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青春Double Side  作者: 南乃太陽
激闘編
36/37

復讐と未来の狭間で

イダムの卑劣な罠に嵌り、ルゲンの毒に倒れたマグナアウル。

死が刻一刻と近付く中、心の中の世界でもう一人の自分と対峙する京助。

黒の力の化身であるもう一人の京助は一体何を語るのか。

そして京助が取った選択とは?

激闘が迎える結末を決して見逃すな!

 イダムが呼び出した島型宇宙船パラクスモウォート。

 そこはイダムやジャガックが蠢く狩場であり、まさに悪魔の島そのものであった。

 その悪魔の島の中でクインテットは強敵イダムを相手に劣勢の戦いを強いられ、更にマグナアウルはイダムと結託したルゲンによって毒に倒れてしまう。

 死に直面する六人、敗北は愛すべき故郷の占拠を意味する。

 クインテットはイダムに勝つことが出来るのか、そしてマグナアウルはこのまま毒に侵されて死んでしまうのか。

 一世一代の戦いが始まる。


 この混沌とした景色もこう短期間に何度も訪れるといい加減見慣れてきた。

「まだ死んじゃいないようだな……」

「死にかけてはいるがなァ!」

 京助が溜息をついて振り返ると、やはり居た。

「フッ、なんだそれ」

 もう一人の自分は無数のガラクタで組み上がった四メートル程の高さの塔の上にある、溶けたガラス細工のような玉座に座って頬杖をついてこちらを見下ろしていた。

「ガラクタの王様気取りか」

「我ながら減らず口は相変らずだな」

 京助はもう一人の自分を内心で白京助(白いの)と呼ぶことにし、手で降りて来るように促す。

「降りて来いって?」

「降りて来なきゃ始まらないだろ」

「まっ、それもそうか」

 白京助は玉座から飛び降りると京助の前に着地し、ガラクタの塔は一瞬のうちに消え失せてしまった。

「んで? 何を始める?」

「状況の把握がしたい」

 白京助は心底相手を馬鹿にするような嘲笑(わら)い方をして京助の肩を叩き、京助は咄嗟に白京助の腹にボディーブローを入れたが拳は空を切って気が付くと白京助は真後ろに立っており、右肩に顎、左肩に手を乗せてきた。

「近ぇ」

「俺はお前だぞ」

「だから不快感も増すんだよ」

 一部黒髪を除いて真っ白になった髪が頬に当たって不気味に光る赤い目がこちらを向く、自分と寸分違わぬ顔の造形をしている者がこんな事を自分にしてくるという事実が気持ち悪くて仕方ない。

「んーで、なんだっけか。状況の把握か……えーっと、奇跡の復活を果たしたはいいが、マヌケな事にお前は真上の伏兵に気付かず毒をぶち込まれ、天国行きまでビョー読みって所か。いや待てよ……お前天国に行けんのか?」

「はあ?」

 京助(自分)をずっと愚弄してくる白京助(もう一人の自分)の戯言と切り捨てれば良かったが、どういう訳かこの問いには反応してしまった。

「まあまずひどく個人的な動機での数年に渡る殺戮行為、自分を支えてくれた大切な人に記憶喪失と嘘をつく、それで長年の隠し事……お前にゃ地獄が相応しいんじゃねぇか?」

「俺をイラつかせようって魂胆なんだろうが……」

「ああ、効かないアピールか、案外神様は見てるもんだぜ~」

「だったら俺にだけ罰を下すのはちゃんちゃらおかしい話だろ?」

「……」

「論破されてんじゃねぇよダセェな」

 分かりやすい程特大の舌打ちを一つした白京助だったが、すぐに人を愚弄し嘲笑(わら)っているような笑みに戻った。

「まあ何はともあれお前の殺戮行為のおかげで、俺はこうして自我を持つぐらいには力をつける事が出来たんだがな」

 京助は思わず目を見開いた。

 それはもはや考えていた事の答え合わせも同然であり、それを白京助に突きつけるべく指を鼻先に突き付けた。

「お前の正体が分かった」

「やっとか……初見で気付いてほしかったよ」

「お前は俺の中に根付く黒の力そのものだ。そうだろ?」

 鼻先に指と答えを突きつけられた白京助は顔を歪め、そして失望したように溜息をつく。

「なんだ?」

「及第点」

「は?」

「だから及第点だ。俺は厳密に言えば()()()()()()が、まあほぼお前が言った事で正解だし、特別に合格って事にしといてやる」

 やけに上から目線なのが腹立たしい。

「お前はいわば寄生虫だろ。なんでそんなに偉そうなんだ」

「寄生虫? ハハハハ、まあそれは正しいかもしれない。だが俺をここまで育てたのは他ならないお前だよ」

「いつから居るんだよ」

「ずっとさ……お前が初めて光を目にして産声を響かせる……いいや羊水に満たされ……母さんと繋がって暗闇の中で蹲っていたその時からずっと……ずぅっと……な」

 咄嗟に京助は白京助の胸倉を掴んで顔面を殴りつけたが、またもや拳は空を切って白京助は京助の背後に回っていた。

「自分を殴ってどうする」

「俺の母さんだ! お前があの人を母親と呼ぶのは許さない!」

「ふーん……」

 白京助はニヤリと笑うと溶けたガラス細工のような椅子をどこかから取り出して座る。

「もっと怒れよ」

 白京助から投げ掛けられた言葉で、サイから言われた言葉が蘇る。

『見ていたら分かると思うが、あれは強い感情――特に負の感情と結びついて増幅させる。このままだと呑まれるぞ』

「まさか」

 思い返してみれば初めてこの力の存在を知ったのは、昏睡状態から目覚めたばかりの時に超能力の鍛錬が上手く行かず、ジャガックへの憎悪が昂った時だった。

 苛立ちから力一杯地面を殴った時に、机の上にあったモノに黒い炎が灯ったのだ。

 更に振り返れば、黒い炎は憎悪を滾らせて灯していた。

「お前は……俺の憎悪とジャガック共の死体を食ってたのか」

「そうさ、お前の憎しみは美味かったぞ。それに生きたモノは滅多に燃やそうとしなかったが、死体や残骸でも何年間にも渡って沢山燃やしてくれたからな。おかげさまでここまで力を蓄えることが出来たのさ」

