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青春Double Side  作者: 南乃太陽
遭遇編
3/15

譲れないもの、やるべきこと

 跳躍したマグナアウルに向かってミューズとルナは武器を振り下ろそうとしたが、マグナアウルは空中で加速して二人を飛び越え、二人の暗殺者と戦っているデメテル、イドゥン、アフロダイの前に着地した。

「……何のつもり?」

 戦斧とメイスを振り回してまず暗殺者の二人組と三人のクインテットを引き離し、反応速度と避け方からしてより手練と判断した左側に居た方へ狙いを定めた。

「おおおっ!」

 |超能力から生まれるエネルギー《サイコエネルギー》を戦斧の刃とメイスの先端に流し込み、思い切り地面に叩きつけるも跳躍して回避されたが、叩きつけた際の衝撃で暗殺者は空中で体勢を崩した。

ブラックスワン(ショットガン)!」

 莫大なエネルギーが暗殺者を穿って爆散させた。

「次はおま……ぐっ⁉」

 突如マグナアウルが苦しそうな声を漏らし、体に紫電が走った。

「なっ……なんだ⁉」

「あれ、なんかマズイ?」

 藍と焦茶の装甲が赤みがかり、マグナアウルは膝をついた。

「あっ……くっ……ぐうっ……くぅっ……」

 どういう訳か苦悶しだし、胸を押さえて声を漏らして苦しんだ。

「クソッ!」

 マフラーを靡かせてマントに変化させると、マグナアウルは跳躍してその場から消失した。

「何があったのでしょう?」

「その前にこいつをやるよ」

 イドゥンが大型ライフルを向け、アフロダイが弓を引いたのを見て、最後に一人残った暗殺者は後退すると腕の装置を押して瞬間移動してその場から消え、撤退したのだった。

「あちゃ~逃げられちゃった」

「取り逃がしたの?」

「うん、逃げる気満々だったっぽいし。まあそれよりもさ」

 イドゥンはライフルを担ぎながら続けた。

「私達の間で対策共有しとかなきゃじゃない?」

 

 真鳥市郊外の千道邸の京助の自室に、マグナアウルが瞬間移動で現れ、覚束ない足取りで部屋の隅の止まり木に留まる梟の像の首を押した。

 すると本棚の一部が動き、秘密のエレベーターが出現してそこに乗り込み、秘匿された地下の部屋に向かった。

「トト、あれどこだったっけ?」

『いの三番、りの八番です』

「助かる」

 大きく肩で息をしながら電気をつけると広い空間が現れ、壁の薬棚にあった薬品の瓶を二種類取ると、鍋に入れたウォーターサーバーの水にそれらの中身を全てぶちまけた。

『多すぎませんか?』

「傷口にもかけるんだよ」

 薬品を鍋を揺らして混ぜると、コップを引き寄せて中身を掬った。

「体戻してからどれぐらいで〝来る〟?」

『何秒がお望みですか?』

「……じゃあ十秒、いややっぱ二十で」

『分かりました、では解除します』

 マグナアウルが京助の姿に戻り、京助は脂汗を流しながら苦しんで上に着ているものを全て脱いだ。

「よし来い」

『七、六、五』

「もうそんなに経ってたのか?」

『二、一』

「あっ、ちょっとま」

 京助の願いも虚しく、それはやって来た。京助の左腕の一部と右肩から左脇腹にかけてそれらを縦断する大きな傷が現れたのを皮切りに、体中の様々な場所に無数の傷が現れる。

「あぐぅはぁっ! ぐううううぃいいいい……」

 激痛に震えながら作った薬品を飲み干し、鍋に残ったものを自分の頭にぶちまけ、右手を翳すと血が逆再生の映像ように傷口に戻り、先程の大きなものを含めた無数の傷は嘘のように消えていた。

「あぁ……死ぬかと思った。何百回やっても慣れねぇ」

 マグナアウルにはある弱点がある。

 能力を長時間使用した上で大きなダメージを受けると、活動時間に大きな制限がかかる上にそのダメージが京助に反映されるのである。

 二年半戦ってきて、京助は無数の怪我を負い、そしてその度にこのように苦しんだ。

 酷い時には全身が火傷と切り傷まみれになった事もある。

「また補充しねぇとな」

 背もたれにすべての姿勢を預けながら、空になった薬瓶を眺めた。

 先程の薬は父の研究ノートに記されていたものを頼りに作ったものである。父の万路と母の美菜は二人とも科学者にして研究者であったが、ある時期を境に極秘で宇宙や超能力等の研究をしており、この地下の部屋もその時に使っていたものを京助が一部リフォームしたものである。

 先程の薬品も研究成果の一つであり、身体の回復力を高めて痛みを和らげると同時に、回復能力の効き具合を向上させる効果を持つ。

「シャワー、浴びるか」

 床に落ちた薬品を念力で浮かせると傷があった場所を中心に上半身にしっかり塗り込んで全裸になり、地下に備え付けられたシャワーエリアに向かった。

『怒ってませんね』

「ん、なんで怒る?」

『彼女は一方的にあなたを攻撃しました』

「彼女にとっての敵は俺であって、俺にとっての敵は彼女じゃなかった。ただそれだけだ」

『今後攻撃されますよ』

「まぁそん時はそん時だな。やりようはいくらでもある」

 シャワーを浴びた後エレベーターで再び自室に戻り、アポートさせた通学用鞄から制服を取り出すとウォーターサーバーの水を使ってスチームアイロンをかけた。

「だいぶ伸びたかな」

 ハンガーに制服を掛けると、京助はベッドに潜り込む。

「明日休もっかな……いや、少し頑張るかな」

 奏音の顔を思い浮かべながら、連戦と痛みを癒すために京助はすぐに眠りにつくのだった。

 

 それと同時刻、地球の衛星軌道上。

「そのような戦いを経て、私のみが生き残り、戦略的撤退をば……」

 先程の戦いで唯一生き残った暗殺者が、薄暗い部屋に向かって報告をしている。

「なるほど、貴様が恥知らずにもおめおめ帰って来た理由は理解した」

 部屋の奥から複数のパワードアームが伸びてきて、やがてそのアームの主が現れた。

 その容姿は地球人どころか哺乳類からも逸脱しており、一見すると背中から複数のパワードアームを生やした直立歩行する瘦身の爬虫類に見える。

 この男の名はセ・ルゲン。ジャガックの幹部であり、その頭脳を自負する男である。

「貴様らは作戦一つまともにできんのか。三年前から遅々として計画が進んでいない」

「しかし、敵があまりにも……」

「こんな星の未熟な生物ごときに手こずっているのか? 全く呆れ果てたものだ」

 ルゲンの血の通っていない言葉が次々自分に突き刺さり、思わず項垂れると同時にマグナアウルに睨まれた時の事を思い出す。

 ジャガックに拾われ、技術を叩き込まれて無数の仕事をこなしてきた。その際敵対者と相対することも珍しくない、だがあんな〝モノ〟は初めて見た。

 殺意と怒りの煮凝りがあの鎧の中に凝縮されているのではないかと思ったほど、マグナアウルは恐ろしかった。無数の命を刈り取り、生命を生命とも思わないようになった自分が恐怖したのだ。

