダメなんだよ……そもそもなんで俺の事を知ってることの証明が俺がマグナアウルって明かすことになるんだ……訳分かんねぇ……いいや違うそうじゃない、あいつが仕掛けたつまらない賭けはどうでもいい……采姫様が言ってた事を俺はやるだけだ。あいつを跳ね除ける為に……奏音の力が必要なんだ」

 いろいろと考えていると、スマホに奏音から連絡が入った。

「今から行く、か……ふぅ」

 念力で玄関と正門の鍵を開けると、鍵は開いているから自分から入って来てほしい旨を返信し、不整脈になるのではないかと思うぐらい跳ね上がる心臓の鼓動を感じながら京助は奏音が来るのをひたすらに待った。

「考えても仕方ないだろ……ああもう、ダメだ。何やっても雑念が飛んで来る!」

 胸の高鳴りを抑えようと四苦八苦していると、玄関の扉が開く音が聞こえてきて、京助は反射的にソファに座り直した。

「お邪魔しま~……す。京助……いる?」

 努めて跳ね上がる思いを押さえながら、京助は答える。

「いるよ、リビングだ」

 微かに千道邸の空気が淀み、そして張りつめているのを感じ取った奏音はここに来るまでの間に膨らませてきた不安を更に膨らませ、ゆっくりと京助の居る方へ足を進める。

「京助……うわっ! えっ……」

 奏音がこんな反応をするのも無理はない。日が昇った時点で身なりを整えはしたが、白髪部分は増え、病的に白い肌に浮かんだ色濃い隈はそのままなのだから。

「話は聞いてたけど……こんなにひどかったなんて」

「まあ……こう見えてマシになった方さ」

「具合は悪くない?」

「大丈夫……とは言えないな」

 奏音は恐る恐る京助の頬を触り、自分の指先から感じる温度があまりにも低い事にゾッとした。

「ちゃんと……食べれてる?」

「ああ、むしろ腹が減って仕方がない」

「じゃあ……眠れてないの?」

「……そうだな、嫌な事ばかり思い出すから眠れない」

 奏音は思わず目を見開いてある可能性に行きついた。

 もしや京助はここ数日のジャガックの大規模侵攻の影響で失われた記憶を取り戻したか、あるいは今それを取り戻しかけているのではないかと。

 そう考えた奏音は、後先何も考えず思わず口走ってしまった。

「ねえ京助、その記憶ってジャガックにお父さんとお母さんが……」

 ここまで言いかけた所で奏音は迂闊だったと思い直して口を押え、恐る恐る京助の方を見る。

「なんだって?」

 掠れ気味で弱々しかった京助の声がやけに力強くなっており、半目がちだった京助の目は大きく開かれて奏音をじっと見ていた。

「今なんて言った?」

「あっ……その……」

 先程奏音に何を話そうかという考えや、どう伝えればいいだろうという不安は今や全部吹き飛び、今や京助の頭の中は奏音への疑念の追求でいっぱいになっており、他の事は全く考えられないでいた。

「俺の父さんと母さんと……ジャガックって言ったな?」

 京助が普段なら絶対しないような威圧的な喋り方だったが、もはや京助は自分を止めることが出来ない。

「知ってたのか」

 俯いた奏音が頷いたのを見て京助の中で何かが爆ぜる感覚がし、それが後から怒りだと自覚したが、正直なところ何に怒っているかは自分でも分からなかった。

 ただただ、無性に腹が立ったのだ。

「そうか……そうか……ハハッ」

 思わず笑いが込み上げたが、京助の目は全く笑っておらず、それを見た奏音が弁解しようとしたのを遮って京助は捲し立てた。

「知ってたのに、ずっと黙ってたんだな」

「京助……これには訳があって」

「ワケ! どんな訳があったら彼氏が苦しんでる記憶の事を今まで隠してられたんだ!」

 言ってることが何だか支離滅裂になってきた自覚はあれども、爆発した怒りに突き動かされた京助はもう止まらない。

「お願い聞いて……説明させて! これはあんたの為を……」

「俺の為! 俺のせいか! 俺の為を思うんなら言ってほしかったね!」

「ごめん……それは私が……」

「言ってくれたなら! 俺はこんなに苦しむことは無かった‼」

 口に出してやっと自覚した、もし奏音がこの事をもっと早く打ち明けていてくれていたのなら、京助も記憶喪失というのが嘘だというのを打ち明け、自分の正体を明かす事が出来たかもしれないという可能性があったからだ。

