クリスマスを守れ
もうじきクリスマスが迫ったある日、クインテットの面々はクリスマスの予定を話すが、明穂だけが浮かない顔をしていた。
忙しい両親と共に過ごしたいと、妹の夏穂がそう漏らしたのだ。
そんな中、公安X課がジャガック絡みの案件でクインテットに協力要請をし、共同作戦を取ることに。
その作戦指揮を執る班長はまさかの人物だった!
「あのマグナアウル、結局ニセモノだったんだね」
財団の地下のクインテット専用の待機所で、いつもの五人が寛いでいる。
「やっぱそーじゃん、最初に私が言った通りだったね」
「すごいね皐月ちゃん、ていうかよく分かったよね」
「いやいや、よく見なくても全然違ったよ」
ニセマグナアウルの一件は、クインテットの五人の中でも意見が割れていた。
「まあ一つ確かに言えるのは、下手に動かなくて良かったって事ですね」
「んね、それにしてもフクロウちゃん滅茶苦茶フラストレーション溜まっただろうな」
「そうだよね、あの状況で「あいつは偽物だ!」なんて言っちゃうと本物なのにニセモノって言われかねないからさ。まあニセマグナアウルが正義に目覚めてくれて良かったよね」
「本当に奇跡みたいに丸く収まったよね……そのうち私達のニセモノとか出てくるのかな?」
「あーヤダヤダ。考えたくもない」
しばらくニセマグナアウルの一件の事やニセクインテットが話題になっていたが、そのうち話題が移っていって目前になったクリスマスの話になった。
「もういくつ寝るとお正月だけど、そのちょっと前にはクリスマスかぁ、唯一の勝ち組さんは何して過ごすの?」
水を向けられた奏音は顔を赤くしながら両手の一指し指を突き合わせ、皆の視線を浴びながら答えた。
「ヒ……ヒミツ」
皆は溜息をついて天井を仰ぎ、奏音は取り繕うように付け加える。
「今年は私が考えた予定で過ごそうって思ってるんだ! なんかそれみんなの前で言うのちょっと恥ずかしくてぇ……エヘヘ」
クリスマス当日の事を予想して分かりやすいぐらいでれでれしている奏音に、皆は恋する乙女っぷりに辟易しつつ微笑ましく思うのだった。
「クリスマスかぁ……ウチの所は久々にアニキ帰って来たから五人でケーキ作るかも」
「ケーキ作りいいね! 私は今年もお母さんと二人で展望台のレストランで外食かな」
「あー、お父さんとよく行ってたって所?」
「うん、もう恒例になってるよ。あの時爆弾解除出来て本当に良かったなぁ!」
「そんな事もありましたねぇ」
「麗奈はどう?」
「私は自宅でリモート食事会ですね」
「ああ~お母さんが……どこだっけ? スイスに居るのか」
「そうですね、時差の関係で時間はズレますけど」
皆が楽しそうに話す中、明穂がなんとも言えない複雑な顔をしているのに気付いた奏音は反射的に声を掛けた。
「明穂ちゃん、どうしたの?」
「あぁ……あはは、その~まあちょっとした事なんだけどさ」
「なにか悩みがあるの?」
「実は昨日……」
昨日の木幡家の出来事。
「ねえお兄ちゃん」
「ん~、どうした夏穂」
ソファーを占領して寝転がっていた颯司が体を起こし、夏穂がその隣に座る。
「クリスマスってさぁ」
「ああ、プレゼントだろ? 大丈夫さ、夏穂はお姉ちゃんお兄ちゃんのお手伝いいっぱいしたからサンタさんのイイ子リストに載ってるぞ」
「ううんプレゼントの事じゃなくて……クリスマスって家族で過ごすものなの?」
「え? あぁ……まあ、アメリカとかならそうなんじゃない?」
「家族でご飯とか食べるんだよね?」
「でっかい七面鳥が食べたいのか? 姉ちゃんに頼んでみよっか」
夕飯の支度をしていた明穂が溜息をついて「そんなモノ出来るわけないでしょ」と突っ込むべく後ろを向いたが、次の夏穂の言葉で固まってしまった。
「ウチは?」
「え?」
「ウチのクリスマスの晩御飯って、今日も三人だけ?」
その質問に颯司は答えることが出来ず、明穂も思わず目を伏せてしまい、そんな空気を察した夏穂は取り繕うように捲し立てる。
「分かってるよ! ちゃんとお父さんとお母さんは警察官だから忙しいって! でも……でも……」
俯く夏穂の頬を颯司が包み、微笑んでから言った。
「大丈夫、三人でも絶対楽しいクリスマスにするから! だからそんな顔するな、楽しい顔しようぜ」
とりあえず誤魔化せたようだが、本当にそれで良いのかと明穂の心には蟠りが残るのであった。
「それは難しいですね……」
「まあ普通の仕事……って言ったらなんか角が立つけど、二人とも警察官っていうのがなぁ」
「特に今時とか休み取って抜けれないだろうからね」
「一応聞くけど、アキちゃんのお父さんお母さんは何課なの?」
「それが聞いてもなんとなくぼかされて終わるんだよね」
前もそんな事を言っていたような記憶がある。
「どんな風に誤魔化してたの?」
「うーん、お父さんは「夢を守る仕事」って言ってて。お母さんは「私の才能を活かせる天職」だって」
滅茶苦茶抽象的過ぎる言い回しに、明穂以外の四人は思わず頭を捻ってしまう。
「夢を守って……才能を活かせる……」
「警察で夢を守る仕事って……なんでしょう?」
「明穂のお母さんって……どんな人なの?」
明穂が説明するべく手を上へ伸ばしたその時、待機所の扉が開いて何とも言えない顔の白波博士がやって来た。
「ああ、白波博士こんにちは。どうしてここで待機しろって言ったんですか?」
「まあ簡単に言えば……共同作戦の打診があったんだ」
「共同作戦⁉」
「マグナアウルと⁉」
「違う。公安X課だ」
皆一気に脱力したが、相手は誰だろうと共同作戦には変わりないため、すぐに気を引き締めて背筋を伸ばす。
「一応聞くが、公安X課はどんな組織かは知っているな?」
「ええ、宇宙人や幽霊とか……いわゆる超常現象に対抗するための警察内部の一組織ですよね?」
「その通り、X課は基本的に班ごとに活動するんだが……ああ、もういい、直接会った方が早いか。どうぞ! お入りください」
別のドアが開いて入って来た者達のうち一人を見て、他の四人が思わずその雰囲気に気圧される中、明穂だけは目を見開いて人生最大級のショックに直面した。
「初めましてクインテットの皆さん」
手帳を見せながら挨拶をした彼らのリーダーらしき女は恐ろしい程の長身で、高そうなロングコートとソフト帽といった出で立ちが奇妙な威圧感を醸し出している。