 何故だか攻撃されず助かったが、自分より歴の長い暗殺者ヴェルクが容易く殺されたのを目の前で見た上で「次はお前だ」と言われたときは、臓腑の底から震えが来たものだ。

「我々の威光がこんな星に手古摺る事で堕ちるとは思わんのか」

 その時、背後の扉が開いてある人物が入って来た。

「聞くに堪えないな」

「何だと?」

 彼女はバーニャラ・クドゥリ。ジャガックの幹部の一人である。

 純白の肌にオレンジがかった黄金の瞳と黒い結膜を持つことを除けば、外見はほぼ人間の若い女と変わらず、むしろ美人の部類であると言えた。

「口を挟まないでもらおうか」

「挟みたくもなるというものだよルゲン。こいつがあまりにも哀れでね」

「お前が部下を哀れに思うとは意外だ」

「ああ、こいつはとても哀れだ」

 黒い手袋をはめた手で、クドゥリは暗殺者の頬を撫でた。

「戦場に出ていかない臆病者に失敗を詰られるとは実に哀れな事だ」

「何だと?」

 パワードアームが音を立ててクドゥリの周りに置かれ、彼女の背後にルゲンがやって来た。

「私が臆病者と?」

「お前は策士を自称し背後からふんぞり返っているだけの馬鹿者に過ぎない。そんな者が上に就いている限り作戦は遅々として進まないだろうな」

「そう言うお前はあいつを恐れないのか? 我々に大打撃を与えたあいつを!」

 二年半前、突如現れて虐殺の限りを尽くし建設途中の〝飛び地〟を破壊した上、一人だけ報告の為にわざと生還させた兵士に爆弾を仕掛けて、二艦あった基地艦のうちひとつを修理不可能なまでに破壊した謎の戦士マグナアウル。

 幹部達が地球に迂闊に近寄れないのは未知数の力を持つこの戦士を警戒しての事であった。

「恐れてなどいない、ただ情報が少ない故に動かないでいるだけの事」

 クドゥリの口角が上がり、金色の瞳が戦意に燃えた。彼女は歴戦の手練れであり、戦う準備だけはいつでも出来ているらしい。

「そもそもの話だが、お前が放ったスパイが寄越した情報は本当なのか? おいお前、スキャン結果はあるか?」

 突如話を振られた暗殺者は慌てて腕のデバイスを開いた。

「えぇ……結果は出ていません」

「何だと⁉ 何かの間違いでは……」

「情報が間違っていたんだ。たかがこの星の企業に出し抜かれるとはな、クフフッ」

「貴様ッ!」

 振り下ろされたルゲンのパワードアームをクドゥリは涼しい顔をして片手で受け止めた。

「私とるか? ん?」

 ルゲンはアームを下し、溜息をついた。

「クドゥリ、結局お前は何を言いに来た?」

「この作戦を私に預けないか?」

 暗殺者は驚いてクドゥリを見上げた。

「……まあ良かろう、成功に越したことはない」

「感謝するルゲン。そこのお前、名は何だ?」

「は、自分はシルと言います」

「ついて来いシル、私のやり方を叩き込んでやろう。音を上げるなよ」

 シルは立ち上がると、クドゥリについて扉の先に消えたのだった。

 

 時間と場所が移って翌日の昼の慧習館高校にて。

「どうしたんだよ? ずっと沈んでるけど」

 昼休み、この日ずっと浮かない顔をしていた奏音に京助が聞いた。

「あ~ちょっとね」

「お母さんと喧嘩した?」

「ううん、違うの」

「お父さん泣かせた?」

「違うって、家族関係じゃないんだよね」

「じゃあ……ユメリンゴか?」

「うーんまあ友達関係かな、友達と意見が分かれちゃってさ」

「喧嘩しちゃった?」

「喧嘩……うーん、喧嘩じゃないんだけどさぁ。その子の言い分も一理あるんだけど私がガーッて言っちゃって……」

「それが心残りなの?」

「うん、ガーッて言ったのは良くなかったと思うんだよね」

「あそう、奏音はどう思ってるワケ?」

 いつもより厚切りの豚角煮を頬張りながら京助は奏音の方を見た。

「どうって?」

「ん~、詳しい事は俺もよくわからんのだけども。やったことの是非はともかく、奏音が正しいと思ってるかじゃない?」

「うん、そっか」

「意見のぶつかり合いは仕方ないと思うんだよな、人間だからさ。そんで同じぐらい大事なのは相手を尊重する姿勢。しっかり自己主張しつつ、相手の意見を聞く姿勢を持たなきゃな。まあ難しいと思うけど」

「……どっかで先生やってた?」

「やってないけど?」

 奏音は微笑み、京助の後ろに回り込んで肩を抱いた。

「どうしたのいきなり」

「ありがと! 参考にするわ!」

 弁当を膝の上に乗せ、京助は奏音の頭を撫でた。

 

 同じ頃、慧習館インターナショナル科の教室にて。

「白波さん……どうしたんだろう?」

 いつも凛としている雰囲気の麗奈から覇気を感じられない。それもそのはず、麗奈は今三つの大きな問題と不安を抱えているのである。

 その中で最大の不安は、父の命が狙われていることである。

 麗奈の父の白波圭司博士はC-SUITの開発者であり、実質的なクインテットの司令官でもある。現在はC-SUITの改良研究を行っているためにイギリスに居るが、近いうちに帰国する予定なのだ。

 だがウィルマース財団内部にジャガックの息のかかった者がおり、それの目的がC-SUITの強化の妨害および自身の暗殺であるとの情報を得た白波博士は一計を案じ、帰国を遅らせて複数の偽の情報を流した上でダミーのグループを向かわせた。

 結果的に偽の情報に引っかかったジャガックはダミーのグループを襲撃、これが昨日のウィルマース財団の輸送車襲撃の真相である。

 麗奈は精神こころが強く、同時に責任感も強いため、C-SUITに適応したと分かった際も周囲の反対を押し切ってクインテットに加入したほどである。だがそんな麗奈とはいえ身内が、何より肉親が命の危機に晒されているのを実感すると、流石にメンタルに来るものがある。