「こんなになるまで俺は! ずっと……ッ!」

 病的で怒りに歪んだ顔を覆いながら京助はその先を続けようとしたが、鼻をすする音で言葉は中断された。

「……」

 泣いている、奏音が涙を流している。

「京助……ごめんなさい……」

 熱くなった身体が、膨れに膨れ上がった怒りの熱が、一気に引いていった。

「ずっと気付かなかった……ずっと近くに居たいって思ってたのに……」

 今人生史上一番冷え切った頭で、京助は思った。

 奏音を責める資格が果たして自分にはあるのか?

 そんなものはない、それなのになぜ責め立てたのだ。自分の主張はあまりにも支離滅裂で自分勝手がすぎる。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「……」

 己の言動で、しかも筋違いな怒りを奏音に向けて責め立て、悲しませてしまったという事実が、この後の京助の判断を鈍らせた。

「今日は帰ってくれ」

「!」

「今は話せそうにないんだ」

「ねえ待ってよ!」

「もう怒ってない……ただ今話せるような気分じゃないんだ。だから帰ってくれ!」

「待ってよ本当にごめん! だから……」

「これ以上話したって互いに傷付くだけだ! 頼む……俺はお前を傷つけたくない」

「私は大丈夫だから! ねえお願いだから聞いて!」

「俺が嫌なんだ!」

「京助……ヒッ!」

 京助は泣きじゃくりながら縋りつく奏音の腕を掴み、奏音はその手の冷たさに愕然として声を漏らし、その間に京助に引っ張られて玄関まで連れて行かれる。

「痛いよ、やめて……」

「ごめん、でも頼む。頼むから俺を一人にさせてくれ」

「ねえお願い、ごめんなさい! 聞いて……」

「今は無理だ、どうしても!」

 目の前で扉が閉ざされた奏音は泣きながら扉に手をつき、そして京助もまた自ら閉ざした扉に手をつく。

 厚い扉越しに手を合わせながら、二人はなぜこうなってしまったのかと己の行いを心底後悔した。

「あんたを……守りたかったの……」

「俺は……どうしてあんな事言ったんだ……」

 互いにして来た嘘と隠し事が、今この扉となって現実世界に現れたように思えてくる。

「絶対に奏音を……傷付けまいと思ってたのに……」

 一体なぜ、こうなってしまったのか。

「クククク……ウハハハハハハハ‼」

 あの不快極まりない嘲笑が聞こえた京助は反射的に後ろを振り返って睨みつける。

「こうまで俺の予想通りに事が運ぶとは思わなかった! 思い通りに行き過ぎるとつまらないってよく聞くが、実際そんな事はねぇもんだな! 俺は今死ぬほど愉快だぜ!」

「お前!」

「嘘と隠し事で自分を守ってきたお前は、やがてその盾を周囲の人間にまで向けてしまう……ハハハ! これでお前が今までご立派にぬけぬけと垂れ流してた事が全部虚飾な建前って事が証明されたな!」

「違う……本心だ……」

「無理もない、そうでもしないと人としてぶっ壊れるかもしれなかったからな」

「違う……違う!」

「父さんと母さんを殺されたあの日からずっと、そうでもしないと周囲の人間との軋轢でぶっ壊れかねなったもんな。だが安心しろ、もうお前の周りには誰も……いいや違うね、始めからお前の周りには真の意味では誰も居ないんだ」

「なんでそうなるんだ!」

 白京助はニヤリと笑って京助の目前まで瞬間移動して、トドメの一言を放つ。

「お前の魂はあの日、父さんと母さんと一緒に死んだんだよ。今ここに立ってるのは、復讐という意思で動き続けた亡霊なんだよ」

 なんてことないその言葉は、先程奏音を自らの手で拒絶してしまった京助に取っては十分すぎる絶望への引き金になった。

「ふっ……へへっ……」

 力なく膝をつく京助を見て、白京助は何かをやり遂げたかのような笑みを浮かべると、徐々に体を靄状に分解して京助の体へ侵入していく。

「安心しろ、後は俺がやるから」

 白京助から出た黒い靄が完全に京助へ向かうと、突如京助が跳ね上がるように起き上がり、瞑っていた両目を開いた。

「……ほぉ、眼球でものを見るってこんな感じなのか」

 その瞳は不気味に赤く染まっており、その口元の笑みはあの全てを見下すような嘲笑的な笑みが浮かんでいた。

「空気か……無味無臭。体温って変だな、まあやっと得た体だ。後で食事って奴をしてみようか」

 ついに京助の体の主導権を得た死の力、京助はこのまま異次元に潜むものの手先に成り下がるのか?


