立ち込める暗雲の中で
真鳥市に立ち込める暗雲。
それは人々の心にもかかっていた。
ガディとザリスとジェサムは姉のクドゥリの現状に心を痛め、クインテットの面々は目覚めていく謎の力に不安を募らせていく。
京助と奏音は表上はなんでもない風に振舞うが、いつまで互いの正体を隠せばよいのか辟易する。
そしてサイが探っている地球の謎。
黒い雲の中に放り込まれた人々が織りなす、葛藤の物語。
市街地での戦いの翌々日、ガラス越しに医療器具に繋がれて横たわる姉のクドゥリをガディとザリスとジェサムが心配そうに眺めていた。
「お姉様……こんなにひどい怪我を負って……」
「こんなになるまで……一体何があったんですか?」
「ザザル様……教えてくれませんか」
ジャガックの科学の粋を一手に担う長であるザザルが、大きな〝体〟を動かして三人の方へ近付く。
「具体的に何があったかはこの私にはわからない……だが何が起こったのかはデータから何となく察することが出来る」
三人の視線に負けたザザルは今行っている作業を自動化したり部下に指示を出して代わりにやらせる手筈を整えると、クドゥリのデータを水槽内に投影してから胸鰭で頭を掻いた。
「怪我の割合は……骨折打撲に切り傷、サイコエネルギーによる負傷が圧倒的に多い。まあしこたま殴られたり切られたりしたんだろうな」
なんだか他人事なザザルに三人は少々腹が立ったが、元々そんな性格であることを思い出してなんとか溜飲を下げた。
「それが致命的な一撃となったわけではない。彼女の超能力に関する値が著しく上昇している、これだと次元上昇も起こっていい筈だが、何故だかそれが起こっていない。むしろ強大になったせいでその力に彼女が呑まれているようだ」
「なぜお姉様の力が急に……」
「その理由はまだ解明出来ないが、そうした理由がわかる音声記録がある、聞くか?」
頷いた三人を見て、ザザルはアームを前に差し出して音声を再生した。
『クフハハハハ! もう私は誰にも止められない!』
どうやらこれはファルバス・デロイのフライトレコーダーの音声記録らしい。
異様なテンションで大笑いしながら支離滅裂な言葉を紡ぎ続ける姉の声に、いたたまれなくなったザリスは思わずガラス越しに眠っている姉の方を振り返ってしまった。
しばらく再生しているとある言葉が三人の耳に留まった。
『これで奴らからあの子たちを守れる! 守れるんだ! クハハハハハ!』
「これって……」
「あの子たちっていうのは……」
「私達の事?」
再生を止めたザザルはいつもと同じ平坦な口調で告げる。
「間違いなく君達の事だろうな」
「これってフライトレコーダーですよね?」
「お姉様はどこへ行かれたんでしょうか?」
「ファルバス・デロイを整備した者の話によれば、ナニア星系に行くと言っていたようだ」
「ナニア星系!」
三人は思わず同時に声を上げてしまった。
そこにクドゥリの故郷であるルガーノが存在する事は三人の中で周知の事実だ。
「クドゥリが向かったのは十中八九ルガーノだろう。そこで彼女は強大な力を手に入れ、その力を引っ提げて地球へ向かった……と私は考えている」
それでもなおマグナアウルとクインテットに敗れてしまった。
せめて自分たちが居ればと思ったが、果たして今の自分達が参戦したら足手纏いにならないだろうか。
「私達を守るために……」
「詳しい話は目覚めた本人に聞くことにするが、どうやら動機は君達を守るべく動いたようだ。彼女に感謝しつつ、もっと鍛えていち早く彼女に追いつく事だな」
少なくとも一つ分かった事がある。
クドゥリがこんな行動をした理由どこにも報告されていないのは、この行動があまりも唐突かつ独断で行われた可能性が高いという事。
では一体何がクドゥリを追い詰めて独断専行に走らせたのか。
『姉さんたち……お姉様がこんな事をしたのは』
『ジェサムやめなさい』
『私達のせいなのでは……』
『ああ……ジェサム……』
俯くジェサムの肩をガディが抱き寄せて背中と肩を擦り、ザリスも近くへ寄って手を握って落ち着かせる。
『確かにお姉様がこうなってしまったのは私達のせいかもしれない』
『だけれど私達がよく知るお姉様ならば、この選択を後悔しないと思うわ』
ガディとザリスも薄々自分達のせいだと思っていた。
だが妹を落ち着かせるためと、こびりついて広がる罪悪感を拭う為にこう言わざるを得ない。
『そうね……ごめんなさいこんな事を言って』
『いいのよ、今できる事はお姉様の一刻も早い回復を祈る事よ』
『なるべく時間を作ってここへ向かって見舞いに行きましょう』
クドゥリの事が少しだけ不安だが、今の自分達に出来るのはせいぜい様子を見ることぐらいだ。
意識が回復するまで鍛錬や情報収集に時間を当てて何か有益な事をした方が良いと考えた三人は、今日は一旦地球の拠点としているマンションへ帰る事にした。
「医療データの閲覧権限を貰って来たわ」
「あら、ありがとうガディ姉さん。これで何かあればすぐに向かえるわね」
そんなことを話しながら廊下を歩いていると前の扉が開いて出てきた者にぶつかりそうになる。
「おっ……すみません、不注意で……あっ!」
「ああ、なんだお前達も来てたのか」
四つの腕に三つの目、それにごてごてとした派手な装い。