「公安X課対異星人セクト班長の……木幡茜です」
「キハタ……」
「アカネ……」
四人の視線が大きく目を見開いている明穂に注がれ、明穂は茜をもう一つの名で呼んだ。
「お母……さん?」
他四人も明穂と全く同じように目を見開き、仰天のあまり待機所どころか財団のビルをも揺るがす大声が響き渡った。
「お! おおおお⁉ お母さん⁉」
「お母さん……ママ……母上……ご母堂……」
「ウッソ⁉ こんな事ってある⁉」
白波博士が無言で「私がなぜこんな複雑そうな顔をしていたかわかっただろう?」と麗奈の方を見て、麗奈も素早く小刻みに何度も頷いた。
「驚かせてしまった様だね。本当なら私もまだまだ秘密にしておきたかったんだが……私の班が関わらなくてはならない案件がここ真鳥市で発生してしまったものでね。相手も相手だからこうして打ち明ける事にしたんだ」
明穂の十七年にわたる人生で、最大の謎の一つがようやくここで解明された。
家族に言えない筈である、何故ならそもそも属している組織自体が秘密の組織なのだ。いくら自分の子供とはいえ言える筈がない。
「そっかぁ……そうだったんだ。今全部わかった」
驚愕のあまり宇宙の真理へ到達してそうな娘をよそに、茜は小さく微笑んでクインテットの五人に告げた。
「いつも娘が世話になっています」
衝撃の対面と告白によって起こった大混乱がようやく収まった頃、茜は班員らしき男達に指示して持参したノートパソコンをモニターに繋いでから、今回起こった事案について説明する準備を整えた。
「まず我々の班は異星人の事案、とりわけ秘密裏に行われる作戦行為の事前阻止が任務なんだ」
「やっぱりジャガック以外にもそういう奴ら居たんですね」
「そうだよ皐月ちゃん、ジャガックなんてかわいく思えるほどの規模でやってくる者達も居る」
もしや今回の相手はそんな類の連中なのではないかと考え、皐月の背中に嫌な悪寒が走る。
「尤もジャガックが今この星へ与えている損害は彼らと比べて段違いだが……話を戻そう。今回の我々の相手はジャガックだ、これはいつもと変わらないから安心してくれて構わない」
少しほっとしたが、大規模な侵略行為を開始したジャガックが今更何を秘密裏に行おうとしているのか。
そう考えるときな臭く感じてきて、なんだか薄ら寒さを覚える。
「ジャガックは我々地球人が持つ水準以上の技術力を持つ。だが奴らは今回自分たちが持ちえないある技術を奪おうとしている事が分かった」
「それって何なんですか?」
「言うなれば……千道万路博士の遺産と言った所かな」
その名を聞いた五人の目が見開き、奏音は思わず立ち上がりそうになる。
「京助の……お父さんの?」
「そうだ、君達の友人である千道京助君の父親である千道万路博士が遺したある技術をジャガックが狙っている」
「それがジャガックが地球に来た目的?」
「だとしたら今も大規模な侵略行為を続ける必要性が分からないし、第一殺す意味が分からないかな」
「ああ、万路博士の遺産がジャガックの主目的ではない事は調査で分かっている。だが連中があの忌まわしい暗殺事件を引き起こした際にその技術の一部が盗まれ、以来秘かに完全なものを求めているらしい痕跡が調査で明らかになった」
「一部って……どういうことですか?」
「万路博士は画期的だがまだまだ人類には早く、なおかつ危険な兵器にもなりうるその技術の事を危惧し、いくつかに分割して保存しておいたんだ。完璧なものは博士の頭の中にあり、そのうち一つがこのウィルマース財団内部に保管されている」
「じゃあ奪われたのは……」
「そう、襲撃の日に千道家で保管されていたもののようだ」
京助の父の遺した技術が、地球侵略に悪用されようとしているのは何としても防がなくてはならない。
奏音は心の内に闘志の炎を燃やした。
「ジャガックが狙うぐらいすごい技術って……一体何なんですか?」
「それはな……」
クインテットの五人と、白波博士の視線が茜に注がれ、今か今かと次の言葉が出るのを待つ。
「わからない」
想像以上の肩透かしに茜の部下含めてこの場に居る全員がずっこけ、明穂はこういう所はいつも通りなのかと鼻を擦りながらなんだか安心した。
「まあ、我々の調査でも分からないほど厳重に秘匿されているという事だよ」
「お父さんは知らない?」
「私か? さあ、そんな技術の事は……一度だけ超能力部門に関する噂でそんな話を聞いたことがあるぐらいかな。詳しい事はわからなかったが」
ウィルマース財団超能力部門。
財団裏部門の中で宇宙技術部門と並んで謎多き部門であり、他者からは到底理解されないようなトップクラスの天才か、奇人変人しか居ないと噂されている。
「一つ分かっているのは超能力に関する技術という事だけ、そんなものの完成品が奴らに渡れば危険極まりない。よって君達五人に協力を要請したい、構わないかい?」
少し間があったが、五人は目を合わせるまでも無く頷いていた。
「やります。むしろやらせてください」
「これ以上奴らを強くさせる訳にはいかない」
「あいつらの鼻ッ面、ぶっ潰してやんよ!」
「偉大なる先人が遺した技術を誰かを傷つけるために使わせはさせません!」
「一緒にやろう、お母さん」
やる気な様子の娘とその戦友達を見て、茜は満足そうに頷いて周囲の部下を見回す。
「なんだかいいな、フレッシュで」
「そうですね、ウチの新入りよりキラキラしてますよ」
「まあウチの新入りって一回〝転生〟してるからあんまりキラキラしてないんだよな」
なんだかウケがいい事に、五人は少しだけ照れ臭くなる。
「よし、話を戻そう。今回狙われているのは万路博士の母校の大学の図書館に収められていた遺産の一部だ」
「じゃあ今回はその大学へ行って防衛するんですね?」
「いいや逆だよ、今回はこっちから仕掛ける」
好戦的な笑みを浮かべる茜に五人は首を傾げ、当の茜はソフト帽を取ってコートを脱ぎ、手を叩いて部下にモニターに映像を投影するように指示した。
「では今から……今回の作戦の説明に移ろう」
作戦の説明が終わって詳しい配置を決める前に一旦休憩を挟むことにし、茜の部下達はこの居心地のいい待機所を満喫し、若い女性の班員はクインテットのメンバーと雑談に明け暮れていた。
その中で明穂は。
「まあ、来ると思ってたよ」