 誰に見られようがどうでも良かった、小雨降る中ひたすら泣きじゃくりながら帰路に就いた奏音は、家につくなりその場に蹲ってひたすら涙を流した。

「あら、おかえりなさ……え? ちょっと! 奏音⁉」

 娘が大泣きしながら帰って来たという明らかに只事ではない事態に、和沙は思わず玄関へ駆け寄った。

「何か酷い事されたの?」

 玄関に体育座りで突っ伏して泣く奏音は首を横に振る。

「……喧嘩しちゃった?」

「私が悪いの……全部!」

「とりあえず……お部屋行こうか」

 和沙は奏音を介抱しながら奏音の自室に向かい、四苦八苦しつつ一時間ほどかけて何とか事情を聞き出す事に成功した。

「……うーん」

 これには和沙も頭を抱えてしまった。

 我が娘の想いもよく分かる。クインテットとして、友人あるいは恋人として京助を守りたいという思いからあの日の事の真相を言わなかったというのは、実際自分が同じ立場だったらきっと同じ事をやっていたと思う。

 だが同時に京助の気持ちも分かってしまう。顔を合わせる度に元気そうだと思っていたが、その裏では筆舌に尽くしがたい程の悲しみと苦しみがあったに違いない。

 そんな中、京助としては苦しい記憶を共に分かち合ってほしかったが、奏音はずっと黙っていた。ずっと一緒だったからそこは分かっていてほしかったという失望で、反射的に怒りが込み上げてしまったのだろう。

「喧嘩だね」

「違う……私京助の事……何も知らないで……傷付けて」

「そうね。京助君はずっと傷付いていたの」

「全部全部私が……」

「違うわ奏音。これは誰も悪くない」

「私がこれが為になるって思いこんだから!」

「違う。確かに京助君からすれば独り善がりと映ってしまったかもしれないけど。それは奏音ちゃんの真心から出た行動じゃない」

「……え?」

「この話に誰が悪いなんて存在しない。だからそう自分を責めるのを止めて、次にどうするかを考えなさい」

 優しく背中を撫でてくれる母の手によって、奏音は徐々に落ち着きを取り戻したが、それでもなかなか涙は止まらない。

「まっ……うまい事受け止めきれないよね。今日はいっぱい泣きなさい」

「お母さん」

「……おいで」

 腕を広げた和沙に奏音が抱き着き、しばらくの間奏音はしゃくりを上げつつ涙を流すのだった。


 降り始めた雨が大降りになる中、京助は傘もささずに往来を歩いていた。

「I hear babies cry I watch them grow……They' ll learn much more Than I' ll ever know」