「レナ、大丈夫?」

 あまりにも普段と違いすぎる様子を見かねた同じクラスであるスペインからの交換留学生のヴァレリア・アサノ・ヴェラスケスが聞きに行った。

「大丈夫よヴァレリアさん、ちょっといろいろあっただけ」

「でもあまりにも普段と違いすぎるから……」

「気遣い本当にありがとう、最近不安なことがありまして……でも今すぐどうにかできる事じゃないんですよ」

「具合悪かったらいつでもみんなに言いなよ? 私も全然助けるし」

「皆さんありがとう。とりあえず大丈夫ですから」

 上手く笑えなかった麗奈を見て、ヴァレリアや他のクラスの生徒たちは不安そうに彼女を見つめるのであった。

「……」

 父の命が狙われていることと付随して二つの問題が発生した。まず一つはマグナアウルの事である。

 麗奈としては、彼もこの星を守る者として肯定的に見ており、敵だとは思っていなかった。だがあの輸送車でマグナアウルが何かしているのを見たとき、いても立っても居られなくなり、思わず弓を引いてしまった。

 結局彼が車内で何をしていたのかは分からないが、自身に迫っていたジャガックの暗殺者を攻撃し「敵を違えるな」と言ったことから恐らく彼らを狙っていたわけではないことがわかる。父の命が係っていたことを加味しても、話を聞こうとするなりもう少し考えてから動くべきだった。

 そしてもう一つは、自分の行動が引き金になって起こったクインテット内部の問題である。

 そもそもマグナアウルに対して初めから懐疑的な姿勢を取っていた皐月が、マグナアウルを攻撃してしまったのだ。

 今自分たちが戦っているのは主にジャガックだが、皐月が言うようにジャガックだけではなくそれ以外の未確認のものも相手になりうる。だが麗奈自身、どうしてもマグナアウルが敵とは思えない。

 その上昨日の戦いで皐月と奏音が言い争い、マグナアウルは戦いの最中苦しみ出してどこかへ去ってしまった。

 それらの要因がどうにも自分のせいに思えてきて自分を責めてしまっているのだ。

「……いつからでしたっけ」

 今日の放課後、一度クインテットメンバーで集まることになっている。議題のひとつにマグナアウルについての対応のすり合わせも含まれている。

 結局不安を拭えぬまま、麗奈は帰宅して送迎車に乗り込んだ。

「ちょいっすレナミちゃん」

 今日は林檎が一番乗りだった。

「林檎さん、早かったんですね」

「あれー、ちょっと元気ない? まあそっか」

「いえ、確かに父が心配ですが、そこまで気に病んでいる訳ではないので」

「大丈夫、白波センセぐらいの重鎮なら財団も守ってくれるだろうし、なによりウチらもついてるからね」

「そう言ってくれるとなんだか少し気が楽になります。ありがとう」

 力なく笑う麗奈を見て、林檎は彼女がかなり追い詰められている事を察した。

「まあリラックスしなよ。今色々考えてもどうにもらならないっしょ」

 しばらくすると全員が集まり、会議が開始された。

「今回はね、マグナアウルについてすり合わせていきたいんだけど、まずはみんなどう思ってるか教えてほしい」

 奏音によって開始が宣言された後、誰に促される訳でもなく皐月がサッと手を上げた。

「みんな私の見解を聞きたいだろうし、その上で決めていいからね」

 そう言って皐月は語り始めた。

「まあ殆どは奏音に言ったことと変わらないかな。第一にマグナアウルは私たちが戦うべきモノの定義に抵触してる、第二に共闘を拒んでる、第三にあの時何をしてるかが全く分からない。だから彼はジャガックと同等かそれ以上に危険な存在だと私は思う」

 皐月の発言を受け、奏音が続けた。

「皐月の意見に賛成の人いる? ……じゃあ私の考えを言うね」

 小さく深呼吸して京助に言われたことを思い出しつつ、奏音は話し始めた。

「確かに皐月の言うことも一理ある。私達がこのチームに入った時、覚悟を問われて使命を誓った。でもよく考えてほしいんだけど、よくわからないって理由だけでマグナアウルを攻撃対象にしてしまうのは得策とは思えないんだよね」

 目を瞑って頷いた皐月が口を開いた。

「でもあの場で何してるか聞いた時、彼は一切答えなかったんだよ」

「ちょっと考えてほしいんだけどさ、マグナアウルって速いじゃん」

 確かにマグナアウルは速い。自分たちはおろか、これまで戦ってきたジャガック達よりも速いのは全員が確認している。

「あの速さなら私達なんて無視して輸送車を襲えたはずじゃない?」

 これには皐月だけではなく、全員目を見開いた。

「この前も初めて会った時もそうだったけどマグナアウルって敵には容赦ないじゃん、あの強さなら私達なんか無視できたはずだし、何なら皐月だけじゃなくて全員即座に倒せたはずだよ。それでもしなかったのは彼が味方である証拠だと思うんだ」

 皐月は途中まで頷いていたが、最後の方で首を傾げた。

「……うーん、まあマグナアウルが私達の敵になるつもりはなさそうなのはわかった。私自身納得した。けど本当に味方かって言うのがイマイチ落ちてこない」

 皐月は一度疑問を持つとそれに徹底的に向き合い、納得するまで手放さない。その性格が彼女を難関である慧習館の理数科に入れたのかもしれない。

 そんな性格を知っているからこそ、奏音は内心これは長引きそうだと呟くのであった。

「だってチャージ技受けても私達を攻撃しようとしなかったじゃん」

「じゃあどうして共闘を拒むの?」

「返すようで悪いけどさ、皐月はお母さん以外に自分がクインテットですって言える?」

「言っちゃダメでしょ、規則だし」

「それと同じ事なんじゃない?」

「……そうね、でもその言えない事情にさ。なにかしら黒いものが絡んでいない可能性はゼロではないわけで」

「あっあー、ストップストップストッピン。二人ともクールダウン」

「してる」

「してない。いいから口チャック、ウチの話聞いて」

 皐月を落ち着かせて林檎が切り出した。

「ここまでカノちゃんとサッチーの意見しか出てないけどさ、アッキーとレナミちゃんはどう考えてるの?」

 急に振られた明穂と麗奈は大きく目を見開いた。

「私? 私は……うーん、奏音ちゃんとか皐月ちゃん程しっかりした意見を持ってるワケじゃないんだけど」

「いいよ、言ってみ」

「私は、マグナアウルが敵だと分かったら動けばいいと思う」

「つまり?」

「臨機応変に動けばいいんじゃないかな? 今はジャガックと違って明確に敵対してこないし、それにジャガックを倒してくれるのは私たちにとってもプラスな事だと思うんだ。林檎ちゃんはどう思う?」