一人ドリンクコーナーのカウンターテーブルに座っていた母の茜にコーヒーを差し出しながら、明穂はその隣に腰かける。
「なにから話せばいいかな」
「それは……分かんないや」
「謝るべきかな?」
「ううん。確かにビックリはしたけど、隠すのも仕方ないかなって」
「いつも苦労かけて……申し訳ないと思ってるよ」
「お父さんとお母さんはよくやってる方じゃん。毎日夜遅いけど朝はちゃんと五人で食べるし、行事にはどっちかが来てくれるし、休みの日には……そういえばお父さんも公安X課なの?」
「そうだよ、直樹君は私とはセクトが違うがX課に所属してる」
「そうなんだ、どんなセクトなの?」
「直樹君は夢見人であり、中でも夢潜りと呼ばれる特異な超能力者なんだ」
「夢見人? 夢潜り?」
茜はどちらも地球人の集合意識が生み出した特殊な世界である夢界に関する能力であり、眠りの門を潜らずに自由に夢界へ入ることが出来るのが夢見人で、夢潜りはその夢界から他者の心に入り込める力を持つ者の事を指す、というような内容をかいつまんで明穂に教えた。
「ああ、だから夢を守る仕事なんだ……」
「夢見人専門セクトの仕事に加え、夢界絡みの事件が起こった時は対心霊セクトにも駆り出されるみたいだ。結構大変らしい」
夢の世界を渡り歩く父の姿を想像すると、どうしてもファンタジックでファンシーなイメージが出てきてしまうが、ふとある疑問が浮かんで明穂は茜の方を見る。
「ねえ、お父さんって家族の心の中に入った事ある⁉」
「……」
慌てた様子の明穂を見て茜はなんだか憐れむような笑みを浮かべ、明穂は茜のコートを掴んでかじりつく。
「ねえ教えて! 教えて!」
「私は何回かやられたことがある。一つ言えるのは変な夢を見たら高確率でそうだよ」
思い当たる節があったらしくムンクの『叫び』のような顔になった娘を見て、茜は口を押えて笑った。
「お父さんのご飯に変なもの混ぜてやる……」
「仕返しが怖いぞ。やめておきなさい」
「超能力者って怖いな……」
「私もか?」
「お母さんは……ってお母さんも超能力者なの⁉」
「ああ、私達は超能力者同士で結ばれた警察官のカップルさ」
これは意外だった、まさか両親が警察の秘密組織に勤めている上に超能力者だなんてどんな冗談だ。
「まあ到達次元は十次元ぐらいだから、そこそこの強さって所かな」
「どんな能力が使えるの?」
「見せた方が早いな」
そう言うなり茜はコートから取り出したナイフを何の躊躇いもなく自分の目に突き刺し、明穂は思わず悲鳴を上げて周囲も何事かと振り向いた。
「この通り」
なんとナイフは突き刺さらず、逆に折れて鋒がカウンターテーブルに突き刺さっていた。
「私はサイコエネルギーを体や持った物に流し込んで強度を上げることが出来る」
「お母さんの才能って超能力だったんだね……」
「ああ、明穂もそうだよ」
「へぇ……うえぇ⁉」
涼しい顔で言ってのけた母に、明穂は驚きのあまり口をパクパクさせて困惑している。
「じゃ……じゃあ……」
「そうだよ。颯司も夏穂もそうだ」
最近の変な感覚は、もしや超能力だったのか。
「そろそろ次元上昇が起こる頃だろうから、直樹君と二人でいつ話そうか相談してた所だったよ」
「じゃあ私……空飛んだり電気発生させたり火炎放射やったりできるの?」
「仕方ないとは思うが、マグナアウルを基準にしない方がいい。そもそも彼の到達次元数は推定十八次元だから、地球人類の中でもかなり強い方だよ」
「やっぱり上澄みなんだ」
「上澄みは上澄みでも……ちょっとアレは鍛えすぎてておかしいレベルだ」
やはり超能力者目線でもそうなのかと、明穂は妙に安心してしまった。
「まあ磨き方次第だね、超能力に関する悩みならいつでも相談に乗るからな。遠慮なく言ってくるといい」
肩に手を置き、こちらを優しい眼差しで見つめる母を見て、明穂はなんだか目の奥がじんと来てしまった。
「とりあえず配置を決めよう。もっと話したい事があるならその後で聞くよ」
明穂と茜は談笑している友と部下の方へ向かうのであった。
配置決めと作戦のおさらいも終わり、再び休憩時間となった時の事。
「ねえ明穂ちゃん、さっき何話してたの?」
茜がトイレに立ったタイミングを見計らって奏音が切り出した。
「ああ、お父さんの話と、私はいずれ超能力者になるって話」
「へぇ……ってそれすごい事じゃん!」
「カノちゃんそれは本題じゃないっしょ。まあ確かにすごいことではあるけど……」
「本題って?」
「ここに来た時話してたじゃないですか」
「夏穂ちゃんのクリスマスの話だよ」
「あぁ……そっか」
たしかにさっきの話を言うとしたら今ここしかないだろう。
だが当の明穂はなんだか歯切れ悪そうに自分の頬を撫でている。
「でもなんだかなぁ……」
「どうしたの?」
「なんだか話聞いてると言いづらくて……」
警察官は大切な仕事で、忙しいものという幼い頃からの刷り込みに加え、今自分がクインテットとしてやっているような事が本業となれば尚更忙しいだろうという考えが明穂の心にブレーキをかける。
「でも、言わなかったらすごく後悔しますよ」
「気を遣わせたくないって思いはわかるけど、別に言うだけなら……ていうかむしろ言わないで溜め込んだ方が気を遣わせちゃうよ」
皐月のこのアドバイスは母子家庭故の経験なのだろう。
「それにこの事はアキちゃんだけの問題じゃないよ、夏穂ちゃんと颯司君の問題でもあるしね」
確かに今ここで動かなくては颯司には気を遣わせっぱなしになるし、夏穂には我慢を強いる事になるだろう。
結果はどうあれ、やらなければならない事がある。それがここ一年以上戦ってきて学んだことではないか。
「……みんなありがとね。行ってくるよ」
席を立った明穂の背中を、四人は見送った。
茜がトイレから戻ると、明穂が最初の休憩の時に隣同士で座っていたカウンターテーブルに座っているのが見え、今度は茜が明穂の昔からの好物である白ぶどうジュースを入れて差し出しながら隣に座った。
「ああ、ありがとお母さん」
「今も好きか? それ」
「うん、もちろん」
「良かった」
明穂はジュースを一口で四分の一程飲み干すと、決心がついたのか一息ついて茜の方を見た。
「この前あった事なんだけどね」