ゾゴーリ・ジャガック、ジャガックの頂点の座に座る女首領である。
「お久しぶりでございますゾゴーリ様」
「大侵攻以来か。地球での任務は順調か?」
「ええ、つつがなく」
なんとなく上機嫌な雰囲気であるゾゴーリに、三人は少しばかり安心した。
「主君の危機にいち早く駆け付けるとは、姉と同じで忠義者だな。感心したよ」
純粋な誉め言葉に、三人は小さく微笑んで頭を下げる。
「こんなにも早く行動に移したのはクドゥリだけだ」
「行動に移した?」
「何かお姉様に命令を出されたのですか?」
「ああなに、ここのところ敗北続きを一喝するために会議で幹部連中を絞ってやったんだ」
「はぁ……」
ゾゴーリは大きくぎらぎらと輝く宝石を戴く指輪をはめた二十本の指をひらひらとさせて気持ちよさそうに続ける。
「私は最後に命を削る覚悟でやれと言った。聞く所によればあいつ、ルガーノに足を運んだそうじゃないか。近付きたくもない故郷に足を運んだ上に、私が言った通り命がけでマグナアウルやクインテットと戦いに向かったんだ」
半ば舞い上がりながら心底嬉しそうに語るゾゴーリを前に、ガディとザリスとジェサムの体の芯が徐々に冷えていく。
「結果的に痛み分けだが、重要なのは忠実に私の言葉を守ったという事だ! まさに私の手下の鑑のような存在だ!」
敬愛する姉が褒められている。だが三姉妹は内心全く喜ばしく思えなかった。
「次こそはマグナアウルとクインテットに勝てるように今以上の邁進を期待する。お前たち三人も早く彼女に追いつく事だな」
「はぁ……どうも」
「身に余る……ありがたいお言葉」
「痛み……入ります」
「では首領として我が忠臣の見舞いに行くとしようか。ではな」
四本の腕の先に着いた指輪と派手すぎるドレスの裾を揺らしながら去るゾゴーリの背を見て、三人はある確証を抱いた。
間違いない。自分たちが敬愛して止まない姉のクドゥリをこうなる程ボロボロに追い詰めたのは、こいつだ。
普通なら体を気遣ったり命が助かった事を喜ぶ言葉ぐらいあっても良い筈だ、だがこいつはそんな言葉を一言も発さず、むしろ自分の言葉に従った事を喜んでいる。
ザリスが無意識のうちに虚空へ手を伸ばし、愛用の鞭剣を取り出そうとしたが、すぐに思い留まって手を引っ込めた。
「姉さん、ジェサム……帰りましょう」
「ええ……帰りましょう」
「そうね、帰ろう」
胸にこびりついて取れなくなった何とも言えない不快感を抱きながら、三人は地球のマンションへ戻るのであった。
地球のマンションへ戻った三人は、ソファに座って身を寄せ合い、しばらく何も話さなかった。
短い間だったが、起こったことに対する咀嚼が必要なのだ、それほどまでに三人に取ってゾゴーリの言葉と態度はショッキングだったのである。
「何故お姉様はあんなのの下についているんでしょう?」
ジェサムの言葉はあまりにも失言であり、普段ならガディが諫めていてもおかしくないが、今回ばかりは誰も諫めない。
「放浪の身から救い出してくれたのがジャガックですから……恩があるのでは?」
「お姉様の恩人なら私達の恩人も同然……ですが……」
生まれて約半月程度の自分達でも分かる、クドゥリはゾゴーリにいいように使い潰されているだけだ。
正直言って三人から見てゾゴーリ・ジャガックという人物は組織のボスとして問題があるようにしか思えない。
偉そうにふんぞり返っているだけで具体的には何も指示を出そうとしない。
彼女なりに何か色々考えていて今回の地球侵攻はその過程らしいが、その割に地球侵攻に関する戦いは部下に丸投げ。
「こんな者がどうやって組織の長に?」
小耳に挟んだ話だが、ゾゴーリの前のジャガック継承者はことごとく短命だったらしい。
「きっと前のジャガックのボスは……」
ゾゴーリによって謀殺されたと考えるべきだろう。
「まあ私達がボスについて色々と言っても仕方ないですわ」
「目下の問題はお姉様の事です」
三人はクドゥリに仕えるために生まれたのであって、ジャガックに仕えるために生まれたのではない。
クドゥリの地位の恩恵を受けながらにして勝手な話だとは思うが、三人の優先順位はジャガックよりもクドゥリの方が上なのだ。
「果たして耳を傾けてはくれますでしょうか?」
クドゥリがこのままジャガックに居続けると、間違いなく良くない結果が起こる。
三人としては説得してジャガックを抜けてもらいたい。
「ですけど……」
「その後が……」
自分たちはその後に一体どこへ行けば良いのだろうか。
地球に居る事は出来ないだろう。自分たちはまだ良いが、クドゥリは見た目が地球人と違いすぎる。
見た目の問題だけではない、街一つ分とは言え地球を侵略しようとしている組織の元幹部とその部下なぞ絶対に迫害されるに決まっている。
例え異星人移民街へ行けたとしても同様の理由で冷ややかな視線を浴びせられるに違いない。
「結局の所……お姉様と私達はどこにも行けないのでしょうか?」
ジャガックに居て使い潰されるか、地球へ逃げて冷たい視線と迫害を受けるか、あるいは再び根無し草として辛く苦しい放浪の旅に出るか。
「もう私達は……逃れられない糸に絡め捕られているのかもしれません」
「さすがにこれは……あんまりじゃありませんか?」
三人は自分たちの運命を呪った。
生まれながらにして誰かに搾取され使い潰される道を歩まされるのはあんまりじゃないか。