「ウチ? ウチかぁ……うーん」

 しばらく考え込んだ後、林檎は衝撃の一言を吐いた。

「正直、どーっでもいい」

「え?」

「ちょ……ちょっと林檎、あんたねぇ」

「林檎さん、それはさすがに……」

「いやだってさ、みんな考えてみ? マグナアウルについて何知ってんの?」

 そう言われてみればそうだ。鮮烈なイメージは付いてはいるが、そもそも二回しか会っていない上に何も知らない。

「ウチがこの会議やろうって言いだしたからアレだけどさ。そもそもウチらってマグナアウルに関してはメチャクチャ強くて何故かジャガックに敵対してるやつって事しかわからないじゃん」

「たしかに」

「殴りかかってくるなら話は別だよ? でもそういう訳じゃないじゃん。まあウチの立場としてはアッキーみたいな感じかな~」

 一息ついて林檎は麗奈の方を見た。

「レナミちゃ~ん、次あんたの番よ」

 ここで皆がようやく、いつも会議では積極的に発言する麗奈が終始塞ぎ込んでいて発言しなかったことに気づいた。

「麗奈ちゃん、大丈夫?」

「私は……」

 麗奈は一呼吸おいて続けた。

「マグナアウルさんに謝りたいんです」

「……へぇ?」

 

 千道邸の地下空間で、何か金属が擦れ合う音がしていた。

「ウゥ……グィ……フゥ……ホォォォ……」

 その光景を見た者はある種滑稽さを覚えるだろう。京助は腰に鎖を巻きつけた状態で指のみ付けて天井に張り付き、言わば逆ハンドスタンドプッシュアップをしていた。

 更に腰に付けた鎖にはダンベルが四個垂れ下がっており、金属音は垂れ下がったダンベルが上下する度に鳴っていたのだ。

 これは京助なりの身体錬成と能力錬成を同時にやる手段なのだ。メインの肩の筋肉、部位として五指の先、更に極限状態での安定した念力の出力の維持、これら三つを同時に鍛える最も効率的な方法が今やっている鍛錬である。

「フゥゥゥゥ……ハッ……ハックショイ! のわっ!」

 思わず出たくしゃみに気を取られてバランスを崩して落ちそうになったが、何とか左手の小指のみで天井に張り付くことが出来た。

「あああ、いででででで!」

 念力で腰に巻いた鎖を外すと、すぐに柔道用の柔らかい畳の上に着地した。

「おっと!」

 真下に出来た汗の水溜まりで滑りそうになるも念力で体を押して位置を調整する。

「ハァ……誰が俺を噂した?」

 水とタオルを引き寄せるとその場に胡坐をかいて休憩に入った。

『まだまだ一本指は早いようですね』

 左腕ではなく、ネックレスに括りつけられているトトに触れながら言った。

「いずれは出来るようにならないとダメだろうな、重りも増やしていきたいし」

 重り一つが二十キロ、それが二つあるのでダンベル一個につきその重量は四十キロになる。それらが四つということは百六十キロにもなる重りを巻きつけていたのだ。それだけではない、ダンベルを括りつけていたのは重い鎖である。

 もはや同じ超能力者であってもやらないような殺人的訓練メニューと言える。

「鉄人やるか」

 京助は畳の上の汗を念力で浮かせて処理して重りを片付けると、部屋の隅にある金属の柱を持ってきた。

 その柱はカンフーの鍛錬に用いられる木人そのものだった。素材がチタン合金である事を除けばだが。

 京助の言う通り「木人」ではなく「鉄人」である。

「フゥ……フンッ!」

 がつん、がつんと地下室に金属を打つ音が木霊し、速さと重さが同居する一撃が鉄人を打ち据える。

 この鉄人は木人と異なり突起の位置が完全に繋がっているため一切動く余裕がなく、その上でチタン合金という硬さと丈夫さを併せ持つ鋼鉄で出来ている。そんなものに腕を激しくぶつければ痛いでは済まない。

 京助自身はこれを部位鍛錬と思ってやっている。ブルース・リーが言うように「モノは反撃してこない」為、実戦における効果はそこまで大きくないと考えている京助だが、硬い金属の塊に手足を打ち付けていると頭の中の霧が晴れ、だんだんまっさらな気分になれるためによくこの鍛錬をする。

 だがしかし、今日は違った。

「テッ……ハッ……」

『いい加減目を逸らすのはやめませんか』

「イヨッ……気付いてたか」

 実は京助は昨日から気掛かりな事があった。

『何か引っかかっているのでしょう?』

「あのクインテットの弓使いの人だよ」

『そちらでしたか、ウィルマースがジャガックに狙われている事かと思っていましたが』

「いやぁ、そっちが気にならないって言ったら嘘になるけど、今はそっちよりなんであの人が言ったことが気になる」

『あなたがあの車でしていることによっては、彼女らの敵になるということでしょうか?』

「そうじゃない、あの人は一瞬『私の敵』と言いかけた、そこが気になる」

『そんなことでしょうか? ただの言い間違いでは?』

「そこが気になるっていうか、俺の中で何かが引っかかってる」

 京助はアフロダイこと麗奈の言葉の裏にある感情の機微に気付いていた。

「うーん……なんか……こう……引っか……かる……んだよ……なぁ……」

『まず鉄人を叩くのはやめなさい』

「え? ああ失敬、無意識にやってた」

 彼女の言う「私の敵」。それに何かクインテットの根本が詰まっているような気がしてならない。

「うー……わっかん……ねぇ……なぁ……」

『だから叩くのをやめなさいと……』

「おっとっと、ごめん」

 もしかしてこちらからもある程度あちらに歩み寄るべきなのではないかとも一瞬考えたが、すぐにその考えは霧散した。

「なし崩し的に共闘になるのはイヤだ」

『それは意地を張っているだけでしょう?』

「そうだな。だが意地も張れない戦いなんてしたくないね」

 トトが呆れたように笑ったのを聞き、京助は鉄人に向けて手足を打ち付けるのであった。

 

 各々非常に濃い二日を過ごした反動か、三日経ってもジャガックの動きは見られなかった。

「なんかあっさりしてるよね」

「そっだね、案外サクって諦めてたりして」

「そうすれば麗奈の精神にも良いんだけどさ」

 放課後にばったり会った皐月と林檎がカフェチェーン店で一服していた。

「なんかここぞって感じで仕掛けてくるかと思ってたんだけど」

「フクロウマンにやられちゃったのがめちゃくちゃ堪えたから温存してるんじゃない?」

「かもね、連中は俺の獲物だーなんて言っちゃって……それにしても何で彼は連中と敵対してるの?」

「んね、そこも含めてウチはよーわからんわ。てかそもそもジャガックって何なの?」

「そうだよね、財団もそこまでは把握してないんだっけ?」

 そもそもクインテットのメンバーはジャガックが「地球を侵略せんと真鳥市を狙っている宇宙人の集団」であるということしか知られていない。

「そういやさ、センセが言ってたじゃん。比較的新しい組織って」

「……そうよね」

 白波博士が言うには、ジャガックが地球侵攻にやってきた存在としてはかなり新しい部類に入るという。

「財団どれだけ前から戦ってんのさ」

 案外自分たちが思っているよりこの地球は危機的状況で、そのたびに顔も知らない自分たちのような存在が陰ながら守ってくれているのかもしれないと思いを馳せながら、林檎は期間限定のチェリー風味のドリンクを飲み、皐月はドーナツを一口頬張った。