明穂の表情や調子からただの世間話ではないのだろうと察した茜は思わず顔が強張ってしまう。
「ああ……どうしたんだ?」
「夏穂がさぁ……クリスマスを家族で過ごしたいって思ってたみたいで」
「……そうか」
仕事の多忙故に二人の娘や息子に我慢を強いており、本当は寂しい思いをしているのではないか。
そんな思いはずっと茜の中に蟠っており、夫の直樹も時折そんな事を漏らしていた。
いつかその事実に直面するのは覚悟していたが、いざ直面すると想像以上の罪悪感が心の奥底から噴出する。
「せっ……責めてるわけじゃないよ! でも夏穂がこんな事言うのあんまりないから……」
本当は自分達は責め立て詰られてもおかしくない。こんな時にも自分を慮るよく出来た娘を見て罪悪感の噴出が加速し、文字通り胸が張り裂けそうになる。
なるべく家族の時間は作るようにはしてきたが、やはり起きている時間の殆ど親がいないというのはとても寂しい光景だろう。
どれほど子供達に甘えてきたか身につまされる。
「……すまなかった」
「ああ……お母さん……」
「明穂や颯司に……私達は甘えていたのかもしれないな」
「いやいや! 違うよ!」
「クリスマスか。ただひたすらにこの地球の為、日本の為、そしてに我が子の未来の為と思って戦い続けていたら、もうそんな時期になっていたとは……」
どこか遠い目をしながら茜は腕と足を組んで細く長く息を吐いた。
「あの。私は責めてるわけじゃ……ないからね」
「ああ、もちろん分かっているとも。そんな意図が無いのは分かってる」
茜は何か考え込んだ後、明穂の肩に手を置く。
「絶対に何とかする」
「えっ、いやそんな無理なんて……」
「子供のために無理しない親がどこに居る。こんな時ぐらい無理させてくれ」
「大丈夫なの?」
「もちろん。ただし……」
茜は明穂に顔を近づけてから言った。
「クリスマスを私達木幡家が祝うには、あの技術を奪おうとしているジャガック共を止めなくてはならない」
「つまり……この仕事の成功が後に掛かってるって事だね?」
「ああ、万路博士の遺産を狙うジャガック共をいち早く蹴散らし、最高の気分でクリスマスを祝おう。約束だ」
茜は突き出した小指を差し出し、明穂はそれに自分の小指を絡める。
「必ず守り抜き、勝利しよう」
「うん、絶対に勝って……クリスマスパーティーだ!」
絡めた小指の上に互いのもう一方の手を乗せるという木幡家流の約束の証を交わし、二人は今回の作戦と、クリスマスパーティーへの情熱を燃やした。
「少し色んな人へ連絡をする、いいかな?」
席を立った茜は自分のスマホを操作して上司に連絡を取り始め、明穂は一旦戦友たちの方へ向かう。
「どうだった?」
「みんなの言った通り、言って良かったかも」
「ホントに?」
「うん。奏音ちゃん、皐月ちゃん、林檎ちゃん、麗奈ちゃん……本当にありがとう。おかげで良い方向に進みそう」
憂いが晴れた様子の明穂に、四人は思わず笑みをこぼした。
「今回の戦いは、京助君のお父さんの遺産を守る戦いでもあるけど、さっきのでもう一つ新しい意味が生まれたんだ」
「そうなの?」
「どんな意味ですか?」
「私達のクリスマスを守る、それが今回の戦いでもある!」
ガッツポーズをして見せる明穂に、皆も思わずハッとなる。
「確かに、決行日が十二月二十三日ですよね」
「気持ちよく勝ってクリスマス……ってなったら最高じゃん」
「クインテットサンタからの勝利の贈り物って訳ね」
「そうだね……頑張ろう明穂ちゃん」
明穂は当然ながら、奏音にもクリスマスを守る理由があるのだ。
「絶対に勝とう! 今回は特に気合入れるよ!」
彼氏と友の為であり、そしてクリスマスを守るための戦いが幕を開けた。
来たる決行日である十二月二十三日の夕刻。
まず作戦の第一段階として大学の図書館の前に複数のウィルマース財団の車が向かい、物々しい雰囲気の中でジュラルミンケースが持ち出される。
「よろしくお願いします」
「確かに受け取りました」
「丁重にお願いしますね」
「もちろんです」
そのうちの一台に万路博士の遺産が入ったケースが積まれて財団の車が発ち、図書館職員はその様子を緊張した面持ちで見送った。
財団の車は予め定められた複雑なルートを走り出し、徐々に人気のない山道へ入っていく。
「ここからは何が起こってもおかしくはない。気を引き締めていけ」
「了解」
「了解です」
山道を走り出して間もない頃、殿の車のバックミラーに巨大なトレーラートラックが迫って来ていた。
「……あれは!」
「警戒してください! ジャガックの可能性が非常に高……」
そうして通信している最中に、トレーラーのコンテナの側面が開いてレーザーガトリング砲が展開し、財団の車目掛けて掃射してきた。
「撃って来たぞ! 戦闘開始!」
その一声と共にウィルマース財団と公安X課の選りすぐりの合同対異星人部隊が次々とクローキング迷彩を解いて現れ、大型トレーラーの横や後ろについて攻撃を始める。
「せーのっ……よぉッ!」
トレーラーの側面についた部隊員の一人がジープから身を乗り出し、コンテナに重いレーザーオープナーを取付けて無理矢理コンテナに侵入しようとするも、天井から出てきたジャガック兵に銃撃されて邪魔されてしまう。
「くっ! 一筋縄では行かないってか!」
即座に同乗している仲間からライフルを受け取ると反撃を開始し、更に別の隊員が手持ちのグレネードを放って加勢する。
「すぅ……ハァッ!」
車のトランク部分に乗っていた隊員がギリギリまで寄せられた状態でレーザーオープナーに足をかけて開けようとした途端、コンテナの後方が開いて移動式銃座に座ったジャガック兵が現れた。
「……長い戦いになりそうだな」
山道での撃ち合いは、加速していく。
その頃万路博士の遺産が保管されていた大学図書館では通常業務が再開されていたが、突如入り口が吹き飛ばされたことで大騒ぎになった。
「大人しくしろ地球人共!」
吹き飛ばされた入り口から大量の部下を引き連れて現れた女と思われるサイボーグ兵が、腕と一体化した銃を天井に向けて発砲して威嚇して見せる。
「我々はジャガック幹部ルゲン様の直属の部下! 例の遺産を出せ!」
「さ……さっき財団の人達が別の場所に……」
「しらばっくれるなよ地球人の女! とっくに調べはついている!」
「どういう……事ですか?」