「それが恐ろしい所なのかもしれません」
ジャガックは紛れもない犯罪組織なのだ。
現に見てきたではないか、クローン技術で生み出したジャガック兵がまるで捨て駒の如く出撃させられ、その度にマグナアウルやクインテットに殺される。
〝特別製〟とはいえ自分達もクローンである、だからどうしても名も無き彼らの運命を自分達のものと重ねてしまうのだ。
こういう事が平気で出来てしまう辺りが、ジャガックが犯罪組織たる所以なのかもしれない。
「どうすればいいんでしょう……」
誰かに助けてほしいと願うも、そんな相手はどこにもいない。
いっそのことこんな事を考える事が出来ないような存在であればまだ幸せだったかもしれない。だが自分たちは知ってしまった、戦って仕えること以外にある幸福を。
「……」
「……」
「……」
三人は口を噤んで部屋の壁を見つめ、その先にあるものに意識を向けた。
「明穂……」
ごちゃごちゃとした複雑な感情を抱きながら、三人は自分たちの未来に待つ黒く暗い雲を想像して憂鬱な気分になるのであった。
そんな気配に当てられてか、その隣の部屋に住む明穂も浮かない顔をしながら学校の課題に取り組んでいた。
「はぁ~あ……」
課題に集中しようと努めるが、脳のリソースがどうしても課題以外のものへ向いてしまう。
「ん……うぅん……」
集中できない事に少しだけ苛立つが、その苛立ちも憂鬱な気分の前に霧散する。
「あぁ……はぁ……」
憂鬱と苛立ちの狭間で揺れていた思考は、勢いよく開いたドアの音によって中断された。
「わっ! ……ちょっとぉ、ノックしなさいよ」
「してらんないよ」
眉根を寄せた颯司が部屋の入口に立っており、そのままドアを閉めると明穂のベッドに座って腕を組む。
「なに? お腹空いたの?」
「違うっての、こう溜息ばっかりつかれたらこっちだって落ち着かないから様子見に来たんだよ」
「あっ……」
聞かれていた事に少々気恥ずかしくなった明穂は思わず俯いた。
「別に溜息つくなって言いに来たわけじゃないよ? ただこの前結構デカい戦いの後にこんな事なってたら……まあその、さすがに心配でさぁ」
何故か照れながらこっちを心配してくる颯司に、姉として微笑ましく思いながら明穂は椅子を回して颯司の方を向いた。
「ありがと……ちょっと心配な事が二つあってさ」
「二つ? 聞かせてよ」
「一つ目は……今後の事かな」
向いている先は違えども、ガディとザリスとジェサムと同じく明穂も未来の事を考えていた。
「今後ってのは戦いの事だよね?」
「うん、戦う敵がだんだん強くなっていって、私達もそれに負けないように追いついたり追い抜いたりして。それでまた敵がもっと強くなっていって……こんなのいつまで続けるんだろって思ったらなんかうんざりしちゃって……」
「……血を吐きながら続ける悲しいマラソンってやつか」
花が咲く緑の地でウルトラセブンに喉を掻き切られるギエロン星獣の姿を思い出し、颯司は姉の双肩にのしかかる重責に思わず同情してしまう。
「私達は負けられない戦いに挑んでる。そんな事は分かってるし、それがC-SUITに適合した私に出来る事だと思ってクインテットの入ったから覚悟はしてたんだけど……全力を出したマグナアウルでも仕留められなかったクドゥリを見たらなんだか今後が心配になっちゃってさ」
ソリッドレイというマグナアウルの凄まじい技をもってしても六人がかりでやっとエグザイルクドゥリを倒すことが出来たのだ。今後クドゥリだけではなく、幾度も戦ってきたパテウや小学校を占拠したルゲンという幹部がより強くなったり、まだ見ぬ強大な力を秘めた幹部が存在するかもしれないのだ。
「今はまだ大丈夫だけど、こんなのが続けば……いつか誰か死ぬんじゃないんだろうかって考えちゃってさ」
「うーん……」
「死ぬのが私の親友の誰かなのも嫌だし、私自身でも当然嫌……戦うこと自体は怖くない、でも戦いの先を考えるのが……私はたまらなく怖いの」
明穂はそんな事を考えていたのか。弱冠十四歳の颯司には掛ける言葉が見つからず、口を開いては閉じるのを繰り返した。
「父さんと母さんなら上手い事言えたのかな……」
一体何の担当かは教えてもらえないため分からないが、木幡家の両親はどちらも警察官である。戦う相手が違うものの、その仕事上の重責をきっと颯司以上に理解を示して適切な言葉を掛けることが出来るだろう。
「ちょっと俺じゃ力不足だ、ゴメン姉ちゃん」
「ううん、いいの。あんたに話したらすっきりした、ありがと」
明穂の重荷を少しだけ肩代わりすることが出来て、颯司はホッと一息ついた。
「まあ戦いが長引くとさ……あんたと夏穂の学校での思い出がさ」
「ああ……そうだね」
「あんたと夏穂だけじゃないよ、真鳥市中の子供達が子供のうちに体験するべきことが出来なくなるって……ものすごい損失じゃん。だから申し訳ないなって思ってて……」
「姉ちゃんが謝る事ないじゃんか、悪いのは全部ジャガックなんだよ」
「そうかなぁ?」
「命張ってる人に対して安全圏からさっさと解決しろって石投げながら要求できないよ。そんな恥知らずにはなりたくないし、そういうことする奴はロバに蹴られてはずみで豆腐の角に頭ぶつけてダーウィン賞に載っちまえとすら思うわ」