 雨を全身で受けながら体に張り付いて重くなっていく服や髪も、奪われていく体温も気にせず京助は歌い続けている。

「And I think to myself. What a wonderful……」

 腕を広げた京助の真上を、ジャガックの宇宙船が通り過ぎて行った。

「……予想通りだ」

 以前見たイダムの特別機と同じペイントがしている事に気付いた京助は、不快そうに眉を顰める。

「イダム・ジャム=ガトローダ……俺を今日まで苦しめた全ての元凶……生き残った事を後悔するぐらい……甚振ってやる!」

 雨粒を蹴散らしながら思い切り拳を振り上げると、京助の手にウィッカーアウルレットが現れ、同時に次元崩壊ブレードが展開する。

「ジャガックも全部! 撫で斬りだァ‼ うおおおおおおおああああっ!」

 京助が地面にウィッカーアウルレットを叩きつけると、真下の空間が崩壊して黒い炎が京助の体を包み、次第に骸骨を思わせる装甲に姿が変わっていく。

「シャァァァァァアアアアハハハハハハハハハハ! 鏖殺(ミナゴロシ)の時間だァ‼」

 ウィッカーアウルは真下に開いた空間の隙間に吸い込まれていき、ついにこの姿でイダムを殺せることに期待しながら戦場へ赴くのだった。


「天気としちゃァあいにくの雨だが、だがお前達に取ってはお誂え向きだ」

 イダムが選りすぐって集めてきた上級兵士達に向けて笑いかけながら鼓舞する。

「奴は一際強力になった! だがその油断につけ込む隙がある、いいか? 船を降りたその瞬間から一切の油断を……」

 その時、船の床の空間がひび割れて黒い靄が湧き出し、その中から赤い双眸を不気味に光らせながらゆっくりと骸骨を思わせる装甲を纏った黒い梟の上半身が現れた。

「シィィィッ!」

 突如船の中に現れたウィッカーアウルに全員が驚かされたが、そこは流石の選りすぐりの上級兵である。距離を取りながら一斉に武器を向けてウィッカーアウルに攻撃を加える。

「無駄だ……諦めろ」

 だが対応できたとしてもウィッカーアウルにはそんなものは無効である、すぐに羽角から放たれる赤い電撃によって前方に居た者達は全滅し、その上機体に当たった赤い雷の影響で計器がバグを起こして機体硬度が徐々に落ち始めた。

「全員脱出だ!」

「その前に死ね」

 場所指定簡易ワープ装置も破壊された上、しかも扉も開かない、文字通りの八方塞がりに状況に追い込まれてしまう。

「ヘッ……面白くなってきやがった」

 ウィッカーアウルは腕を伸ばして徐々に空間の隙間から這い出してきて、自分に攻撃を加える兵士へゆっくりと近付いていく。

「好き勝手しやがって! 喰らえ!」

 イダムが形成した黒い拳が飛来する前にウィッカーアウルの(クラッシャー)が展開し、そこへ黒いエネルギーが収束していく。

「VOOOOOOAAAAAAAAHAAAAAAA‼」

 咆哮を通り越した轟音と共にウィッカーアウルのクラッシャーから赤い紫電を纏った黒いビームが放たれて複数の上級兵ごとコックピットを抉り飛ばし、制御不能になった船はスピードを維持しつつ大きく揺れながら墜落していく。

「全員出ろ!」

 いの一番にビームよって開けられた穴から脱出したイダムに兵士達も続くが、運の悪い後ろの方に居た兵士たちは刃付きのチェーンに次々と貫かれて消滅し、上手く脱出できた者の一部も空中でウィッカーアウルに直接屠られていく。

「クソ!」

 生み出した足の実像に自分を蹴らせていち早く着地したイダムは、残った部下の数を確認していく。

「多くて七人、最低四人。まあ少し面倒だが仕方あるまい」

 結局残ったのは六人で、イダム含めて七人でウィッカーアウルと相対する。

「噂に違わねぇ強さだな……」

 土煙を上げながら着地したウィッカーアウルを見たイダムはニヤリと笑って爪を鳴らす。

「だがな、俺には敵わねぇよ」

「イダム……必ず俺がお前を殺す!」

 即座に上級兵達が展開してウィッカーアウルを取り囲み、各々の武器を取り出してウィッカーアウルに狙いを定める。

「撃て!」

 この六人のうち銃を持つ三人がウィッカーアウルへエネルギー実弾による銃撃を行い、イダムも拳の実像を次々と打ち出す。

「グア!」

 最初こそ銃撃を全身に受けていたウィッカーアウルだが、そのうちクラッシャーを展開して銃弾やサイコエネルギーの塊を飲み込み出した。

「まずい! お前ら撃つのをやめ……」

「GUO!」

 取り込んだ弾丸やサイコエネルギーを一つの塊に変換すると、ウィッカーアウルはそれをクラッシャーから吐き出して炸裂させ、これにより六人中二人を吹き飛ばしてしまった。

「めちゃくちゃな野郎だな!」

「イダム……イダムゥッ!」

 イダムに向かおうとした所を残った四人の上級兵がウィッカーアウルへ群がって止めようとしたが、ウィッカーアウルは全身を震わせて全員を吹き飛ばし、それでも向かって来ようとした上級兵の首を脊椎ごと引き抜いて放り投げた。

「フッ!」

「ヌオオオ!」

 全身に黒い炎を纏ったウィッカーアウルの全力の突きを咄嗟に躱し、イダムは自身の力も開放して黒い拳の実像を次々と飛ばしていく。

「フンッ! ハアアアアアァッ!」

 ウィッカーアウルが地面を殴って発生させた赤いチェーンが黒い実像を次々破壊し、ターゲットを失った刃付きのチェーン達はイダムへと標的を変えた。

「全く面倒クセェ鎖だ!」

 跳躍したり側宙でチェーンを回避したり、鎖の先端の刃を蹴って進路を変えさせたりしてイダムは無数のチェーンの猛攻を掻い潜り、痺れを切らしたウィッカーアウルは咆哮を上げて新たに刃付きチェーンを生み出して自分の腕に巻き付けた。

「ヌアッ! ヌェアッ! シャアアアアアッ!」

 ウィッカーアウルはチェーンを巻いた腕でイダムへ殴り掛かり、イダムはそれを回避しつつ的確に反撃を加えていく。

(なんだ……この違和感は?)