「サッチーさ、ちょっと聞いた話なんだけど」

「なに?」

「クインテット入るの一回辞退したってマジ?」

「マジ」

 噂半分で聞いていた話とはいえ、事実だったことに驚いた。

「へぇ、理由聞いていい?」

「言わなかったかな? まあ一言で言うと……」

 その時、スマホの着信が入った。

「来たね」

「行こっか」

「また今度話すわ」

「うん、ウチの加入理由も教えたげるよ」

 迎えの車に乗って待機所に向かうと、ほぼ同じタイミングで全員が集合した。

「動いたのかな」

「そうみたいですね」

 先日の会議もあってか麗奈の目には以前の様な曇りはなくなっていた。

「とりあえず座ろ」

 皆が着席した後でモニターが点灯し、白波博士が大写しになった。

「やあ諸君、集まってくれてありがとう。今日集まってもらったのは他でもない、私の護衛を頼みたいのだ」

「今から帰ってくるの?」

「ああ、実は今成田に居るんだよ」

「え⁉」

「もう帰ってるの⁉」

 言われてみればいつもと画角と服装と背景が違う。心做しか大写しで画質が良くないのはスマホのインカメラでビデオ通話をしているからであろう。

「連中の追っ手を撒くために遠回りをする予定だから、そちらに到着するまでは少し時間がかかる。どこかで聞かれているかもしれないから、移動する際はこちらから連絡するので……」

「お父さん待って! さすがに急すぎるわ!」

 白波博士は微笑んで、諭すように言った。

「麗奈。お前の心配もわかるし、クインテットとして志願してくれた理由もわかる。だが私には私の責任もあるし、君たちが命を張っている以上私も多少のリスクを冒さなければならない。そう思っての行動だ、急で済まないがどうかわかってくれ」

 何か言おうとした麗奈を林檎が肩を叩いて制止した。

「わかったよセンセ、くれぐれも気を付けて帰ってきてね」

「待ってますから! 麗奈ちゃんの為にも絶対帰ってきてくださいね!」

 林檎と奏音の後押しに頷くと、白波博士は通話を切った。

 請け負いはしたものの、急な帰国に驚いた余韻はまだ皆の間に残っており。全員が無意識にC-SUITの転送鍵を取り出していた。

「もし、もしも敵が来たら……マグナアウルさん、来るでしょうか?」

 麗奈の言ったマグナアウルに謝りたい。その言葉には麗奈がこの使命に込めた思いが乗っていた。

「来るんじゃない? 彼は狩人だし、狩人なら獲物は逃がさないよ」

「一番疑ってたのに信じるの?」

「マグナアウルの腕は信じてるよ。でも正直それ以外怪しいと思ってるけどね」

 皆の会話を聞きながら、麗奈は『QUINTET A:FIVE』と書かれた文字を見つめるのだった。

 

 夜十時を回り、課題をやったりスマホを弄りや読書や仮眠など思い思いに過ごしていると、連絡が入った。

「来たね」

「まだ途中なのに……まいっか」

 古いホラー小説を読んでいた林檎はボヤきながら立ち上がって皆についてクインテット専用の特殊技術が積まれた大型装甲車に乗り込んだ。

 真鳥市を離れ、都内の財団セーフハウス付近で停車し、博士が乗る輸送車が出たのを確認した所で、光学迷彩を起動して数キロ後からついていく。

「往復二、三時間ぐらい?」

「何もないといいんだけどね」

 通りも疎らな高速道路を通りながら、五人はドライブレコーダーのリアルタイム映像を緊張した面持ちで見る。

「もうすぐ真鳥市だよ」

「ンマーとりあえず良かったかも」

 案内標識に記された「真鳥市 10km」という表記を見て、皆の緊張が幾分か和らいだが、皐月だけは冷静に状況を見ていた。

「いいや、むしろここからが本番。気を緩めたらダメ」

「そっ、そうだよね! 皐月ちゃんの言う通りだよね」

「まあそれもそっか、ここからがヤツらのお膝元だし」

 改めて気を引き締めた一同は、緊張感を持って真鳥市に入った。

 同時期。千道邸の自室にて京助が念力でシャープペンシルを動かして課題をやりながら寛いでいると、部屋の隅の止まり木に留まる梟の像の目が光り、天井に梟の紋章を映し出した。

「……来たか」

『アウルレット、召喚』

 アウルレットの光る装飾部分に手を翳して次元断裂ブレードを出現させると、ベランダに出た後で腕を上げて叫んだ。

『次元壁、断裂』

「招来ッ‼」

 月明かりを人知れず巨大な梟の影が横切った。

「もうすぐかな」

「あと一時間から五十分で着くよ」

 その時、前を走る装甲車の付近に動く複数の影が検知された。

「来た⁉」

 簡易検知システムはこの影に地球外生命波動を感知した。即ちジャガックである可能性が高い。

「止まったらヤバいんじゃ」

「車が止められないならウチが行く、運転手さんに連絡するよう言っといて」

 林檎は車両の後方に行くと、転送鍵を取り出した。

「コード認証! 転送鍵展開!」

 林檎の真上に輝く待機状態の板状になったC-SUITが転送され、それに向かって転送鍵の本体を突き出した。

「四番装着! GO! クインテット!」

 スーツを纏ったイドゥンは腰のグリップを取り出して大型ライフルを生成し、そこにバイポッドとスコープを取り付けてスナイパー仕様にすると、装甲車の天井のハッチを開けて遠隔スポッター用カメラを固定してその隣に銃を立てた。