やたら長ったらしくコミカルな「死ね」の言い回しに明穂はクスリと笑い、椅子から立ち上がって颯司の隣に座る。
「あんたが居てくれて良かった」
抱き着いてきた姉に少したじたじになりつつ、颯司は明穂を押し返してから聞いた。
「そっ……それでさ、姉ちゃんの心配事の二つ目ってのは何よ」
「んえ? ああ、そっちか……ちょっと不思議な話なんだけどさ、バカにしないで聞いてくれる?」
「おお……まあいいよ」
そう言うと明穂はぬいぐるみ型キーホルダーをいくつか持って来て颯司に渡す。
「今から部屋の反対側に行くからさ、それを適当なタイミングでバラバラの範囲に投げてくれない? 合図無しでね」
よく分からないがどうやら明穂は本気である、颯司は部屋の反対側に立った姉と手中のキーホルダーを交互に見ながら首を傾げた後、少し意地悪を起こして素早く全てバラバラの方向に投げた。
だが颯司の予想に反し、明穂は予想外な俊敏な動きで全てのキーホルダーをキャッチして見せ、開いた口が塞がらない颯司にキーホルダーを持った両手を見せる。
「ええ……ウソだぁ」
「だよね、私もそう思う」
「……そんな事いつ出来るようになったのさ?」
「ホントにごく最近なんだよね」
キーホルダーを仕舞ってから明穂は再び颯司の隣は座った。
「なんか最近体がすっごく軽くてさ、この前なんかゾワってしたから咄嗟に避けたら落ち葉だったみたいなこともあって……」
「身体能力とか反射神経が上がってるって事?」
「多分そう。それでね、少し前の戦いで吹っ飛ばされた事があって、これはしばらく動けなくなるなって思ってたらさ……すぐ立てたのよ」
「それは……どういうこと?」
「なんか痛みに耐性出来てるってよりは……体が丈夫になってるって感じかも」
「いい事なんじゃないの?」
「まあそれだけ聞くといい事なんだけど、最近卵割るの失敗しちゃってさ、もしかしたら力が強くなってるのかもって思って」
この短期間で身体能力の向上に加え、力がついて体が丈夫になるという奇妙な現象。
こればかりは明穂と颯司は首を捻る事しか出来なかった。
そしてその奇妙な現象が起こっていたのは明穂だけではなかった。
「揃いましたね」
「じゃあまずは……」
「お疲れ様でーす!」
焼肉屋の個室の中で、皐月と林檎と麗奈が注文したジュースで乾杯をしていた。
元々五人で前回の戦いの戦勝会としてどこか食べに出掛ける事を提案したのだが、明穂は課題の為来られず、奏音は先約があるという事でこの三人で行く事になったのだ。
「いや~ホンットに……お疲れさんだよ」
「ですね」
「うん、大変で苦しい戦いだった」
今回の戦いは普段と何が違うかというと、敵であるエグザイルクドゥリに近付く事がとても難しかったのだ。
「ツノをバキって行けたのもほとんど奇跡みたいなもんだからね」
後頭部の角を自分たちで折る事が出来たのはマグナアウルが作った隙に上手く乗ることが出来たからである。
「私達が折った後吹っ飛ばされてしばらく何もできなかったからね」
「アレを喰らうとなんと言うべきか……」
あの黒の力を前にすると、なんと形容するべきか分からない嫌な感じがするのだ。
「足が竦むってまでじゃないけど、恐怖の一歩手前?」
「ああ! 恐怖の一歩手前! 確かにそれが近いですね」
怖くて固まってしまう直前というか、そんな奇妙な感触がする。
「これってウチらの恐怖耐性がついたって事で良いんかな?」
「言われてみれば……そうかも」
戦いに対して恐怖を抱いていた皐月も、今では以前ほどの恐怖感を抱かなくなった。
「慣れたんかなぁ?」
「ここ何ヶ月かで急激にですか?」
「なんか変だよね……」
一応勝利を祝う会なのだが、なんだか変な雰囲気になってしまった。
「……あのさ、ここ数ヶ月で思い出したんだけどさ」
「うん、どしたのサキちゃん」
「なんかすっごく……体軽くない?」
皐月の言葉に林檎と麗奈がハッとしたような顔をして目を見開く。
「それ……私だけだと思ってました」
「ウチは気のせいだと思ってた」
「暑かった夏が終わったからだと思ってたんだけど……どうやら私達だけじゃなくて奏音と明穂もそうなってるみたいね」
「それだけ……ですか?」
「……やっぱり麗奈もそう?」
「んえ? ドユコト?」
皐月は顎を撫でながら何事か考え、困惑する林檎とある種の確信を得た表情の麗奈の前で口を開いた。
「最近動きが速くなったの」
「動き? ……が速くなった。ドユコト?」
「なんて言えばいいんだろう。すごく速く動けるようになったんだよね」
林檎は皐月に何か言おうとした時、ノックがして店員が肉を運んで来た為、受け取ってからお盆に乗った肉を網に乗せて焼き始めながら林檎は続けた。
「一応聞くけどサキちゃんのスーツに入った加速装置の事言ってるんじゃないよね」
「まさかぁ! それの話だったらここで話さないよ」
「うん、それはオッケーわかった。じゃぁ~……速く動けるようになったってのは例えばどんな時に?」
「うーん、これは完全に私の主観なんだけど、初めてそれを感じたのは部屋の模様替えした時だね」
皐月の場合模様替えとは、自室に山と積まれたUFOキャッチャーの〝戦利品〟達を移動させることも含まれる。
「まあ良くある話でさ。戦利品の山を退かせてる時、ちょっと配置いじった関係でまだ飾ったままのフィギュアが何個か落ちそうになったのよ」