 さっきからウィッカーアウルと戦っていて付き纏う変な違和感を、おくびに出さずともイダムは感じ取っていた。

(なんなんだ? 何か変だぞ)

 距離を取ってその違和感の正体を確かめようとした直後、上空から高速で輸送戦闘機が迫って来て、そこからクインテットの五人が降下してきた。

「二番目だったか!」

「それでもいい、今ここでイダムを倒す!」

「来たかクインテット!」

(計画通り来てくれたな……だが今は間が悪い!)

 ミューズ以外は一斉にイダムの方へ向かい、ミューズもすぐに顔を上げてハルバードを構えて合流する。

「雨が降ってて助かった!」

 ルナの凍結弾がイダムに向かうも、イダムは拳の実像を飛ばして相殺し、その隙に背後からデメテルの接近を許してしまう。

「だああああっ!」

 ドリル付きの拳の一撃を躱し、イダムはデメテルを背負い投げの要領で投げ飛ばす。

「うぐっ! まだま……」

「ジャマダ! ドケ!」

「うあっ!」

 立ち上がったデメテルをウィッカーアウルが裏拳で殴りつけてどかし、全員がその光景に一瞬呆気に取られた。

「デメテル!」

「チッ! あんたね!」

「イィダァムゥゥゥゥウウウウウッ!」

 抗議の声も届かず、ウィッカーアウルはひたすらイダムに向かって行く。

「ほぉ……ふっ!」

 イダムは跳躍してわざとアフロダイとミューズの後ろ近くに着地すると、ウィッカーアウルはお構いなしに羽角から赤い稲妻を放射する。

「うわあっ!」

「くあっ!」

 三人とも直撃は免れたものの余波によって吹き飛ばされ、イダムは空中で体勢を立て直して着地し、ミューズとアフロダイはその場に倒れ込んでしまった。

「何するんです!」

「何言っても無駄、もうあいつには……イダムしか見えてない!」

「ヌウオオオオオオオッ!」

 雨の中黒い炎を更に滾らせながらウィッカーアウルはイダムに殴り掛かり、イダムはそれを捌きながら跳躍して今度はイドゥンの真後ろに着地する。

「ちょっ! お前マジでこっち来んな!」

 イドゥンが咄嗟に横にずれながらその場に伏せたのと、彼女の頭上を黒い光線が掠めたのはほぼ同時だった。

「いい加減にしろウィッカーアウル!」

 ルナが凍結弾を放つもウィッカーアウルの体の表面に纏う黒い炎により全て無効化され、明らかな攻撃をも無視してひたすらイダムを殺さんと進み続ける。

「ルアアアアアアアアッ!」

 叫びながら殴り掛かるウィッカーアウルの攻撃を防御しながら、ようやくイダムはこの違和感の正体を突き止めることが出来た。

「そうか……分かったぞ。クククク……ハハハハハハ! セアッ!」

 イダムはウィッカーアウルの蹴りを躱すと手の実像を呼び出して足を掴み、その後も次々と四肢を呼び出した実像で掴み上げる。

「ハナセ!」

「お前と戦いながらずっと変だと思ってたんだ……だがもうその理由が分かった。お前、なんか弱くなってるんだよ」

「⁉」

 ウィッカーアウル(白京助)は驚愕した、強大な力を手に入れた筈なのに一体こいつは何を言ってるんだ。

「確かに力は強力だが、攻撃があまりにも単調すぎる。むしろマグナアウル(まえ)の方が強かったな」

「ウウウウッ!」

 イダムが言った事、それはつまり弱腰だ負け犬だと白京助が批判していた京助本人よりも自分が弱いという事。

 イダムにも負け、真の自分にも負けるのか。

「チガウ……チガウッ!」

「力に溺れすぎたってこったな……これでも喰らって、頭冷やしな!」

 イダムの拳が迫る直前、ウィッカーアウルの装甲に無数の細かいヒビが入り、同時に肩と背の筋肉が膨れ上がる。

「オレハ……オマエヲ……コロス……コロス! コロス‼」

 何かを感じ取ってイダムが距離を取ると同時にウィッカーアウルを捕えていた実像達が次々と呑み込まれ、徐々にヒビが入った装甲がまるで卵の殻のように剥がれ落ちていく。

「なんだありゃァ……」

「まだ変わるって言うの?」

「ウウウウウ……グルルル……ガウッ!」

 (ヘルム)のクラッシャーが大きく開いて嘴の中に生え揃った牙が露出し、腕は巨大化して鋭い爪が生える。

「何これ……」

「バケ……モノ?」

 二本の足は爪が伸びて趾行になり、巨大な爬虫類を思わせる尻尾が生えてくる等、もはや人間の原形を失い始めていた。

「来る!」

「グルルルル……グオオオオオオオオンッ‼」

 ウィッカーアウルだったバケモノの体の表面に黒い炎が滾ると共に残った装甲が粉々に吹き飛び、ついにその怪物はこの世界に姿を現した。

「ハハハハッ! それがお前の力の到達点か!」

 鋭い牙の生えた嘴を持つ梟の頭に、蛇のような尾を持つ狼を思わせる巨大な体躯。

 それはまさに。

「……アモンだ」

 イドゥンの指摘した通り、ウィッカーアウルから現れた怪物は、ゴエティアに記載のあるソロモン七十二柱のうち七番目の地獄の侯爵たる悪魔のアモンにそっくりであった。

「アモンって?」

「ソロモン王が使役した七十二匹の悪魔の……五番目か七番目だったか、とりあえずアイツはアモンって悪魔に似てる。言うなれば……ウィッカーアモンって所か」

 ウィッカーアモンは身体を震わせながら巨大化を始めて六メートルほどの大きさになると、不気味に赤く光る目をぎょろりと動かしながら、最後に残った理性で自分の仇を探り当てる。