 もう遅いが、京助はこれまでの行為を心底後悔した。

 ジャガックという外の敵ばかりに囚われ、心の内に芽生えていた内側の敵に気付かないとは何と間抜けなのだろう。

 サイの言った通り、いずれ使用者を吞み込んで破滅を齎す邪悪でろくでもない力だったのだ。

「なんなんだよ……俺を呑み込んで何をするつもりなんだ?」

「全てを呑み込むのさ。復讐の渦に全てを叩き込む! ジャガックを全て呑み込んでやるんだ!」

 興奮して立ち上がってから両手を広げて天を仰ぐ白京助を見て京助は本能的に悟った、こいつはジャガックを完全に壊滅させたところで絶対に止まる事は無く、新たに呑み込むものを探して彷徨うに違いない。

 それにこいつは絶対に周囲を顧みることは無い、敵だけではなく無辜の人々をも吞み込み続け、最終的に地球すら捨てて宇宙を彷徨う災厄そのものと化すだろう。

 それを止められるのは今しかない。

「そんな事絶対にさせねぇ」

「かっこいいねぇ、だがお前は絶対に俺に頼ることになる」

「何だと?」

「考えてもみろ、お前の強さはもう頭打ちだ」

「違う!」

「フーッ! 訓練すれば、鍛えれば! 強くなるって? 果たしてそれまでに敵は待ってくれるのか?」

「それは……」

「現に今クインテットとかいう仲良し女の子グループが俺達の仇と上で戦ってる訳だが、それはどうする⁉ 今のお前はイダムに勝てるか⁉」

 京助は何も言わなかったが、無理だというのはわかっていた。

 全ての攻撃が通用せず、なおかつ虎の子の次元降下ブレードボウすら無効化された。

 仮にに今すぐ万全な状態で復活したとしても勝つことはできないであろう。

「俺に身を委ねろ……お前の悲願が達成されるぞ……」

 まさに悪魔のような甘い囁き。

 身を委ね、呑み込まれてしまえば強力な力が手に入ってイダムを打ち倒すことが出来る。

 だが何かが、京助の心の内にある何かが楔となってその囁きを拒む。

「何を思い残すことがある? 俺に身を委ねてさえしまえばすべて上手く行くんだぞ」

「いいや……違う! 違うんだ!」

「何がお前を拒ませるんだ?」

 その時、二人の前に大きく豪華な二枚扉が出現し、それを見た白京助は溜息をついて腰に手を当てた。

「あのトカゲ余計な事しやがって、余計な記憶まで蘇らせやがった」

 どういう事かよく分からないが、きっとルゲンの毒によって京助の海馬が刺激されていることを言ったのだろう。

「これは……」

 白京助は不機嫌そうにそっぽを向くとその勢いのまま踵を返して溶けたガラス細工で出来た椅子に深く座り直す。

「なにかは分からないが、お前に取っては都合が悪いものらしいな。だったら入るしかないだろ」

 京助はこちらを睨む白京助に笑顔を一つ向けると、重い感触の扉を引いて中へ入っていった。


 やはりと言うかなんと言うか扉を潜った先には全く別の空間が広がっており、先程まで居た荒み切ったシュールレアリスムの極致のような空間ではなくなっていた。

「映画……館?」

 京助以外は誰も居らず、なおかつ白い画面しか映し出されていないシアターだった。

「俺の為だけの映画館って訳か、なんだか分かんねぇけど……座るか」

 真ん中の列の真ん中の席に座ると、白い画面に一本線のノイズが走り、丸で囲った数字が現れて五秒前の定番カウントダウンが始まり、何かの上映が始まった。

「これって……俺の記憶?」


 まず上映が始まったのは中学二年生の頃の記憶で、下校途中の桐野川を眺めている様子であった。

 この時の京助はマグナアウルとして秘密裏に活動を始めたばかりであり、放課後こうして川辺の背もたれの無いベンチに座って小一時間ほどボーっとするのが日課だった。

 この日課が始まったのには特にこれと言った理由はなかったが、今にして思えば帰ると広い家に一人で居なくてはならず、それがどうしても嫌だったのだろう。

 更にこの時期から高校一年生の春頃まではまだ回復能力が上手く機能せず、夜の戦いで怪我を負えばそのダメージを引きずって日常生活を送らなくてはならなかった。

 何故この記憶が上映されているのだろうか。何気ない、あまりにも何気ない。思い出としても消えかけていた記憶がどうして選ばれたのか。

 雲が流れゆく夕空を愛でるでもなく、夕日を反射して流れる川を眺めるでもなく、また道行く人々を観察するでもなく、ただただ怪我をした体を抱えて空を眺める。

 その時からトトと常に共に居たが、何か言われた事は無い。思春期特有の心の動きを察知してそっとしておいてくれたのだろう。

「はぁ……」

 中学生の頃の自分が吐いた溜息をこうして客観的に聞いて初めて悟った、この時からとっくに京助の心は限界を迎えていた。

 これを見せるために、もはやとっくに限界を迎えていたという事を悟らせるためにこの記憶の上映は始まったのだろうか。

「おいっ」

 突然声がかかり、見上げると最も馴染んだ顔があった。

「ああ、なんだ奏音か」

 記憶の中の中学生の奏音は、今よりかなり幼いように見えたが、同時に今の奏音にはない独特な可愛らしさがあった。

(まあ別に今の奏音が可愛くない訳ではないけどな)