「誰か観測手スポッターやって」

「私がやる」

 タブレットをイドゥンが置いたカメラと同期させると、奏音は敵をタップしてマークした。

「うっし、やりますか」

 カメラとC-SUITは繋がっており、マークした敵を任意で確認することが出来る。

「何アレ、ホバーバイク? めっちゃ乗りたいんだけど」

 そう言いつつ引き金を引くと常盤色に輝くエネルギー弾が発射され、ホバーバイクに乗った暗殺者は吹き飛ばされた。

「なんか前来たのと服が地味に違う、まあどんな奴が来ても倒すけどっ!」

 発射するエネルギー弾の種類を変更し、細いレーザー状の光線が暗殺者を撃ち抜いた。

「バイクは無事、後処理の人に回収お願いしとこ」

「後ろからも来てるよ!」

 奏音の言う通り、背後から複数のホバーバイクに跨ったジャガックの一般兵士がやって来ていた。

「多いな、じゃあ……これをこうしてっと」

 バイポッドとスコープを外してからバレルを交換してマシンガン仕様にすると、まず牽制に掃射して様子を見たが、相手は一切怯まず直進してくる。

「誰かロケラン持ってきて!」

「私が行く! 待ってて!」

 明穂が転送鍵を取り出し、コード認証してスーツを呼び出した。

「三番装着! GO! クインテット!」

 デメテルは車内のロケットランチャーを装填してイドゥンに渡すと、二人でハッチから車外に出てルーフの上に立った。

「オラッ!」

 ロケット弾が軌跡を描いてホバーバイクの一つに命中し、まとめて二、三体吹き飛ばした。

「はぁっ!」

 デメテルのロケットパンチがホバーボードに乗る雑兵に命中し、地面に転がりながら別のホバーバイクを巻き込んで自滅していった。

「キリがないな。逃げ切れると良いけど」

「振り切れるまで行けっかな、とりあえずウチら二人で……」

「二人とも前!」

 前方から暗殺者と雑兵の集団が待機しており、二台の車両が急ブレーキをかけてイドゥンとデメテルが投げ出された。

「うわああっ!」

「きゃあっ!」

 背中のロケットパックと足のジェット噴射を利用して空中で体勢を整えるも、着地した先でバイク軍団に囲まれてしまった。

「囲まれた!」

「もしかしてこれが狙い⁉」

 白波博士の乗る輸送車に向かうジャガックの暗殺者を止めようと向かうが、こちらを囲んでいる兵士達に阻まれた。

「やるしかないねっ!」

「どうやらそうみたい!」

 兵士ら全員がバトンと盾を取り出し、一斉に二人へ襲い掛かって来た。

「おりゃっ! せいやっ!」

 巨大な拳がエネルギーを伴いながら盾ごと相手を吹き飛ばし、盾の守り切れていない隙間に正確にエネルギー弾が命中する。だがしかし同大な数を前に二人では護衛対象へ向かう余裕が生まれない。

「クソッ! どけよっ!」

 雑兵の一人が輸送車に手をかけたその時、手斧が飛んできてその腕を切断した。

「遅くなった! ゴメン!」

 装甲車から出てきたミューズの背中には、エネルギー拡張パックが背負われていた。

「働きで返すから待ってて!」

 遅れて出てきたルナとアフロダイが装甲車を開けて博士らを避難させ、それに気付いた雑兵の前にミューズ、デメテル、イドゥンが立ち塞がった。

「ここから先は行かせない!」

 襲い掛かって来た雑兵を、切り裂き殴り飛ばし撃ち抜いて敵の歩みを全力で止めていると、ついに手練れの暗殺者が二人現れて右側が二振りのナイフを、左側がサブマシンガンと盾を取り出した。

 三人は目配せすると頷き合い、イドゥンはロケットパックで跳躍して雑兵の集団の後方に回り込み、ミューズとデメテルが暗殺者に挑んだ。

「おりゃっ!」

 ナイフと短剣が鋭い音を立ててぶつかり、手斧を振り下ろそうとしたところをナイフで阻まれて腹を蹴られた。

「ぐぅっ!」

 デメテルも銃撃を生成したシールドで受け止めながら相手に近づいて反撃の機会を狙っていたが、逆に相手の持つ盾に押し返されて怯んだ隙に飛び蹴りを食らって大きく後退した。

「こいつら……この前のより強い!」

 膝をつく両者の前に二人の暗殺者は嘲笑を浴びせた。

「一緒にするなよ、このルゾとキバルはクドゥリ様直々に鍛えられたのだ」

「クドゥリ?」

「名前みたいね、ジャガックの上層部って事?」

「その通り、我々は強大で美しいクドゥリ様の名を背負っているのだ」

 キバルの言葉をミューズは鼻で笑うとデメテルに手を貸して立ち上がった。

「あっそう、残念だけどこっちにも背負ってるものがあるの! あんた達よりよっぽど重いものをね!」

 再び手斧と短剣を構え、ミューズは啖呵を切って見せた。

「そうか、ではどちらがより重いかここで決着をつけようではないか」

「行くよデメテル!」

「うん! 背中は任せて!」

 ミューズは短剣と手斧を合体させ、柄を長く取って斧部分を思い切りルゾへ叩きつけるもナイフでいなされ、追撃のナイフを柄尻部分で弾き、この隙に腰のスイッチを押し込んで斧の刃にエネルギーを流し込んで振り抜いた。