「ガオオオオオオオオオオンッ‼」

 牙の生え揃った嘴を限界まで開いて咆哮を轟かすと、ウィッカーアモンは四足歩行でイダムへ飛び掛かった。

「うおっ!」

「ガフッ! グオオオオ!」

 背後へ回り込んだイダムを確認したウィッカーアモンは、自分の尻尾を伸ばしてイダムを貫かんとする。

「どわっ! 隙のねぇ野郎だ! フンフンッ!」

 イダムの繰り出す足の実像がウィッカーアモンへ降り注いだが、ウィッカーアモンは背中の突起から放たれる赤い電撃で全てを撃墜した。

「フッ! それが狙いさ! 喰らいな!」

 イダムが長時間秘かに溜めていたサイコエネルギーを両足に集め、ウィッカーアモンの顔面目掛けて渾身のドロップキックを放って吹き飛ばした。

「ガアアアアアアアッ!」

 さすがのウィッカーアモンも吹き飛ばされてひっくり返り、イダムはその場に着地して足の調子を確かめる。

「さすがに……この程度じゃ防げねぇか」

 ウィッカーアモンが纏う黒い炎に触れると、例え同質の力で防護したとしても悪影響を及ぼすようだ。

「だが作戦は成功した……じゃあな」

「え?」

 クインテットの五人に手を振るとイダムは簡易ワープ装置を起動してその場から消え、後には五人とウィッカーアモンだけが残された。

「クッ! また逃げた!」

「今からどうする?」

「どうするって……あいつを」

「アアアアウゥッ!」

 蹴られたダメージから復帰したウィッカーアモンは体を起こし、反射的に五人は武器を持って警戒する。

「こっちに来るって言うの?」

「もうあいつには……戦いしかない!」

「フッシュゥゥゥゥゥウウウ……グルルルルル……」

 いない、いない、あいつがいない、仇敵が居ない。

 この怒りを、この憎しみをどこへぶつければ良い? ウィッカーアモンの頭にはもはや戦い暴れる事しかなかった。

「ウゥッ! ガフッ!」

 五人に警戒される中両手をついたウィッカーアモンは雨空目掛けて裂けんばかりに口を開いた。

「アゥォォォォオオオオオオオオンッ‼」

 一際強烈な咆哮を自分の真上に放って雲を蹴散らすと、クインテット目掛けて走り出した。

「やっぱりこっちに来た!」

「みんな避けて!」

 ウィッカーアモンの攻撃を横に避けながら、ルナとイドゥンとアフロダイはウィッカーアモンを銃撃する。

 しかし体に纏う黒い炎がそれらを容易く無効化する。

「ウウウゥッ! ガァッ!」

 ウィッカーアモンはUターンしながら尻尾を伸ばして地面に突き刺すと、クインテットが立っている地面から尻尾の先端が現れてあわや体を貫かれそうになる。

「くっ……ミューズ!」

「え? ああ、わかったOK‼」

 デメテルのナックルアームが展開してビームキャリアが展開し、ミューズのハルバードの回転刃にエネルギーが行き渡って巨大化する。

「ハアアアアッ!」

「だああああっ! 喰らええええっ!」

 ハルバードのエネルギー回転刃が飛んでいき、それがデメテルの高火力ビームで後押しされてウィッカーアモンへと飛んでいく。

「私も……協力します!」

 更に三日月状の巨大鏃を形成した矢をアフロダイが放って、回転刃エネルギーを更に増した、

「グオオオンッ! ガウッ!」

「!」

「嘘でしょう……」

 ウィッカーアモンはそれに噛みつくと頭を振り、バキバキと音を立てて噛み砕いて咀嚼して飲み込むと、今度は口の中にエネルギーを収束させ始めた。

「GUOOOOOOOOOO‼」

「うわっ!?」