 懐かしさに思わず上がる口角を頬を叩いて抑えつけ、京助はこの後の記憶を追うべく内容に集中する。

「隣いい?」

「駄目って言っても座るだろ?」

 当時は冗談めかした言い方だったと記憶していたが、客観的に聞くとかなりぶっきらぼうな言い方だった。

 想像以上に心が擦れ切っていたのだろう。

「わかってんじゃん」

 それでも奏音は調子を崩さずに隣に座り、背負っていたリュックを前に抱いて京助と共に景色を眺める。

「ご飯食べれてる?」

「ああ、食ってるよ。そりゃもうたくさん」

「私のお母さんが手伝いに行ってあげようかって言ってるけど……」

「いやぁ、それはいいよ。流石に申し訳ないし」

 この時も純粋に申し訳ないという思いで断ったのだろうが、声のトーンがひどく平坦であるため、聞きようによっては心を閉ざしているようにも思える。

 実際にこの時の自分は心を閉ざしていたのだろう。

 相変わらずこちらを見ずにずっと前ばかり見ている京助に、奏音は別の話題を切り出すことにした。

「……最近怪我多いよね」

 京助は頬を隠すように触れる。確か前日の戦いで顔面へ一撃を喰らい、その時の傷が残っており、それを隠すためにハイドロコロイドとかいうタイプの絆創膏を貼っていたのだ。

「そうだな、ちょっと不注意だったかも」

「それだけ?」

「ああ、自分から怪我しに行ってる訳じゃねぇよ」

 きっと自傷行為の有無を心配してくれていたのだろう。

「じゃあ怪我の理由聞いていい?」

「庭の管理を一人でしようとしたんだ。木の枝を切ったらそれが掠めてさ」

 聞かれたらこう言い訳しようと考えていただけあって、想像以上にすらすらと嘘が出てきたことに驚いたことを今でも覚えている。

「そうなんだ、危ないから今度からはさ……」

「あんまり入れたくなかったけど、業者の人に頼もうかと思ってる」

 いろいろと悟られまいと必死だったこの時は少しでも疑惑を発生させまいと、まるで早く会話を終わらせようとしているかのような食い気味の間であった。

 よくここで見放されなかったなと今にして思う。いくら悲劇に見舞われた可哀想な子供相手とはいえこんな対応をされれば大の大人でも心が離れるだろう。

「はぁ~……全くあんたは」

 リュックのジッパーが勢いよく開き、この時初めて京助は奏音の方を見た。

 奏音は取り出したものを京助の胸元にどんと叩きつけるように渡し、京助はそれを見て困惑の表情を浮かべる。

「グローブ?」

 何故奏音が野球用のグローブを持っているのか、そんな疑問を抱くより早く奏音は京助の手を引いて河川敷に向かった。

「ほら、行くよ!」

「行くって……うお!」

 明らかに新品なボールが、明らかに投げ慣れていない軌跡とスピードで飛んで来る。

「下手だな~」

「うるさいな! さっさと投げ返して来なさいよ!」

 これも念力の鍛錬になるかと思って京助も奏音にボールを投げ返し、またもや奏音は暴投して京助は慌ててボールを取る。

「おお、ナイスキャッチ」

「ナイススローで頼みたいぜ」

「それは……ごめん」

「せめて川の方に投げるのやめてくれ」

「わかった、気を付ける」

 何故キャッチボールをいきなり始めたのかという疑問も忘れ、二人はしばらく夕方の河川敷で黙々とボールを投げ合った。

「なあ」

「うん?」

「何でキャッチボールしようって思ったんだ?」

「その~……ドラマとかで親子でキャッチボールするシーンあるじゃん?」

「それ親父とやるやつだろ?」

「まあそうだけどさぁ、そのぉ……」

 ボールを受け取った奏音が口籠ったが、すぐに幾分かマシになった暴投気味のボールを返した。

「こうしたら京助の本音が聞けるかなって思ったの!」

 ボール投げ返そうとした姿勢のまま京助は固まり、右手のボールと左手のグローブを眺める。

 よくよく見ればスーパーマーケットの玩具コーナーで売っているような安物ではなく、小遣いの範囲で良いものを買おうとした努力を感じさせる三千円ほどの代物だった。

 全く野球に触れない奏音がただ自分と対話するためだけにここまでしてくれたのだという事実に、京助の奥が熱くなる。

「……そっか」

「あっ」

「ん? なんだ?」

「なんだかあんたが笑ってるところ、久しぶりに見た気がする」

 京助は思わず絆創膏を貼った頬に手を当て、これを見ているシアターの中の京助も同じく頬に手を当てる。

「あっち……戻る?」

 京助と奏音は河川敷から最初のベンチに戻り、先程より日が傾いてオレンジ色に変わった夕空と、その光を反射する桐野川の流れを眺めた。

「それでさ、なんか悩み事とか考え事とかある? 私に教えてよ」

「うーん、そうだな……」

 京助は絆創膏が貼られた頬を手の甲で撫でながら、少しの間思順する。

「私とあんたの仲じゃん。それでも言いにくい事なら……」

「言いにくいんじゃないんだ、ただ……わからない」

「わからない?」

「そう、わからない」

 あっけらかんとした声色で言ってのけた京助を、奏音は疑問と不安が交じり合った顔で見た。

「なんで放課後こうしてボケッとしてるのか、なんであんまり笑えなくなったのか、今自分がどんな感情を抱いてるのか、そして何より今後どうしていけばいいのか……全然わからないんだ」

 吹っ切れたかのように捲し立てた中学生の自分に、今更ながら危ういものを覚える。

 まるで地面に足がついておらず、このまま翼を広げて風に乗ってどこかに飛んで行ってしまいそうな、儚い危うさを感じさせるものがその言葉には宿っていた。

 きっと奏音もそれに近いものを感じたのだろう、ベンチについた京助の手に自分の手を重ねてから京助の方をしっかり見据える。

「私にはさ、京助の気持ちを完全には分かってあげられない。突然一度にお父さんとお母さんを失って一人で生活していくっていう事がどんなに大変かっていうのは……当事者にしか分からないものがあるって思うんだ」

「奏音……」

「でもさ、一つだけ確実に言える事がある」

 手に伝わるぬくもりがより増した。

 奏音が両手で京助の手を包み込んだからだろう。

「幸せになっちゃいけない人なんて、誰も居ないし何処にも居ないんだよ」

 そうか、思い出した。

 京助の心に今も残り続けている言葉はこの時に奏音から聞いたのだ。

「出来るなら京助が感じてるその痛みを、寂しさを取り去ってあげたい。でもそれは出来ないから……だからせめて、今後幸せになる手伝いぐらいはさせてほしい。ずっと一緒だった友達として」