「行けっ!」

「だああああっ!」

 振り抜いた斧をルゾが跳躍して回避した所をデメテルが殴りつけて吹き飛ばし、体を回転させながら柄尻の刃と斧で相手を斬りつけた。

「くおっ!」

「もう一発!」

「こっちもあげる!」

 ミューズがフルチャージでエネルギーの刃を飛ばし、それに追随する形でデメテルのロケットパンチが命中した。

「ぐおおおっ!」

 しかし爆発こそしたものの、装備の一部が吹き飛び軽く怪我を負った程度で、ルゾは立ち上がった。

「長くなりそう……イドゥンはあっちを相手にしてるし」

「そうだね、でも私達はやるべき事をやるだけだよっ!」

「そうね、あっちが大丈夫だといいんだけど」

 ミューズの言う通り、ルナとアフロダイは守りながらの戦いに苦戦していた。

「えやっ!」

 複数の光の矢が暗殺者と雑兵に降り注ぐが、洗練された動きで躱されてしまう。

「雑魚はどうとでもできるけど、問題はあいつね!」

 兵士を斬り捨てながら暗殺者に向かおうとするも、ルナは周囲の敵に阻まれて向かえず、アフロダイも殿を務めながら押し返すのに精一杯である。

「初めから分断が狙いだったようですね!」

「麗……いや、アフロダイ。財団に連絡しよう! 応援を寄越して……」

「寄越した所で何もならないわ()()! ここで私達が食い止めるしかない」

「しかし……」

「大丈夫」

 アフロダイは心配そうな博士を振り返って力強く頷いて見せた。

「私たちは必ずやり遂げる」

 その言葉に奮起したのかルナが兵士の一人を踏み台にして跳躍し、頭から暗殺者に斬りかかったが、回避された上に蹴られて体勢を崩して踏みつけられた。

「離しなさい!」

 弓を槍に変形させて暗殺者に突き出すも、それを受け止められ反撃で電撃弾を食らった。

「ぐはっ! ぐうううっ!」

「アフロダイ!」

 痺れて怯んだ隙に容赦のない蹴りが飛んできた。

「このっ!」

 取り落した太刀を素早く取って斬りかかったが回避されて二太刀目も腕の電磁シールドで防がれた。

「今度こそ殺す、次は失敗しない」

「あんた……前の時にもに居た奴⁉」

「そうだ、クドゥリ様に鍛え直されてな。俺はより強くなった」

 この暗殺者こそ前回の襲撃で唯一生き残ったシルである。

「クドゥリって……」

「ジャガックの幹部、若く美しくそして強大な御方。お前らなど歯牙にもかけん強さだ、もっともお前らは俺が殺すがな!」

 シールドで太刀を押し返し、鉈を取り出して切り結んだ。

「お前達はここに死ぬために来たんだ」

「……ふざけないで」

 アフロダイが槍を支えに立ち上がってシルに穂先を向けた。

「絶対に死なない……絶対に守り抜く! 博士達には指一本触れさせない!」

「そういうのを悪あがきと言うんだ」

「いいえ、諦めてないだけですわ!」

 腰のスイッチを押し込み穂先にエネルギーを流し込むと鋭い突きを繰り出した。

「甘い!」

「でやあっ!」

 シルには回避されたもののシルの背後で控えていた雑兵の集団を纏めて吹き飛ばしてしまった。

「っと……なるほど威力は申し分ないな、だが当たらなければ俺は倒せないぞ」

「私を忘れない事ね」

「二対一だろうが俺には勝てんぞ」

「では俺とやろうか」

 上の方から声がしたのを仰ぐと、標識の看板の上にマグナアウルが座っていた。

「マグナアウル!」

 マグナアウルはシルの前に着地すると腕を前方に突き出し、念力でシルごと雑兵を吹き飛ばした。

「おい、そいつらを早く避難させろ。……レイヴン(サブマシンガン)ウッドペッカー(ハンドガン)

 銃火器を二つを生成して準備を整えたマグナアウルの前にアフロダイが立ち塞がった。

「待ってください」

「なんだ、俺は一人でいい。それともまた俺とやるか?」

 一切こちらを見ようともせず遠方の敵たちを見据えるマグナアウルを前に、アフロダイは槍を仕舞うと直立のまま頭を深々と下げた。

「……何のつもりだ」

「聞いてください、少しだけでいい」

「……」

「この前はすみませんでした。あなたの話を聞くべきだった」

 まさか謝られるとは思ってもいなかったマグナアウルはアフロダイの方を見た。

「ですがこの作戦ではどうしても様々な事を警戒しなければならなかった。どうかわかってください」

 顔を上げてマグナアウルを見据えたアフロダイは続けた。

「あなたにはあなたの事情があるように、私には私の事情があるのです。この場合は彼を、あの博士を守る事です」

「……それで」

「今回の任務は絶対に成功させたい、そのためにお願いします。あなたの邪魔はしませんから、彼を守るのに力を貸してください!」

 マグナアウルに謝りたい。その言葉には必ずや自分たちの任務を成功させるために使えるものは全て使い、そして時には恥を忍んでも頭を下げる。そんな覚悟が滲んでいた。

 この作戦を実行するにあたり、麗奈はマグナアウルが戦い始めたのなら一切手出しをしないでほしいということを皆に頼んでいた。

 先程より深く下げられた頭を見ていたマグナアウルの脳内に声が響く。

『どうしますか?』

 言葉こそ丁寧だが、実際は自分を利用して作戦を成功させようとしているのは分かっている。振り返り、こちらを恐る恐る見ているウィルマース財団の職員らしき者たちを見て、マグナアウルは呟いた。

「……今回だけだぞ」

 それだけ言うと跳躍し、三人の暗殺者と大量の兵士と戦っているミューズ、デメテル、イドゥンの前に着地した。

「マグナアウル!」

「おせーよ……しょーみ助かったけど」

「死にたくなかったら伏せていろ」

 クインテットの五人と財団の職員がそれに従ったのを確認すると、マグナアウルのマフラーが靡いて大きく伸び、サブマシンガンを顔の前に持ってきて腰を落とした。

「おいお前達! 何を恐れている! さっさと行け!」

 キバルの一声で雑兵達がこちらに向かってくるのを確認した直後、マグナアウルはその場で小さく跳躍して目にも留まらぬ速度で旋回し、伸ばしたマフラーで近付くものすべてを切り裂き、更に二丁の銃で逃げる者や遠くにいる者も撃ち抜いた。

 死と破壊を齎す竜巻となったマグナアウルは三メートルほど移動して旋回を止めると、もう殆どの雑兵は細切れになっているか蜂の巣と化していた。

「どれだけの数で来ようとも所詮クズはクズに変わりない」

 シルは内心恐怖した。クドゥリによって強くなったとはいえあんなものを見せられた後では思い描いていた勝利の情景は霧散するというもの。

「貴様が噂のマグナアウルだな! クドゥリ様の名の下に私が……」

 シルがキバルの肩を強く掴んで制止する。

「待て! 一人では駄目だ。三人で行くぞ。奴の力を侮ってはならない」

「……ああ、思い出したぞ。お前は確か尻尾巻いて逃げ出した奴だな」

「その通り、だが以前より俺は……」

「虫ケラが多少強く羽ばたけるようになったところで何になる? お前はただ命を捨てに来ただけだ」

 事実そうだ、あの時も多くの仲間が容易く屠られ、自分だって逃げられたのもまぐれのようなものだ。だが勝機が無い事はない。

 あの時何らかの要因でマグナアウルは苦しんだ、その時の状態にどうにかして持ち込めれば勝つことが出来るだろう。

「いくぞお前達」

 シルは電撃銃と鉈を、ルゾはナイフ二本、そしてキバルはサブマシンガンと盾で武装し跳躍して距離を詰めてきた。

「三人相手で同じことが言えるかな!」

スワロー()!」

 ハンドガンとサブマシンガンで後退しながら相手を軽く牽制した後、生成した二本の剣の柄にマフラーを巻きつけて斬りかかった。

「ぬあっ!」

「くっ!」

 上からの斬撃にルゾのナイフとキバルの盾が対応するも、ハンドガンとサブマシンガンの銃撃を食らい吹き飛ばされた。

「うおおおおっ!」

「くっ……強い」

「今更気付いたのか? では強くなった記念に耐久テストと行こうか、アルバトロス(クロスボウ)