「きゃっ!」

「ぬああっ!」

 赤い稲妻を纏った黒い光線が辺り一帯を薙いで吹き飛ばし、クインテット全員が吹き飛ばされる。

「……バーストで……行きますよ!」

「それしか……無いみたいね」

 バーストモードを発動しようとしたその時、ウィッカーアモンの周囲の空間に次々とヒビが入り、全員それに釘付けになる。

「あれは……」

「……空間の(ひず)みだってさ」

 ヒビの入った空間は次々と割れて穴が開き、そこから黒い靄に包まれたミサイルや銃器類が出現する。

「あんなことまで⁉」

「いやまさか……」

 昨日パテウがウィッカーアウルに殺された可能性があると、五人にメッセージが送られてきた。

 まだ財団側としては確定情報ではないとされていたため皆話半分で聞いていたが、もしかしてこれは殺したパテウの能力を取り込んで使っているのではあるまいか。

「じゃあウィッカーアウルがパテウを殺したのって……本当って事⁉」

 自分たちがあれだけ粉々にしようが死ななかったパテウを殺し、その超火力を得たウィッカーアモン、果たしてそんなものにどう立ち向かえというのか。

「もう……」

 ミューズの武器を握る手が緩み、視線が下を向く。

 全部終わりにしていい、今まで頑張って来たんだから。奏音(ミューズ)はその時衝動的にそう思ってしまったのだ。

「終わり……かな」

 最後の言葉は誰かに聞き取られる前に発射されたミサイルにかき消された。

 そのままミサイルの爆発に身を任そうとしていたが、感じたのは凍えんばかりの冷気であった。

「あ……あんたは!」

「ヘヘヘッ……間に合ったみたいだね」

 ミューズが顔を上げるとそこには、自分達を覆う巨大な氷で出来たドームと、それを天に手を掲げて作っていたカプリースであった。

「フッ……ハアッ!」

 氷のドームと、それにより着弾阻まれたミサイル達を砕くと、カプリースは紅蛇を引き抜きながらウィッカーアモンに相対する。

「かなり死徒化が進んでるな……だがまだ間に合う筈……いや! 間に合わせる!」

 そう宣言すると凄まじい闘気を放ってウィッカーアモンをたじろがせ、紅蛇を構える。

「下がってろ君達! 巻き込まれるぞ!」

「アウオオオオオオアアアアアアアアッ!」

 咆哮したウィッカーアウルが目と羽角から赤い稲妻を放ち、カプリースはそれを紅蛇で弾きながら突進し、更に全身の装甲を輝かせながら紅蛇にエネルギーを送り込む。

「グリエ・デラヴ・コーダァ!」

 氷を纏った一撃がウィッカーアモンを貫いて一瞬だけ動きを止めるも、ウィッカーアモンの黒い炎が氷を飲み込んで再び動き出さんとする。

「一瞬だな……だがそれで十分だ!」

 カプリースは足元を凍らせて滑りながら移動を始めると、ウィッカーアウルの周囲の地面に短剣を突き刺した。

「グオオオオオオオオッ! ガアッ!」

 短剣に何か本能的嫌悪感を抱いたウィッカーアモンは今度は無数のビーム砲を空間の隙間から呼び出すと、自分の周囲を滑るカプリース目掛けて赤い光線を撃ち始める。

「おっと! そうはさせるか!」

 紅蛇から放つ白い電撃でビームと撃ち合い、カプリースはウィッカーアモンの周囲に短剣を刺し込んでいく。

「グルル……ガァ!」

 伸ばした爪で斬りかかって来たウィッカーアモンを軽くいなしつつ、合計六本の短剣を刺し込み終えたカプリースは片手で印を結んで腕を思い切り振り抜いた。

「ハァッ!」

「ギャアアアアッ!」