「あるあるだね」
「これは間に合わないって思いつつ手を伸ばしたの……そしたらさ」
それらを全てキャッチすることが出来たという。
「はぁ……それってただのラッキーだったんじゃないんですか?」
「そう、私も最初はそう思った」
だがその日以降、皐月は日常生活を送る中で〝速くなった感触〟を度々感じることになった。
「まず車のタイヤとか鳥の羽の動きがゆっくり見えるようになった。あと時々ウチのクラスでフラッシュ暗算でどれぐらい答えに近付いてるかっていうのをお遊びでやってみるんだけど、前まで全然見えなかったのに突然数字が全部はっきり見えるようになってさ」
「つまり動体視力が上がってるんですね」
「そうそう、あとこの前気になって、登校日の帰りに全力で走って帰ってみたんだよね」
かなり速く自宅についたのはもちろん、走っている間一切疲れなかったのだ。
「確信したのはその時から。絶対おかしいと思ったもん」
「皐月さん五十メートルいくらでしたっけ?」
「九秒……八七ぐらいじゃなかったかな。今測れば七秒行くんじゃない?」
「ちょい待ち……ウン、ウン……運動部所属の男子平均が七秒三四ぐらいらしいよ」
「う……うーん……うん、たぶん行けそう」
「ホントにぃ?」
「まあこれ完全に主観だしやってみないと分からないんだけどさ……ところで二人はどうなの?」
そうだ、林檎と麗奈にもそのような心当たりがある。二人は顔を見合わせたが、すぐに林檎が自分の注文したピザに手を付けながら言った。
「レナミちゃん先言いなよ。ウチのアレは大したことないし」
「そうですか、じゃあ私が先に」
亜麻色の髪をかき上げて、麗奈は自分の身に起こった出来事を回想し始める。
「体が軽くなったのは私も同じなんですけど……皐月さんみたいに速くなったっていうのは無くて、なんというか……直感? 第六感って言うんですかね、そういうのがすっごく働くようになったんですよね」
「第六感かぁ……」
「本当になんてことない瞬間にふと『ああ、次はこれがこうなるな』とか『もうすぐ誰かから電話掛かって来るな』とかいうのが分かるようになったんです」
「なにそれ、私もそっちが良かった」
「まあちょっと便利なだけですよ。あ、電車で次誰が降りるかとか、満室のトイレで次どこが開くかとか分かりますよ」
「うわぁ~なにそれ、ちょうだいそれ。私のとかえっこしよ」
「いや~今まではちょっと不気味だなって思ってたけど、いざ手放すとなると嫌ですね」
不満を漏らす皐月を尻目に、林檎はふと自分の身に起こった不思議な出来事を思い返していた。
林檎の場合そういった体験をしたのは何もここ数ヶ月の間の話ではない。最後の記憶は遡る事十三年前、まだ三歳だった頃のものだ。
今では考えられないが当時の林檎は活発な子供であり、祖父と兄と共に三人で山川や公園へ繰り出しては虫を捕まえたり鳥の写真を撮ったりして遊んでいた。
林檎は虫を捕まえるのが異様に上手く、調子が良い時は川魚を素手で掴み上げた事もある。
何故そんなことが出来たのかはよく知らない、とにかく当時は自分の周囲の意思を持つモノの気配を敏感に察知することが出来たのだ。
小学校に入ったあたりでその察知能力は一旦失われたものの、最近になって復活し始めた。
(ん、待てよ……まさかあの時のアレは)
「んで林檎はどう……ってあれ? 林檎どうしたの⁉」
「あ……あぁ! メンゴメンゴ、ちょっと考えゴトしてた」
「すっごく真剣な顔してましたよ。らしくなかったです」
「ウチにもそういう時ぐらいあるわい……いやね、ウチの場合子供の時に出来てたことが最近になってまた出来るようになったって感じでさ」
「子供の時に……何が出来たの?」
「なんて言うのかな……なんかしらの気配を結構な精度で感じ取れたんよね」
「え、それめちゃくちゃ林檎の為の感覚じゃない?」
「なんで?」
「だってホラ、林檎ってスナイパーやるでしょ?」
「……あぁ~確かに」
今思えばこの感覚があったからこそ武器として銃を選んだのかもしれない。
「それにこの感覚、みんなより早く目覚めた疑惑があってね」
「へぇ」
「といいますと?」
「ウチさ、隠れてるフクロウちゃんの気配すぐ分かっちゃうの」
これには皐月と麗奈も目を見開いて驚いた。
そういえば戦闘中何度か手を止めてどこかあらぬ方向を向いているイドゥンの姿を何度か見たことがあった気がする。
「あの……思ったんですけどこれって……」
ある結論に辿り着いた麗奈が少し言い出しにくそうに口を開く。
「なになに?」
「なんかわかった?」
「もしかして……超能力なんじゃないですか?」
皐月と林檎は思わず口を抑えてから自分の手を見つめた。
「高速移動……」
皐月の脳裡に、凄まじい速さで突進して無数の敵をミンチにしてしまうマグナアウルが浮かぶ。
「超感覚……」
林檎の脳裡に、隠れていた敵をチェーンで引きずり出し、対物ライフルで光学迷彩を施していたはずの宇宙船を撃ち落とすマグナアウルの姿が浮かぶ。
「第六感……」
麗奈の脳裡に、放たれた光速で飛来するビームを紙一重で避けながら前後に銃を撃って敵を薙ぎ倒すマグナアウルの姿が浮かぶ。
「……かもね」