「今輸送しているものは偽物で本物はここから動かしていない事などとっくに調べはついている! さあ殺されたくなければとっとと遺産を我々に渡せ!」
腕と一体化した銃が火を吹き、本や本棚がボロボロになり、紙や木の破片が周囲に飛び散る。
「ひぃっ!」
縮こまった職員に、サイボーグ兵が銃を突きつける。
「喚くな! 大人しく遺産を渡せ!」
「知らないんですぅ! 勘弁してください!」
「死にたいのか! さっさと遺産を……」
「……だる、それしか言えねぇのかよ」
「はぁ?」
女性の図書館職員が突如泣き止んで態度をがらりと変化させたかと思うと、服に隠していた超能力者のみが扱えるサイオニックガンをサイボーグ兵に向けて連射し、予想外の反撃にサイボーグ兵は怯んで膝をついてしまう。
「貴様!」
反撃に転じようとした瞬間、図書館内部に居た人間全てがジャガック兵へ銃を向ける。
「なんだ……これは一体何事だ⁉」
「そうだな、おだてられた豚が木に登った結果がこれだよ」
声のした背後に目をやると、グレーのコートを纏ってソフト帽を被った恐ろしく背の高い女と、更に彼女の周囲にはクインテットの五人が武器を構えていた。
「クインテットだと⁉ お前は一体何者だ!」
「公安X課の者だ、お前らのような連中を毎日飽きるほど相手にしているプロだよ」
「なんだと?」
「私だけではなくそこの彼女やこの場に居る全員がそうだ。いい演技だったよ青部」
「ありがとうございます班長」
圧倒的有利と思っていたが、戦況は即座にひっくり返されてしまった。
だがこの状況で一つ確信したことがある、それを悟ったリーダー格のサイボーグ兵は笑い出した。
「何が可笑しい?」
「一つ確信したのさ! お前達やクインテットが居るという事は遺産は確実にここにある! マヌケはそっちのようだな!」
「はぁ……木に登った豚が飛び降りようとしているぞ」
地球のことわざの意味は分からないが、嘲笑の意図を含んでいる事は感じ取れた。
「わざと流した情報に決まってるだろう。お前らみたいに単純なら私達の仕事がどれだけ楽だったか」
呆れたような茜の発言に周囲を見ると、銃を構えながら笑う者や、同じく呆れている様子の者も居た。
「……くふふ、ジャガックを侮辱したらどうなるか知りたいようだな」
「お前達こそ、我々X課のやり方を知らないらしい」
サイボーグ兵の腕の銃が唸り、茜のコートのボタンが外されていく。
「では始めるか、行くぞ!」
茜の一声で班員達とイドゥンが一斉に発砲し、幾人のジャガック兵は装甲の耐久閾値を超える銃撃を受けて半ば蒸発してしまった。
「応援を呼んだ! 展開しろ! 撃て!」
部下に檄を飛ばしてサイボーグ兵は茜に向かってレーザーを放ちながら突進し、対する茜はその場で旋回しながらレーザーを避け、右手を突き出して裏拳の要領でサイボーグ兵の顔面をぶち抜く。
「ぐはっ! 貴様……まさか!」
コートの裾をはためかせながら着地した茜はトンファー型の警棒を握った右手を引き、左手の甲を内側に回しながら拳法のような構えを取った。
「サイバス使いだと!」
「一応超能力者でもある!」
サイバス、それは殺人拳とも称される地球外由来の拳法の一種である。
茜は自身の能力に加え、高練度のサイバスを使って戦うのだ。
「超能力者のサイバス使いか! 面白い! 楽しい夜になりそうだ!」
「こっちは全く楽しくないぞ!」
茜のコートが靡きながら、本格的な戦いが始まった。
クインテットは茜の部下からのサポートを受けながら、連れられたジャガック兵の処理に回っていた。
「せいっ!」
ミューズのハルバードの回転刃が部下の撃った電磁エネルギー弾を受けて強化され、一気に複数のジャガック兵を痺れさせて行動不能にし、その隙にルナとアフロダイが次々と敵を切り刻む。
「まだまだっ! 居るよっ!」
「わかってる! はっ!」
戦いの場所は図書館から徐々に大学の敷地内へ移り、戦いも激しさをより増していく。
「でやああっ! シャァッ!」
二年前に建てられたばかりのキャンパスのガラスの壁を走りながら、イドゥンはロングライフルを乱射する。
「こいつらいつもより硬い! 多分特別製だ!」
イドゥンの読み通り、特殊作戦に携わるジャガック兵は一般兵に比べて上等な装備が与えられている。
その為か攻撃が通りづらく、耐久度も高い。
「わかりました! Bモードオン! バーストGO!」
アフロダイがバーストモードを起動してより高出力のエネルギーをナギナタに送り込み、それを振り回しながら次々と敵を切り裂いた。
「くっ……せいっ!」
ジャガック兵の銃撃を腰を逸らして回避して、その勢いのままナギナタにエネルギーを送り込んで投擲し、更にグリップを取って弓を生成して光の矢の雨をジャガック兵に浴びせる。
「バーストオフ……数が多い!」
「いいや……明らかに増えてる!」
ルナの指摘通り明らかに規模が増えている、いつの間にやらテレポートで増援が来ていたらしい。
「X課の人達に通達。敵側の増援来てます」
『増援? 分かった、こっちの事は気にしなくていいから、さっさと片付けちゃおうな』
『ウオォラッ! 増援ね、了解。やっと温まって来た所だからちょうど良いや』
スーツで守られている自分達より、生身の筈であるX課の茜班の面々の方が生き生きしている、これがプロと自分たちの差なのだろう。
「どうやら大丈夫そうね」
「ですね、私達は自分達のやることに集中しましょう」
ルナとアフロダイは迫り来る大量の強化ジャガック兵を相手にしているミューズとデメテルの方へ向かって加勢した。
「おお! 助かる!」
戦斧を投擲しながらミューズが言い、デメテルもこちらを見てハンドサインで感謝を表す。
「はっ! よっ!」
ミューズがハルバードで次々と敵を薙ぎ倒していると投擲した戦斧が旋回しながらこちらに帰って来るのが見え、ミューズは咄嗟にフルチャージを発動してハルバードにエネルギーを送り込み、こちらへ向かってきた戦斧をハルバードで叩いて再び敵の方へ投げつける。
「良いの見つけた! ホラヨッ!」
ミューズによって打ち返された戦斧をイドゥンが撃ち抜いて威力を倍増させ、ルナも自身のエネルギーを込めた太刀の刀身に斧刃を擦り合わせてエネルギーを分け合って更に威力を増す。
「なるほど! はっ!」