 持っていた銃と剣を投げ捨てると、生成したクロスボウを取るとシルに向けた。

「っ!」

 咄嗟に電磁シールドを張ったと同時にクロスボウから発射された矢が飛来し、電磁シールドを貫通して突き刺さった。

「命拾いしたな、まあ時間稼ぎに過ぎないが」

 次々に矢が射出され、電磁シールドを三枚重ね掛けしても矢は容易くシールドを穿つ。

「くっ!」

 シールドを切って電撃銃を何発も放ったが、あろうことかマグナアウルは被弾しながらも平然と近づいてきた。

「うぅっ……くっ!」

 それでも後退しながら銃撃を続けたが、ついに弾丸を掴まれたところで銃を仕舞った。

「これで……どうだ!」

 鉈を振り下ろすも腕を掴まれて持ち上げられた。

「ぐはっ! このっ! 放せ!」

 殴ったり隠しナイフの刃を立てても微塵も効いていない。

「そいつを放せ!」

 キバルがサブマシンガンを乱射するも、マグナアウルの直前で全て弾丸が静止してしまう。

「放せか、ではお望みどおりに」

 凄まじい速度でシルをキバルに向けて投げ飛ばした。

「があああああっ!」

「ぐはあっ!」

 先程静止させた弾丸の塊に突っ込みながらシルはキバルを巻き込んで地面を転がった。

「調子に乗るな!」

 ナイフで斬りかかろうとしたルゾに向けて羽の形をしたダーツを複数個投げつけて怯ませたところにクロスボウで足を撃ち抜いた。

「がはっ!」

「起爆」

「きば……ぎゃあっ!」

 突き刺さったフェザーダーツが白熱し、全てが爆発して上半身が吹き飛んだ。

「クソッ! おいシル! さっさと立て!」

 弾が同時に貫通したダメージと投げ飛ばされたときの衝撃で骨に負ったダメージで動けない。だがそれ以前にもう動きたくはなかった。

「あ……あ……あ……あ……」

「怖気付いたのか!」

 キバルはわかってない、このマグナアウルの恐ろしさを。興奮しているせいで気付いてないかもしれないが、さっきから振り撒く殺意が尋常ではない。

 二枚のマフラーを靡かせながらゆっくり近づいてくる様は、もはや畏怖という言葉以外で言い表せない。

「腰抜けめ! クドゥリ様に顔向けできんと思わないのか!」

 キバルはシルから鉈を取り上げ、盾を片手に突っ込んできたが軽くいなされて蹴り飛ばされた。

「この期に及んで向かってくるのか。じゃあその愚かさと蛮勇に免じてとっておきを見せてやる」

 マグナアウルは先程投げ捨てた剣を引き寄せると手に取り、刀身を根元からゆっくりとなぞり始めた。

「なんだ⁉」

 刀身が徐々に輝き始め、夜闇を眩いばかりの青白い光が照らす。

「くっ……ああああっ!」

 (きっさき)まで完全に刀身をなぞったあとで剣を振り抜くと、鎧の装飾とヘルムの目が同じく青白く輝き始め、両手に持ち直して猛スピードでキバルに接近した。

「ハアアアアアアッ! 飛燕斬‼」

 周囲の地面すら揺れ動く程の衝撃波の後、キバルの背後に立っていたマグナアウルが剣を血振りの様に払うと刀身の光が消え、同時に無数のV字の傷跡がキバルの体に刻まれて爆散した。

「……もうダメか」

 莫大な力に晒された影響かマグナアウルの剣はボロボロになっており、その場に投げ捨てると三分の一ほどの所で折れてしまった。

「いいっ……ひぃっ……」

 投げ飛ばされたときに体に空いた無数の傷を押さえてゆっくりと這いずりながら、シルは腕の通信機を起動する。

「こっちの方もダメだな」

「クドゥリさま……たすけ」

 後頭部に何か硬いものが押し付けられた。

「夜は終わりだ、そしてお前に朝は来ない」

「ば……ばけもの!」

 サブマシンガン一発の銃撃で頭が吹き飛んで腕が千切れた。

「化物だと? それはお前達の方だろ……」

 ふと思うところがあり、銃撃で吹き飛んだ腕を拾い、マグナアウルは通信機に話しかけた。

「おい、聞いてるか? 聞こえてるか?」

 意外なことに返事があった。

「マグナアウルか?」

「その通り、お前はジャガックの親玉か?」

「いいや違う、私は幹部のバーニャラ・クドゥリと言う」

「ああ、さっき狩ったゴミクズどもが崇めてた奴か」

「フフフ、随分な言い様だな」

「実際その通りだろう、ジャガックはこの星にも宇宙にも不要な害獣どもが結成した烏合の衆だ。だから俺がこうして狩り回って処理してるんだ」

「……なかなか活きの良い奴だな、会うのが楽しみだよマグナアウル。その時はたっぷりとこれまでの礼をさせてもらおう。覚悟していろ」

「礼には及ばない、なぜなら会った時がお前の最期だからな。せいぜい残された日々を無益に過ごすんだな」

 それだけ言うとマグナアウルは腕ごと通信機を叩きつけて踏み潰した。

「……フン!」

 腕を振ると残った死体が黒い炎に包まれて一瞬のうちに焼滅し、それを見届けたマグナアウルはアフロダイの方に向かった。

「終わったぞ、これで無事全員が生還した。早く帰るといい、そして今後あまり出歩かない事だ」

「ありがとうございました」

 背を向けたマグナアウルに白波博士が駆け寄った。

「待ってくれ! 私は白波と言う、君が報告に上がっていた対ジャガックの敵対勢力の一人なのか⁉」

「だから共闘はしないと……」

「それはわかっている、我々財団もそこは尊重しよう。だがせめて目的と所属している組織を教えてくれないか?」

 マグナアウルは振り返り、博士の方を見て言った。

「目的は復讐と狩り。そして俺は一人だ、これまでも、これからも」

 それだけ言うとマントを展開して飛翔し、夜空の彼方へ消えていった。

「……あれが、マグナアウルか」

「コード認証、脱装」

 麗奈を含めた全員がスーツを脱ぎ、博士の下に集まってくる。

「怪我はないですか?」

「ああ、私は大丈夫だ、それより君達は大丈夫か?」

「はい、私は全然」

「肩踏まれて背中打ったけど、おおむね大丈夫です」

「体全体が痛いかな、特に足」

「だいたいノープロでっす、引き金引きすぎて指が痛いけど」

「ちょっと胸と腹の辺りが痛いけど大丈夫よ」

「そうか、済まないな、試作品であるが故に思う様に力を出せなくて歯がゆい思いだったろう。だが大丈夫だ」

 白波博士は不敵に笑い、皆に宣言した。

「スーツがより強くなるぞ」


To Be Continued.

今回はクインテットメンバーの一人である麗奈にフォーカスした回でございます。

そしてついにジャガックの偉い人がなんと二人も出てきてしまいました。

この二人の実力はいかに? そしていつか戦う日が来るのか?

感想等送ってくださったら嬉しいです!

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それでは次回もよろしくお願いします。

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