まだこれが超能力と決まったわけじゃないが、この変な感覚は超能力として考えた方が説明がつく。
「そっかそっか……確かにそう考えた方が自然だわ」
確か超能力者というのは『魂が高次元に至った者』だとクドゥリが言っていた。
となれば今の自分達はより高い次元の階段を登り始めたという事ではないだろうか。
「ウチらもああなるのか……」
三十六ある次元のうち中層次元に至ればアバターを呼び出すアバター使いになれるらしい。
果たして自分のアバターは一体どんな姿なのかと、皐月と林檎と麗奈はぼんやりと想像する。
「それにしてもなんで急に目覚めたんだろ」
「確かに、マグナアウルのせい?」
何度かマグナアウルから治療を受けたり、一度全員がクドゥリ対策で能力無効化と身体能力強化の光を受けた事がある。
「せいって言うのもおかしいか。おかげだね、おかげ」
「近くに居たから超能力者になったとか?」
「そんな病気みたいなものじゃないと思いますけど……でも本当にマグナアウルさんだけのせいでしょうか?」
「……というと?」
麗奈は慎重に言葉を選び、大きく息を吐いてから続けた。
「もしかしたらスーツによる影響かもしれません」
「……ホントに言ってる?」
その疑念は麗奈にとって父を疑う事に等しい。
「元々私達のスーツは千道万路博士の一度きりの試作品をお父さんが発展させたみたいでして」
「センドーカズミチ? センキョーのパパの事かか」
「え、そうなの?」
「知らない? センキョーのお父さん超天才学者なんだよ」
「えぇ⁉ そうだったの!」
「高校生であの大豪邸を維持できる程金持ってる理由は無数の発明品の特許料から来てるみたいね……てことはウチらのスーツも特許料発生してんのかな? まあそれは置いといて話を戻すと、レナミちゃんはなんでスーツのせいでウチらが超能力者になったって思うの?」
麗奈はしばらく目を瞑って口を覆い、深呼吸した後で語り始めた。
「私達ってスーツに〝適合〟したからクインテットに選ばれたんですよね」
「そうだね、スカウトに応じたのが私達五人だったんだよね」
「お父さんが前言ってたんですけど、適合条件ってC-SUITの前身とされてるミレニアムスーツの時点でブラックボックス化してたらしいんですよ」
それはつまり「どうして選ばれたか」が分からないという事ではないか。
「ただ一つ分かったのは……特定の条件を満たした若い女性のみが適合条件らしいんですよ」
「その特定の条件が超能力者の素質だとしたら……」
「まあその話が正しい前提として私達に素質があるとしよう。でも何でここ数ヶ月でいきなり力が目覚め始めたんだろう?」
そのうち本格的に人知を超えた力を扱えるようになり、いずれは三姉妹やクドゥリ、あるいはマグナアウルをも凌ぐような力を持つかもしれない。
「なんかスッゴイ事に辿り着いちゃった気がする」
「まあこれ……全く的外れな可能性もありますけどね」
「そもそもこの力も超能力でも何でもなくて、日々の戦いで私達の感覚が研ぎ澄まされただけかもしれないしね」
なんにせよ、今の五人に待っているのは先が見えない暗雲立ち込める不透明な未来である。
果たして分厚い雲の先に待つのは一体何であろうか。
他の四人が自身の能力に関する事で思い悩んでいる頃、奏音は京助と真鳥市内を歩いていた。
「なんだか……空気が変わったよね」
「冬だから……ってだけでもねぇか」
冬空特有の鈍い灰色の空へ、吐いた白い息が消えていく。
「すっかり閑かになったよな」
あまり人が出歩いていない、以前この辺に来たのならもっと人で賑わっていた筈だ。
「全部……変わっちゃったんだね」
あの大侵攻以降、本当にありとあらゆるものが変わり果ててしまった。
何をするにもジャガックの影が付いて回り、夜闇だけでなく真昼の空ですら警戒しなくてはならなくなった。
ふと見上げれば不気味な形状の宇宙船が上空に浮かんでいるかもしれないのだ。
学校だってそうだ、子供たちの中には夏休みの延長だなどと喜ぶ者も沢山居たが、その喜んだ子達の中で今どれぐらいこれが続けばいいと思ってる者が居るだろうか。
「いつまで続くんだろうね、こういうの」
もっと自分たちが強ければ、もうこの戦いは終わっていたのだろうか。あるいはこの事態を未然に防げたかもしれない。
奏音にとって気がかりなのは、自分の両親を殺した存在に怯える暮らしを京助にさせている事である。
こんな残酷な事があるだろうか? 自分の不甲斐なさに悔しさが込み上げてくる。
「……てっ!」
物思いに耽りながら俯いていると、京助に額を突かれた。
「なーにシケたツラしてんだ」
「ん~……だってぇ……」
奏音が額を抑えてむくれていると、京助は微笑んでから奏音の肩に手を回して抱き寄せて額にキスをする。
「むっ!」
「デートの時ぐらい笑ってくれよ。こうしてせっかく直に顔合わせたんだからさ」
二人は十七センチの視線の差で見つめ合い、奏音は少し頬を染めて微笑んで京助の胸に潜り込んだ。
「お前は……」
絶対に俺が守る。
そんな喉元まで出かかった言葉を飲み込み、それ以降を唇を動かして思いを発散する。
自分の不甲斐なさを嘆いているのは京助もまた同じだった。
ジャガックを憎悪する理由がここ数ヶ月で一つ増えた、大侵攻から奏音がふとした瞬間よく沈んだ顔をするのだ。