 スクリーンの中の京助は思わず一筋涙を流していた。

 きっとこの言葉がなければ今頃自分の周りには誰も居なかったに違いない。この言葉にどれほど救われたかを数年越しに思い出したのだ。

 不思議とこの言葉を聞いた当時の京助は涙を流さなかった。

 知らず知らずのうちに凍り付いていた胸の内が溶けだしたのが涙の代わりだったのだ。

「知らなかった」

「え?」

「意外と優しい所あんじゃん」

「そ……そんな言い方!」

「奏音」

 当時の京助とシアター内の現在の京助の言葉が同時に重なる。

「「ありがとな」」

 照れ臭そうに横を向いた奏音の顔が赤かったのは、きっと夕日のせいだけではないだろう。


 奏音の顔が大写しになった所で上映が終わると、今度は三十秒前のカウントが表示される。

「……そうか、あの毒で海馬が刺激されてるから記憶が蘇ってるのか」

 白京助は毒の作用で京助が怒りの感情を感じやすくなった事を歓待していたが、海馬の刺激が思わぬ方に作用したためあの時に「余計な事しやがって」と舌打ちしたのである。

「だったら! もっと俺に見せてくれ! 奴を拒む理由になるものを沢山俺に見せてくれ!」

 カウントが終わり、次の上映が始まった。


 次の記憶は時間が飛んで高校一年生の時の事。

「ちょっと休憩すっか」

 千道邸の物置と化した離れで、四人の男子高校生が楽器を奏でていた。

 懐かしい、本気で優勝を狙うならという条件で京助は離れを解放して、こうして四人で文化祭のステージで披露するバンドの練習をしていたのだ。

 これは慧習メルクリウスとして幹人と弘毅と圭斗と切磋琢磨していた時の記憶である。

「最近調子良くない?」

「ああ、このままのペース維持していければいいんだけどな」

 みんな汗を光らせながら最高に良い笑顔をしている。

「いや~マジで京助には感謝だわ。こんないい環境無料で貸してくれるってさ」

「いやいや前に言ったろ? 無料じゃなくて出世払いで三千万だって」

「おいおいまだそれ言ってんのか」

 相変わらずのジョークを飛ばして笑い合った後、ウォーターサーバーの水を汲んで水分補給をする。

「ハァ~」

 圭斗が換気のために引き戸を開けると、外はすっかり暗くなっていた。

「うわぁ……夜になるとここら辺真っ暗になるんだな」

「ああ、でもほら」

 京助が指した方角を皆が見るや、ほぼ同時に感嘆の声を漏らした。

「めっちゃ月綺麗に見えるな……」

「星も見えるし……良い所だね」

「ああ、本館(あっち)の上から見る景色は最高だぜ」

 全員外に出て月を眺め、しばらくの間夜空を堪能する。

「マジで綺麗だな。豪邸って立地まで考えられてんだな」

「千道家すげぇ……羨ましい」

「でもこんなに景色は綺麗だけどさ、結構寂しくならない?」

「ああ……」

 確かにここの辺りは近くに民家等が無く夜になるとすっかり暗くなる上に、京助は広い大豪邸の中で一人で住んでいるのだ。

「こんなこと聞いたらアレかもだけどさ。そのぉ……一人で住んでると寂しくなったりとかあるの?」

 固い空気が沈黙を齎し、京助以外の三人の顔が少し曇る。

 お互い知り合って一年も経っていないが、それなりに仲良くやって来たつもりだが、京助の過去についてはどうしても触れ辛いものがあり、いまいち踏み出せないところがあったのだ。

 思わぬタイミングだったがこうして踏み込んだ話をする事になり、三人は息を飲んで京助の答えを待つ。

「まあ、そりゃあるよ」

 空気は弛緩こそしたものの、少々気まずい雰囲気になってしまう。

「まあこーんなに家が広いとさ、いくら騒いでも怒られないって利点があるけど。やっぱふとした瞬間寂しかったりすることもある訳……でもさ、みんなが周りにいるって思うとそんな思いも吹っ飛ぶのさ」

 気まずい雰囲気にほんの少し温かみがさし、京助はカップに注いだ水を飲み干してから空を仰いで言った。

「いつ言われたか、誰に言われたかももう朧気なんだけど、一人で生活し始めた頃に『幸せになっちゃいけない人なんて居ない』って言われたんだ。その言葉を聞いてさ、俺は色々考えるよりずっと前に進み続けようって決めたのさ」

 どこか感慨深く、そして明るい様子で言った京助に皆は何故かほっと一安心する。

「悲しい過去は変えられないけど、楽しい未来なら作っていけるじゃん。だからただただ前を向いて走って行こうって、考えてみれば皆も未来が見えない中生きているのは同じなんだ、大切なのはどう生きるか。そうだろ?」