回転しながら縦横無尽に空中を切り裂く戦斧に、アフロダイが矢を放ってエネルギーを分け、回転の勢いも斧刃が放つエネルギーの光もより増していく。
「トドメだ!」
デメテルが跳躍した直後、ルナがフルチャージを発動してナックルガンから冷凍光弾を発射し、広範囲の敵を一気に凍結させて固めた。
「だああああっ! 消えろッ‼」
空中で腰のスイッチを三度押し込みながらオーバーチャージを発動し、デメテルは戦斧を掴むと落下の勢いに任せて地面へ叩きつけ、オーバーロードしたエネルギーが凍り付いた敵達の真上に炸裂して大爆発を起こした。
「おわっ!」
「うおっ!」
地面のアスファルトには蜘蛛の巣状の罅割れが走り、さらに数本の植樹はこの衝撃で折れてしまっていた。
「やりすぎたかな?」
「多分……いや絶対そう」
自分のナックルアームに握られた内部機構がひしゃげて露わになって煙を噴いている戦斧を見てデメテルは肩を竦める。
「はいこれ」
「ありがと」
デメテルから戦斧を受け取ったミューズは破損した斧刃を分解し、念のため斧刃を再生成すると問題なく使えるものになっていたため、安心してグリップを腰に提げた。
「あらかた雑魚は倒したけど、どこの救援に……」
次の行動を決めようとした途端、自律殲滅オートマタが十体以上ワープして出現し、五人の視線は一斉にそちらへ向いた。
「行こうか? って聞こうと思ったけどやっぱこいつらを倒した方がいいよね」
「確かに……やるぞ!」
再び武器を構えた五人は、我先にと無数のオートマタの方へ突っ込んでいった。
オートマタがテレポートしてくる数分前、茜とリーダー格のサイボーグ兵の戦いは苛烈さを増していた。
「シャァッハハハハァ!」
腕の銃を茜に向けて乱射するも茜は十メートル近く跳躍し、そのまま壁を走って追射も回避する。
「たっ!」
壁から跳んで近くにあった柱を蹴り、茜は打点の高い両足旋回蹴りをサイボーグ兵に見舞う。
「ぐおわっ!」
吹き飛ばされたサイボーグ兵が地面に叩きつけられるよりも早く背後に回り込み、茜は右手に持ったトンファー型警棒で思い切りサイボーグ兵の頭を叩き抜いた。
「ああっ! うふぅっ!」
頭を抑えて立ち上がったサイボーグ兵に感心するでもなく、茜はただただ〝倒すべき者〟として虎視眈々と相手を見据えて再び構える。
「いくら超能力者とはいえ……貴様ら地球人ごときが我々ジャガックの粋を集めて作られた我らサイボーグ兵に勝るなど許さんっ!」
そう言うと腕と一体化した銃器のパーツを思い切り剥がしてエネルギーブレードを露出させ、サイボーグ兵は茜に向かって斬りかかってきた。
茜は上体を逸らして二振りを回避し、三撃目の剣先での突きを紙一重で回避しながらカウンターのトンファー突きと追撃の直蹴りを食らわせる。
「ヴァアアアッ!」
地面や壁に熱による切断痕を付けながらサイボーグ兵は半ばやけくそになりながら茜に向かって行くが、茜は全く疲れた様子も見せず最小限の動きで素早くエネルギーブレードを躱している。
「くっ!」
「!」
サイボーグ兵に思い切り足を踏まれ、茜は一瞬気を取られて硬直した。
「ハハハッ! もらったァ!」
エネルギーブレードに切り裂かれる感触を想像して茜の頭目掛けて腕を振りかぶるも、予想に反して何か硬いものに刃が押し留められてしまった。
「あぁん? ……ハァ?」
なんと茜は被っていたソフト帽でエネルギーブレードを防いでいたのである。
「お前……お前っ!」
「言ったはずだが? 私はお前らのようなものを相手にするプロだと。地球へようこそ宇宙のゴミ共」
そのまま茜はソフト帽を上に放り投げながら、サイボーグ兵のエネルギーブレードがついた腕を掴んで背負いながら窓目掛けて放り投げ、三階の高さから落ちていく様を眺めながら上に投げた自分のソフト帽をキャッチして被り直した。
「一応息の根を完全に止めておこうか」
帽子の位置を確認した後で茜は念力で取り落したトンファー型警棒を拾い、コートを靡かせながら窓から飛び降りる。
「思ったよりしぶといな」
「フフフフ……」
満身創痍なのにもかかわらずまだ笑うサイボーグ兵に嫌な予感を覚えた茜は、咄嗟に警棒を左手に持ち替えてからX課制式採用のサイオニックガンを向けた。
「何が可笑しい」
「これで勝ったと思っているお前がおかしいのさ」
咄嗟に引き金を引くも念力波弾は途中で弾かれ、そこを中心に空間が歪んでパワードアーマーが出現した。
「こいつがお前の隠し玉か!」
「ハハハハ! 遺産などもうどうでもいい! お前を殺す!」
サイボーグ兵はそのままパワードアーマーに乗り込むと、茜目掛けて巨体を揺らしながら突っ込んできた。
「はっ!」
茜はパワードアーマーより高く跳躍して回避し、その背中にサイオニックガンを撃ち込むも、効果はいまひとつらしい。
「機械か……厄介な相手だ」
いくら茜が熟練の使い手であろうと、流石に様々な兵器を積んだ大型のパワードアーマー相手に一対一は流石きついものがある。
コートの中を見て何とか使えそうなものがないか探るも、どうも効果は薄そうなものばかりである。
「頼れるのは……どうやら我が身のみらしい!」
奮起した茜は振り返ったパワードアーマー相手に構えて見せ、肩からのバルカンキャノンの掃射をジグザクに走りながら回避して脚部の間をスライディングして後ろに回り込むと、コートから氷結榴弾を取り出して肩のバルカンキャノンを凍らせると、サイオニックガンでキャノンを粉々に吹き飛ばした。
『うおおおっ⁉ やるじゃないか! だが命運はここで尽きた!』
「しまっ……ぐおっ!」
パワードアーマーの腕で殴られた所に掴まれ、地面へ叩きつけられたところに引きずられ、そのまま思い切り建物へ叩きつけられてしまう。
「きぃ……くな……これは」
いくら体や物体の硬度や耐久力を上げる事が出来るとはいえ、流石に限度がある。
茜は久々に見た自分の血を拭うと、喉に手を突っ込んで溜まった血を吐き出した。
「ふぅ……すぅー……」
呼吸で痛みを消しながら構え直し、それを見たサイボーグ兵はわざわざコックピットを開けて哄笑を上げる。
「よく耐えたな! だがこれで終わりだ! 死ねっ!」
コックピットが閉じられると同時に四門のビームキャリアが露出して、茜に狙いを定める。
(さて……どうする?)