奏音の笑顔を少しでも奪った奴らを京助はこれまで以上に憎み、徹底的に討ち滅ぼすと決めた。
二度とあんな思いをするのはごめんだ、そのためならなんだってするつもりだ。
「京助……ぐるじい……」
「……おぁ! あはは! ごめん!」
京助から解放された奏音は、冷たい新鮮な空気を肺に入れて呼吸を整えた。
「も~、久々に会えたからって……そんなに寂しかったの?」
「いや~俺の体に立派な双子山が当たってそれが大変柔らかくありがとうご……」
「がっ⁉ このバカスケベ!」
奏音が腕を振り回して京助に攻撃を仕掛けるも、京助は腕を後ろ腰に回した状態で華麗に回避する。
「スケベ大魔王! ここで退治してやる!」
「男はみんな好きなんだよ! それが一番好きな人ならなおさら!」
奏音の動きが止まり、手袋をはめた人差し指の先を突き合わせて何やらぶつぶつと言い始めた。
「そ……そういうことなら……大目に見ても……」
『この勇者やたらチョロいですよ』
トトのツッコミに京助は吹き出しそうになり、反射的に袖で顔を抑えた。
「すっかり元通りだな」
「うん、今からはちゃんと笑うよ」
互いに微笑み合ってから腕を絡ませて、二人は市街地を行く。
「東山商店街も閉まってる店多いなぁ」
「北商店街行かない? あそこなら商店街一帯がくっついてるから閉まってる店も少なそうだし、何か面白いものがあるかもよ」
「ああ、あそこか……言われてみればあそこって再開発の改装記念オープンの時から行ってないな。まあいい機会だし二人で行ってみっか」
徒歩三十分の間二人は他愛もない会話を交わしながら北商店街へ着き、二人はそこにある喫茶店へ入った。
「結構変わってるな」
「そう? ああ~、もう再開発と改装が終わったのってもう三、四年前ぐらいだったからね。店も結構増えたからさ」
「それで印象が結構……お、来た来た。ありがとうございます」
注文したベーコンアンドソーセージマフィンと冬季限定のストロベリーパフェが届き、二人はそれぞれの料理に手を付ける。
「信じられねぇけど……もう十二月か」
「そうねぇ、もうなんか……あっという間だったよね」
夏休み最後の日から今日この日まで目まぐるしい程様々な事が起こった。
「俺らの学校が襲撃されたっけ……」
「采姫の亡霊も出たよね」
「あったなぁ、ちょっと興奮したよ」
「なんでよぉ?」
「いや~まあ害が出てるのは承知の上だけどさ。やっぱり真鳥市の大悪霊が復活した! ってなるとオカルト好きとしてはやっぱり心に来るものがあるわけよ。実際『マトリの謎』もももたろー。チャンネルもすっごい大盛り上がりだったらしいし」
実際あの采姫騒動の際にももたろー。チャンネルは緊急生放送と称して遠巻きに采姫神社でのお祓いの様子を撮影し、その後采姫ゆかりの地を巡って詳細な解説を披露して、それが分かりやすいと評判を呼んで過去最高クラスの同接を記録、チャンネル登録者数もこれだけで一気に増加したらしい。
「無事にお祓い出来たみたいだし、万事解決して良かった」
「そうだね、でもマグナアウルとクインテットが戦ったって噂あるけど、実際どうなんだろうね」
「うむぅ……」
あの時の采姫の一件で、どんな経緯で払うことが出来たのかを知るのは京助しか居ない。それだけに口を滑らせやしないかと内心ビクビクしてしまう。
「ま、まあ俺達一般市民にはそんなことは分からないし……」
「そうだよねぇ……」
こういう誤魔化しをいつまで続ければ良いのか、二人は内心で溜息をつく。
(言えない……)
奏音は京助の記憶が無いと思っている。恐怖故に記憶を封じた相手に、その記憶を呼び起こすような事を告白するのは絶対に出来ない。
(言えねぇ……)
京助は強大すぎる力故にあまりにも恨みを買いすぎた。もし正体を明かしてしまえば――奏音なら誰にもバラさないとは思うが――絶対に周囲に危険が及ぶ可能性が高まるだろう。
京助と奏音は互いの見えない心の中で、奇しくも同じ瞬間に同じ理由で、同じ相手への恨みつらみを募らせるのであった。
「嫌だねジャガックって……」
「全くだ、ニュース見る度にイライラするぜ」
言えない事は言えないが、せめて思いだけは共有できるようになったこのご時世に、二人は少しだけ感謝した。
「てか思ったんだけど、もうすぐクリスマスだよな」
「あ~そうだよね。言われてみればそうだ」
ちらほらとクリスマス関連の装飾や限定メニューを出す店も増えてきている。
「なぁ、今年どうする?」
「うん? どうって?」
「いやさ……ホラ、付き合って初めてのクリスマスじゃん」
「ああ、そっか……」
「こういう時デートとかするもんなのかなって思ってな」
恋愛に関してはお互い初めて尽くしなのだ。
「クリスマスねぇ……そもそもどこ行ってデートするの?」
「……確かに、人多いだろうしな」
京助は内心クリスチャンでもないのになんでこの日を恋人のイベントとして有難がるんだという疑問も沸いてきたが、デートに行ける良い口実になるじゃないかと思い直した事でこの疑問は霧散した。
「まあ予定は後々決めるとしてさ、クリスマスデートしてくれるか?」
奏音はクリームに浸かったフレークを口に運んでから上目遣いで京助を見ながら頷き、京助は安堵したように顔を綻ばせて笑う。
「ありがとな」
「こんなご時世だけど、楽しむときは楽しまないと……だよね?」