「……なんか深いなぁ」

「確かに、なんか俺達ただただ生きてるけど、未来って何があるか分かんねぇもんな」

「じゃあ今の京ちゃんは楽しい? 幸せ?」

「ああ、奏音やユメリンゴとか友達いっぱいいるし、そして何より……」

 京助はいたずらっぽく笑って三人を見る。

「お前らが居る」

 その言葉を聞いた途端、幹人は大泣きしながら京助に抱き着いた。

「うおおおおあああ! 京助ェ~!」

「や~めろ、引っ付くな!」

「俺達の友情は永遠だ~!」

「汗かいてんの忘れんな!」

「まあそう言うなよ」

「なんだか今京ちゃんと正式に友達になれた気がする」

 弘毅と圭斗まで抱き着いてきた事で、京助はもう諦めてこのむさ苦しい状況を受け入れる事にした。

「そっか、まあ普段からあんまこんな話しねぇからな」

「もっとしても良いんじゃね?」

「いやさ、あんましょっちゅう不幸な身の上話すんのなんかダサいじゃん?」

「ダサいって言うか……京助の場合もっと誇っていいと思うんだけどな」

「そんなもんかねぇ。まあでもさっき言った通りあんまり過去は振り返らないようにしてるんだ」

「まあ辛くなった俺らに言ってよ」

「出来る事ならやるからさぁ!」

「いつまで泣いてんだオメーは……おっ! やべ! もう時間ねぇ!」

 皆が一斉にスマホを見ると、もう十時になろうとしていた。

「おーヤバいヤバい! 時間やべぇ!」

 真鳥市の条例では十八歳未満の未成年は親同伴でも十一時を過ぎたら補導対象となる。

「時間的に次でラストな!」

「おう! じゃあ最初から二十分で行けるところまで!」

 皆が離れに入って京助が音漏れ防止に鍵を掛けた所でこの記憶の再生は終わった。


「あいつらは俺のかけがえのない最高のダチだ、これ以上苦しませるわけにはいかないんだ!」

 上映は更に続くようで、再びカウントダウンが始まる。

「もっと見せてくれ! 復讐じゃない……別の戦う理由をちゃんと取り戻したい!」


 その後次々と京助の記憶が再生され、懐かしいものや、思わず笑顔になるものなどが次々と蘇る。

「まあその……あんたと居ると最高(サイッコー)に楽しいわ! バカ! 二度は言わねーよ」

「色々ある中この成績を維持できてるのは凄い事だよ。何かあったらすぐ言ってこい、それが担任の私の仕事だからな」

「千道君って強いんだね……なんだか負けてられないや」

「へぇ~それおいしそう。今度颯司に作ってあげてよ!」

「今度一緒に奏音さんも誘ってアーチェリーやりませんか? 京助君なら筋が良いですよ」

 そして最後に上映された記憶は。

「付き合ってよ」

「直江奏音は千道京助の事が大好きなの!」

 これからは絶対に何者にも負けない、より一層固く誓ったあの日の出来事だった。


 白い画面を映し出すのみになったシアターで、京助は静かに立ち上がる。もう白京助(ヤツ)を拒絶するに足る理由は揃った。

 だが拒絶した所で問題は解決しない、イダムに勝たなくてはならない。

 その為には黒の力は必須だ、さあどうする考えろ千道京助。

 立ち上がった事でスクリーンに映し出された大きな自分の影を見て、京助はそれに手を伸ばして空を掴む。

「やるさ……やってやる……ああ、やるとも。一番困難な事をやってやる!」

 

 荒廃したシュールレアリスムの極致のような世界で、白京助は溶けたガラス細工のような椅子の上で寝転がって退屈そうに白い髪の中で僅かに残った暗い茶色の髪をいじっていたが、やがて目の前にあった巨大な二枚扉が開いた事で動きを止めてそこを見る。

「おお、戻って来たか」

 京助は何も言わず、白京助の方に向かう。

「ほぉ、こっちに来たって事は……俺の話に乗っかるって事で良いんだな」

 無言で手を差し出した京助を見て、白京助は赤く不気味に光る目を歪ませてから手を広げた。

「やっと俺を受け入れる気になったか! ハハハ! 結局の所お前は無力だった訳だ、まあいい後は俺が引き継ぐ。お前は安心して……ッ!」

 白京助の手が思い切り引かれ、京助は白京助の胸に腕を突き刺していた。

「なんだ……お前ッ! 何のつもりだ!」

「勘違いするな、誰がお前なんかに身を委ねるもんか!」

 白京助の胸に差し込まれた腕が徐々に引き抜かれ、そこから黒い靄と炎が噴き出して京助はそれをもろに浴びる。

「お前が! 俺に! 身を委ねろ! 安心しろ! 上手く使ってるやるからよ!」

 黒い炎を纏った靄の塊が京助の体に徐々に取り込まれていき、その度に顔を歪めるがそれでも京助は耐え続ける。

「バカが! 凄まじい苦痛を受けるぞ! それでもやるってのか⁉」

「苦しい……痛い……そんなのもうとっくの昔に慣れたんだよ。俺は皆を守りたい! その為ならどんな力だってモノにして! 前へ進んで進んで進みまくって! 走り抜けてやるよォ!」