四方向から狙い撃たれるとなると回避はかなり難しい、だがかと言ってこれを体で受けると耐久閾値を超えてしまうだろう。
(念力弾を地面に撃って一時的に壁を作り、その後背後に……よし)
サイオニックガンを取り出すと同時にビームが放たれ、地面に銃口を向けたその時、目の前に黒い影が立ちはだかった。
「ううっ! ぬあっ!」
「!」
茜の前にデメテルが立ち、ナックルアームからバリアを発生させて守ったのである。
「何してる⁉」
「お母さん……逃げて!」
咄嗟に横へ飛び退いて娘の方を振り返った途端、ナックルアームのバリアが破壊され、ビームが直撃した上に一部は頭を掠めた。
「明穂!」
反射的に娘の本名を口走ってしまうほど狼狽えた茜は、すぐにその感情を全て怒りに変換してパワードアーマーを睨みつける。
『残念だったな! 役立たずの救援が来て少し命が伸びたようだがもう終いだ地球人!』
吹き飛ばされて気絶した娘に悪罵を浴びせたサイボーグ兵に対する怒りが、茜の力を大きく上昇させていく。
「……役立たずか」
茜は静かに立ち上がってグレーのコートを脱いでサイコエネルギーをありったけ流し込んで耐久力を上昇させると、デメテルにそれをかけるとネクタイを外す。
「役には立ったよ……私を怒らせた事でな!」
茜は硬質化したネクタイを片手に、パワードアーマーに向かって走っていくのだった。
微睡みの波に身を任せていると、どこからか自分を呼ぶ声がする。
「明穂……明穂……」
何とか心地よさの繭を破って体を起こして目をこじ開けると、何故か南国のビーチらしき所におり、しかも目の前には厨房がある。
「どこ……ここ?」
「起きたか、良かった」
声のした方を振り返ると、痩身で整った顔立ちの中年男が立っていた。
「お……お父さん⁉ ここは……まさか!」
父の直樹の能力は夢潜り、つまりここは自分の心の中だ。
「母さんから聞いているな。今俺は緊急事態につきお前の心の中に入っている」
「緊急事態って……あっ!」
さっき何があったか全て思い出した。という事は茜は今も一人で戦っているかもしれない。
「お母さんが危ない!」
「そうだ、仕事中無理言って抜けてきた。なんとか昏睡状態になる前にお前の意識を引っ張り出さなくてはならなかったからな」
どうやら明穂は軽い脳震盪を起こしていたらしい。
「どうしよう、このまま私の事起こせる?」
「もちろん可能だ。だが敵に確実に勝たなくてはならない、だから今ここで良いものをあげよう」
「……いいものって?」
「おいで」
直樹に従って近づくと、いつのまにか出来ていたベーコンエッグサンドイッチを渡された。
「……良いものってこれ?」
「ああ、食べなさい」
よく分からないが一口食べてみると、体に何かが入ってくる感触がした。
「ななな……何今の⁉ 飲み込んじゃった!」
「これでもマイルドにしたんだがな」
「娘に変なもの食べさせないでよぉ! だいたい娘の心に……」
「落ち着け、これは基礎知識をダイレクトに伝える方法なんだ、今明穂の中に入ったのは母さんが拾得した宇宙拳法サイバスの基礎知識。つまりそれを食べれば基礎をとりあえずマスターできる」
「じゃあ要は……インスタントで拳法を修得できるって事?」
「飲み込みが早いな、文字通りな」
よく分からない所でツボに入って笑い出した父を見て、明穂はたとえ超能力者だとしても父は父だし、母は母だとなんだか安心した。
「よぉし……わかった!」
明穂は奇妙な感覚に耐えながらベーコンエッグサンドを完食し、口角のソースを拭ってガッツポーズを取る。
「お母さんを助けてくる! ありがとうお父さん!」
「ああ、行ってこい!」
直樹が腕を翳すと、さっきまで無かった場所に扉が発生していた。きっとこれが目覚めの扉なのだろう。
「明穂」
「うん?」
「クリスマスには絶対に早く帰るよ」
「……うん!」
「約束だ、母さんを……茜を頼む」
「任せて! 私クインテットだから!」
微笑んで頷く直樹を背に、明穂は目覚めの扉に向かって走り出すのであった。
急激に刺し込む光に頭を振って起き上がったデメテルは、周囲を見回して現在の状況を把握する。
「……お母さん!」
頭と肩から血を流しながら、茜は硬質化したネクタイを片手にパワードアーマーへしがみついている。
「急いで助けな……?」
何故か急に拳法の構えのようなポーズが浮かび、試しにやってみるとこれが妙にしっくり来る。
「これがサイバスか! よし……だああああっ!」
気合と共に叫びながらデメテルはパワードアーマーに殴り掛かり、助走と全体重が乗った一撃がパワードアーマーを吹き飛ばす。
『なんだと⁉ お前はさっき気絶したはず!』
「!」
再び立ち上がった娘に驚いた様子の茜にデメテルは手を差し出して立たせると、言葉もなく互いに頷き合ってから同時に握り拳の甲を内側に向けるサイバスの構えを取ってから、二人してパワードアーマーの方へ立ち向かっていった。
「ハアアアアアアッ!」
「だあああああっ!」
腕の大振りの一撃をデメテルが片腕で防ぎ、もう片方の腕にドリルユニットを召喚して胴体に突き立て、面食らって上体を曲げた所に茜が背中に飛び乗ってネクタイを突き立ててサイオニックガンを連射する。
『あうううっ! この下等生物の虫ケラ共がぁ!』
パワードアーマーが暴れた所を茜は飛び退き、デメテルもバク転で距離を取った後にロケットパンチを放って牽制する。
「もう容赦しないからっ! Vモードオンッ! バーストGOッ!」
コアエナジーストリームラインが露出して凄まじい光を周囲に放ちながらバーストモードと化し、先程自分を気絶させたビームと放とうするパワードアーマーより早くナックルアームから高火力ビームを放って逆にパワードアーマーのビームキャリアを潰してしまい、更に壁に叩きつけて機能不全に陥らせた。
「トドメ行くよ!」
「ああ、わかった!」
デメテルは三回腰のボタンを押し込んでバーストオーバーチャージを発動し、ドリルユニットが装着された右腕を引き絞ってターゲットを定める。
「オーバードリルロケットパァァァアアアアアンチッ‼」
砲丸投げの要領で腕を振りかぶった事で超加速したドリルナックルアームに、茜がサイオニックガンをフルパワーで撃った事で更に威力が向上し、動けないパワードアーマーに何度も突き刺さって蜂の巣にする。
『地球人如きが! うわああああっ!』
パワードアーマーの爆発を背に、デメテルと茜はハイタッチで互いの勝利を讃えるのだった。
「……ふぅぅ」
怪我しても戦い続けたせいか流石に疲れたらしく茜はその場に座り込み、デメテルはロケットパンチを飛ばしてコートを持って来て肩に掛けた。
「ありがとう。ところでさっきの……」
「お父さんが教えてくれたんだ」
「そっか……なんだか直樹君らしいな」
「大丈夫?」
「ああ、娘を傷つけられたと思うと何も考えられなくなってな。アドレナリンのせいか全く痛くない」
「それ後々痛くなるやつじゃん、ちゃんと手当てしないとダメだよ」
「フフフッ、どっちが母親なんだろうな」
その時、茜に通信が入った。
『班長、こちら全ジャガックの掃滅完了しました。クインテットの方々が宇宙船を撃墜してくれましたよ』
「おお、ご苦労。こちらもリーダー格を倒したよ」
『山道を行った者も全員無だそうです。では後で』
「ああ、お疲れ様。また後で」
通信を終えた茜は大きく伸びをして少し曇っている夕空を見上げる。