 短剣から放たれた光が縄状になってウィッカーアモンを拘束し、カプリースは紅蛇を地面に突き刺して更に力を込める。

「大人しく……しろ! ボクの弟子をこれ以上……苦しめるなッ!」

 カプリースの装甲の角と目が光り、ウィッカーアモンを戒めていた光の縄がバリアに変化して包み込んだのを見て、カプリースは最後の仕上げをするべく紅蛇を引き抜いて構える。

「ヴルヴァス・ドフ・ディア‼」

 降り注ぐ雨粒が竜巻のように紅蛇に集約して一瞬雨がぴたりと止み、両手で掲げた雨の剣が凍結して巨大な刃となると、カプリースは思い切りそれを振り下ろしてウィッカーアモンを包むバリアを巨大な氷の塊にしてしまった。

「フッ……フゥ……なんとか上手く行った」

 緊張が解けたからかカプリースは膝をついてサイの姿に戻り、しばらくすると再び小雨が降り始めた。

「おーい、大丈夫?」

 サイの言う事に従って下がっていた五人がサイの元に駆け寄ってくる。

「助かったよ、ありがと」

「でもまたクドゥリの時みたいに封印しただけだからまた……」

「ああ、そうだ。戦わなきゃならない……所で聞きたいんだが、自首って受け付けてる?」

「ん、え? 自首?」

 突拍子もない事を言い出したサイに、五人は困惑してしまう。

「そう、自首したい。君達に」

「……なんで?」

「ジャガックの侵略行為に加担した罪で自首する。凶器はこれ」

 納刀した紅蛇をたまたま近くに居たアフロダイに渡し、アフロダイは困惑しつつも受け取ってしまう。

「まだ足りない? スターインターセプターの座標も言うし、なんなら惑星在留資格……」

「ちょちょっ……ちょっと待って」

 あまりにも突飛な申し出であるのもそうだが、五人全員がこの自首の裏に打算的な意図を感じ取っていた。

「まあそのー、助けてくれたのはありがたいんだけどさ。何か……企んでるでしょ?」

 最初から隠す気などなかったくせに肩を竦めたサイはいけしゃあしゃあと続ける。

「まあそりゃバレるか、正直に言えば情報が欲しかった。だから司法取引ってやつをするつもりだったんだが、どうかな? 君達にとっても有益な情報をボクは持ってるよ」

 サイが持つ情報。それはかなり魅力的だが、一体何の情報が欲しいのか。

 ルナは顔を上げてサイの方を見て問うた。

「あんたの目的は何?」

 サイの顔から笑みが消え、一転して真剣な顔になってから背後の氷塊を指して言った。

「彼を……マグナアウルを助けること。君達にも協力してもらうよ」

 ついにウィルマース財団へ接触したサイ。

 果たしてサイから語られる有益情報と、財団が秘匿しているものとは何か。

 そしてウィッカーアモンと化した京助と、思い悩む奏音はどうなるのか?

 全てがクライマックスへと動き出す。


To Be Continued.

遂に奏音すら拒絶した京助は完全に自分を失い、白京助に乗っ取られてしまいました。

怒りに任せた彼の戦いにより、かつてこの街を守る英雄だったマグナアウルは、災厄を撒き散らす悪魔と化す。

果たしてこの悪魔に、クインテットとサイはどのように立ち向かうのか、そしてまだ希望はあるのか。

次週、死の力とこの世界の謎が明かされます。

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また来週、お楽しみに。

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