 京助の片目が赤く輝き、黒の力を纏った状態で右腕を突き上げて叫んだ。

「おおおおお!」

 京助の視界いっぱいに白い光が差し込み、世界が薄れていく。


 そして現実の世界で、セピア色のマグナアウルの装甲に胸に穿たれた穴を中心にヒビが入った。

『京助! そんな!』

 更にそこのヒビから黒い炎が噴き出し、マグナアウルの装甲の一部の色をガンメタルブラックに変化させると同時に、マグナアウルの指が動いた。

『京助⁉ 意識が戻ったのですか! 返事をしてください!』

「……ああ、生きてるよ」

 マグナアウルの右目が青く、そして左目が赤く輝くと同時に四肢に力を込めて立ち上がり、気合を入れるように胸を思い切り叩く。

『生きていたのですね! ですがその力は……』

「大丈夫だ、絶対に俺は呑まれない」

『ですが……符が』

 マグナアウルもサイから渡された護符が全て燃え尽きていくのは自覚していた。

「奴から皆を守るには、こうするしかない……最高じゃないけど、これが最善なんだ」

『……わかりました、あなたを信じます』

「ありがとよ……さてと」

 赤と青の目が輝き、全身の装甲が青白く輝くと同時に胸に空いた穴とその周りのヒビから黒炎が噴出する。

「行くぞ! 全部ぶっ潰す!」

 黒い炎が翼となってマグナアウルの体を一気に押し上げ、地下空間の天蓋をぶち破って外へ向かうのだった。


「はっ!」

「ううっ! たぁっ!」

 イダムとクインテットの第二ラウンドが始まり、今度こそ離されず五人同時に連携して戦う事が出来ているが、それでもイダムは余裕の態度を崩さない。

「駄目だ……何この強さ?」

 ここまで強いとなると、バーストモードやオーバーチャージが使えない。

 バーストモードになって全力を叩きつけてなお倒せず、こちらがエネルギー切れになるとそのまま殺されかねない。

「お前さんたちの真の強みは連携力じゃない、絶対に折れず向かって来るその意思だ。だがそんなもの俺の前には無意味だけどな!」

「どうだか……そんな事言ってると……足元掬われちゃうんじゃなない⁉」

「そうか、じゃあ長い時間かけて俺に甚振り殺されな!」

 イダムが無数の拳の実像を発生させたその時、また島全体が大きく揺れて遠くの方から漆黒の鳥が飛び立つのが見えた。

「大きな……鳥?」

 黒い鳥はそのままこちらに向かって来ると衝撃波を撒き散らしながらクインテットの後ろに着地した。

「……お前、マグナアウルか?」

 黒い鳥の姿が徐々に消えていき、その中から現れたのはイダムが感じ取った通りやはりマグナアウルであった。

「ねえ……ちょっと!」

「怪我してるよ!」

 胸に穿たれた黒い炎を噴き出すヒビの中心点となっている二つの穴は一目見るだけで重症だとわかる。

「問題ない……イダム!」

「生きてやがったのか。ルゲンの奴めしくじったらしい」

「言っただろう、俺はお前を殺すまで死なないと!」

 イダムはうんざりしたような表情をして機械化した顔部分を掻いたが、マグナアウルが纏った黒い炎とオーラの正体に気付くや片頬を思い切り吊り上げて笑みを浮かべた。

「そうか、お前もそれが使えるのか! フッフッフッフ……面白くなってきた」

 イダムの目が赤く輝き、同時に黒いオーラを発して力を解放する。

「さあやり合おうぜマグナアウル! お前の力で俺を楽しませろ!」

「ちっとも楽しくないだろうな、お前はこれで負けるんだからな!」

 イダムは黒い拳の実像を発生させてマグナアウルに飛ばし、対するマグナアウルは何も持たずにそれへ突っ込んでいく。

「おおおお!」

「なにぃ⁉」

 なんとマグナアウルへ向かって行く黒い拳が次々と砕けていくではないか。

「チィ!」

「何かよく分かんないけど私達もチャンスかも!」

「畳みかけましょう! Bモードオン!」

「バーストッ! GO!」

 クインテット全員がバーストモードを解放し、マグナアウルと共にイダムへ向かって行く。

「|ルースタァァァアアアアッ《メイス》!」

 黒い炎を纏ったメイスがイダムへ振り下ろされ、避けた先にエネルギーに満ちたルナの太刀が迫る。

「おおっ! とぉ!」

 イダムは軽い身のこなしで即座に太刀を避けて黒い足型の実像を放ってマグナアウルとクインテット両者から距離を取ろうとするも、マグナアウルがそれをメイスで叩き壊してイダムに組みついた。

「俺に組みつくか!」

「ああ、近付かなきゃ、お前を殺す実感がないからな!」

「ほぉ、俺を殺すってか……フフフフフ……ナメやがってぇ‼」

 両者同時に蹴りを繰り出して距離を取り、互いの拳が顔を狙う。

「潜在能力が解放されたからって勘違いすんじゃァねぇぞ! お前は俺に勝てやしねぇんだ!」

「そんな事ばっか相手に言っといて毒で闇討ちする汚ェ真似したのはどこのどいつだ! 本当は自分の力に自信がないんだろう!」

「なにぃ⁉」

「お前は蹂躙者じゃない! サイの言う通りただの卑怯な臆病者だ!」

「黙れェ!」

 黒の力を纏ったイダムの拳が全力でマグナアウルの顔を打ち抜き、マグナアウルも即座にイダムの腹目掛けてアッパーを食らわせ、連撃で下がった頭目掛けて蹴りを食らわす。

「あああああああッ!」

「シャアアアアアッ!」

 イダムが腕の隠し刃を展開してマグナアウルへ斬りかかるも避けられ、イダムの顔面に蹴りを叩き込もうとするも腕で防がれて投げ返される。

「潰れろッ!」

 黒い足の実像が倒れたマグナアウルへ襲い掛かるも、マグナアウルは複数の銃を生成合体して実像を蜂の巣にし、そのままイダムへ銃を向けた。

「くっ! おわっ!」

 黒の炎を纏った弾丸がイダムの頬を掠め、この時初めてイダムの体に傷がついた。

「くそっ!」

 イダムが後方に跳躍して建物の影に潜み、そこから無数の拳や足の実像が飛んで来る。

「卑怯者め!」

 次々何処かから飛んで来る実像を合体銃で迎撃していたが、迎撃しきれなかった分が後ろのクインテットへ飛び始めた事でとうとうマグナアウルは銃を投げ捨てて(ヘルム)(クラッシャー)を展開して黒いエネルギーを集約する。

「……RUUUUUUOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAH‼」

 咆哮はもはや超音波のビームとなり、広範囲の建物を地面ごと抉り飛ばしてパラクスモウォートを大きく揺らす。

「うわっ!?」

「わああっ!」

 大きく傾いたパラクスモウォートを咄嗟にマグナアウルが念力で持ち上げていると、崩壊した建物の中からイダムが跳躍して現れて黒い靄を纏った飛び蹴りを繰り出してきた。

「くっ!」

「ハハハハ! ウッ⁉」

 イダムの蹴りがマグナアウルへ着弾する直前、ミューズが飛ばした回転刃とイドゥンが放った光弾がイダムに命中して撃ち落とされる。

「うあっ……クソが……」

 回転刃と光弾によるダメージこそなかったものの、ほぼ眼中から消していたクインテットに不意を突かれたという事実がイダムの腸に煮えくり返らせる。

「ナメんじゃねぇぞ! このクソ……ぐっ!」

 クインテットに向かおうとしたイダムをマグナアウルが念力で制止し、パラクスモウォートを水平に立て直した所でイダムの体に黒い炎を放つ。

「うわあああああっ! ぐぅっ!」

 おかしい、自分も同じ力を持っている筈なのに、どういう訳か凄まじい苦痛が駆け抜ける。

(あの野郎は……俺の力を同質の力で効果を弱めた! なのに何故俺は無効化できない⁉ まさか奴の方が! いいや、そんなもの認めるかよ!)

「マグナアウル! この鳥畜生がぁ!」

「お前達! やれ!」

 苦しむイダムへまずバーストフルチャージによってエネルギーを溜めた三日月型の鏃を放ってイダムを吹き飛ばし、そこへデメテルがすかさず飛び掛かって頭を掴んでロケットパンチを発射し、て地面へ叩きつける。

「ミューズ行くよ! フルで刻む!」

「分かった!」

 ミューズとルナが同時に腰のスイッチを二度押し込み、ルナが高速でイダムの周囲を駆け抜けながらナックルから展開したブレードで何度も斬りつけ、最後にエネルギーを溜めた太刀を肩口へ叩きつけた。

「このクソガキ!」

「でやあああああっ!」

 ミューズがハルバードをイダムの腹に叩きつけ、ルナと同時に武器を振り抜いて大ダメージを与えた。

「ぐおおああああっ! うぅっ!」

 マグナアウルの黒い炎の影響で、念力で構成された防護膜が全く意味をなしていない。

(俺が……俺が負ける? 負けるだと?)