「無事に仕事が済んだな」
「うん! これでスッキリ……あれ?」
デメテルの黒いアームに一瞬、白い欠片が落ちてきて一瞬で消えてしまった。
「雪だ!」
「おお!」
茜は立ち上がってグレーのコートを羽織ると、自分のソフト帽をデメテルに被せ、オレンジ色に染まった雪を娘と共に眺めるのであった。
今年の真鳥市のクリスマスイヴは、昨日の夕方から降り始めた雪の影響で、街や飾りは白化粧をしていた。
そして木幡家では。
「はーいこれ持って行って」
「ういよ、夏穂これ持って」
「うん!」
颯司と夏穂は姉が作ったクリスマス用の料理を運ぶのを手伝い、机の上に丁寧に並べる。
「そういや隣の光井さんに声かけなかったの?」
「あぁ~、私も声かけたんだけど、向こうは向こうで何かするみたいだったから断られちゃった」
「そっかぁ、じゃあ今年も三人?」
「フフン、どうかな?」
「あ、何その思わせぶりな反応~、誰か友達呼んでる?」
「内緒~」
やがて準備が整った頃、部屋のチャイムが鳴らされ、明穂は内心微笑みながら努めて自然な様子で夏穂に出るように頼んだ。
「サンタさんかな⁉」
「どうかな? 出てあげて」
夏穂は急いで玄関に向かって扉を開けると、目の前の光景が理解できず一瞬固まってしまった。
「フフッ、ただいま夏穂」
「……お母さん! お父さん!」
「は? え! マジで⁉」
颯司は動転しながら玄関の方を覗き込み、こちらを見ながらニヤリとしてハンドサインを切った父の直樹を見て、驚きのあまり頭を抱えてニヤニヤしながらこちらを見る姉の方を見た。
「やった? 仕込んだ?」
「やらせていただきましたァん、イェイ」
ピースサインをして舌を出す明穂の手を取った颯司は、その手を引いて抱き締めた。
「わっ!」
「ありがと姉ちゃん……やっぱ姉ちゃんには敵わねぇや」
「ふふん、ありがと」
「ホラホラ、イチャつくのは後にしろ〜」
夏穂を肩車して現れた直樹に、颯司は思わず飛び退いた。
「……父さん、母さん、来てくれてありがと」
「なに、当たり前の事さ」
「これからはもっと時間を作るよ」
頭を撫でられて満更でもなさそうにする息子を見て微笑んだ茜は、手をパチンと叩いて宣言した。
「さあ! パーティーを始めようか!」
木幡家全員のクリスマスパーティーは、こうして無事に始まったのであった。
場所は移って展望台。
「いや~良かったわね、道路凍ってなくて」
「うん、雪が降るのあと一日長ければ凍ってたんだよね? ホントに良かったかも」
いつものレストランで、皐月と実久は雪中の真鳥市の夜景を眺めていた。
「本当に……いい眺め」
「うん、なんだか……感慨深いな」
この景色を守っている者達の中に、自分が入っていると考えるとまた見え方も変わってくる。
満足げに夜景を見る皐月を、実久は愛おし気に見ながら微笑んで、シャンパングラスを掲げた。
「んじゃ頑張った皐月に……乾杯」
「うん、支えてくれるお母さんにも乾杯」
皐月はソフトドリンクが入ったグラスを合わせ、共にドリンクに口をつけるのであった。
「あーもー影が入る!」
夢咲家では桃弥お手製のクッキーケーキが食卓に並べられていたが……。
「それ取れつってんでしょーが!」
「なんでだよ、作ったの俺だぞ?」
やたら背の高いコック帽を桃弥が被っているせいで、写真を撮るときに変な影が入ると林檎はご立腹である。
「いや~さすがに大きすぎて邪魔だろう、取ったらどうだ?」
「ちぇー」
「だいたいコック帽ってのは背の低い人が被るようになったんじゃなかったかしら?」
「じゃあ林檎に被せれば万事解決か」
「いらんわ!」
「さっさと写真を撮らんか、待ちくたびれちまったぞぉ~」
祖父の稔の一声で桃弥も帽子を脱ぎ、林檎もいくつかのアングルで写真を撮って満足したため、夢咲家全員が食卓に着くことができた。
「さて、どうぞみなさん、料理研究家からも褒められた俺のクッキーケーキ! ご賞味あれ!」
家族みんなでいただきますの合図で、切り分けたケーキを口の運び、久々の五人での騒がしいクリスマスパーティーが始まった。
「繋がるかな?」
「もう休暇は取ったらしいからもうすぐで……おお! ハニー!」
『二人とも~! メリークリスマス!』
「お母さんもメリークリスマス!」
テレビのビデオ通話で、麗奈と圭司はスイスに居る母であり妻の礼愛と共にリモート食事会をしていた。
『おお、ピザ頼んだんだ。早く帰って日本のピザ食べたいわぁ~』
「確かもうすぐだよな」
『うん! もうすぐで帰るからね~』
「楽しみだな、早く三人で過ごしたい」
圭司は微笑んで海外メーカーの瓶ビールを掲げ、それを見た礼愛も同じメーカーのものを、そして麗奈もアップルジュースが入った瓶を持った。
「じゃあ麗奈、乾杯の音頭を」
「メリー!」
「クリスマス!」
離れていても家族三人、距離など関係なく三人は満たされていた。
白くなった地面や街路樹を眺めながら、一人ぼっちの少年は白い息を吐いた。
「早く来すぎたな」
京助には大切な人こそいるものの、共に過ごす家族はもういない。
毎年この時期になると往来を歩く家族連れやカップルを見て、自分が守ってきた証として微笑ましく思うも、やはりどこか寂しいものがあるのか、締め付けられるような切なさが込み上げてくる。
だが今年は奏音が何かしてくれるらしい、そんな希望を胸に京助は誰も見ていない所を確認して念力で雪だるまを作ったりして待ち続けた。
「京助!」
そうしていると、聞きなじんだ待ち詫びていた声がして、振り返った。
「奏音……おお」
そこには奏音だけではなく、奏音の父の誠と母の和沙が立っており、こちらに向かって小さく手を振ってきた。
「お待たせ」
奏音は小走りでこちらに向かい、手袋をはめた温かい手で京助の手を取った。
「あのさ、差し出がましいかもしれないけど……京助って夜はずっと一人だからさ」
「ああ……まあそうだな」
「だから今年は私とお父さんとお母さんの三人と一緒に過ごして、寂しさを吹っ飛ばそうって考えたんだけど……どう?」
奏音の頬が赤いのは、きっと寒さによるものだけではないのだろう。
京助は奏音の頭に手を回して抱き寄せると、耳にキスをして囁いた。
「……ありがとよ」
「ちょちょちょ! お父さんとお母さんの前だから!」
少し気まずくなった京助は奏音を放し、誠と和沙の方へ向かった。
「お久しぶりです、良かったんですか? 俺も一緒で」
「勿論さ、京助君はもうウチの一員みたいなものだし」
「この子から相談されたとき二つ返事でOKしたわ。さて、おいしい所予約してるから行きましょ!」
じんと込み上げてくるものを抑えながら、京助は奏音と手を繋いで雪夜の街へ歩みだすのだった。
今宵は聖夜、全ての者に幸あらんことを。
To Be Continued.
メリークリスマス(イヴ)
皆様いかがお過ごしでしょうか? 楽しい人も楽しくない人も心安らかにお過ごしください。
前々から明穂の両親は登場させたかったのですが、ついに出す事が出来ました。
公安X課の話はスピンオフとしてではなく、同一世界観の独立したお話としていつか書きたいと思っています。
もういくつ寝るとお正月ですね、年末にも更新するのでそちらも楽しみにしていてください。
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ではまた、来週お会いしましょう。