確かに今のこの街の未来は黒く分厚い暗雲が立ち込めている。
だがそんな日々の中で、微かな光があっても良いのではないか。京助と奏音は互いの愛する人を見ながらそう思うのであった。
クインテットとマグナアウル、そして三姉妹が自分たちの前に広がる暗雲に思いを馳せている頃、サイの姿は東京の路地裏にあった。
「こんなに早いとは思わなんだよ」
亜空間に繋がる扉を開け、ごみごみとした異星人街へ足を踏み入れる。
今回はサイが呼び出されたのだ、相手は勿論ビグスである。
「場所はどこだ?」
何やらとんでもないネタを掴んだらしく、人払いの為か場所を指定してきた。
「ここか」
奥まった場所だったが、思いの外簡単に見つけられた。
地下の会員制のバーらしく、外にはいかにもと言った風貌の大柄なフーヤンド族の用心棒が立っている。
「やあ……いや、ガフィ」
「共通言語ならわかる……何か用か……」
「ここに呼ばれた、通してよ」
「名前は……」
「サイ」
「身分証を拝見……」
サイは溜息をつくとエスニック風の服の胸元をはだけて中に手を突っ込んで、その中から宝石がはめ込まれたブローチのような見た目の特級傭兵証を取り出すとフーヤンドの用心棒に渡した。
「うむ……」
フーヤンドの用心棒は宝石部分を押して表示されたホログラムを確認すると、それをサイに返して道を開ける。
「ごゆっくり……」
両手の二本指を交差させてフーヤンド族流の労いの意を示すと、サイは階段を降りてから店の中に入り、訝しげにこちらを見るスタッフに事情を説明すると態度をがらりと変えて個室に案内された。
「オウ! 待ってたぞ友よ!」
無精髭を剃ってつるつるになった顔のビグスに出迎えられ、サイは自分の顎を撫でてそれを指摘した。
「良い腕の理髪師にやってもらったのさ。まあ座りねぇ! 俺が何でも奢ったる!」
「どうした? やけに気前がいいな」
「一仕事終わったんだ、そりゃ気分も気前も良くなるってもんよ」
ビグスは下の右手でメニュー用のパッドをサイに渡すと、聞いてもいないのにここの店はどの酒が美味いか饒舌に語り始め、サイはそれらを無視して好きな酒を注文する。
「いいのかよ、もっと高いのが……」
「別にボクらは飲みに来た訳じゃないだろ」
「あぁ……もう本題に入るのか」
「ああ、ボクはここ数ヶ月答えが知りたくてウズウズしてた」
「まあ待て、酒が来たら話そう。なるべく聞かれたくないもんでな……んで最近どうなんだ? 真鳥市がヤバいらしいじゃねーか」
「そうだね、半隠居中の身だから連中にいつバレるか」
「やっぱりジャガックを切ったってのは本当だったのか」
「ああ、ボクが連中を切ったからこんな事になった。少しだけ責任を感じてる」
「まあ気を落とすねぇ、地球の事情を知ってる連中はジャガックとの付き合いを止め始めた。だから連中の支配領域はもはや盤石とは言えん、そのうち瓦解するだろうよ」
「瓦解する前に彼らが潰れないと良いけど」
ビグスが誰かを心配するような調子のサイを珍しく思っていると、個室がノックされて酒と軽食が運ばれてきた。
「オウオウ来たな! さてさて、まず飲もうや」
軽く乾杯してビグスは半分まで飲み干してから咳き込み、サイは顔色一つ変えず涼しい顔で三分の二を腹の中に収める。
「やっぱすごいな、なんだったかサルーフで飲み比べした時お前は……」
「いいから結果を早く教えてくれ」
「ああ……わかったよ、これだ」
一枚の革で出来た布を渡され、サイはすぐに意図を理解して目に手を翳してから革に書かれた見えない文字を読み取り始める。
「……フッ、やっぱりな」
結果報告を全て頭に叩き込んだサイは笑顔のまま革を空中へ放り投げると電撃を食らわせて報告書を焼失させた。
「お前の読み通り、アレに関するものを〝洗濯機〟が消去した形跡があった」
「作動日が一九九九年の七月……そうか、アン=ゴル・モアが降りて来たってのは与太話じゃなかったんだな」
アン=ゴル・モアの名を聞いた途端、ビグスはイーッと歯を剥きだして上下の四本の手で耳を塞ぐ。
「軽々しく言うんじゃない!」
「モアみたいな尖兵が来ても地球は存続している……なんでだ? そこまでは詳しく書いてなかったか」
「俺でも無理だ、作動日と理由を調べるだけでも命がけだったんだぞ」
一つ謎は解決したが、まだ肝心の所には辿り着けていない。
「尖兵が来て地球人がどうにかしてそれを撃退したってのは分かった。じゃあ一体どうして……マグナアウルはアン=ゴル・モアの力を使えるんだ?」
サイの中の疑念は更に膨れ上がるばかりである。
「全くこの星は……おかしな事だらけだぜ」
立ち込める暗雲はここにも一つ。
果たしてこれはいつ晴れるのだろうか?
To Be Continued.
この星の秘密は一体何なのでしょうか? それを語るにはまだまだ先ですね。
こんな暗闇の中でも、希望の光を照らして歩んでいく、京助と奏音の物語はそういった感じのストーリーにしてみました。
早いものでもう三十一話です。
本作は全六十話を予定しているので、もう半分を過ぎたという事になりますね、これからもどうぞよろしくお願いします。
感想コメント、Twitter(現X)のフォロー、友達へのオススメぜひよろしくお願いいたします。
ではまた来週!