 劣勢に追い込まれたイダムは歯軋りして地面を殴りつけて立ち上がり、クインテットとマグナアウルを睨みつける。

「観念しろイダム。夜は終わりだ、そしてお前に……朝は来ない!」

「気取った事を……抜かしやがって! ヴォア!」

 マグナアウルへイダムが飛び掛かってマウントポジションを取り、何度も殴りつけようとするも両腕を掴まれて揉み合いになる。

「くっ!」

「俺は……全てを! 蹂躙する!」

「だったら俺が! それを止める! お前を殺してな!」

「うおっ!」

 マグナアウルは巴投げでイダムを放り投げ、イダムは空中で体勢を整えながらマグナアウルへ黒い拳の実像を飛ばす。

「ふっ! はっ! だぁらぁっ!」

「バカめ! 喰らいな!」

 念力で粉砕していた拳は全てダミーであり、イダムの本命はマグナアウルの真下に潜らせていた手だった。

「しまった! うぐあっ!」

 巨大な黒い手に握り潰されて揉みくちゃにされ、摘まんだ状態から何度も何度も地面へ叩きつけられて最終的に空へ放り投げられた。

「バカはお前だ! 空は俺の本領だ!」

 全身に纏った黒い炎を翼にしてイダムの方へ突撃しようとするも、イダムは無数の手を出現させてマグナアウルへ差し向ける。

「はっ! だあああっ! おおおりゃあああっ!」

 自分を叩き落とそうとしたり、殴りつけてくる拳を次々と黒い炎を纏ったソリッドレイを放って粉砕し、槍状に細長く成形したソリッドレイを投擲する。

「ううぉっ!」

 黒い炎と赤い稲妻を纏った青白く輝く光の槍がイダムを掠めてパラクスモウォートを突き抜け、再びパラクスモウォート全体を襲う揺れが駆け抜ける。

「さっきから俺の船をボコボコ壊しやがってぇぇぇえええええっ!」

 イダムが跳躍して飛行しているマグナアウルに飛び掛かり、そのまま二人は空中戦に移行する。

「うううおっ!」

「たっ!」

 お互いに掴みあって上と下が何度も入れ替わりながら殴打や肘打ちを見舞い、イダムがマグナアウルの腹を思い切り蹴り飛ばして空中高く打ち上げ、反動で建物の屋上に着地してそのまま疾走しながら空中へ躍り出た所で出現させた足の実像で自分を蹴り上げて再びマグナアウルへ飛び掛かる。

「今のが……本気か!」

 マグナアウルに組み付く直前に避けられ全身に黒い炎を纏ったチェーンを巻き付けられて強引に引っ張られる。

「このっ! 放せ!」

 マグナアウルはそのままパラクスモウォートへ急降下し、地面すれすれを飛びながらイダムを引きずり回し、トドメにハンマー投げの要領でスイングして建物の方へ叩きつけた。

「まだだ……まだやるぞ! お前を殺すその瞬間まで!」

 建物に出来た穴を潜って吹き飛ばされたイダムを追うも、崩れかけの瓦礫に身を潜めていたイダムに急襲されてマグナアウルは地面へ叩きつけられ、空中戦は地上戦へ切り替わる。

「ううおおおあっ!」

 瓦礫の山から跳躍したイダムが地面に倒れたマグナアウルへ蹴りを入れようとするも、マグナアウルは身を回転させて回避してイダムの軸足を蹴って掬い、そのままマウントポジションを取ろうとするも巴投げで返される。

「ああっ!」

 再びマグナアウルがイダムに掴みかかり、右腕を取って逆方向に(ひし)いだ。

「なにしやがるァァァァアアア! シャアアアッ!」

 イダムは曲がった腕を無理に戻すと距離を取り、それから双方の回し蹴りが同時に炸裂して蹴りの応酬が始まる。

「ううおっ!」

 イダムが伸ばした足の爪でマグナアウルの胸を抉るも、すぐに立ち直ったマグナアウルに同様に胸を抉られ、その上で顔面を足で掴まれて地面に頭を押し付けられる。

「うおおおおっ! たっ!」

 足から黒い炎を流し込み、掴んだままイダムを蹴り飛ばす。

「この鳥畜生がぁぁぁああああっ!」

 口ではそうマグナアウルを罵ったイダムだったが、もはやこの黒い炎を纏ったマグナアウルと自分の力は互角であり、戦っても正攻法で勝つことは難しいと感じ取っていた。

(ここはどこかに身を潜ませて体勢を立て直して、それから……なっ⁉)

 右腕と左足を何かに掴まれ、イダムはそのまま地面に叩きつけられる。

「なんだ!」

「みんな今だ!」

 武器を構えたクインテットが一斉に腰のスイッチを三度押し込み、まず高速で接近してきたルナの一太刀を浴び、続いてブレードで何度も斬りつけられて太刀の突きを喰らって吹き飛ばされる。

「せあっ!」

 穂先から紫色の巨大な光の刃を形成したトライデントを携えたアフロダイがイダムに迫り、最初の一撃でマグナアウルに拉がれて弱くなっていた右腕を肘から切断し、その後二股に分かれた光の刃でイダムを挟み込み、抵抗するイダムを持ち上げる。

「イドゥン!」

「おう!」

 レールガン、ミサイルマシンガン、そしてメイン武装であるロングライフルを合体させたメガランチャーをイダムに向け、バーストオーバーチャージによる全エネルギーを注ぎ込む。

「ゴー・トゥ・ヘル……モォォォォォォオオオオタァァァァァアアアアルッ!」

 緑色の光線と無数のミサイルと、音速を超える速度で発射された特殊鋼化弾がイダムに叩き込まれ、また吹きとばされた先に構えていたデメテルの顔面を捉えたエネルギーを込めた全力のボールハンマーの打撃を喰らい、逆方向に飛ばされる。

「イダム! あんたはこれで……終わりだぁぁぁぁああっ‼」

 ミューズのハルバードの巨大化した回転刃がイダムの腹に押し当てられ、ダメ押しに二度スイッチを押し込んでバーストオーバーフルチャージを発動したミューズは力一杯刃を振り抜き、イダムは吹き飛んで大爆発を起こした。

「はぁ……はぁ……うぅっ!」

 バーストオーバーフルチャージという無茶なエネルギー使用が祟り、ミューズはその場に膝をついてバーストモードが解除され、周囲に他の四人が集まってくる。

「やったかな……」

「どうかな? 多分まだ……」

 爆発した所を振り返ると、やはりまだイダムは生きていた。

「まだか……」

クソ(クイン)……ガキ共(テット)……(マグナ)……畜生(アウル)!」

 まさかクインテットに不意を突かれるとは思っていなかったイダムは、怒りに満ちた目でクインテットを睨みつけ、イドゥンとルナが武器を構える。

「どけお前達」

 クインテットの後ろから声がし、それに振り返るとブレードボウを構えたマグナアウルが立っており、クインテットは咄嗟に道を開ける。

「お前の夜は終わりだ。終わりなんだよイダム」

「……クックックック」

 絶体絶命の状況でなお笑い出したイダムに不審なものを覚えたマグナアウルはブレードにエネルギーを集約させ、虹色に輝く刀身に黒い炎が纏わりつく。

「お前は無力だ、見下していた人類に殺されるんだ!」

「俺がどうして強くなったか知らないようだな」

「もう喋るな、お前は終わりなんだよ」

「俺が得意と……」

「黙れ!」

「していたのは……」

「死ね! イダム!」

 ブレードボウの引き金が引かれ、黒い靄を纏った虹色の軌跡がイダムへ向かうも、最後の力を振り絞って残った左手で地面を叩き、黒い手の実像を何十個も生成してブレードを足止めしたと同時に思い切り跳躍してワープゲートを生成した。

「なにっ!」

「逃げる事さ! 逃げて逃げて強くなって最後に勝つ! これが俺のやり方だ! また会おうマグナアウル! フハハハハ!」

 この逃げ足、クドゥリにも通じるものがある。この逃げ癖を弟子にも植え付けたのかと考えると、自然と怒りも倍増してくる。

「このっ……臆病者がぁぁぁぁああああっ!」

 黒い炎を纏ったソリッドレイの楔をイダムへ投げつけるも、イダムが入ったワープゲートはもう消滅しており、その様子がかつて力に目覚めた時、ただ一人イダムに逃げられた時の記憶を呼び覚ます。

(まただ……俺はまた!)

 マグナアウルの意識は、突如響いた「きゅば」という音で引き戻された。

「あれは!」

「もう命中した⁉」

 一瞬でパラクスモウォートに黒い炎が燃え広がり、少し遅れていたずらに小さな星屑が舞い踊る深い青色の空間が膨張していく。

「みんな逃げて! 早く!」

 重力軽減装置と姿勢制御ジェットを起動してクインテットは次々と飛び立ち、黒い炎に呑み込まれながら次元降下していくパラクスモウォートから脱出した。

「あっ!」

 ミューズが振り返ると、黒い炎の街に一人マグナアウルが取り残されていた。

「何考えてるの! 逃げ……」

「うわああああああああっ‼ ああああああああああっ‼」

 燃え盛る黒い炎はまるでマグナアウルの悔しさが滲む叫び声に呼応するようにその勢いを強め、一際強大な爆発を起こしてクインテットは爆風に煽られて皆同時に落下しそうになる。

「うっ! おわっ!」

「とっ! ぐぐぐぐ!」

「わっ! わわわっ!」

「このっ! 危なっ!」

「ふんっ! ハァ……」

 何とか制御を取り戻し、五人全員真鳥市の地へ帰って来た。

「パラクスモウォートは⁉」

 五人が上を向くと空中へ広がっていた爆発は急速に収縮を始め、周囲の雲を巻き込んで完全に消え失せてしまった。

「完全に消えちゃった……」

「あの宇宙みたいな空間で一体何が起きてるんでしょう?」

「……そうだ! マグナアウルはどこ⁉」

「まさか巻き込まれて……」

「ん……あそこ!」

 イドゥンが指した所には、こちらに背を向けて背中を丸めてゆっくりと歩くマグナアウルが居た。

「ああ! 良かった!」

 ミューズの声が聞こえたのかマグナアウルが足を止め、こちらをゆっくりと振り返った。

「……良かった?」

「無事だったんだね!」

「それにあのデカい島も完全に消滅したし」

「あんたのおかげで……」

「何が良かったんだ?」

 戦勝ムードに冷や水を浴びせられたかのような微妙な雰囲気が周囲を覆い尽くす。

「でも……結局街は壊されなかったんだし……」

「危険な力を引き出してまで俺は仇に挑んだ。全身全霊を賭けて仇に挑んだんだ……その結果がこれだ」

「でも街は……」

「復讐は果たせず、危険な力はこの身に残ったまま。いったい何が良かったんだ? 俺に教えてくれ、これの何が良かったんだ?」

 これには何も言えない、彼の悔しさをクインテットは推し量る事しか出来ない。

「お前達に言っても仕方あるまい……今度とも街を守っていくと良い」

 そう言いながらマグナアウルは再び振り返り、そのまま黒い靄に包まれながらその場から姿を消してしまった。

「……なんか、何も言えないな」

「本気で悔しがったが故の虚しさと言いますか……」

「マグナアウル……」

 何故だろうか、縮んだと思っていた心の距離が一気に離れてしまったように思う。

(もう会えないのかな? 一緒に戦う日は……もう来ないの?)

 冬の傾いた日光の中で、五人はある種の遣る瀬無さを感じながらマグナアウルが消えた所を見つめるのだった。


激闘編 完


 夜の千道邸、戦いの疲れからソファーで泥のように眠っていた京助はやっと目を覚まして体を起こす。

『目が覚めましたか』

「ああ」

『体調の方は?』

「最悪だ」

 月明かり差し込む薄暗い部屋の中、京助の表情は影になっていて伺い知れない。

『やはり黒の力の影響ですね、あれは危険な力です』

「知ってるよそんな事」

『これからはその力に対して細心の注意を……』

「わかってる」

『ともかく、鍵となるのは感情です。難しい話ですが、怒りを抑えて……』

「わかってる」

『ゆっくりで良いですから』

「うるさい……」

『京助、これは……』

「うるせぇんだよ!」

 突然京助が目の前のテーブルを蹴り飛ばし、破片が粉々になって周囲に散らばる。

『……まさか京助! あなたに打ち込まれた毒はまだ!』

「ああそうさ!」

 影の中振り返ると、そこには不気味な笑みを浮かべた白京助が立っており、こちらに向かって手を振って来た。

 月明かりに照らされた京助の目には隈が浮かび、そしてその表情は怒りに歪んでいる。

「治ってない!」

 黒き力が、京助の心臓と共に不気味に蠢いた。


To Be Continued.

青春Double Side第三章激闘編これにて完結です。

イダムは倒せず、自らに巣食う黒の力は増大する、果たして京助はこれからどうなってしまうのか。

奏音や友人たちとの関係もどう変わっていくのか、物語はまだまだ続きます。

次週からは第四章の京助編が始まります。

ぜひお楽しみに。

感想コメント、Twitter(現X)のフォロー、友達へのオススメもよろしくお願いします。

ではまた来週、京助編でお会いしましょう。

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